Quest2登場:Facebookへの酷評と「Oculusブランド」のゆくえ(1/3)

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The Oculus Quest 2 hits stores on October 13.Image Credit: Facebook

Facebookが公表したスタンドアロン式のVRヘッドセット「Oculus Quest 2」について、私は「深い葛藤」を抱えることとなった。記憶は完璧ではないが、これほど魅力的なデバイスを、これほどまで深刻な問題を抱えた企業が生み出すことになるとは。ーー従業員が良心の呵責に駆られて船から飛び降りようとしても、それでも新規顧客を獲得したいと考えているような企業なのに。この極めて偏った企業が生み出した極端な状況は、Quest 2の発売を2020年最大の技術的悲劇の1つにしてしまった。本来なら、最初に欲しいと思うはずなのに。

Facebookの企業的過ちは、何年にもわたって無視できないものになりつつある。

歴史的に大規模な誤報虚報偏向キャンペーンに積極的に参加していたか、もしくは悪いことが起きたときには、他のことに目を向けようとするだけの高給取りの組織だったのかどうかはわからないが、このソーシャルメディアの巨人は、少なくとも世論の法廷では調査され、訴えられ、有罪判決を受けている。

世界を一つに近づけるというFacebookの理念にもかかわらず、私自身の友人や家族のリストは、Facebookの狂ったアルゴリズムとビジネス的なならわしによってズタボロにされてきた。だから私は誇りに思っている。ーーちなみに嬉しいなんては思ってないがーー私はFacebookのアカウントをシャットダウンし、そのネットワークから離れることにしたのだ。

また、もう一つの問題としてOculusがある。FacebookがOculusを買収したのは、最初の製品であるRift VRヘッドセットがまだ開発中だった時だ。彼らはそのスタートアップに資金、エンジニアリング、生産へのノウハウを提供することで明らかに将来性は約束されるものとなった。ーーそう、その資金の一部は、2016年の選挙シーズンにOculus創設者の1人が手掛けた「刑務所のクリントン」キャンペーンに間接的資金を提供し、世間の反発を引き起こしたのだ。

もちろん、その資金の圧倒的大部分は、画期的なミックスリアリティ製品の開発に直接使われたのだが。

はっきり言って、マーク・ザッカーバーグ氏のOculusへの投資は素晴らしいものだったと思う。私(と他の人)が以前に言ったように、OculusもVR業界も彼がいなければ今のようにはならなかった。私は個人的にこれまで何年にも渡り、実施に会って一緒に仕事をしてきたOculusの代表者たちが好きだ(そしてそのプロ意識に敬意を払っている)。これは間違いなく伝えさせていただく。

Oculusと呼ばれようが、Facebook Reality Labsと呼ばれようが、この会社には人類に利益をもたらす仕事をしている非常に頭の良い人たちが集まって仕事をしている。彼らがこの仕事をするには、今日、これ以上の場所はないかもしれない。

しかし。しかし、だ。私は企業としてのFacebookを信用していない。前々から感じてはいたが、VRの重要性があまりにも大きすぎてFacebookを信頼できないのだ。買収前や買収中にどんな保証があったとしても、Oculusが完全に独立している可能性は低く、年々OculusブランドはFacebookの影に隠れるようになった。Oculus Connectを「Facebook Connect」に改名するといった最近の動きは、Oculusブランドが10年後には存在しないことを強く示唆している。

もし今、「Facebook」という言葉がそれほど物議を醸していなければ、Oculus Quest 2は今年、まったく別の名前で出荷されていたかもしれない。(次につづく)

【via VentureBeat】 @VentureBeat

【原文】