シリアルアントレプレナーが挑むWeb3インキュベータ「Tané」が目指すもの(3)【ACVポッドキャスト】

本稿はアクセンチュア・ベンチャーズが配信するポッドキャストからの転載。音声内容をテキストにまとめて掲載いたします

アクセンチュア・ベンチャーズではこれまでにWeb3・クリプトをテーマにしたポッドキャストを配信してきました。本稿ではそこで語られたエッセンスをまとめ、Web3・クリプトスタートアップの魅力に迫ります。最終回はクリプトビルダーのインキュベーターとして活動するTanéのファウンダー、六人部生馬さんをご紹介いたします。

Web3ストーリー

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スタートアップエコシステムには、主たるプレーヤーである起業家や投資家に加えて、インキュベータ、アクセラレータのほか、それらをさらにアレンジしたスタートアップビルダーやスタジオといった業態が存在します。スタートアップ育成の仕組みが多様化することで、スタートアップが生まれやすい環境が、この15年くらいで整ってきたと言えると思います。

仮想通貨やブロックチェーンに代表されるWeb3がにぎやかになり始めて2〜3年の月日が経過したところですが、従来のスタートアップエコシステム(Web2と呼ぶことにします)にあった育成支援の仕組みはまだ根付いていません。またWeb3は、エコノミクス、マーケット、事業の立ち上がり方がWeb2とは異なるため、それに見合った育成支援のアプローチも求められます。

Web3インキュベータのTanéは、これまでに投資銀行でスタートアップのIPOを支援したほか、自身もスタートアップを数社共同創業したりするなど、長年スタートアップエコシステムに関わってきた六人部生馬さんが2022年に立ち上げられました。Web3ハブと称されるドバイ、ニューヨーク、東京の3拠点を中心に活動されています。

投資・起業よりも、スタートアップの支援にまわる理由

Web3インキュベーター「Tané」が主催するWeb3 Gathering #1 in Tokyo/会場となったアクセンチュアのスペースにビルダーたちが集まった

投資家の立場も、起業家の立場も経験された六人部さんですが、今回、投資家でもなく、起業家の立場でもない形でWeb3スタートアップの支援に回るのは、スタートアップがステイクホルダーと付き合う際に、金銭的な価値よりもどんな支援を得られるかを重要視するようになってきているからだと言います。特にこの傾向は、Web3スタートアップの間で顕著なようです。

「私自身、過去の13年間起業家として働いていました。その中で、スタートアップの創業者が何か困っていた場合、一人では解決できないと感じたときに、信頼関係を築いている人に連絡を取るということがありました。私たちはお金だけでなく、起業家が求めることを提供し、一緒に解決策を探ることができます。スタートアップは多くの課題を抱えているので、中でも事業やプロジェクトに大きなインパクトを与えることに焦点を当てて活動しています。

スタートアップにアライアンスや事業開発を持ち込んだり、資金調達を手伝ったり、優秀な人材を採用したり、重要な部分をお手伝いしています。私たちは、周りの人たちと共に、最新の規制情報をキャッチアップし、共有することで、トレンドをお伝えすることもできます。ドバイの官庁などとも関係を築いており、重要な情報を共有し合っています」(六人部さん)

六人部さんは金融やビジネスサイドのバックグラウンドを持ちますが、Tanéの他のメンバーはデベロッパが多いようです。LINEのアプリ開発者、決済スタートアップやNFTマーケットプレイスの開発に関わったメンバーなど、名の通ったサービスの開発を手がけた人々が運営に名を連ねています。スタートアップにとっては、実務面からも支援が期待できそうです。

ドバイを選んだ理由

ドバイのFuture Blockchain Summitで、日本のWeb3市場の機会についてのディスカッション・パネル

世界のWeb3ハブと言えば、スイスのツークやシンガポール、ポルトガルのリスボンなどの名前もよく聞きます。仮想通貨を始めとする新興技術に対する法律規制の関係から、起業家は必然的にこれらの地域を目指すようになりました。ドバイもWeb3スタートアップの一大集積地でその数は1,000社とも言われています。六人部さんがドバイを活動拠点に選んだのはなぜでしょう。

「事業に関連する点では、クリプトに関する規制が他の国と比べて相対的にフレンドリーであることが大きいです。また、税金のシステムについて、かなり優遇されているため、この点を考慮しました。そのほか、個人的なキャリアについても考えました。

日本でずっと育ってきたので、日本のインターネットやPC向けのサービス、企業での取り組みについては、ある程度把握しています。しかし、自分をもっと成長させたいという気持ちや、新しい挑戦をしたいという気持ちもあり、海外で挑戦することを決意しました」(六人部さん)

Tanéが推すWeb3スタートアップ

Fhenix

Tanéが直近で投資を行い、支援を開始したWeb3スタートアップがFhenixです。Fhenixは、完全準同型暗号(Fully Homomorphic Encryption、以下FHE)を採用し、オンチェーン上のデータの暗号化を実現する初のブロックチェーンです。Multicoin Capitalをリード投資家として、$7.5Mの資金調達を実施しました。

パブリックブロックチェーン上でのデータの暗号化は、これまでブロックチェーンにおける最大の課題の一つでした。資金の移動、個人データなどブロックチェーンにおいても公開されるべきでないデータはたくさんあります。機密データの暗号化は、Web3のマス・アダプションにとって必要不可欠なピースです。

チームもこの領域にふさわしい2人の「Guy」が創業者として関わっています。

Guy Zyskind氏は、Cryptoの領域で長期間オンチェーン上の秘匿化に取り組んできた方です。もともとEnigmaを創業し、MPC技術を用いてオンチェーンの秘匿化にいち早くトライしました。その後、Secret Networkを創業し、IntelのSGXによるTEE(Trusted Execution Environment)を活用してオンチェーンの秘匿化を提供してきたそうです。

もう一人のGuyは、IntelのFHE&ブロックチェーン部門の元ディレクターであるGuy Itzhaki氏です。彼はサイバーセキュリティと秘匿化で数十年にわたる経験を有しています。

「日本企業や日本の消費者もプライバシー、データーの機密性は気になるところだと思います。オンチェーン上のデータの暗号化が実現されることで、より多くの人がWeb3のサービスを安心して使うようになるきっかけになると思っています」(六人部さん)

Shillar

Tanéが支援するスタートアップの一つがShillarです。これはWeb3による分散型ライブストリーミングプラットフォームで、クリエイター(配信者)は独自ツールを使いコンテンツを収益化できるほか、特定のNFTホルダーに優先的な購入機会を提供したり、NFTでプロモーションしたりできます。有名ラッパーSnoop Doggが創業メンバー兼投資家の一人であることでも有名です。

NFTの配布やdAppの開発など、Web3特有の技術を採用することに傾倒するチームが多い中で、Web3でも、どのような課題を解決するのか(ここではクリエイターの収益化問題)が重要だと六人部さんは語ります。Shillarにおいては、ByteDance(字節跳動)に買収されたMusical.lyの立ち上げメンバーが参画するなど、エグゼキューション力にも一目置ける存在だったそうです。

「Sam(Shillar を起業した Sam Jones 氏)って、すごくいい人なんですよ。そんなに資金調達の需要はない感じではあったんですが、彼らにとっては一番最初の資金調達で、自分たちと一緒にストラテジックにやれる人たちに入ってほしかったようです。

直近の調達には、事業会社やVC、個人の方も出資されています。日本市場の優先度なども話をしていますが、ライバーのプラットフォームやゲームが日本には多くあるので、僕らはそれらを紹介しベンチマークしながら、一緒に考えてみようかなと思っています」(六人部さん)

Tanéが注目するスタートアップがもう一つ。2009年にスマホ広告事業のノボットを設立し、2011年にKDDIグループに売却。その後、サンフランシスコに移住し、数々のスタートアップを生み出してきた小林清剛氏が率いる直近のプロジェクト「Noxx」です。本名を明かさず価値をやり取りする偽名経済(Pseudonymous Economy)を実現する仕組みに取り組んでいます。

Web3の世界では、ハンドルネームや偽名を使って活動する人が少なくありません。それは特に悪いことではなく、むしろ年齢や性別、肌の色、民族などの差別や偏見なく、仕事を頼んだり頼まれたり、商取引を行えるので自由度が高まります。さまざまな制約から解放してくれるインターネットが、偽名経済によって、もう一つ上の自由をもたらしてくれる存在になるわけです。

3年ほど前のコロナ禍、国境を意識せずにグローバルなリモートワーカーからなるチームを作って事業を営むことを支援する Deel というサービスが注目を集め、Y Combinator や Andreessen Horowitz から支援を受けました。Deel によって居場所に囚われなくなった今、Noxx はゼロ知識証明を使うことで、本名を明らかにしないKYCを実現します。

「クリプトの世界では、FTXをはじめ昨年来いろんな事件が起きて、日本ではあまりいい印象を持たれていないかもしれません。しかし、これらはクリプトの本質とはあまり関係なく、水面下ではブロックチェーンのインフラの構築、大企業の取り組みも増えています。今後はマスアダプション(大規模な普及)のためのツールの開発などを支援していきたいと思っています」(六人部さん)

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