SaaSはフィンテックと融合するーーALL STAR SAAS FUNDが新ファンド、運用総額は1,300億円に

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BEENEXTの前田紘典(ヒロ)氏

日本、インド、東南アジアでスタートアップへの投資を手掛けるBEENEXT Capital Management Pte. Ltd.(以下:BEENEXT)は8月30日、同社が運営する特化型ファンド「ALL STAR SAAS FUND THREE PTE. LTD.」(以下:ALL STAR SAAS FUND THREE)が約157億円の資金調達を完了したことを発表した。この調達により、BEENEXT全体の運用総額は約1,300億円を超える規模となる。なお、調達額は正式には110万米ドルで、日本円については8月1日付の為替で算出している。

BEENEXTの創業は2015年。ネットプライスやBEENOSでタッグを組んだ佐藤輝英氏と前田紘典(ヒロ)氏らがシンガポール拠点に立ち上げ、現在までにインドや東南アジア、日本をターゲットにしたファンドを11本運用している。今回発表されたALL STAR SAAS FUND(THREE)は2019年の1号、2020年の2号に続くもので、日本をターゲットに前田ヒロ氏らのチームが運用している。主な出資先にはSmartHR、RevComm、LayerX、アンドパッドなどがある。

長年、アジア・国内外のSaaSシーンを見てきた前田ヒロ氏に現在の市場の状況、生成型AIなどのトレンド、そして注目する起業家像などについて聞いた(太字の質問はすべて筆者。回答はヒロ氏)。

ALL STAR SAAS FUNDの投資先

ファンドは3号目となったが投資戦略に変更は

ヒロ:変わらないですね。元々からステージ問わず柔軟性を持って投資できるファンドになっているので、シリーズCでもシリーズBでもシリーズAでもシードでも投資できるのですが、やっぱり私たちのコアとして集中しているのは、できる限りARR(Annual Recurring Revenue・年次経常収益)が「0」に近いタイミングで投資することなんですよね。これが私たちのコア戦略であり、起業家と最もパートナーシップを組みたいタイミングでもあります。

ALL STAR SAAS FUNDより前、BEENOSの時から一貫してSaaSに投資する考えだったが、あの頃に比べて市場はB2B SaaSに埋め尽くされたと言っても過言でない。どういう視点を持ってスタートアップを見ているか

ヒロ:今、SaaSの概念がかなり浸透していて、BtoBで事業をしているテクノロジー企業はほとんどがSaaSのビジネスモデルを活用しているので、ある意味でそのB2Bソフトウェア全体がSaaSになりつつある傾向があると思っています。

僕らが一番見ている部分としては、お客様との関係に矛盾がなくて、長期的な価値の最大化ができるかどうかをかなり意識しています。ARRで言うと100億円とか、最低でもそのくらいの事業に関わっていきたいですし、その長期目線で事業が存続できるような条件、需要が長く継続的に求められたりとか、経営者自身もかなり長期目線で物事を考えたりとか、市場環境的にもニーズがずっと続くといったところはかなり見ていますね。

フィンテックとSaaSが融合する

出資先のLayerXが打ち出したコンパウンドスタートアップ戦略(コンパウンドスタートアップというLayerXの挑戦

中でも注目するトレンドは

ヒロ:SaaSの形がだいぶ変わってきていますし、お客様がSaaSに求めるものもかなり変わってきているかなと思っています。最近、コンパウンドスタートアップという概念が流行っていて、理由としては、今までSaaSはひとつの尖った課題に対してソリューションを提供するというのが、今までのSaaSのやり方だったと思うんですけど、今の時代、SaaSにより広いスコープの課題を解決してほしいという需要が高まっているんですよね。

なので、例えば経理だけを解決してほしいというのではなく、経理の周りとか、その経理業務に関連するような業務も解決して欲しいといった、ひとつのSaaS企業に対して求められているプロダクトが変わっているかなと思っています。それによって例えば最近、SaaSとフィンテックの組み合わせが戦略の中で鉄則となってきているんですよね。

SasSにフィンテックを組み合わせるとどのような効果が期待できる

ヒロ:業務ワークフローの効率化や自動化ができると決済もそうですし、受発注もそうですし、データもそうなんですけど、一貫性のある形で、連携力の高い形で、解決して欲しいというニーズがお客様から出てくるんです。結果的に決済に絡んだSaaSも増えています。AIもまさにそうですが、より広い業務範囲を自動化していきたいというニーズが出てきています。このジェネレーティブAIやAIを活用するソリューションは、世の中でかなり求められているのかなと思いますね。

ジェネレーティブAIの話題が出たがこの可能性をどう見ている

ヒロ:ジェネレーティブAIの可能性というか、本当に日々ジェネレーティブAIが進化している状態なので、その進化とともにSaaS企業が提供できるソリューションも変わってきているんですよね。

現状出てきているものとしては、ユーザーが何をしたいかを予測して、それに対して先回りして動いてもらうという系の動き、ソリューションが多いかなと思っています。例えばKARAKURI(カラクリ)は、カスタマーセンターやカスタマーサポートのSaaSを提供していますが、そのカスタマーサポート業務の中で例えばお客様から返品の問い合わせが来たときに、こういう返事を書いた方がいいよねというのを、先回りして提案してくれたりしています。

実際の文章をジェネレーティブAIに書いてもらったりするのが現時点ではすごくわかりやすいユースケースです。LayerXもかなりジェネレーティブAIを活用して、仕分けの部分だったりを効率化したりしています。

スタートアップを見るものの鉄則として数年後の当たり前を予想して逆算する、というものがある。向こう5年から10年以内でどのような当たり前を考えている

ヒロ:さらに先の未来ですよね。これがどういう時間軸で物事を考えるかにもよるんですけど、すごくわかりやすく動きが見えているというか、いろんなソリューションが出ようとしている領域としては、大量のデータを理解してまとめたり、提案したりする部分です。これはかなりニーズとして高くなってきてますし、今のジェネレーティブAIがかなり有効活用できる部分かなと思ってます。

わかりやすい例で言うと、大量の論文データを持っていたとして、これを100人の人間が30年かけて読んでまとめるよりは、ジェネレーティブAIが一瞬でそれを全部解読して、今解決しようとしてる課題に対してどの論文が一番適正なのかだったり、論文のクロスリファレンスだったりをすることができるんです。

これっていろんなデータ、人事データでも言えますし、会計データでも言えますし、受発注データでも言えると思うんですけど、とにかく大量にあるデータを人が理解しようとするとめちゃくちゃ時間がかかる。そこをAIだと早く理解してもらえる、というところ。ここは本当にそんなに時間がかからない期間で、すぐにでもソリューションが出そうな領域かなと思っています。

さらにその先は全く未知だがその上で敢えて予想を聞いてみたい

ヒロ:さらにその先は僕もわからないですけど、今、いろんな先端にいる方々が予想として語ってることとしては、UI/UXの方、考え方が変わるんじゃないかっていうところは一つありますね。今までUI/UXって何かインプットがあって打ち込んだりとか、ボタンがあってクリックしたりとかなんですけど、もし本当にAIの精度が高くなれば、ボタンも必要ないですし、インプットも必要なくなると思うんですよね。

先読みして勝手に動いたりとか、場合によっては音声とかコンテキストとか画像とかを認識して、次どういう動作をするべきかっていうのを、先読みして動いてくれるので、UI上の考え方がもしかすると全然変わるのかなっていうのはあります。ただ何が最適なのかっていうのは僕もわからないので、多分みんないろいろ模索中かなと思っています。

起業家の差別化戦略

ARR1,000億円「Snowflake」CEOの経営論──すべてを異次元成長へ導くプロ経営者・Frank Slootmanに聞く

話を少し戻したい。SaaSの問題としてどうしても寡占してくるとニッチに目が向かいがちになる。一方、海外ではSnowflakeのような「もうない」と思われたところに新たなゲームチェンジャーが生まれている。今後の流れを聞きたい

ヒロ:今までSaaSはオンプレミスからクラウドへとスイッチしていく中で、そのオンプレミスの環境をどうすればクラウドに移行できるかというのが中心だったんですよね。ただ、現在はもうSaaS自体が産業になり始めていて、SaaSが普及することによって生まれる需要も変化してきています。さっきのコンパウンドスタートアップだったりだとか、ジェネレーティブAIもフィンテックも、いろいろニーズが変わってきていて、SaaSの概念自体も変わってきています。

11月に「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2023」を開催するのですが、今回のテーマはSaaSの進化や、固定概念を越えるというところに焦点を当てています。その先端にいる方々をスピーカーとして招き、いろいろディスカッションを行う予定です。

起業家の質はどう考える。彼らは10年前に比較して圧倒的に知識量が増えたように感じる

ヒロ:ネット上の情報量が圧倒的に増えてきていて、透明性もかなり高くなっていると思うんですよね。結構、最初のタイミングから既にファイナンスだったりとか、SaaSのKPIだったり、SaaSの成長戦略だったりをかなり理解した上で、会うということが最近すごく増えていますね。

今までは業界全体が学習しようとしていた期間があったと思うんですよ。2015年とか16年、僕らがSaaSへの投資を始めたタイミングは、僕らも含めて、みんなで一緒に学習していこうというフェーズでした。僕らも学習して、それを情報発信して、周りもコミュニティにいる方々も、どんどんSaaSのフレームワークや営業の仕方、カスタマーサクセスのやり方、採用のやり方、PRのやり方などの知識がどんどん広まってきているので、やっぱりそのベースにある知識がだいぶ上がってると思いますね。

そうなると難しくなるのが差別化だ。得る知識が平準すると金太郎飴のような起業家が増える。一方、いつの時代でも突出する起業家はとてもユニークな存在だ

ヒロ:テクノロジーや知識がコモディティ化していくと、やっぱり差別化要因っていうのがどんどん難しくなってくるのはあります。そこでの差別化要因って他の人が考えていない戦略を取るとか、他のところがやっていないようなプロダクトを作るとか、他とは違うポジションを取りにいくとか、他とは違うカルチャーや戦略を組むとか。他とはどう違うのか、というのがより高い重要度を持ってくるかなと思っていますね。

特にスタートアップの違いは、結局はその経営者の気持ちだったりとか、姿勢だったりとか、ミッションに対するパッションだったりが重要な要素かなと思います。ゼロイチの、スタートアップのある意味唯一の差別化要素だと思います。なので僕たちも、起業家の支援に関わるときに見ているポイントとして、どれぐらい熱量やパッションを持って、長期的に物事を考えているか、そして民主化が進むテクノロジーとノウハウをうまく活用しながら、オリジナリティも編み出せる能力があるか、というところを重要視しています。

最後に日本にとってのグローバルの意味を聞きたい。国内起業家にとって市場は日本の方が地の利がある。グローバルから何を得てレバレッジとするべきか

ヒロ:8年間続けてきたSaaSカンファレンスも、必ず海外のスピーカーを呼んで、海外の先端のナレッジを活かせるような状況を作ってきました。今回の発表に関しても、実は海外の出資者がほとんどです。Sequoia HeritageやMIT Investment Management Company(MITIMCo)など、僕たちの株主に入っている企業なので、よりグローバルな資本とネットワークが私たちを通して結びついている状況です。例えばSequoia Heritageは、SmartHRとのシリーズCラウンドで共同出資させていただいてたりします。

こういった形で、よりグローバルな資本と、僕らと、その僕らの支援先が繋がっていく状況は作っていきたいと思います。グローバルの市場に対して日本の起業家がどのように位置づけられるべきかという点は、結局はケースバイケースかなと思います。やっぱり日本はなんだかんだ言って大きい市場なので、日本の中では独占的なポジションを取って、グローバルでは資本的な面で魅力をつける。

魅力的な会社が生まれる可能性はまだたくさんあると思っています。逆に、特定の分野や市場によっては、グローバル展開が重要だったり、グローバルでないと難しいところもあると思うので、その分野で戦っている起業家は、グローバルへの意識を高める必要があります。僕らもできる限りそのサポートを提供できるよう努力していきたいと思っています。

ありがとうございました。

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