IPOへの道のり——アストロスケールとカンムの挑戦

本稿は三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP)のサイトに掲載された記事からの転載。

スタートアップという成長モデルを選択した起業家が必ず通らなければならない課題、それがIPOだ。この興味深いテーマについて今まさにここに挑戦している2社がその経験を共有した。

7月のIVS2024 KYOTOにて「上場へのマイルストーン~注目のスタートアップがIPO&スウィングバイIPOを語る」と題されたセッションが開催された。宇宙ベンチャーのアストロスケールホールディングス取締役CFO松山宜弘氏、フィンテック企業のカンム代表取締役八巻渉氏、そして三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)スタートアップ戦略部長の塚原伸介氏が登壇し、IPOやスイングバイIPOの経験、大企業との連携、そしてスタートアップの成長戦略について語った。モデレーターは三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP)の佐藤可奈子が務めた。

モデレーターを務めた三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP)佐藤可奈子

三菱UFJフィナンシャル・グループでは三菱UFJ銀行をはじめ、三菱UFJ信託銀行、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、三菱UFJキャピタル、そして三菱UFJイノベーション・パートナーズがグループとして連携してスタートアップへの取り組みを強化している。

今回、登壇したアストロスケールホールディングス、そしてカンムの2社もそれぞれ、資本的な関係に加え、事業における連携を強化しているスタートアップたち。セッションではその具体的な連携やコミュニケーションの様子が語られた。

IPOへの道のりーーアストロスケールの挑戦

アストロスケールホールディングス 取締役CFO 松山宜弘氏

アストロスケールの松山氏は、今年6月に実現したIPOまでの道のりを振り返る。宇宙空間でのデブリ除去を含む軌道上サービスを提供する同社は、グローバルに5カ国で展開し、従業員数は約600名という規模に成長している。宇宙ゴミ除去と言われてもピンとこないかもしれない。松山氏はこの事業の存在意義をわかりやすく次のように説明する。

今、宇宙空間で地球の周りに10センチを超える物体だけでも4万500個も軌道上にゴミとして漂っているんです。これが秒速7~8キロという猛烈な速度で地球の周りを回っているんですけども、実はゴミが多すぎて宇宙で安全に衛星を運用できなくなりつつあるという状況なんです。衛星が使えなくなると、みなさんが当たり前に使っている携帯電話とか地上での災害予測とか、いろんなサービスが使えなくなってしまう。これを世界に先駆けて解いていく。

このアストロスケールが上場を果たしたのが今年6月のことだ。2013年に創業し、11年の時を経てスタートアップは社会の公器としての一歩を歩み出した。「本当に全員野球みたいな感じだった」ーー松山氏はIPOを「会社にとってはメルクマールになるようなイベント」と位置づけ、全社一丸となって取り組んだことを強調する。

そして気になるのはやはり「宇宙」という未知の領域でどのように事業を作っていったのか、ということだ。松山氏も「異例の事業展開」と語るように、上場承認までの道のりは険しい。アストロスケールの事業は「三位一体」と「グローバル展開」という2つのキーワードに集約されるという。「三位一体」とは、技術、ビジネス、規制の3つを同時に解決していく手法である。宇宙環境での衛星運用には独自の技術開発が不可欠だ。同時に、その技術を活かしたビジネス展開も必要となる。さらに、宇宙ゴミ除去などの活動には、政府の後押しや規制環境の整備が重要である。これら3つの要素は相互に連関しており、同時に取り組むことが重要だが、非常に難しい課題でもある。

さらに宇宙が国境のないドメインであることから、世界のフロントランナーになるために、初期段階から一気にグローバル展開を目指したのも同社の大きな特徴になる。つまり一つの国での成功を待たずに世界展開を進めるという戦略を取ったのである。

このアプローチは多額の資金を必要とし、投資家への説明も困難を伴う。また、グローバルな内部統制の構築も同時に必要となった。こうした難題を解決するために知見を提供したのがMUFGグループだった。

アストロスケールはシリーズGまでの資金調達を通じて400億円以上を調達し、さらに200億円のデット調達も行った。ここにはMUFGグループが持つファンドや銀行がそれぞれサポートについたそうだ。また、最難関とも言える投資家への説明については、三菱UFJモルガン・スタンレーと連携し、何度もロードショーを行い、フィードバックを基にプレゼンテーションを改善していったそうだ。

スイングバイIPOで重要になる「親会社との関係性」

カンム 代表取締役 八巻渉氏

登壇したもう一社、カンムは今、まさにこれから上場に向けた取り組みを続けているスタートアップになる。カンムはスマートフォンアプリ上でVISAのプリペイドカードを発行できる「バンドルカード」や、投資運用と決済を同時に実現した「Pool」などの事業を手がける。

カンムのスイングバイIPOについての取り組みはこちらの記事でもお伝えしている通りなので詳細はそちらをご覧いただきたいが、今回の登壇で八巻氏はひとつ、親会社との関係性について指摘をしていた。

三菱UFJ銀行がカンムを子会社化したのは2023年6月のこと。カンム株式を譲渡した中心企業がフリークアウト・ホールディングスになる。この取引は報道でこそ「メガバンクによる買収」とされたが、カンムの視点で言えば親会社の異動であり、そもそもフリークアウト傘下で子会社としての上場を目指していた既定路線を変えるものでもなかった。

ではなぜ、親会社が変わることになったのか。八巻氏はIPO準備として「シナジー」に対する疑問を挙げていた。

当初はとにかくお金が必要な商売で、運転資金だけでも200億円とか300億円かかる事業をやるにあたり、安定株主に入っていただくところから(三菱UFJ銀行との事業提携は)始まったんですけど、 そこからより大きな成長を目指していきたいよねという話になったんです。

実際、三菱UFJ銀行さんに出資していただく前に、IPOを準備していて機関投資家の方とも100社ぐらいお話していた中で、この親会社(※フリークアウトHD)とは何をやっているのか、といったことをよく聞かれましたと。新たに入ってきてくださる機関投資家さんは当然、(事業を)伸ばせる方がよいと思っていらっしゃる方が多いので、その親会社はカンムの事業を伸ばせるのかという観点をとても気にされていました。

スタートアップはメガバンクからどうやって融資を受ける?

三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)スタートアップ戦略部長 塚原伸介氏

実はこのセッションでひとつ、興味深い話題が持ち上がった。それはスタートアップがどのようにしてメガバンクから融資を受けるか、という話だ。

将来的な成長という「期待値」で出資を募る株式(エクイティ)調達と異なり、融資は純然たる「足元の事業」による進捗を厳しく見られる。しかしまだ見ぬ社会変革を目指すスタートアップのPLが最初から安定しているというケースは「稀」だ。

足元がおぼつかないスタートアップにとって攻略法はあるのだろうか?

MUFGの塚原氏は今年5月に「スタートアップキット」をリリースし、スタートアップ向けのサービスを拡充している。その塚原氏は元々、スタートアップの多い渋谷と麻布で支店長として企業の融資に向き合ってきた人物だ。その経験から新興企業の「融資」について次のように語る。

5年間、スタートアップが多いエリアで最前線で向き合ってきて、今、八巻さんからご指摘いただいたような(スタートアップのデット)ファイナンスの難しさは身をしみて感じています。銀行が出すデットは返済しないといけない。銀行は預金者から預金を集めて、元本保証で利息をお返しするということなので、エクイティの世界とは違う。つまり、融資の判断をするのは『必ず返ってくるよね』というストーリーがどれだけ描けるかということになります。

小さな事業をやったことがある人であれば当然の話なのだが、こと、急成長を目指すスタートアップの「Jカーブ型」資本政策モデルばかり考えていると、どうしてもこの「借りた資金を返す」という視点が抜けてしまう。この課題について塚原氏はポイントを挙げて整理していた。

ポイントとしては3つ。ひとつは財務のコンディションで、債務超過なのかどうなのか、赤字なのかどうなのかという財務に関わるところ。二つ目はキャッシュポジション。例えば赤字であったとしてもキャッシュポジションがそれなりにあるような先には踏み込める場合もあります。3つ目は資金使途で、一番苦手なのが赤字資金なんです。費用性の資金でいわゆる『熔ける資金』。本当はエクイティで調達すべきところをデットでと言われると、これはなかなかしんどい。

塚原氏は資金使途が運転資金、つまり収支ズレがありそれを支えるような資金であれば、スタートアップのような事業状況であっても踏み込みやすいと語っていた。

親会社とスタートアップの事業シナジーの重要性

以上にて本セッションの模様をお伝えさせていただいたが、セッション内で紹介されたアストロスケールとカンムの成長事例は、日本のスタートアップ環境、特にレイターでのグロース手法が大きな転換点を迎えていることを示唆している。かつて、日本のスタートアップは創業時の資金調達やそもそもの事業拡大に課題を抱えることが多かったが、今や大手企業・金融機関との緊密な連携により、新たな成長の道筋が開かれつつある。

アストロスケールの宇宙デブリ除去事業は、高度な技術力と社会的意義を兼ね備えた革新的なビジネスモデルの好例だ。この事例は、リスクの高い先進技術分野においても、適切な支援体制があれば大きな成功を収められることを示している。

一方、カンムのスイングバイIPOへの挑戦は、親会社との関係性や事業シナジーの重要性を浮き彫りにした。これは、スタートアップの成長戦略が単なる資金調達を超えて、戦略的なパートナーシップの構築へと進化していることを示唆している。

これらの事例から、スタートアップと大手金融機関の関係は、単なる資金提供者と需要者の関係を超え、互いの強みを活かした協業モデルへと発展しつつあるのではないだろうか。

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