生産者の顔が見える地域特化産直「かごしまぐるり」、農業産出額全国2位の鹿児島から変える日本農業の未来

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オービジョン代表取締役の大薗順士氏
Image credit: ovision

7月末に鹿児島を訪れる機会を得たので、今週は数回にわたり、鹿児島のスタートアップを取り上げます。

日本の農業において、鹿児島県は特筆すべき存在だ。農業産出額で北海道に次ぐ全国第2位を誇り、畜産や野菜、果物など多様な農産物を生産している。しかし、その一方で農家の手取りは全国最下位という厳しい現実がある。豊かな生産力と農家の収益の間に横たわるこの矛盾。これを解決しようと立ち上がったのが、鹿児島市に本社を置くオービジョンだ。

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同社が運営する産直 EC サイト「かごしまぐるり」は、鹿児島の農産物を全国に届けるだけでなく、生産者と消費者を直接つなぐ新たな流通の形を模索している。従来の流通システムでは見えにくかった生産者の顔や、農産物に込められた想いを消費者に伝えることで、付加価値の創出と適正な価格での取引を目指している。

2019年10月に創業したオービジョンは、現在9名の小規模な組織だが、その活動は多岐にわたる。EC サイトの運営だけでなく、生産者と共同での販売 PR イベントの開催、飲食店や百貨店向けの卸事業、さらには輸出事業まで手がけている。また、鹿児島の魅力を伝えるメディアコンテンツの制作にも力を入れており、多角的なアプローチで地域活性化に取り組んでいる。

代表取締役の大薗順士氏は、自身も農家の出身であることから、農業の魅力と課題を熟知している。しかし、育て上げた農産物を自ら売ろうとしたとき、ブランディング、プロモーション、パッケージングなど、従来なら販売事業者が担ってきた能力を農家が自ら持たなくてはならない。そんな経験から、生産者には良いものづくりに専念してもらい、それ以外を全面支援するモデルが生まれた。

物作りの魅力は感じていましたが、忙しい中で自分たちで PR や販路拡大に時間を割くのは現実的ではありません。(大薗氏)

かごしまぐるりの特徴は、単なる商品販売にとどまらない点にある。生産者それぞれのストーリーや地域性、こだわりを丁寧に取材し情報発信することで、商品の付加価値を高めている。かごしまぐるりのスタッフが取材し、掘り下げて得られた情報を発信する取り組みが功を奏し、現在では250の生産者が参加し、850以上の商品を取り扱うまでに成長した。

必ずしも知名度が高いとは言えない生産者の方々にも寄り添い、コミュニケーションを取りながら魅力を引き出していくのが我々の特徴です。(大薗氏)

「かごしまぐるり」
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鹿児島県は南北に600キロと長く、そうした広大な土地を活かして多様な農産物が育てられている。そうした農産物の中には、まだ知られざる逸品も多い。それらを掘り起こし、全国に発信していくことで、生産者の収益向上と鹿児島ブランドの確立を同時に目指しているという。大薗氏はまた、オンラインでの販売だけでなく、オフラインイベントの開催や SNS での情報発信にも力を入れている。

オンラインだけではアプローチできるユーザーが限られてしまうので、オフラインのイベントを開催することで、双方向性を意識しています。実際に生産者と消費者が対面で交流できる場を設けることで、より深い信頼関係の構築を図っています。(大薗氏)

さらに、規格外野菜の活用にも積極的に取り組んでいる。フードロス問題に対応するため、規格外品をタイムセールで販売したり、SNS で積極的に PR したりしている。また、生産者が持つ一次産品に付加価値をつける支援もしている。例えば、規格外野菜を使った出汁の開発や、桜島の溶岩を使ったプレートの製作などだ。地域特性を活かした商品は、鹿児島の魅力の新たな発信につながる。

生産者の方も一生懸命作るけれども、どうしても一定量規格外が出てしまいます。そういったものを「訳あり品」として販売することで、少しでも生産者の収益につなげたいんです。(大薗氏)

オービジョン代表取締役の大薗順士氏
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売上は伸びているものの、利益を出していくのは、まだこれからというフェーズ。そんなオービジョンは2022年11月、地元・鹿児島のベンチャーキャピタルから資金調達を実施した。「元々は自分1人で始めた事業だが、まだまだ伸びしろがあると確信した(大薗氏)」ことから、調達した資金をもとに、積極的に設備投資や人材採用を進めたという。

ところで、農業系スタートアップの話をするときに常について回るのは農協との関係性だ。全国の農産物のサプライチェーンを持つ農協はガリバー、対してスタートアップはリリパットという構図が目に浮かびがちだが、昨今は、JA アクセラレーターなどの動きもあって、農協とスタートアップがタッグを組むような事例も出てきている。

大薗氏は、同じ農産物流通を手がける存在だが、かごしまぐるりと農協は、それぞれ異なる役割を担っていると説明した。わかりやすく言えば、農協が一定の品質と量を確保できる大規模農家を中心に扱うのに対し、かごしまぐるりは中小規模の農家を主な対象としている。また、農協経由では産地名しか表示されないが、かごしまぐるりでは生産者の顔が見える形での販売を重視している。

例えば、農協経由で大豆を出荷すると、どうしても、どこの誰が作った大豆かではなくて、鹿児島県産大豆になってしまう。それはそれで意義があるのですが、うちは、生産者の顔が見えるなど、地域性やこだわりにフォーカスしていて、そして、生産者の方のファンになってもらう、地域のファンになってもらう、鹿児島のファンになってもらう、というアプローチをとっています。(大薗氏)

今後の展開について、大薗氏は、鹿児島でしっかりとモデルケースを作り、隣接する宮崎や熊本など、同様の課題を抱える地域にも展開していきたいと語った。さらに、「九州」が一つの大きなブランドになりうるとの考えから、北海道のように、九州全体でブランディングしていくような、より広域での展開も視野に入れている。

やっぱり、人がすごく好きなんです。泥臭いところも進んでやります。農家さんへの想いがあるからこそ、この事業に取り組んでいます。(大薗氏)

この言葉には、単なるビジネスを超えた、地域と農業への深い愛情が感じられた。それは、大薗氏が農家の出身であることも大きく影響しているだろう。自らの経験から農家の苦労を知り、それを解決したいという強い想いが、この事業の原動力となっているようだ。かごしまぐるりの取り組みが、日本の農業にどのような変革をもたらすのか。一味違った産直 EC の行方に注目したい。

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