アクセラレータからアライアンスへ——スタートアップ共創開始から7年目を迎えた東急の次なる模索

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「東急アライアンスプラットフォーム」事務局の皆さん。左から:福井崇博氏、金井純平氏、武居隼人(たけすえ・はやと)氏、吉田浩章氏

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

東急株式会社(以下、東急)は2021年7月、これまで運用してきたスタートアップ共創活動の名前を「東急アクセラレートプログラム」から「東急アライアンスプラットフォーム」に変更しました(略称は、TAP のまま)。東急アクセラレートプログラムがスタートしたのは7年前の2015年7月。日本の有名大手企業が CVC を設立しオープンイノベーションの可能性を声高に訴え始めたのが2016年から2017年あたりだったことを考えると、東急がスタートアップ共創に着手したのは早い部類に入るでしょう。

2022年の創業100周年を迎えるのを前に、東急は2019年、30年後の未来を考える TOKYU 2050 VISION「東急ならではの社会価値提供による世界が憧れる街づくり」を発表しました。全社をリードして、このビジョンを具体的に実践していくべく未来事業を創出する社内組織としてフューチャー・デザイン・ラボを開設しており、東急アライアンスプラットフォームもこの組織が運営主体となります。このタイミングでのリブランディングや方針転換について、フューチャー・デザイン・ラボの皆さんに伺いました。

TAP をリブランディングした理由

「東急アライアンスプラットフォーム」HP

アクセラレータの多くは年に数回ほど採択を希望するスタートアップが募集され、3ヶ月や6ヶ月の単位でアクセラレーションの機会が運用・提供されることが一般的でした。TAP も当初はそうでしたが、2018年から通年応募制(年間を通して締切を設けず常に応募を受け付ける)体制に変更しました。このリニューアルは、世の中の変化のスピードが速く、また、常に短期決戦を求められるスタートアップ独特の生態には好意的に受け止められています。

東急ではこの通年応募制の採用を機に、共創に向けた取り組みを社内で仕組み化してきました。近年では、スタートアップからの提案に頼る「受け身」や「Nice-to-Have(あるといいもの)」ではなく、「Must-Have(本気で取り組む必要のあるもの)」に注力してきたことで、「アクセラレート」や「プログラム」という名称が運営している事業共創活動のコンセプトに合わなくなってきたと福井氏は言います。

応募前のスタートアップと会話した時に、「あぁ、アクセラレートプログラムですか」と言われることも多くなりました。アクセラレートという言葉が理由で、敬遠や機会損失が発生していたことに問題意識を持っていました。実態に即した名称に変更するとともに、オープンイノベーションの「当たり前化」に向けて、次のフェーズに進化していくという意気込みを表す必要があると考え、「アライアンスプラットフォーム」という名前にしました。(東急 福井さん)

リブランディングでは、事業支援の意味合いが強い「アクセラレート」から、より対等な立場で双方向のコミュニケーションを行い応募企業との事業共創を推進する「アライアンス」の意味が込められています。東急では、グループ各社の誰もがオープンイノベーションという選択肢を当たり前に持ち、より迅速かつ円滑に事業共創を推進できる状態をつくることで、応募企業との事業共創の機会の最大化を目指します。

何が変わるのか?

東急が2019年7月、渋谷に開設したオープンイノベーション施設「SOIL」

東急アライアンスプラットフォームのリブランドを受けて、主に変更となった点は次の通りです。

  1. グループ横断の対象領域「デジタルプラットフォーム」「脱炭素・サーキュラーエコノミー」の追加 (17→19領域)
  2. 対象領域ごとの課題・ニーズをフレキシブルにHPへ掲載(月1回程度)
  3. ホームページ内の新オウンドメディア「TAP Library」による課題・ニーズの背景や共創事例等の発信
  4. 応募企業情報や周辺情報、事業共創ノウハウの東急グループ内発信強化(ex.ピッチ動画の社内ポータル公開等)

これらの変更点を詳しく一つずつ見ていきたいと思います。

1. グループ横断の対象領域「デジタルプラットフォーム」「脱炭素・サーキュラーエコノミー」の追加(17→19領域)

これまでの対象領域は、交通、物流・倉庫、不動産、建設、百貨店・スーパー・ショッピングセンター、広告・プロモーション、デジタルマーケティング、カード・ポイント・ペイメント、教育・カルチャー、スマートホーム・スマートライフ、ツーリズム、ホテル・ホステル、エンターテイメント・コンテンツ、スポーツ、ヘルスケア、セキュリティ、電気・ガス、デジタルプラットフォームの17領域でした。今回のリブランディングを機に、デジタルプラットフォームと脱炭素・サーキュラーエコノミーの2領域が追加されました。

2. 対象領域ごとの課題・ニーズをフレキシブルに Web サイトへ掲載

東急アライアンスプラットフォームの Web サイトに「Needs」という項目が追加され、ここには対象領域毎の課題やニーズが掲載され、月1回程度の頻度で情報が更新されるようになりました。これまでのアクセラレートプログラムでは、スタートアップ側からソリューションが提示され、それに関心のある東急グループの企業や部門が手を上げる形でしたが、これからは逆、すなわち、東急グループ各社や部門から解決したい課題が提示されます。マッチングの可能性がより高まることが期待できます。

3. 新オウンドメディア「TAP Library」による課題・ニーズの背景や共創事例等の発信

TAP には過去6年間で824件の応募があり、54件のテストマーケティングや実証実験・試験導入、26件の事業化や本格導入、7件の業務・資本提携を実施しました。最近の事例では、ヘラルボニーが取り扱う知的障害のあるアーティストの作品を渋谷の街の壁面広告の空き枠に掲出し、QRコードを経由し販売するサービス、Chompy による東急百貨店デパ地下店舗から取り寄せできるオリジナルアプリのローンチ、フラーと共同開発する地域共助のプラットフォームサービスアプリ「 common」などがありました。これまでの事例が TAP Library に網羅されており、今後、応募を検討するスタートアップが参考にできます。

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4. 応募企業情報や周辺情報、事業共創ノウハウの東急グループ内発信強化

これは東急の外部からはあまりわからないことですが、グループ社内向けのポータルにスタートアップのピッチ動画を掲出することで、グループ各社の現場担当者に対して、どんなスタートアップがどんなサービスを提供できるのかを知ることができる機会を増やします。ピッチといえば、これまでデモデイか、現場担当者が集まる機会を利用して実施されることが常でした。いつでも情報にアクセスできるようにすることで、出会いの機会が作りにくいコロナ禍においてもマッチング効果を高めようとする意図が感じられます。

意思決定プロセスも高速化

今年3月に実施された TAP(当時は、東急アクセラレートプログラム)のデモデイ 画像提供:BRIDGE

常時受付、毎月選考を行うスタートアップとの事業共創プログラムはあまり例を見ません。東急では2018年から通年応募制を採用していますが、今後、このプログラムに関わるプロセスをさらに高速化します。応募があった次の翌月中旬には一次回答、その後、事業共創を希望するマッチングが成立し次第、即時検討を開始します。デモデイは年に一度ですが、共創が始まり東急とスタートアップの協議が整った段階で、その年度のデモデイに登壇しプロジェクトを披露することができます。

バリューチェーンリストという、東急グループの各参画事業者の主要ビジネスを業務プロセスレベルまで可視化し、各プロセスにおいて、どういう技術やサービスが必要かをリスト化しています。それをもとにして、ホームページなどでのニーズ掲載やソーシング活動を行います。(東急 武居さん)

これまでは参画事業者中心の取組みでしたが、新生TAPではグループ内全体に情報やノウハウ共有などの機会提供を行い、「東急グループの誰もがオープンイノベーションという選択肢を持ち、実行できる状態」をつくっていきます。(東急 金井さん)

TAP は東急グループのデジタルトランスフォーメーション(DX)戦略の核を担っています。これまで大企業がやってきたように、プロジェクトの必要に応じて、外部の協力会社に案件発注するだけでは、社内に知見がたまらず、また、人材の変容を促すのにも限界があります。TAP を通じて協業するスタートアップに社内のチームに加わってもらうことで、プロジェクトを通じて東急の内部から変革を起こし、未来の都市創造を牽引する企業グループへの生まれ変わりを目指すようです。

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