鹿児島発、2つのSaaSで美容業界の変革を目指すCyCal(サイカル)

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Image credit: Freepik

7月末に鹿児島を訪れる機会を得たので、今週は数回にわたり、鹿児島のスタートアップを取り上げます。

鹿児島市に本社を置く CyCal は、美容業界に特化した SaaS スタートアップだ。2021年7月に法人化して以来、GxPartners、SMBC ベンチャーキャピタル、β venture capital(以前のドーガン・ベータ)、SEREAL といった投資家からエクイティ資金調達し、事業を拡大してきた。美容業界のデジタル化が遅れている中、同社は独自のアプローチで業界の変革を目指している。創業者兼 CEO の西陽平氏に、同社の事業内容や今後の展望について話を聞いた。

2つのプロダクトで美容業界の課題に挑む

CyCal は現在、2つの主要プロダクトを展開している。一つは美容室向けの SaaS、もう一つは美容商品卸会社(ディーラー)向けの SaaS だ。これらのプロダクトは、美容業界特有の課題解決を目指して開発された。美容室向けプロダクトは既に契約も取れ始めており、ディーラー向けプロダクトはそのリード獲得のツールとしても活用されているという。

美容室向け CyCal は、既存顧客とのリレーション強化に焦点を当てている。西氏によれば、美容業界では新規顧客獲得のためのホットペッパービューティーのような予約サイトが主流だが、これには2つの大きな課題がある。一つは広告費や割引などにより利益が残りにくいこと、もう一つは新規客対応に追われるスタッフの負担が大きいことだ。

「お店としても、美容師さんとしても既存客が大事なんです」と西氏は指摘する。美容師の給与は主にリピーターからの指名売上で決まるため、既存客とのリレーション強化が重要になる。しかし、これまでは、施術やコミュニケーション以外に、既存客とのリレーションを向上させる仕組みがなかった。この状況を変えるために開発されたのが CyCal だ。

Image credit: CyCal

CyCal では、来店客に店の LINE 公式アカウントの友達登録を促し、登録した客には、ChatGPT を活用して生成されたお礼メッセージ、写真、カルテが届く。次回予約の促進メッセージやキャンペーン情報などがセットで提供されるので、客との継続的なコミュニケーションが可能になり、リピート率の向上が期待できる。

さらに、カルテ情報はチーム内で Instagram のようなユーザインターフェイスで共有されるため(外部公開はされない)、どのスタイリストがどの客にどういうサービスを提供したのかも一目でわかるようになる。この機能は、スタッフ間の情報共有を促進し、サービスの質の向上にもつながることが期待されている。

CyCal はまた、外部のコンサルタントやディーラーの営業担当者とデータを共有する機能も備えていて、売上や顧客データに基づいた具体的な改善策を立案・実行することが可能になる。西氏は「今売り上げどうなっているのか、アクティブユーザが何人いるか、次回の予約が取れてるか、といったデータを共有することで、適切なアドバイスを受けられるようにした」と説明する。

月額料金は1アカウント(店舗)あたり1万8,000円。2024年2月の正式リリース以来、約60店舗まで契約数を伸ばしている。西氏によれば、契約店舗数を伸ばすよりも、各店舗が公式アカウントを通して、客とのインタラクションを活性化できているかどうかを重要視していて、成長を見る限り「僕たちが使ってほしい使い方をしていただけている」と手応えを語った。

Image credit: CyCal

ディーラー向け SaaS で業界全体のデジタル化を促進

CyCal のもう一つの主力プロダクトが、美容卸会社(ディーラー)向け SaaS だ。これは、ディーラーの LINE 公式アカウントを通じて、取引先の美容室が発注できる仕組みを提供するものだ。美容業界の商流において、メーカー、ディーラー、美容室、エンドユーザという流れがあるが、CyCal はこの中でディーラーとのパートナーシップを重視している。

西氏によれば、美容卸の市場規模は約2,700億円。しかし、e コマースや大手ディーラーとの激しい価格競争の中で、中小ディーラーは苦戦を強いられている。その要因の一つが、業務のアナログ性だ。この状況では、大手との価格競争に太刀打ちできず、また業務効率化も図れないため、中小ディーラーの経営は厳しさを増している。

サザエさんに出てくる三河屋のサブちゃんが、電話を片手に仕事しているような光景を、まだ卸業界の方々は続けているのが現状です。(西氏)

CyCal は、このアナログな業務をデジタル化することで、中小ディーラーの競争力強化を図る。具体的には、約4万アイテムに及ぶ商品データベースを構築し、ディーラーが簡単に自社の取扱商品を登録できるようにした。また、美容室からの発注を LINE 経由で受け付けることで、業務効率化を実現している。

この仕組みにより、これまで電話や FAX、手書きの注文書などで行われていた発注作業が大幅に効率化される。美容室側も、スマートフォンで簡単に発注できるようになるため、双方にとってメリットが大きい。さらに、このシステムを通じて得られる美容室の情報を活用し、ディーラーのコンサルティング機能強化にもつなげている。

美容商品の価格だけでなく、美容室の売上を上げるための支援ができるかどうかが、ディーラーの生き残りの分水嶺になっているんです。(西氏)

CyCal のシステムを使えば、美容室の売上や顧客データをリアルタイムで把握でき、それに基づいた具体的なアドバイスが可能になる。例えば、どの商品がよく売れているか、どの時期に需要が高まるかといった情報を分析し、適切な在庫管理や販促活動の提案ができるようになる。これにより、ディーラーは単なる商品供給者から、美容室の経営パートナーへと進化することができる。

この取り組みは美容室側にもメリットがある。西氏によれば、多くの美容室は複数のディーラーと取引しているが、CyCal のシステムを導入することで、特定のディーラーとの関係を深めることができる。その結果、より踏み込んだ経営支援を受けられるようになるという。

今後の展望

西氏は、美容業界のデジタル化について、結局のところ、世代交代を待たざるを得ない状況があるのも事実だと考えている。例えば、ディーラーの営業担当者が美容室を訪問し、タイミングが合えば商談ができるという従来の営業スタイルでは、効率的なビジネス展開が難しい。CyCal のシステムを使えば、こうした非効率な営業活動を改善し、より戦略的なアプローチが可能になるだろう。

また、美容師と顧客のコミュニケーションについても、美容室が介在しない、美容師が自分個人の SNS アカウントを使用するなど、組織的な管理が難しい状況が続いていた。これに対して CyCal は、公式 LINE アカウントを通じたコミュニケーションを提案することで、個人的なつながりを保ちつつも、組織としての管理を可能にしている。

CyCal が前回資金調達したのは、昨年中頃のことだ。調達額は明らかになっていないが、シードラウンドなので、数千万円規模といったところだろうか。ランウェイを考えると、近い将来、新たな資金調達に動くことも考えられる。ある程度の PMF(プロダクトマーケットフィット)が達成できたと考えれば、ここから必要なのはグロースだ。

まだシードなんですが、すでに2つのプロダクトができていて、その2つともが完成して、売りが立ちそうだっていうところが今、見えてきてるので、一気にアクセルを踏みたいと思っています。(西氏)

CyCal では今後、ディーラー向けサービスの拡充や、美容室向けサービスのさらなる機能強化に投資を検討している。美容業界のデジタル化は、単に業務効率を上げるだけではない。3年以内離職率が50%以上、10年以内離職率が約90%といわれる美容師の世界だが、労働条件や疲労の緩和、勤務する美容室とのミスマッチ低減、利益率の向上など、業界環境の改善に寄与する可能性も期待できるだろう。

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