考え直そうーーRuby on Rails生みの親でBasecampの創業者がスタートアップに贈る言葉【寄稿】

by ゲストライター ゲストライター on 2016.4.6

DHHRuby on Railsの生みの親、Basecamp(旧 37signals)のファウンダーでCTOのDavid Heinemeier Hanssonさんによる寄稿記事です。著書に、ニューヨーク・タイムズのベストセラー「REWORK」と「REMOTE」。「ル・マン24時間レース」のクラス優勝者。Davidさんの活動は、ご本人のWebサイト、またTwitter(@DHH)でフォローできます。本記事は、Mediumに投稿された記事をDavidさんから許可を得て翻訳したものです。元の英語記事もどうぞ。

*記事は、「Web Summit 2015」のDavidさんの講演内容を起こしたものです。


#WEBSUMMIT2015
#WEBSUMMIT2015

12年前、僕はBasecampというスタートアップを共同創業した。月額制のシンプルなコラボレーションツールで、チーム間のプロジェクト進行を後押ししてくれる。

それがあることで、みんなの仕事が少し改善される。Eメールでプロジェクトを管理したり、いくつもに分かれたチャットやファイル共有、タスクシステムを同時に使うより、やりやすい。それは、僕と僕のパートナーとにって快適な事業へと育ち、僕らの従業員に素晴らしい職場をもたらした。

でも、それだけだ。

Basecampは、別に何もディスラプトしていない。それは、“10億ドル クラブ” に新たなメンバーを加えてもいなければ、ユニコーンになったことも一度もない。もっと酷いことに、これだけの年月が経っても、Basecampの従業員数は50人未満にとどまる。サンフランシスコにサテライトオフィス(遠隔勤務地)を設けることすらしていない。

君が何を考えているのかはわかっている。つまらないな、と。なんで、こんな男の言うことに耳を傾けているんだろう?と。このカンファレンス(*Web Summit 2015)は、スタートアップというゲームの勝者に向けたものじゃないのか?例えば、ベンチャーキャピタルから巨額の調達をしているとか、少なくともそれを目指しているとか。世界を食い尽くす野望を持っているフリすらしない企業で10年以上を無駄にするなんて正気じゃない、と。

僕がここにいる理由は、君たちにあることを思い出してもらうためだ。もしかしてもしかすると、君もまた、今スタートアップ業界にはびこる “ディスラプトマニア”の空気に嫌気がさしているんじゃないか。スタートアップに許される空気がきっと他にもあるはずだと。昨今のディスラプションへの熱意は、事業を始めるためのそれ以外のモチベーションを排除しているかもしれない。また、このカンファレンスに参加する人たち、そして世の中にとって毒以外の何物でもないのかもしれない。

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この問題の一部に、もはや人は、宇宙にちょっぴりくぼみを生むだけでは満足出来なくなっていることがある。彼らは宇宙を制覇したい。ただ市場に存在するだけでは物足りず、それを独占せずにはいられない。ただ顧客に仕えるだけでは不満で、顧客をにしなければ気が済まない。

最近のスタートアップ界隈の人たちとは、ネットワーク効果(ユーザー数の急速な伸び)や、世界中を虜にするまでマネタイズを無視する勇気について話題にすることなしには会話すらできない。

この環境下で「スタートアップ」は、ビジネスの完全な支配を追求するという狭義なものになってしまった。それは、ユニコーンや“成功”に付随するもので溢れた強迫観念と化している。とある世代が丸ごと、神めいた存在へと変化するポテンシャルに執着する「インターネット」というもののために働いている。

この類のおとぎ話のような理想が絶えず強調されている世の中で、そんな彼らを責める権利が誰にある?

問題の根底から始めよう。ユニコーンになる見込みがあるスタートアップにいくつも小さく賭ける人たちは、自らをエンジェルと名乗るようになった。気は確かかと聞きたい。自己奉仕の別名を、よりによって、この宗教の寓話につけるだなんて。そのリーダーが男を神殿から追い返し、「裕福な男が天国に行くことは、らくだが針穴を通ることよりも難しい」と断言した宗教。

「裕福な男が神の王国に脚を踏み入れることは、らくだが針穴を通ることより難しいだろう。」Matthew 19:23–26 (聖書より)

これは、あくまでパイプラインにおける始まりの一歩でしかない。もし君が、software is eating the world(ソフトウェアが世界を食い尽くす)といったディスラプションにまつわるバズワードを十分に列挙できて、サンフランシスコのメッカに適した熱望を抱くことができるなら、君もまたこの何階層にも分かれた投資スキームに加担することができる。

エンジェルは、スタートアップマネーの神聖なる三位一体のほんのエントリーレベルにすぎない。照らされた道を進んでいけば、あっという間に、賢明なベンチャーキャピタリストという観衆に巡り会うだろう。そして最後に、君のホッケースティック(成長カーブがホッケーステックのような形をしていることからくる表現)が丈夫なら、君は投資銀行のオーディションを受けることができる。彼らは、売却禁止期間が切れてキャッシュアウトできるまでの間、君の「輝いて見える能力」を見定めるだろう。

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そして、彼らが最終確認のためにするのは、投資家がその株を売って現金化するための機会「Liquidity Event」だ。財務天国に踏み込むために必要な洗礼。無事にその仲間入りができると、君は天使に生まれ変わり、神々の輪が完成される。

それがお前とどう関係あるんだよと思うかもしれない。だって、僕は特別なんだ。ユニコーン製造工場のあらゆる予想に反して、自分だけの特別なツノを手に入れてみせる。そもそも、資本家が語る神聖な言葉なんてどうだっていい。お金を持っていることさえわかれば、Big Dollar Daddyと呼んでやったっていい。別に失うものはない。

でも、君は次のユニコーンになるチャンスを見逃すまいと、エンジェルから必死になってお金を受け入れる。次に、そのトップクラスの成長を加速化させるために、ベンチャーキャピタルから巨額の資金を受け入れる。君に上場するポテンシャルがあり、いつか君がテクノロジーのビヒモス(旧約聖書に登場する怪物)に化けると投資銀行家をそそのかす。

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台本が用意された道のりの中で、君は自分のボスとなる存在を次々に増やしていく。君を手引きして導く存在は増え続ける。彼らは君に、空にそびえ立つエアーキャッスルを高く膨らまし続ける方法、またそれが他の誰かの悩みの種になるまで、数字を「よく見せる」方法を教授するだろう。

もし君が、これから5年以内に次のUberなる50億ドル企業になりたいと本気で願うなら、このゆがんだ論理に基づいたゲームにも少しは意味があるのかもしれない。でも、君がそれを本当に望んでいるのかについて、少し時間をかけて再考する価値が十分にあると思う。もっと正確に言うと、それが君が本当に望むことであるという極めて低い可能性について。

それがみんなが盛り上がる「成功」の定義だからといって、君までそれを鵜呑みにすることはない。確かにコーラスは無視できないほど大音量で響いているし、魅力もある。でも、表面の漆をちょっと削ってみれば、その下にある材木が想像するほど頑丈ではないことがすぐわかるはずだ。

一歩下がって、この成功の定義がどれだけ狭義なものかについて検討してみよう。

まず、この質問を塾考してみてほしい:君はなんのためにここにいる?

「世界でも最大規模の企業と、最もエキサイティングなスタートアップへのチケットを手に入れましょう。Web Summitに参加するのは、スタートアップにとどまりません。未来に何が待ち受けるのかを探り、業界に変革を及ぼすスタートアップを見つけるために、世界有数のグローバル企業の役員も訪れます。」ーWeb Summitの招待状

これも一つの理由だろう。君は、自分もこのヘッドラインを飾りたい。世界でも最大規模の企業と、最もエキサイティングなスタートアップ。言い換えると、君もユニコーンのツノを頭にはめて試してみたいわけだ。白はまさに君のお気に入りの色だし、これはもはや運命としか言いようがない。

「君はなんのためにここにいる?」という質問に答えるためには、それを文字通りのものにしてしまうのがいい。なぜ君はココにいる?欧州連合のダブリン・アイルランドに(*Web Summit 2015の開催地)。ユニコーンクラブに参加する最速でおそらく唯一の方法は、月4,000ドルを支払ってサンフランシスコで敷き布団を借りることだということを知らないのか?

なぜなら、シリコンバレーの北に位置する地域が全てをディスラプトすることに忙しくしている間、それはまだ地理という基本的なディスラプションに追いついていないからだ。だから、君のぼったくりオフィスが、エンジェルやベンチャーキャピタルがジャムセッションのためにフラッと立ち寄れる距離にないのなら、彼らは君に用はない。

君が問うべき本来の質問は、なぜ起業するのか?だ。昨今のホッケースティック現象だけにへつらうだけが、人のモチベーションになるとは思えない。魅力的に感じるだろうが、それだけにモチベーションを感じているわけではないと思う。そのモチベーションをもっと深く探ってみよう。そのインスピレーションになるように、僕がBasecampを始めた時のそれを共有する。

僕は自分のために仕事がしたかった。自分のペースで進みたかった。自分で道を選びたかった。スーツを身にまとった人間がどう感じるかを気にせず、自分が見たままに感じたかった。もっと調達して、もっと使いまくって、超音速に成長しろと問いただしてくる役員会議に参加するまで、インデペンデンス(独立)は何ともありきたりに感じられる。

インデペンデンスの価値は、それが失われるまで実感されない。そして、お金の支配者が君の素晴らしきジャーニーを指図することで、それはほぼ確実に失われる。一度出発した電車が止まることはなく、山に追突するか、リクイディティという池にあるIPOという駅にたどり着くまで、電車から降りることはできない。

僕は、プロダクトをつくって、そのクオリティーにこだわる人たちにそれを直接届けたかった。君の「金銭的なモチベーション」と「ユーザーに提供するサービス」の足並みが揃う時、そこには素晴らしい繋がりが生まれる。それは、まったく異なる類の仕事だ。ただ人を呼び寄せて、彼らの関心やプライバシー、威厳といったものを最高入札者にまとめ売りするのとは訳が違う。

それは、実直な仕事だ。シンプルで実直な仕事。僕はいいプロダクトをつくり、君はそれに十分な利用料を払ってくれる。この取引を説明するために、マネタイズ戦略といったビッグワードを持ち出す必要はない。なぜなら、それは僕の3歳の息子でもわかるほど単純明白だからだ。

僕は、根を下ろしたかった。同僚や顧客、またプロダクトと長期にわたる絆を築きたかった。10〜100倍のリターンでしか緩和されない、VCの時限爆弾のカウントダウンのもとで舵をとることは不可能に近い。過去20年間インターネットビジネスに身を置いてきて、最も充足した楽しい仕事関係は、どれも長続きするものだった。

Basecampの顧客には、11年間もその利用料を払い続けてくれている人たちがいる!共同創業者のJason Friedとは、14年間を一緒に歩んできた。そして、大きくなるBasecampの従業員チームとも10年近くの付き合いになる。

僕たちのような、生き残る「長寿」なあり方を葬る記事を見かけることが多くなっている。彼らは言う。君は現代の職場環境になんの借りもつくっちゃいない。すべての人間関係は、散ってしまう一時的なものだ。一箇所に居座らず、できるだけ動き回るほうが名声に値する、と。でも、本当にそうだろうか?僕にはピンとこないし、受け入れもしない。そもそも、それを不可欠にする倫理は存在しないと思っている。

僕は、経済的安定のティッピングポイントを達成するするために、一番勝算が高い方法を探していた。理論的な経済観念では、300万ドルを稼ぐための30%の可能性は、3,000万ドルを稼ぐための3%のチャンスと同じで、それはまた3億ドルを稼ぐための0.3%の可能性と同じだ。でも、実際には、君はどれかひとつだけ自分に合ったチケットを選ばなければいけない。

300万ドルの30%を追うために採用される戦略は、3億ドルの0.3%のチャンスを追うために必要な戦略とは真逆であることが多い。月を目指してみたものの、上手くいかなさそうだから代わりに小さな星に着陸しよう、とはいかない。

僕は、仕事の域を越えて豊かな人生を求めた。趣味、家族、知的な刺激、そして、Hacker Newsに止まらない探求。次の次のそのまた次のJavaScriptのフレームワークがどんなものになるのか、そして僕らのユーザー登録のパイプラインをどう最適化できるのかを知りたかった。

1週間約40時間の仕事に伴う制約を謳歌し、それが終わった時に満ち足りた気分でいたかった。自分の貴重な20代と30代を他人に捧げる義務があることについて、四六時中考えていたくなかった。その10年間は、僕に一度しか与えられない。いつか増えるはずのお金のために、それを人に売ることなんて考えられない。
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僕のこれらのモチベーションは、Get Bigか GTFO(Get The Fuck Outの略)(デカくなるか、とっとと失せろ)しか許されないサンフランシスコの経済モデルが定義する成功を否定することを意味した。それは、僕たちにとって、まずはBasecampを副業として始めることを意味した。僕たちの適度な収入を賄うに十分な売り上げを立てるために1年間辛抱し、やっとフルタイムになることができた。それは、プロダクトを売るための観衆をお金で買うのではなく、それをゆっくり築くことを意味した。

スタートアップ神話を封印した僕たちは、そもそも一度もスタートアップではなかったのかもしれない。世界を制覇し、市場や顧客を虜にするための計画もなかった。もちろん、一般的なマイルストーンを祝福することもなかった。シリーズAの資金調達もなかった。IPOする計画もなかった。買収もなかった。

僕らは、競合を根こそぎにすることで勝ったわけじゃない。彼らの道のりに傷をつけ、その従業員を黙って奪い、また短期間で使える限りのお金を使うこともしていない。僕らは、ORの世界ではなく、ANDの世界で繁栄してきた。僕たちも成功し、他社もまた成功できる。

野心に欠けていて、柔なことを言っているなと感じるかもしれない。僕らは、謙虚だと考えたい。現実的。達成可能。これは、考えつくされたエクスペリエンスだ。僕たちは、減っていくばかりの一定の経済的成功を越えて、人生や愛といったものを意図的に探求している。実際には、多くの人の経済的成功は減るどころか損失を被っている。

僕は、これまでにスタートアップのルールブックにある従来的な成功を手にした何人もの起業家と話してきた。そして、話せば話すほど、誰にもある事実が明確になる。吹っ飛ぶような成功から得られるものが、マズローの欲求階層に並ぶ、その他の欲求ほど重要ではないことが。

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僕が言いたいことをまとめると、要はこういうことかもしれない:スタートアップの世界には、巨大な陰謀が隠されている!人は、自分の利益のために動く。特に、主に資金を提供することで貢献する人たちは。彼らには、アイロニーや自己反省のかけらもなく、自分たちの探求を「コミュニティのためだ」と正当化するだろう。

そして時々、この利己心が驚くほど明らかな形で露わになる。例えば、エンジェルが、次のユニコーンになるビジネスが君にわかるはずがないと豪語する時。でも、彼らは、自分たちのプロセスへの貢献度の低さを驚くほど正当化している。どの泥が壁にへばりつくのかが僕にはわからないから、お願いだから、僕のロレックスの6本詰めのために ひたすら泥を投げてくれ!と。

このカンファレンス自体(*Web Summit 2015)、広義のビジネスの世界においては全くもってニッチだと思う。だからこそ、参加者は皆、完全に操られている。そこにいるのは、少数の資金提供者、その周りをうろつく連中、そして君には彼らが必要だと思い込んだ顧客企業だ。彼らはこう言う。君のその頼りないマットレスだけで、冷たくて未知なビジネスの世界に飛び込むだなんて馬鹿がすることだと。

そんな話に耳を傾けちゃいけない。彼らは、サンフランシスコこそ発展が起きる場所であると世界を説き伏せた。真似して競うのは自由だが、勝負にならないだろうと。出来が悪くないハングリーな奴らを、自分たちのもとに送り込んたほうがいい。自分たちなら、世界を制覇し、本気で勝つための勝負をさせてやれると。

彼らはまた、メディアを従順な子犬のように訓練し、自分たちのプロセスや言葉をあがめるように仕向けた。シリーズA!資本政策の数表!従業員のストックオプション!

でも結局のところ、彼らは金貸しでしかない。

資本のレバレッジに対してモラルをぶつけたとしても、大概モラルはその勝負に負けてしまう。欲は強固なモチベーションになりうるが、他者の欲に奉仕する時、それは肥大化する。プライバシーを売りますって?どうってことはない!ベンダーなんて、二等市民が集まった気にくわないロボットだ。誠意なんか必要ない、と。まあ、そんなものだろう。

ディスラプトマニアは、こうした秘密結社のゴールにぴったり当てはまる。それはまるで殺人許可証だ。全力疾走して社会を壊すようなものだ。

当然、すべてが極悪ではない。でもそれは、スタートアップの宇宙からまったく不釣り合いで大量の関心と光を吸い込んでいく。

VC領土の外に身を置く黒字化された企業は、そのストーリーを語るための必要性を感じない。そのため、VCとメディアのゆがみは悪化の一途をたどる。VCは、その採用ゴールを達成するために継続的なPRキャンペーンを必要とするからだ。彼らは、たった一度の勝利に満足することはできない。

ユニコーンの象徴は、雑誌の表紙を飾るモデルの顔と同じくらいリアルだ。n倍に加工され、細心を払って配置され、何時間にもわたって働かされる。

ウェブは、これまでで最も優れた起業プラットフォームだと思う。参入障壁が低く、圧倒的に多くの人にリーチすることができる。僕はウェブが大好きだ。そこに許可は不要で、リーチは広大で、実装に多様性がある。資金へのアクセスという架空の壁を信じちゃいけない。そんなものは存在しない。

自分のモチベーションを分析して、問いただそう。思い切って資金を断り、何か役に立つものを立ち上げよう。宇宙にちょっとのくぼみを生むだけで十分だ。

自分の野心を抑えよう。

そして、いつまでも幸せに暮らそう。

(翻訳:三橋ゆか里)

 

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