生成AIは仮想空間をどのように変えるのか?そのひとつの答えが「バーチャルヒューマン」にある。麻布十番にほど近い「アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京」で社内向けの勉強会があると聞き、筆者も足を運んだ。今回、特別に許可を得てその内容を共有する。
ナラティブな「超リアル」
3DCGとAIを駆使してリアルな人間「バーチャルヒューマン」を制作・プロデュースするスタートアップ、それが「Aww」だ。映像クリエイターとしてキャリアをスタートさせ、国内マッチングアプリとして大成功を収めた「Pairs」の立ち上げ、フィルムメーカーとしての活動など、多彩な顔を持つ守屋貴行氏が2019年に創業した。
時はまさにソーシャルネットワークの拡大期。人と人、仮想と現実。コミュニケーションのあり方自体が激変する中、守屋氏たちは映像業界の微妙な変化を感じ取り、グローバルで通用するIPビジネス構築に次のチャンスを見出そうと考えた。
注目したのは「超リアル(hyper-realistic)」だ。
同社の主な事業は、3DCGとAIを用いてリアルな人間を制作し、プロデュースすること。高品質な3DCGモデリング技術を基盤とし、フォトリアルなバーチャルヒューマンの開発に特化したスタジオを立ち上げた。Awwの特徴は、技術開発とクリエイティブな発想の融合にある。高度なCG技術の開発に注力する一方で、技術のコモディティ化を見据え、ストーリーテリングによるIPの育成に重点を置いた。
同社を代表する「imma(イマ)」はソーシャルネットワーク(仮想世界)上で活躍する「生きた」存在として成長した。リアルな人格や背景を語るナラティブは現実世界の人々の心を掴み、Awwのバーチャルヒューマンたちは総計で300万から400万人ものフォロワーを獲得。強力な影響力を持つ存在となった。
この戦略がグローバル・ブランドの要求にピタリとはまり、バーチャルヒューマンたちの活躍の場はファッション、音楽、ビューティーなど様々な分野へと拡大する。
特にファッション業界での活躍は目覚ましく、世界中の雑誌の表紙を飾るファッションアイコンとして認知されるようになった。フォトリアルな外見と独自の個性を持つバーチャルヒューマンが、現実の人間モデルと遜色ない魅力を発揮していることの証明でもある。
さらにグローバルでの活躍も彼女たちの特徴だ。東京パラリンピック(2021年)閉会式への出演をはじめ、中国やタイなどでの広告出演や現地企業とのコラボレーションを通じて、各国の文化や市場ニーズに合わせたコンテンツを提供することに成功している。
手ごたえを感じた彼らはスタートアップとしての成長を加速させるため、2020年に実施した1億円の資金調達(Coral Capitalが引受先)に続き、2022年には600万ドルのシードラウンドを成功させている。リードしたサンフランシスコ拠点のKindred Venturesは、Coinbaseやブルーボトルコーヒーなどへの投資も手掛ける実力派だ。このラウンドにはDawn capital、Kanosei Ventures、Coral Capitalも参加している。
生成AIによる新たな進化
Awwの本格的なバーチャルヒューマン開発は「imma」という女性キャラクターの制作から始まった。フォトリアルな外見を持たせるだけでなく、フルCGの背景との統合や、実写背景への自然な合成など、常に最先端の開発に挑戦している。
今回の勉強会で披露されたモーションキャプチャの技術もそのひとつだ。
独自に開発した顔のキャプチャリング技術を活用し、モバイルPCとスマートフォン+αというシンプルなセットアップで人の動きをリアルタイムに再現する。
実際に私も体験してみたが、PCはいわゆるゲーミングPCと呼ばれる汎用のGPUが入ったもので、それに市販のスマートフォンをつなげただけのありふれた構成だった。スマホのカメラで自分の顔が映されると、その表情の動きがリアルタイムに画面上のバーチャルヒューマンへ転送される。
仮想世界に転送された「分身」は表情豊かに喋ったり、ライブ配信してユーザーとコミュニケーションをとることができる。自社に設置されているモーションキャプチャースタジオや提携先の設備を使うことで複数のキャラクターを同時に動かすこともできるそうだ。バーチャルヒューマンを用いたコンテンツの幅が大きく広がる。
動きと同時に「魂」の開発も進む。プレゼンテーション当日には現在開発中の生成AIによる新たな機能が披露された。
Awwは、これまでにもバーチャルヒューマンの進化に向けて、最新のAI技術を積極的に導入してきた。そしてここ数年、特に注目されるのはやはり、生成AIやLLM(大規模言語モデル)をどう活用するかという点だろう。グローバルを眺めるとa16zが出資するcharacter.aiが脳裏に浮かぶ。実在・架空混在するあらゆるキャラクターたちとの会話世界は、パラレルワールドのような姿に変化しつつある。
生成AIは仮想世界に「人格」をもたらすことができるのか。
Awwが今、チャレンジしているのがキャラクターに特化したLLMの研究だ。これは、人の性格や設定を細かく分析し、それらを組み合わせることで、柔軟で多様な人格を持つバーチャルヒューマンを生成する試みになる。例えば、「フランス語」「女性」「35歳」「看護師」といった組み合わせることで、特定の背景を持つキャラクターを作り出すことができるという。
生成AIによって一躍、グローバルトップに躍り出たNVIDIAとの提携も注目だ。6月には技術提携を発表し、バーチャルヒューマンの技術の高度化と自動化を進めている。これにより、より自然で滑らかな動きや表情の表現、リアルタイムでの対話能力の向上などが期待される。
裏側に人間がいるケースと異なり、彼・彼女たちのリソースは無限だ。例えば、企業の受付や説明会での活用など、ビジネス分野での新たな可能性も広がる。語学学習など教育分野でのインタラクティブな学習支援ツールとしての利用もあるだろう。
ゲームとの連携も楽しい。3DCGから生み出されたバーチャルヒューマンは、ゲームキャラクターへの変換が容易で、NPCとして新しい形のファンとの交流やエンターテインメント体験の創出が期待される。
超リアルなバーチャルヒューマンの登場は生成AIによって確実に新しい扉を開くだろう。可能性を最大限に引き出し、エンターテインメント、広告、教育など様々な分野で新しいコンテンツの未来を創造することが期待されるからだ。この無限のリソースは私たちの生活にどのような変化をもたらしてくれるのか。この変革の到来が楽しみだ。
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