次の起業トレンド「Superhuman for X」を知っているか?ーー領域特化の“フェラーリ”を作れ

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Image Credit: Superhuman

ピックアップ記事: The “Superhuman of X”

“メール版フェラーリ”とも界隈で称される「Superhuman」をご存知でしょうか。2014年にサンフランシスコで創業し、累計調達額は3,300万ドルに上ります。現在シリーズBラウンド。

Superhumanのコンセプトは「あらゆるアクションを0.1秒以内に達成させる」。圧倒的なスピード感とサクサク感を持たせることから“メール版フェラーリ”の愛称が付いています。

誰もが使うGmailの体験を超えることは至難といえます。しかしSuperhumanは強気の価格設定・ターゲティング・圧倒的に優れたサービス設計で、新たなメール体験を実現させています。同社は月額30ドルで次世代メールプラットフォームを提供。ターゲットユーザーは3時間/日以上メールを利用しているヘビーユーザーのみ。サービス利用は招待制。

豊富なショートカットが用意されており、ユーザーはほぼ全てを駆使するように教育されます。具体的には3つのサービス学習手法が用意されます。1つはオンボーディングプロセス(詳細は後述)。2つ目は「Super human Command」と呼ばれるポップアップ画面を呼び出せば、すぐさま該当ショートカットを検索できる導線を用意。

最後は、各アクションをクリックベースで起こす際、毎回ショートカットコマンドを表示して教える。たとえば、メールを捨てるためにゴミ箱ボタンをクリックしようとすると、「Cmd + Shift + ,」ショートカットがポップアップ表示されます。

“プロシューマー”を狙え

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Image Credit: Superhuman

著名VCであるAndreessen Horowitzが参加している点や、10万人以上がウェイトリスト入りしている市場需要から、確実にGmailの体験を超える突破ポイントを掴んでいるといえるでしょう。サービス体験は価格を裏切らないものと呼べそうです。

ただ、ショートカットを全て覚えるにはユーザー側に多大な学習コストを必要とします。しかしコストを受け入れて積極的に使うユーザー層が確実に存在しています。そこでキーワードになるのが“Prosumerization of the enterprise”です。

Prosumerizationを意訳すると「プロ消費者化」。Gmailに代表されるコンシューマ向けのツールを使い倒し、仕事をものすごい早いスピードでこなせるプロの仕事人になることを指します。また、“Producer”と“Consumer”を組み合わせた用語でもあります。「生産消費者」と訳され、生産と消費を同時にこなす新たな消費者を意味します。今回の場合、先方から送られてくるメールコンテンツを消費(読み)しながら、生産的に対応(返信)する人を指します。

Superhumanでは一見ユーザーコストが高いように思えますが、そもそもプロ消費者を当初からターゲットにしているため、学習コストに嫌気を感じる一般ユーザーは対象外。そのため、30ドルの高価格設定と招待制度は、プロ消費者だけに利用してもらいたいユーザー獲得戦略に紐づいています。具体的には下記4つを戦略的に実現させています。

  • 本当に価値を感じてくれるビジネスインフルエンサーに特化することでサービスの高級感を演出
  • 強気の価格設定で収益性を当初から実現
  • ターゲットユーザーであるプロ消費者だけを囲うことでサービス体験を高品質に常に保つ
  • プロ消費者は利用頻度が著しく高いため、フィードバックループを完成させてサービス改善フローを構築

プロ消費者向けのサービスを作り上げるだけで、一石二鳥では終わらず、上記のように一石四鳥の戦略を打ち出せます。

今後、Gmail以外にも“Prosumerization of the enterprise”のトレンドは到来するはずです。ExcelやWordで発生するタスクを、圧倒的なスピードとサクサク感でこなせるサービスはまさにそれらのターゲットとなりえます。

実際、すでにファイナンシャル業界で「OpenFin」と呼ばれる金融市場特化の新たなOSが誕生しているように、単体サービスではなく、ハードウェアの体験を丸ごと変えてしまうサービスも登場するかもしれません。

このように、プロ消費者意識がエンタープライズ領域で起きているトレンドが発生しているのです。従来、2C向けに広く展開されていたサービスを、企業向けに再発明するトレンドとも言えます。Superhumanは圧倒的なスピード感をメールサービスに持たせることで、“Prosumerization of the enterprise”を実現しました。

ちなみに“Prosumerization of the enterprise”は、本メディアでも最近頻繁に触れてきたパッションエコノミー文脈で登場した用語「マイクロ起業家」を英語で表す“Enterprization of cousumers”と並列して語られることも多いフレーズです。次の数年は、この2つのフレーズに注目が集まることは必至でしょう。

2つのフレーズを詳細な説明で比較したいと思われる方は、筆者も好んで聴いているスタートアップ情報を発信するポッドキャスト「Off Topic」のエピソード21を聴くと理解が非常に深まります。

Superhumanの作り方

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Image Credit: Superhuman

ここからは「So you’re building a “Superhuman of X”?」の記事一部の抄訳を織り交ぜながら、Superhumanのプロダクト開発戦略を時系列に紹介していきたいと思います。大きく6つの段階に分かれます。

第一フェーズ: Superhumanの始まりはユーザー候補300名へのヒアリング。解決策を聞くのではなく、どんなことに問題意識を持っているのかを傾聴して理解する「ママテスト」と呼ばれる手法でヒアリングを進めていったそうです。

第二フェーズ: 次にユーザー課題を小さなタスクへと分解をして取り組みます。複数タスクの解決に向けて一斉に取り掛かり、大きなプロダクトを作ろうとすると、往往にしてスタートアップは負けてしまうため、小さくスタート。また、取り組む課題を選定するためには、製品の優先順位付けが大切になります。Superhumanの場合、改めてユーザーヒアリングを実施することで解決したようです。ここで大切にしたのが下記の3点。

  • 本質を付いた正しい質問をすること
  • 得られた「ファクト」をセグメント分けして「インサイト」へと昇華
  • インサイトを基に、ユーザーがすでにヘビー利用しているサービスの理解と、同サービスに対して課題に感じている点の解決に自分の時間を50:50で使う

Superhumanは300名のユーザー候補が日常的に使うGmailに目をつけ、3時間以上使っているヘビーユーザーの課題を選出。毎回のメール処理における時間コスト解決に注力することを決めたことがわかります。

第三フェーズ: 次の段階では、具体的に数値に落とし込めるサービスゴールを設定します。大好きなゲームでラスボス設定をするのと同じ感覚です。Superhumanでは次のようにゲーム設定をしています。

  • ラスボス討伐: 受信ボックスの未読メール数を0にする
  • プレイヤー: ユーザー
  • ゲームルール: 必ずオンボーディングを受ける
  • コントローラー: キーボードとショートカット

興味深いのはどんなゲームでも操作方法をチュートリアルで教わるように、オンボーディングセッションを設定している点です。

ユーザーはサービスの利用価値を見出せなければ、すぐに解約してしまいます。30ドルも支払っていればなおさらです。そこで、登録ユーザーは1on1でのオンボーディングプロセスが課せられます。

一見、スケールのしない手法に見えます。ただ、通常のカスタマーサクセス部隊を編成し、長期的にサポートするより短時間にユーザーにサービス理解を促せるため、最終的に低コストで収まり、顧客満足度を最大化できるのだそうです。Superhumanの高い継続率と低い解約率の裏側には、オンボーディングで初見ユーザーをプロコンシュマーへと変えてしまう魔法のステップが用意されているわけです。

おそらく、オンボーディングの有無で大きく解約率が変化する「マジックナンバー」をSuperhuman側は掴んでいるはず。ゆえに時間を惜しんでまで、ユーザーに仕事を早く終わらせる方法を最初の時点で押していると思われます。

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Image Credit: Superhuman

第四フェーズ: さて、ラスボスを討伐させるまでのベースはできました。次に行うのは理想的な利用フローです。受信ボックスを0にするための諸条件や選択肢を洗い出していきます。

たとえば、未読ボタンを押さない(返信を後回しにしない)、リマインダーを使いこなす、スケジュール送信を積極的に使うなどが挙げられます。Gmailで本来行われるべきベストプラクティスを日常的に実行できるツールであろうとし続けたのがSuperhumanです。この点は、上述した「ユーザーがすでにヘビー利用しているサービスの理解」に由来するでしょう。

第五フェーズ: 最低限機能する製品「MVP」は第四フェーズまででなんとか完成。次に考えるべきはバイラル性です。Superhumanは非常に巧みなバイラル戦略を敷いています。具体的には3つ。

  • 「受信ボックス 未読メール数0」を押すとTwitterシェアする感想共有導線を確保
  • メール署名欄にSuperhumanへ飛ぶリンクを用意して招待を拡散
  • ウェイティングリストに友人が載っていた場合、ユーザーが直接優先的にサービス利用を促せるアプリ内リファラル戦略採用

ユーザーの最終目的である未読0に、感想をシェアする導線を置いたは巧みな考えであると言えます。ユーザーのモチベーションが最高潮に達する際、シェアが増えるのには納得がいきます。事実、SuperhumanのTwitterアカウントには2万人以上のフォロワーがついています。比較的地味なサービス領域である点を考慮すれば、非常にアクティブな場を形成しています。他の点に関しても、過去の大手メールサービスのバイラル戦略や、日本のMixiが採用していた招待戦略に見られる考えを忠実に踏襲しているように思えます。

第六フェーズ: 製品開発の最後は収益化です。Superhumanではヒアリング直後の、ざっくりとした製品像が浮かび上がってきた時点からユーザー候補にサービスへの支払い意思があるのかを勇気を持って何度も聞いていたそうです。

加えて、従来のサブスクリプションサービスが提供するような段階的な価格設定はしていません。フリーサイズ的に誰もに使われる有料サービスではなく、あくまでも特定ユーザーのニーズを満たせるのか否かだけに集中するための収益戦略を採用しています。

記事では「最強の商品開発」をSuperhumanの創業者は必ずや読んでいるに違いないとしており、詳しい内容を理解するために一読することをお勧めします。また、FirstRoundCapitalの「It’s Price Before Product」の動画もお勧めしていました。

Superhuman for Xとは?

business computer connection creativity
Photo by Mateusz Dach on Pexels.com

最後に本題の「Superhuman for X」について紹介します。Superhumanのサービス形態を様々な領域で応用・再現する考えを指します。ピックアップ記事ではSuperhuma系サービスの要素を次のようにまとめています。

  • スピード重視の設計
  • 特定ユースケース・ユーザーの課題解決に注力したサービス
  • ユーザー意見を十分に反映させたエクスペリエンス製品
  • 美しく、考え抜かれたデザイン
  • 従来の大手サービスを現代風に再発明
  • 高品質な有料サービス vs 一般の無料サービスの構図を作る
  • 秀逸なオンボーディングやバイラル戦略で差をつける

続けて、もしSuperhuman for Xの起業アイデアを探している場合に検討すべき評価項目を一覧化しています。

  • 現在広く利用されているサービス・ワークフローにおいて、効率的でない部分や、特定ユースケースに偏りすぎている点はどこか?
  • このワークフローにとってスピードはどれほど重要か?
  • このワークフローはどのくらいの頻度で実行されるのか?
  • このワークフローに対して、ユーザーは1日あたり何時間費やすのか?
  • 新製品を通じてどのような新しいワークフローを作成できるのか?
  • ユーザーが無料の類似サービスに慣れていた場合、支払意思額はどの程度か?そもそも意思は存在するのか?
  • あなたのアイデアが跳ねるきっかけをニッチ市場のなかでどのように作るのか?

Superhumanはスピード改善を最重視したプロダクトです。ただ、1on1オンボーディングを設定しているため、ユーザーの学習コストが多く関わる製品でもあります。直感的にサービス利用方法を理解できる方が良いとする2C向けサービスとは対峙するサービス導入手法でしょう。

それでも利用しようとする人が多く列をなしているのはなぜでしょうか。答えは「ツール時間 > タスク時間」の式で表せます。サービスの使い方を理解する時間を取るほど、タスク完了時間は圧倒的に短くなるのです。

Superhumanの場合、最初に独特のショートカットの使い方や機能を全て頭に叩き込むことで、生産性が圧倒的に上がります。後々に獲得できるメリットが圧倒的に大きいのです。こうした体験を数字で表現した頂点が「未読メール0」なのです。

一方、たとえば2C向けアプリでいくら直感的にアプリの使い方がわかったとしても、生産性が上がることはありません。この点、「直感的にサービス利用方法を理解できる方が良い」といった批判が2Cサービスから出てきたとしても、比較対象違いであることが指摘できます。

もちろん、サービス理解の時間は短ければ良いのかもしれません。ただ、最終的に生産性向上に繋がらなければサービスとしての提供価値軸が変わってくるため、そもそもエンタメやSNSアプリなどに代表される2Cサービスと、サービス導入時間に関する比較はお門違いとなります。生産性を追求するビジネスでのユースケースを狙う“Prosumerization of the enterprise”の所以はここから来ていると言えます。

このように、Superhuman for Xを開発するには生産性をハックする独特のマインドが必要となります。エンタメ系2Cサービスとは全く違った哲学が必要です。

2020年、普段利用する生産性ツールは、本来備わっている機能をほぼ100%駆使し、体験性を最大化できているのでしょうか。もしできていないのであれば、そこには大きなビジネスチャンスが眠っているはずです。今後数年、あらゆるビジネスシーンでこうしたチャンスに着目できたスタートアップに急成長の機会が巡ってくるでしょう。

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