普段の買い物がふるさとの絆に——「写真の町」東川町とナッジカードの挑戦

本稿は三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP)のサイト掲載された記事からの転載。

北海道の小さな町、東川町が新たな挑戦を始めた。人口わずか8,600人のこの町が、次世代クレジットカード「Nudge(ナッジカード)」を提供するナッジと手を取り合い、町独自のカードを発行。若い世代を中心とした新しい関係人口の創出を目指す。写真の町として知られる東川町の魅力と、革新的な地方創生の取り組みに迫る。

写真の町

東川町は「写真の町」として全国的に知られ、独自の魅力で注目を集めている自治体だ。

その歴史は40年前にさかのぼる。当時、全国で「一村一品運動」が盛んだった頃、東川町は斬新な選択をした。稲作が盛んな土地柄ながら、あえて「写真」をテーマにした町づくりを選んだのだ。東川町の経済振興課経済振興室 主事堀口 開世氏は「写真はいろいろな置き換えができる」と語る。この柔軟な発想が、東川町の多様な取り組みの源となっている。

「写真の町」宣言以降、東川町は「写真映りの良い町づくり」「写真映りの良い人づくり」「写真映りの良い物づくり」という3つの柱を立て、町づくりを進めてきた。具体的には、景観を意識した街並みの整備、写真に映えるような家具づくり、そして住民の意識改革などだ。

この取り組みは、単なるスローガンに終わらなかった。現在、東川町には18人もの写真家が定住している。また、「写真甲子園」という全国規模の高校生写真コンテストを毎年開催し、若い世代の写真愛好家たちを惹きつけている。

東川町の魅力は、自然環境や施設だけではない。「ひがしかわ株主制度」と呼ばれる独自のふるさと納税の仕組みも特筆に値する。この制度では、寄付者を「株主」と位置づけ、単なる返礼品以上の関係性を築こうとしている。ひがしかわ株主には特別な認定証が発行され、町内の各種施設で町民料金が適用されるなどの特典がある。この制度は2008年の開始以来、すでに約18万人もの「株主」を獲得している。これは東川町の人口の20倍以上に当たる数字だ。堀口氏はこの「株主」たちとの継続的な関係構築に力を入れていると語る。

カードが生み出す「ふるさと納税」のような仕組み

東川町のナッジカードを使うと利用額の一部が町に還元され、利用者にも特典が提供される。

そんな東川町とスタートアップが手を組み、ふるさとと人々をつなぐ新たな企画を打ち出している。その中心となるのが、東川町オリジナルのクレジットカードだ。両者が共同で発行するナッジカードは、単なる決済手段以上の意味を持つ。それは、東川町と人々を結ぶ新たな絆を創出する媒体となっているという点だ。

ちなみにナッジカードはエンターテインメントやスポーツなど幅広い事業者と提携し、さまざまなオリジナルクレジットカードを発行している。決済や「お得」に留まらないファンマーケティングを軸とした展開を可能にする新たなソリューションとして注目を集めているカードだ。

そして今回の東川町で発行したナッジカード最大の特徴は利用するだけで東川町を応援できる点にある。

カードの利用代金の一部が東川町に還元される仕組みは、ふるさと納税に近い形で地域貢献を可能にする。地元を離れ、日々の生活に勤しむ人々が普段、何気ない買い物で自然とふるさとを応援することができる。確かに金銭的な還元自体はそこまで大きなものではない。しかし、日々の生活の中でふるさととのつながりを感じるきっかけになるだろう。

そして沖田氏は「カードの券面が強い」とも語る。というのも「写真の町」東川町の美しい風景をデザインに採用することで、カード自体が東川町の魅力を伝える媒体となっているからだ。特にZ世代の間では、カードを「着替える」感覚で使い分ける傾向があるという。つまり、このカードを使うこと自体が、東川町への愛着や支持を表明する行為となり得るのだ。

Z世代とふるさとをつなぐ

写真家の安永ケンタウロス氏もまた東川の魅力に惹きつけられたひとりだ(フォトクレジット:安永ケンタウロス氏)。

さらに、このカードは従来のふるさと納税では難しかった若年層へのアプローチを可能にする。堀口氏は「ふるさと納税では難しい大学生などにアプローチしやすいカード」と期待を寄せる。

実際、東川町出身の大学生たちが早速このカードを作り、自身のSNSで宣伝する動きも見られているそうだ。堀口氏は「地元だからという理由でそうした活動を行っていただけることはすごくありがたい」と喜びを語る。また、東川町が主催する「写真甲子園」のOB・OGたちにも、このカードの活用を呼びかけることを考えている。彼らは毎年ボランティアとして大会運営に参加しており、東川町との強いつながりを持つ存在だ。このカードを通じて、彼らとの絆をさらに深め、継続的な関係を築くことが期待されている。

このように、クレジットカードという身近なツールを活用することで、東川町は新たな関係人口の創出を図っている。関係人口とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す。東川町のカードは、日常的な買い物を通じて地域と緩やかにつながる新しい形の関係人口を生み出す可能性を秘めている。

もちろん課題もある。沖田氏は過去の事例を引き合いに「作るだけ作って認知活動に力を注がなかった」ケースを失敗例として挙げる。新しい取り組みだけに、いかに多くの人に知ってもらうかが重要だという。また、堀口氏は「インセンティブにとらわれずに、本当に東川町を応援したいという純粋な気持ちの人たちが増えること」を願っている。経済的なメリットだけでなく、東川町への愛着や応援したい気持ちを喚起することが、このプロジェクトの真の成功につながるだろう。

クレジットカードを通じた関係人口の創出は、まだ始まったばかりの取り組みだ。しかし、その可能性は大きい。日常的な行為を通じて地域とつながる新しい形の地域貢献は、特に若い世代にとって受け入れやすいものとなるだろう。

東川町の取り組みは、地方自治体が新たな関係人口を創出し、継続的な支援を得るための新しいモデルケースとなる可能性を秘めている。今後、この取り組みがどのような成果を生み出すか、そしてどのように進化していくか、注目が集まるところだ。

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