Quest2登場:Facebookが複合現実デバイスを握る意味と恐怖(2/3)

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2015年、当時のOculus VRのCEOブレンダン・イリベ氏が見守る中、Oculus Riftのバーチャルリアリティヘッドセットに身を包んだFacebookのCEOマーク・ザッカーバーグ氏/Image Credit:Oculus VR

(前回からのつづき)Facebookをできる限りのことをして逃げ切る悪役よりも、大きなミスをする善役だと仮定すると(この議論はまだ荒れてるが)同社の最大の失敗は、何かを台無しにした後、空気を読んで適切に軌道修正ができない点だ。

創設から16年経ってFacebook未だに巨大な水槽をひっくり返し、ボウルに一匹の魚を入れて「これでいい?」と尋ねる子供のように振る舞う。深刻な被害を与えてほぼ謝罪することはなく、かろうじてその失敗の範囲を認める、もしくは足しにもならない賠償をする程度だ。モットーの変更はさておき、彼らは今もなお動き続けて物事をぐちゃぐちゃにし、後悔もしないで結果を誤魔化している。

(ちなみに一部のライターはFacebookを一般向けには素敵なショーを展開する、有害なマフィアと同じように見ているフシがあるが、明らかにこういった輩はYelpに落とされる程度のスモールビジネスの経験すらないのだろう)

そのブランドが有毒になっていることを受け入れる代わりに、Facebookはーーその疑わしい空気を読んだ動きもしているがーー大胆な動きをすることで社会の認知を変えようとしている。OculusやInstagram、WhatsAppがそもそも誰が創業したものだったのか忘れてしまった人たちは、「Facebookから」という言葉でそれぞれのアプリを起動し、Facebookが単なる問題を抱えたソーシャルネットワークではないことを植え付けてくる。

そして、ザッカーバーグ氏は公共のスポットライトから身を潜めることはなく、議会の公聴会に顔を出したり、Facebook Connectのようなイベントを開催して、重要なことはすべて自分で誇らしげに発表している。彼のメッセージは基本的には、Facebookは害よりも善をもたらすものなのだから欠点もなんでも全部受け入れろ、というものなのだ。

Facebookがかつての友人たちを過激に二極化し、敵対者に変えてしまうのを見てきた。

私は良いものを悪いものと一緒に取り上げるという考えに悩まされている。脳裏には、アーノルド・シュワルツェネッガー氏のディストピアSF映画「ランニングマン」が浮かぶ。この世界では偏在するTVネットワークである「ICS」がテーマソングで「楽しみと揉めごとをどうぞ」を謳っていた。

同僚のDean Takahashi氏が指摘するように、Oculus Quest 2 は大いなる喜びを持って受け入れられた。Facebookは魔法を使って、非常に使い勝手の良いかつての399ドルモデルを倍以上、好印象にした299ドルのスタンドアロンVRヘッドセットを提供した。さらに399ドルのデラックス版では、従来の499ドルのQuestの2倍のストレージ容量と軽量化を実現している。搭載された最先端のQualcomm Snapdragon XR2チップセットは、1年半前にQuest 1が出荷された時のSnapdragon 835よりもはるかに将来性のあるものだ。

Facebookさえなければ、Quest 2を買って損することは皆無だ。

実に残念だ。FacebookはQuest 2の良い部分をあらゆる点で相殺してしまう。ーーそう。このヘッドセットを使用するにはFacebookのアカウントが必要なのだ。Oculusアカウントがなくなるという物議を醸したニュースは1カ月前に発表されたが、それと同時に、今後のOculusの新製品を使用するにはFacebookアカウントが必要になるという微妙な話も公表された。

これは何を意味するのか。

Oculusユーザーとそれを遥かに凌ぐFacebookユーザーの間にあった、危険なデータ・クランチング(※)オペレーションの障壁がなくなってしまうことを示唆している。特に問題なのは、複合現実感デバイスというものは、かつてPCユーザーから得られた個人的なデータを遥かに凌駕するデータを収集できるという点であり、そして今後もそれを収集することになるということなのだ。(次につづく)

※編集部注:データクランチング:個人情報などのビッグデータを使える意味のある情報に変えること。これまで意味をなさなかった情報をFacebookが握ることでプライバシーの侵害が発生するのではという懸念を指す

【via VentureBeat】 @VentureBeat

【原文】