大物のように振舞うことは、本当はそうではないことを証明するだけだ

by ゲストライター ゲストライター on 2016.5.28

Jon-Westenberg

起業家、ライター、コメディアン、そしてクリエイターでもあるJon Westenbergさんによる寄稿記事です。Jonさんの活動は、ご本人のWebサイト、またTwitter(@jonwestenberg)でフォローできます。本記事は、Mediumに投稿された記事をJonさんから許可を得て翻訳したものです。元の英語記事もどうぞ。


Jon-suit

最近、僕はSpark Bureauで講演をするためにオーストラリアのサンシャイン・コーストに向かっていた。飛行機の搭乗を待つ間、コーヒーを買おうと列に並んでいると、いかにもビジネスマン風の集団が横入りしてきた。髪の毛を完璧に整えて、高価なスーツと時計を身にまとった若い連中が。

彼らは、まるで世界が自分たちのために回っているかのように、当然のように割り込んできた。それが自分たちの権利で、そう考えない人間のほうがおかしいとでもいうように。僕がきちんと並ぶように注意をすると、僕のスニーカーとパーカーを一瞥して、「とっとと仕事でも見つけろ」と暴言を吐いた。

いくらでも反応の仕様があったと思う。キレてもよかったし、引き下がってもよかった。でも、どんな反応も与えるに値しなかった。知りもしない他人に対してそんな見下したような態度をとる人間には、反応するという価値すらないからだ。

彼らは安っぽい。見た目が安っぽいわけじゃないし、お金の使い方や稼ぎ方がそうなわけでもない。他者に対する接し方という意味で安っぽい。そして、出会うすべての人間に値札をつけようとする点で安っぽい。

僕は生まれてこのかた、派手に装ったことがない。どうしていいのかわからないほどの大金を持っていた時期もあったし、まったくお金がなかった時期もある。とある投資家との会議が失敗に終わり、財布には小銭すら残っていなくて、駅の改札を飛び越えてなんとか家にたどり着いたこともあった。

たった6ヶ月の間に、銀行に十分にお金がある状態から、ハンバーガーを焼くバイトに応募するまでの変化を体験したこともある。そんな生き方をすると、お金に対する態度が変わる。そして、自分の中の「Have(持っている人)」と「Have Not(持っていない人)」の定義も変わる。人を一瞥しただけで、お金を持っているのか、何の価値もないのかを判断するようなことがなくなる。

お金や地位などをひけらかす可能性も低い。なぜかって?お金や地位といったものに、他の「人間」ほどに価値がないことを知っているからだ。

・          ・          ・

最近とある起業家と出会った時にも同様の体験をした。それについてツイートもした。

この若い起業家は明らかに、他者に対して自分を証明する必要性を感じていた。スタートアップ界隈に十分長くいれば、誰にも同じような起業家に会ったことがあると思う。彼の口から出てきた名前は、どれも僕をあっと言わせるために発せられたものだった。または、僕に彼が重要な人物であると信じさせるために。ひたすら「◯◯を知ってるかい?」と聞くゲームが始まり、彼は僕が知りうるに値する人間であるかを試し始めた。

「いくつか名前は聞いたことがある。聞いた話ではクールだけれど、直接は知らない」と答えると、彼は即座に僕への関心を失った。

オーストラリアのVCのCEOとは名前で呼び合う仲だと彼が主張し終わる頃には、彼は僕と実際に会話することには興味がないことを明確にしていた。

この彼は、空港で遭遇したビジネスマンと一緒だ。彼は自分の価値を誇示し、僕の価値を評価し、さっさと先に進みたがった。これは、ビジネスにおけるアプローチの悪い例だ。ビジネスだけじゃなく、人間関係においても、また幼稚園の遊び場でも賢いアプローチだとは言えなかっただろう。これは、他者を尊重しない人間の典型的な証だ。

・          ・          ・

jon-wallet

僕は、やりすぎた謙虚さにも関心しない。やり過ぎた謙遜は時間の無駄ですらあると思う。謙遜するべき時はあるし、それはそれで大事だ。でも、自分を安売りしたり、自分が持っている能力を認めないのはおかしい。

これは、みんながしょっちゅうしていることだ。誰かに褒められると、僕が大嫌いな言葉を口にする。これ以上に自信の欠如を示すセリフはない。「あんなの何でもないよ」。

ぎこちなく、居心地を悪くさせる、全くもって不必要な態度だと思う。自分がやったことに誇りを持つべきだし、他者に声を大にして言うべきだ。自分の努力の結果としてついてくるメリットや地位を喜んで受け入れるべきだ。

でも、肝心なのはこれだ。自分がやったことを誇りに思って認めることと、それだけで人の価値を決めるという態度、または自分が想像する相手の持っているもの(または持っていないもの)で人を判断する態度とは、全く異なるものだということ。

君がどれだけ成功し、どれだけ稼いで有名になったかなんて関係ない。お金に換算した君の生活がどれだけ豊かであろうと、それも関係ない。肝心なのは、他者への接し方、そして君が人に対してどう振舞うかだ。自分以外の世界なんてどうでもよく、自分だけが特別だという態度をとる奴は、やっぱり安っぽい人間でしかないと思う。

(翻訳:三橋ゆか里)

ニュースレターの購読について

毎日掲載される記事の更新情報やイベントに関する情報をお届けします!

----------[AD]----------