ベトナムとタイを拠点に、世界規模のコミュニケーションサービスを目指して走る「Cinammon」の平野未来さん【前編】

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miku-hirano-frontベトナムとタイを拠点とするCinammonのCEO、平野未来さん

B Dash Venturesで開催された、あるイベントで出会ったのが平野未来さんでした。起業した「ネイキッドテクノロジー」をmixiに売却し、当時はまだmixiにいらっしゃったはず。

その後、あれよあれよという間に2社目となるCinammonを立ち上げ、タイやベトナム市場をターゲットに「PicChat」というアプリを展開しています。シンガポール、ベトナム、タイとアジアを舞台に活躍する女性起業家です。

世界規模のコミュニケーションサービスをつくりたい。そんな思いに駆られて走り続ける平野未来さんへのインタビューを前編・後編に分けてお届けします。

ベトナムからタイへ:「現地に行ってしまったほうが早い」

三橋:お久しぶりです。ちょうど日本に一時帰国されているタイミングでつかまえることが出来て良かった!今はベトナムに住んでいらっしゃるんですよね?

平野:そうです、今はベトナムでCinammonの事業を展開しているんですが、来週からタイに引っ越することになって。

三橋:え、そうなんですか。なぜタイに?

平野:うちのアプリは、ベトナムとタイで特に反響が大きいんです。特にタイは何もしていないのに使ってくださるユーザーさんが多いので、実際に住んでもっと力を入れればさらに伸びるかなと思って。

三橋:なるほど。すごい行動派だ。これまでベトナムに住みながらタイへの引っ越しの準備を進めていたんですね。

平野:まったくです(笑)現地に行ってしまったほうが早いというのが持論なんです。最初から器をつくってしまうことで道が切り開けるはずだろう、と。シンガポールとベトナムにも知り合いがゼロの状態で行って、とにかくやってみることで軌道に乗った部分があります。

三橋:潔い。いろいろ調べたりして頭でっかちになってスタートが切れないくらいなら、まず行ってしまえってことなんだ。

平野:そうですね。まずはシェアオフィスを借りて、一人からでも現地人を採用して。といっても、現状はまだ外国法人が現地の人を採用できるかもわからないですが、何かしら方法はあるはずなので。

前身のアプリをピボットして誕生した「PicChat」

三橋:そもそも、今のCinnamonという会社について改めて聞いてもいいですか。

平野:2012年10月に、共同ファウンダーの堀田と2人で立ち上げた会社です。今はオペレーションをベトナムに移していて、10人ほどのチームを組んでいます。日本で採用するとなるとこうはいかないので、先進国メリットですね。今年2月にはシードで1.5億円を調達しました。

三橋:今は「PicChat(ピックチャット)」というアプリをつくられているんですよね。前身のアプリがありましたよね。

平野:もともとは、「Seconds」という写真共有アプリをつくっていました。共有する手間を感じることなく、旅行中やデート中、友達や彼氏と一緒にいる時に使ってもらおうって思って。でも、ふたを開けてみると、むしろ一緒にいない時に使われていることがわかったんです。例えば、彼氏彼女が自撮り写真をお互いに送りまくるとか。

三橋:今って既に「残すために撮る写真」っていう概念がくつがえされてる気がする。

平野:そうなんです。写真には2通りの意味があるんですよね。1つは、アルバム的な想い出に残す使い方で、日本人だとだいたい25歳以上の方はこの使い方で。でも、最近は「その場のコミュニケーション」が増えているので、PicChatは後者にフォーカスしています。

パイロット志望からITに目覚めるきっかけとなったSNSの登場

三橋:なるほど。共同ファウンダーの堀田さんとはどんな経緯で一緒に会社をやることになったんですか。

平野:もともと堀田とは学生の時に未踏ソフトウェアに一緒に応募した頃からの仲間で、もう10年来の付き合いになります。だから、「あ・うん」の呼吸で進められますね。

三橋:お互いにないものを持っていて補い合う感じなのかな。そもそも平野さんって理系出身なんでしたっけ。

平野:大学ではコンピューター・サイエンスを専攻していました。さかのぼると、本当は子どもの頃からパイロットになりたかったんですよ。宮崎に航空大学校っていうパイロットになるための専門大学があるんですが、応募するためにはそもそも身長が163cm必要で。13cmも身長が足りなくて、高校1年生にして既に夢破れたりで(笑)

三橋:儚い夢だ…。そこからどう切り替えたんですか?

平野:結局、自分で操縦できないなら、せめて飛行機とかロケットの機体をつくる側になりたいなって思って、コンピューター・サイエンスを選びました。

三橋:でも、今の平野さんは完全にITですよね。どんな経緯でITに目覚めたんでしょう。

平野:大学3年生の頃に、GREEとかmixiがSNSとして登場してすごく流行ったんですよ。あの世界を変えている感じ、人のコミュニケーションのあり方を変えている感じが超すごいなと思って。そこからウェブ系にすごく興味を持つようになりました。大学生の時に応募した未踏プロジェクトでも、SNSの上にマーケティングエンジンをつくるような事業を考えたりして。

三橋:2005年くらいのことですよね。今でこそ、ソーシャルグラフとかソーシャルコマースって耳にするけれど、当時はだいぶ早かったのでは?

平野:そうですね。その後、未踏の獲得賞金を基にネイキッド・テクノロジーという会社を立ち上げて、ソーシャルマーケティングの広告エンジンをつくったはいいものの、まったく売れず…。私の中では、当時には早過ぎたってことにしているんですけど(笑)

後編では、一度目と二度目の起業で違うこと、エクセルとにらめっこしながら迎えたという平野さんの人生のターニングポイントなどについてお伝えします。後編につづく。

 

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