日米を股にかける連続起業家・吉川欣也氏が次に賭けるのはギョーザ——ポストコロナ、東京五輪に照準

SHARE:
吉川欣也氏

1997年、シベリアからの日食の生中継プロジェクトに関わっていた筆者は、その関係で恵比寿駅前にあった吉川欣也氏のオフィスで彼に初めて出会った。あれから20年以上の歳月が過ぎたが、その間に吉川氏はさまざまな事業を立ち上げた。ウェブ制作会社の草分け的存在デジタル・マジック・ラボに始まり、IP 技術に特化したソフトウェア開発会社 IP Infusion をシリコンバレーで立ち上げ(2006年に ACCESS へ5,000万米ドルで売却)、ソーシャル楽器スタートアップ Miselu でも名を馳せた。

夢と野心のとどまることを知らない吉川氏から次に届いたプロダクトは餃子だ。確かに、日本で(いや世界でも)餃子が嫌いな人を見つけることの方が難しいだろうし、市場は小さくないだろう。しかし、街の中華店であれ、料理手間要らずの冷凍食品であれ、美味しい餃子はそこらじゅうにあふれているわけで、今さらスタートアップがディスラプトまたはイノベートすべき領域なのだろうか? そしてテクノロジーを追いかけてきた吉川氏がなぜ餃子なのか? 素朴な疑問に、吉川氏からは次のような答えが返ってきた。

餃子はパケットなので、IP Infusion と同じ(編注:IP Infusion はルータやスイッチ向けの OS を開発してきた)。Miselu では、音楽で世界をつないできた。餃子で、家族を繋いで世界を笑顔で包みたい。(吉川氏)

餃子は食べ物であると共に、美味しさや食のサイエンスを届けるメディアだというのだ。確かに、あの一口サイズの最小単位は、製造工程のベルトコンベアを流れている姿を想像すると、なんとなく LAN ケーブルや光ファイバーの中を流れるデータパケットに形容したい気持ちはわからないでもない。世界中に餃子や餃子から派生した食べ物が伝播したことを考えると、音楽にも似た人類の叡智の一つの象徴と見ることもできるだろう。吉川氏の新たな取り組みについて話を聞いてみた。

餃子を科学して、東京から世界に発信

Image credit: Republi9

餃子の歴史は古く、中国の東漢(後漢)時代(西暦200年頃)に由来し、当時の名医 Zhang Zhongjing(張仲景)氏が創案した「嬌耳」が起源とされる。寒い中国の東北部では凍傷に悩まされる人が多く、Zhang 氏がラム肉や唐辛子と一緒に生薬を釜で煮込んだ薬膳餃子を作り配ったところ、人々の凍傷の症状が改善されたという。実に長い歴史を持つ医食同源の象徴的な食べ物だが、1800年が経ち、医療や食生活や科学技術は当時と比にならないほどの進化を遂げた今、吉川氏は餃子が科学されていない、と憂う。

日本にも、美味しい餃子を食べ歩く人たちとか、それを作り出す人たちは多くいる。しかし、餃子を科学しよう、という人はあまりいないのではないか。餃子には五大栄養素が入っているし、食材が無駄になりにくい。サステナブルで理想的な食べ物だ。

冷凍でも、焼いても蒸しても、フォーマットが変わっても美味しい。だから1800年かけて世界中に広がっていった。しかし、次の1800年後を見据えて、次の餃子の形を作り出して考えてもいいのではないか、と思った。(吉川氏)

食欲を掻き立てる餃子だが、どうしても気になるのが食べた後の口臭だ。ニンニクやニラ抜きの餃子を提供する中華料理屋もあるが、特に女性の中には、昼間から餃子を食べることを躊躇する人も少なくないだろう。一方で、21世紀になって顕著になってきているトレンドとして、ヴィーガン(菜食主義者)の増加とグローバル化に伴ってハラール料理が求められるようになっている現状がある。餃子の美味しさは、ムスリムの友人や同僚とも共有したいと思うのが人情だ。

東京・二子玉川駅前でのテスト販売
Image credit: Republi9

吉川氏は、ニンニクやニラを使わず、また、ひき肉の代わりに大豆ミートを使った「東京ヴィーガン餃子」を考案。東京・二子玉川駅前にキッチントレーラーを出してテスト販売を行ったところ、30代後半から40代半ばの女性を中心に好評を得た。今秋からは関東甲信越を中心に冷凍宅配による D2C 販売を始めており、現在は PMF と合わせて、どんなユーザがどういう買い方をしているのか、データを取っているところ。世田谷区・港区・目黒区などにリピーターが多く、医師、ヨガ愛好家、IT 企業の社長などに人気のようだ。

玉ねぎ、キャベツ、生姜を主体に使っている。臭いをあまり気にしなくて済むので、医療従事者、舞妓さん、銀座のクラブのママさん、それに、臭いの滞留が気になる飛行機などでも安心して食べてもらえる。(吉川氏)

吉川氏が率いるスタートアップ Republi9(リパブリック)では今年10月、新型コロナウイルス患者の治療に臨む医療従事者に対して、東京ヴィーガン餃子の無償提供を実施した。患者と近い距離で接する機会の多い医師や看護師は勤務時、臭いの強い食べ物を敬遠する傾向にあるが、そういった現場で餃子が受け入れられたという事実は興味深い。餃子という食品の扱いやすさや調理のしやすさから、自然災害が起こった際の被災者への非常食として、赤十字などへ寄付することもできるだろう、と吉川氏は言う。

ポストコロナ・東京五輪を念頭に事業を加速、シリーズ A ラウンドへ

筆者宅に届いた「東京ヴィーガン餃子」。 冷凍宅配便で届く。
Image credit: Masaru Ikeda

吉川氏はインタビューの中で、Republi9 がエンジェルラウンドで3,800万円を調達していたことを明らかにした。シリコンバレーに拠点を構え、日米を股にかける連続起業家の吉川氏ならではの人脈の豊富さを反映した錚々たる投資家の顔ぶれとなっている。このラウンドに参加した投資家は次の通り(名前非開示の投資家を除く)。

  • 旺文社ベンチャーズ
  • 信金キャピタル
  • DG ベンチャーズ
  • 石塚亮氏(メルカリ 共同創業者)
  • 柴田尚樹氏(SearchMan 共同創業者)
  • 松尾豊氏(東京大学大学院工学系研究科 教授)
  • 松本均氏(元米国富士通研究所 社長)
  • 原田明典氏(ディー・エヌ・エー常務執行役員)
  • 安川健太氏(ソラコム CTO 兼共同創業者)
  • 芳川裕誠氏(トレジャーデータ共同創業者)

Republi9 では今後、ポストコロナ、そして2021年に開催が延期された東京オリンピックを見据え、生産販売体制の拡充を図る考えだ。それに向けて、シリーズ A ラウンドでの資金調達への着手を始めた。吉川氏の旧来からの友人が多かったエンジェルラウンドと対照的に、シリーズ A ラウンドでは VC の他、東京ヴィーガン餃子の商品拡販や流通チャネル拡大にシナジーのある、さまざまな事業会社の参画が期待できるだろう。

オリンピックには世界中からさまざまな人々がやってくる。世界中でヴィーガンアスリートも増えている。いろんなメニューを作って、ホテルとか、飛行機とか、選手村とかで提供できるようにしたい。コロナが明けた頃に、日本で街で買えるように、(来年の)春か夏くらいまでに仕込みができればいいな、と思っている。

90年代くらいからヴィーガンが増えてきて、そろそろ、彼らの子供たち、ヴィーガンの第二世代が20代〜30代になってくる頃。今では、クジラをわざわざ食べようとする人もあまりいないように、動物肉をそこまでして食べなくてもいいかな、という時代がくるんじゃないかな。(吉川氏)

Image credit: Republi9

世の中の常識とは常に変化するものだ。一昔前なら、喫煙は社会人の一つのステータスみたいな風潮さえあったが、今では愛煙家は社会の隅に追いやられてしまった。誰が悪いというわけでもないが、それが世の中の変化である。地球温暖化や食料問題を近因として世界中のフードテックスタートアップが代替肉の開発に勤しんでいることも手伝って、ヴィーガン人口が増えていくことは自然な流れとも言える。

ヴィーガンの料理というと、とかく味が淡白だったりメニューが多様でなかったりと思われがちだが、餃子という我々が受け入れやすい日常食でこれを実現しようとしているところも興味深い。名前やデザインから想像に難くないが、Republi9 では東京ヴィーガン餃子を日本初のヘルシーブランドと位置づけ、将来は世界展開も視野に入れているようだ。

BRIDGE Members

BRIDGEでは会員制度の「Members」を運営しています。登録いただくと会員限定の記事が毎月3本まで読めるほか、Discordの招待リンクをお送りしています。登録は無料で、有料会員の方は会員限定記事が全て読めるようになります(初回登録時1週間無料)。
  • 会員限定記事・毎月3本
  • コミュニティDiscord招待
無料メンバー登録