クラフトビール業界に風穴を開ける「Best Beer Japan」、醸造所の業務効率化狙いERP事業に参入——追加で資金調達も

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取引先の醸造所のビールを飲む Best Beer Japan の皆さん。左下が Best Beer Japan CEO の Peter Rothenberg 氏。
Image credit: Best Beer Japan

〈3月20日正午更新〉本稿初出時、写真のキャプションを「醸造所の皆さん」としていましたが、Best Beers Japan のメンバーの誤りでした。訂正してお詫びいたします。

都市部は依然として緊急事態宣言下にあり、飲食業とその関連業種への経済的打撃は大きい。大手ブランドビールと違って中間流通が整備されていないクラフトビール業界に、ビール樽レンタルサービス「レン樽」で乗り込んだ Best Beer Japan(以下、BBJ)への影響も計り知れない。ブランドビールの売上には家飲み需要が貢献するが、クラフトビールの多くは飲食店で消費されるからだ。

クラフトビール専門店と醸造所の両方と間近で付き合ってきた BBJ 創業者兼 CEO Peter Rothenberg 氏は、コロナ禍のクラフトビール業界の状況を次のように語る。

醸造所は、昨年に比べると売上が3〜4割になっているところも少なくない。コロナになって売上を補填しようと、7割くらいが D2C に変わってきている。しかし、主に業務用の卸で売っていた醸造所が小売を始めるのも簡単ではない。これまで樽で売っていたのに、コストの高い瓶や王冠を用意する必要があるし、煩雑な作業がさらに増えることになる。

クラフトビールの醸造所の経営規模は決して大きくない。日本の醸造所の約半数(48.1%)が年間売上1億円未満で72.2%が従業員10人未満(帝国データバンク2018年8月資料)と、現代版の「家内制手工業」と言ってもいいだろう。経営規模が小さいので売上が業務の効率化に再投資されるというポジティブなスパイラルが生まれにくく、業界全体に影響を与えられやすい中間流通から革新を起こそうと BBJ が考えたのが前述のレン樽だった。

しかし、コロナ禍でクラフトビールの流通は激減している。レン樽だけでは今、クラフトビール業界に大きな影響を与えることはできないし、それどころか業界存続の危機かもしれない。論より証拠、1996年に広島・呉でクラフトビール「海軍さんの麦酒(当初の商品名はクレール)」の生産・販売を始めた呉ビールは、コロナ禍の需要減・売上減を理由に先月解散を発表している

クラフトビール業界にとっても、そして、おそらく BBJ にとってもこの苦しい状況にあって、BBJ はどのように風穴を開けるのだろうか。BRIDGE の取材に対し、同社は醸造所向けの ERP の開発に着手することを明らかにした。レン樽で既に空樽を飲食店から回収するシステムは構築済だったが、今回は店舗〜醸造所でビール受発注をオンライン化することから始める。

ピボットなのかと聞かれるが、ピボットではない。ただ、やるべきことの順番を変えただけだ。(Rothernberg 氏)

EC サイトと BBJ アプリの連携(B2C 受注機能は開発中)
Image credit: Best Beer Japan

確かに創業時のインタビューでも、Rothenberg 氏は、クラフトビールの物流効率化スタートアップになろうというわけではない、と語っていた。クラフトビール業界全体を革新させ、より強いものにしていくには、さまざまなツールや仕組みづくりが必要になるので、それらを一つ一つ構築していくプロセスにあって、優先順位を入れ替えただけと言うわけだ。

これまでは、(クラフトビールを自動車に例え)自動車ばかり作っていて、道路がまだ無かった状態。いつかは自動車を作りたいけど、まずは道路を整備する。BBJ はスタートアップなので、使える資源は限られている中で、物流よりもシステム(=ERP)を構築する順番を先に持ってきた。(Rothernberg 氏)

醸造所はビールの醸造以外に樽詰や発送業務はもとより、納品書や請求書の作成、納めるべき酒税の計算といった煩雑な事務作業に忙しい。醸造所にもホリゾンタル SaaS を導入してはどうかと考えるが、業界特有のプロセス(特に酒税計算が重いらしい)やそもそも少人数経営であるため業務効率化に繋がりにくい。BBJ は受発注のオンライン化(B2B マーケットプレイス)を入口に、醸造所の作業全体の効率化を狙う。

醸造所がビールづくりに集中できるようにするのが我々のミッション。彼らがビールづくり以外で、一番時間や労力を費やしているところから着手することにした。飲食店やバーからは B2B マーケットプレイス、醸造所にとっては受注や業務を効率化できる ERP という見え方になる。(Rothenberg 氏)

BBJ は ERP 事業の参入に向け、追加で資金調達したことも明らかにした。2018年7月の調達に参加した個人投資家のうち7人がフォローオン参加し、and factory(東証:7035)創業者の小原崇幹氏が設立したファンド「BREW」からも出資を受けた(ビールのスタートアップが BREW という名のファンドから調達するのは、偶然にしては話が出来すぎている)。ちなみに BREW は今月、パーソナライズ入浴剤 D2C ブランド「DAY TWO」を開発する FLATBOYS にも出資したことが明らかになっている

この分野のスタートアップを見てみると、アメリカでは、醸造所管理ソフトウェアを開発する Ekos が2019年、シリーズ A ラウンドで800万米ドルを調達、昨年には e コマースや POS との連携を目的として Arryved や Square と提携した

B2B EC のミックスパック機能
Image credit: Best Beer Japan

コロナ禍ということを除けば、クラフトビール業界にとっては追い風もある。昨年9月からビールの酒税は段階的に下げられ、2026年10月にはビール・発泡酒・新ジャンルの酒税が統一される。税額に由来する価格差だけで飲む酒を選ぶ理由はなくなり、全体効率化で飲食店で供されるクラフトビールの提供価格は競争力を持ったものになるかもしれない。

イギリス・スコットランドのクラフトビールメーカー Brewdog は、ファンを株主にすることに成功し世界的に注目を集めている。同社は昨年9月から先月まで投資クラウドファンディングスキーム「Equity Punks for Tomorrow」で資金調達。先ごろ、バリュエーション1億米ドルを死守することを明らかにしている

今回の BBJ の動きは、コロナ禍の間に着々とできることを進め、アフターコロナの需要回復や酒税変更後の競争力強化に備える意図がある。需要が回復すれば、物流効率化のテコ入れや、醸造所〜飲食店の商流をさらに最適化する別の事業に参入するのかもしれない。Rothenberg 氏は次のように語り、話を締め括った。

自分たちはまだビールを作っていない。今はまず、クラフトビール業界が生き残れるよう道を作り続けていきたい。(Rothenberg 氏)

<参考文献>

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