KDDIの共創は宇宙へ「MUGENLABO UNIVERSE」開始ーー宇宙の実験環境を提供、スタートアップと地上の課題解決へ【追記あり】

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写真左から:KDDI オープンイノベーション推進本部長の中馬和彦氏、KDDI 取締役執行役員常務 CDO の松田浩路氏、スペースデータ代表取締役の佐藤航陽氏

ニュースサマリ:KDDI は5月30日、都内で記者会見を実施し、スタートアップと大企業による宇宙を活用した地球上の課題解決を目指す共創プログラム「MUGENLABO UNIVERSE」を開始すると発表した。

このプログラムでは、宇宙空間を再現したデジタル空間や低軌道上などの実証環境、宇宙領域の有識者によるメンタリング・ネットワーキング機会をスタートアップと大企業へ提供することで、企業が宇宙事業に挑戦しやすい環境を整備する。また、新たな技術や事業アイデアを持つスタートアップと、宇宙を活用した事業開発を目指す大企業をマッチングすることで、宇宙開発事業を促進するほか、宇宙技術を活用した地上での社会課題解決の事業化も狙う。

プログラムは今後、2025年度に宇宙空間を再現したデジタル空間、および2027年度に低軌道衛星での実証を開始し、2030年度には宇宙を活用した事業創出を目指すとしている。また KDDI は、2028年目途に月ー地球間通信の構築、2030年目途に月面モバイル通信の構築を目指し、宇宙から地球上の生活の変革と社会課題解決に貢献していくとしている。

段階的に提供予定とされている環境は、国際宇宙ステーション(ISS)や月面を再現したデジタル空間の提供、低軌道上での実証環境の提供、宇宙空間での重力再現環境の提供、鳥取砂丘を活用した月面実証フィールド「ルナテラス」での実証実験など。また、宇宙事業を牽引する有識者による勉強会も実施する。

一例として宇宙関連事業を手掛ける ElevationSpace と協力し、2027年に地球低軌道上を周回する無人小型衛星を使った、宇宙環境利用・回収プラットフォームを提供する。これにより宇宙環境を利用した実験が可能になり、真空環境下でも育成可能な苗や、無重力を活かした創薬や新素材開発の検証が可能になる。

KDDI で実施している共創プログラム「KDDI ∞ Labo」に参加するパートナー連合の大企業13社がプログラムに参加し、本日からスタートアップとの取り組みを開始する。参加できるスタートアップは設立10年以内の未上場企業で、製品やサービスを既に商用化している企業が対象となる。

スタートアップと共に宇宙規模の事業共創を目指す大企業

KDDI は2011年に「KDDI ∞ Labo」を開始し、大手企業とスタートアップの事業共創を推進してきた。昨今の宇宙領域への期待の高まりからプログラムを通じて、国内スタートアップと大企業による社会課題解決に向けた共創事例の創出を促進し、宇宙規模の新たなイノベーション創出を目指す。

話題のポイント:ということで、KDDIの記者発表会に参加してきました。特に納得感があったのは、足元では宇宙技術を地上の課題解決に活かす、という点を持ってきたことです。その上で宇宙を前提としたイノベーションを模索する、というものです。

宇宙・オープンイノベーション・スタートアップという言葉だけ聞くと「実際に何ができるの?」という、やや浮ついた印象を持ってしまいがちですが、そこはさすがKDDI。KDDI ∞ Laboで長年にわたって共創事業を手がけてきているだけあって、しっかり足元は固めてきたようです。少し順を追って説明してみたいと思います。

足元と未来、宇宙活用のビジョンとイノベーション

プロジェクト全体のプレゼンテーションを担当した KDDI 取締役執行役員常務 CDO の松田浩路氏さんは、この取り組みの前提となる KDDI の成長戦略「サテライトグロース戦略」についておさらいしました。いわゆる通信「以外」の領域を周辺に配置することで、将来成長を期待できるものにする、という考え方です。このひとつが宇宙領域でした。

松田さんの説明によると KDDI と宇宙の関わりは古く長く、実に60年前に日本初の衛星通信を行った実績をはじめ、現在はスペースXと協業してスターリンク衛星を活用した通信サービスの提供も開始しています。将来的には、月面での5G通信環境の整備も構想しているというお話でした。

その一環として今回始まるMUGENLABO UNIVERSEは、まず、宇宙の極限環境を活用してさまざまなテクノロジーの「検証環境」を用意することで、新たなイノベーションを起こそう、ものになります。もちろん、その目的は「課題解決」にあります。

宇宙から地上の課題解決を考える

スタートアップの社会的使命、それは世界を変えることにあります。世界トップティアのVC、Andreessen Horowitzが示した「The Techno-Optimist Manifesto(テクノオプティミスト宣言)」には人類が生み出した様々なテクノロジーによってこの今の文明が支えられていること、そしてこれから先も「狂ったように」その進化を続ける必要がある、という宣言書がサイトに刻まれています。

一方、スマートフォンで幕を開けたモバイルインターネットの進化は2020年代を迎え、ひとつの転換点に差し掛かり、次のイノベーションや社会の変革を模索する動きが活性化しています。メタバース、クリプト・ブロックチェーン・Web3、そして生成AI、ディープテックなどです。このイノベーションを加速させるひとつの「舞台装置」として KDDI ∞ Labo は宇宙を選んだのです。

松田さんは宇宙環境がどのように私たちの生活に関わるのか、これまでの宇宙開発研究の経験をふまえ、次のように説明してくれました。

「月面で通信環境を整備しようと思いますと当然、地球とは違う環境です。月面特有の地表(レゴリス)をシミュレーションした環境で通信実験を行ったり、レプリカで実測をしたり、あるいはロボットによるアンテナ設置も重要です。こうした研究開発や検討で得たイノベーションを地上でも実際に活用できるのではないか、というのが今回の大きなテーマです。

(MUGENLABO UNIVERSEは)宇宙の環境は非常に極限環境にあると思っており、その環境を活用して地球上の課題の解決に繋げていくというものです。

例えば非常に重力が微小だったり、真空であったり、温度が極低温や高温だったり、放射線がある環境などを活用し、実際の環境やデジタルツインで地球上の問題(ゴミの問題、食料の問題、エネルギー問題)に活かしていけないだろうか。地球上だけで考えていると発想が及ばないものを、あえて宇宙でテストすることで新たな発見を生み出したいというものです」。

そのために彼らが用意したのが検証環境です。国際宇宙ステーション(ISS)や月面を再現したデジタル空間の提供、低軌道上での実証環境の提供、宇宙空間での重力再現環境の提供、鳥取砂丘を活用した月面実証フィールド「ルナテラス」での実証実験などがそれです。ただ、宇宙に関わる開発を手掛けたことがない起業家にとっては(私も含め)「?」がたくさんつくかもしれません。

例えばこのプログラムへの参加を予定している一社、ディッシュウィルはプラントベースの食糧を開発する2022年創業のスタートアップです。彼らとは2027年に環境整備を予定している低軌道上での実証環境を提供することで、低炭素濃度や重力が低い環境で苗を植え、栽培の実証実験を計画しているそうです。もし、こうした過酷な環境で苗の栽培に成功すれば、地上でも活用できるはずです。つまり、これまで宇宙とは無縁だった(そして今でも関係が薄い)と思っているスタートアップのイノベーションを促進させる可能性を提示したと言えます。

この話を聞きながら、私はスマートフォンが出た時のことを思い出していました。この小さな画面がついた電話で何ができるのか、起業家たちは知恵を絞り、アイデアをメディアやできたばかりのSNSで発信していました。しかし、多くの人たちは懐疑的だったのを覚えています。確かにタクシーは電話で配車したほうが早いし、財布になるなんて思ってもいなかったし、これでテトリスは遊べても3Dのゲームなんてどうやってやるの?という感じでした。たった十数年ほどのことです。

このプログラムはこれまで宇宙と関係なかったスタートアップの参加によって、大きく花開く予感がしています。後半ではもう少し先の話として、KDDI オープンイノベーション推進本部長の中馬和彦さんと、このプロジェクトのきっかけとなったスペースデータ代表取締役の佐藤航陽さんの対談内容を共有したいと思います。

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