インタビューに答える Hugh Mason 氏 Image credit: e27
夕闇は、1年以上前の典型的なシンガポールの春の日に訪れた。シンガポールのスタートアップ・アクセラレータ JFDI の共同創業者 Wong Meng Weng 氏と Hugh Mason 氏は、シンガポールのイスタナ(大統領官邸)を離れ 、公園を抜けて戻って来た。カエル(JFDI のキャラクタ)が鳴いていた。
2015年に、イスタナで開催された Founders Forum のレセプション・パーティーはフォーマルなイベントで、ウェイトレスがサテーをふるまい、Lee Hsien Loong(李顯龍)首相がテックエコシステムを支援する旨の演説を行い(首相が自分で C++ で書いた、数独のパズルを見せながら)、Facebook の共同創業者 Eduardo Saverin 氏が祝辞を述べた。Wong Meng Weng 氏と Hugh Mason 氏は、そんな Founders Forum から帰ってきたところだった。
シンガポールの大統領官邸イスタナで開催された Founder Forum のレセプションで、参加者と歓談する Lee Hsien Loong(李顯龍)首相。首相が話す相手(手前左)は、TechCrunch UK の編集主幹 Mike Butcher 氏。 (2015年4月20日、イスタナで池田将撮影)
Mason 氏は e27 に語った。
それは非常に心苦しい時でした。我々は大統領官邸を離れ、Orchard Road に面したゲートへと歩いて行きました。警備員に手を振って、外へと出て行きました。そして、このとき、あぁ一つの時代が終わったと思いました。今や、スタートアップはメインストリームになったのだと。
自分の祖母が Facebook を使い始めたとき、時代は変わったのだと思いました。それでいいのです。人生とはそういうもの、それはいいことなのだから。
2人は正しかった。先週、大学の中退者が創業した会社 Glints のシリーズ A ラウンド調達 に支援の声が鳴り響いたように、起業はすでにメインストリームになり、今までになく話題に上るようになった。
シンガポールの大統領官邸イスタナで開催された Founder Forum のレセプション (2015年4月20日、イスタナで池田将撮影)
従来からは変化したこの環境下で、JFDI は今日(9月14日)、正式にピボットし、シンガポールのスタートアップ・コミュニティで先駆的なアクセラレータと見られてきた、同アクセラレータのプログラムを永久にシャットダウンすることを発表した 。
JFDI は今後、リスク資本を取り入れた成長の著しいスタートアップが、可能性豊かな大企業と連携が図れるよう、大企業との協業を始める。JFDI のチームは、多国籍スーパータンカー(大企業)が、自ら出航してビジネス機会を見出そうとする小さなスピードボート(スタートアップ)とつながるのを支援し、そのような積極的な大企業にスタートアップが求める機敏さを提供したい、と考えている。
JFDI はこれまで、約6億人もの人口を抱える、可能性に満ち溢れた東南アジア市場を模索してきた一方で、中国やアメリカなど違って、この地域は多くの国々からなり、さまざまな通貨や言語が使われていることから、ビジネスをスケールする上では不利だったと Mason 氏は語った。
多国籍企業なら、すでにそのような問題を解決していて、それぞれの国に友人を持っている。もし、スタートアップを多国籍企業と連携させれば、我々が求める地域でのビジネス拡大を、スタートアップが実現できる可能性があるのではないかと考えた。
これからのスタートアップ支援は「K-POP 方式」で
Huge Mason 氏(左)と、Meng Weng Wong 氏(右)と、JFDI のキャラクタのカエル Image credit: JFDI
JFDI は、Bosch や Mediacorp といった大企業と連携し、スタートアップに「典型的な企業アクセラレータから得られるものとは違うサービス」を提供したい、としている。
Mason 氏は、JFDI がやろうとしていることを、音楽アーティストのスカウト業務に例えた。それには「パブめぐり戦略」と「K-POP 方式」の2つの方法があるのだという。
パブめぐり戦略では、次なるローリング・ストーンズやボブ・ディランに出会える期待を胸に、地元のアンダーグラウンドなパブを徘徊するのに多くの時間を費やす。タレント事務所は、スカウトしたアーティストの髪の色を少し変えさせ、ステージへと押し上げる。これは、今までのアクセラレータがやってきた手法だ。可能性のあるスタートアップを見つけ、彼らを磨き上げ、光り輝く投資を受け入れられる存在へと育て上げる。
JFDI は K-POP 戦略をとろうとしている。この方法では、魅力的な個人を集め、彼らでグループを組成し、その結果として、次なる少女時代を作り出そうというわけだ。
つまり、流通チャネル、市場でのプレゼンス、資本を提供できる、みんなで一つの会社(仲間)を作るということです。しかし、彼らは、必ずしも市場に合ったプロダクトやサービスを持っているとは限りません。(Mason 氏)
正しいタイプの人々、Meng 氏が言うところの「こういった企業を経営するプロ起業家」のために、JFDI はビジネス機会を作り出すのだと Mason 氏は語った。JFDI がターゲットとするプロフィールは、大学を出て経営コンサルタントなどの職業を経験し、MBA を取得し、JFDI がスタートアップに送り込みたいと考えるような人たちだ。
Mason 氏は JFDI の CEO として残るが、Meng 氏は2016-2017学年度をシンガポール国外で過ごし、自身の SaaS サービス Legalese の開発に専念する予定だ。Meng 氏のオープンソース・スタートアップ Legalese は「プログラムがソフトウェアをコーディングするやり方で、法的書類の下書きを作成する」というミッションで運営されている。シードやシリーズAラウンドを目指すスタートアップを、法的書類の雑務から解放することを意図している。
新生 JFDI の最初のプロジェクトは、ハードウェアと金融サービスを組み合わせた Bosch とのジョイントベンチャーだが、Mason 氏は詳細については語ろうとはしなかった。
JFDI の収入に問題
JFDI の 2015年B期バッチのデモデイから Image credit: JFDI
JFDI は、そのアクセラレータとしての安定した収入源を見つけるパズルを、これまで解こうとはしてこなかった。同社の売上モデルは、アクセラレータプログラムに参加したスタートアップの、後々に起こるであろうイグジットに依存している。買収が早く進む文化を持つシリコンバレーでは、この方法が機能している。アメリカでは、アクセラレータに参加したスタートアップが、18ヶ月後から2年後には買収されるのは一般的だ。買収によって、投資家は出資額の2〜3倍の金額を回収できる。このサイクルが続くことで、投資家はサイコロを再び投げ、アクセラレータに再投資が実行されることになる。
しかし、このようなビジネス環境はアメリカ特有のものかもしれない。世界中の多くの地域では、スタートアップが買収されるまでの企業に育つには7〜8年を要する。また、売却時のバリュエーションが低く、そこからもたらされる資金が少ないことから、アクセラレータが長期にわたって維持運営するのを難しくする。
シンガポールにいる人は、この意見に対抗して皆こう言うだろう。
そうはいっても、シンガポールのあちらこちらで、アクセラレータが新しく生まれているではないか。
そこには、公から資金調達したアクセラレータか、コーポレートアクセラレータかの違いがある。コーポレートアクセラレータには、セーフティネットを提供できる大きな投資家がいて、Mason 氏はこれが問題になっていると語った。
みんなが同じ池で釣りをしてしまっていて、これが事を悪くしている。人真似したアイデアしか持たない弱いチームが、ただ数字を合わせるだけのために(アクセラレータに)招聘される。スタートアップは、どのアクセラレータが一番お金をくれるか見定めようと、スタートアップをもて遊び始めるんだ。お金を稼ぐために本当に必要な、最良のメンタリングをどのアクセラレータが提供してくれるかじゃなくてね。
二流スタートアップの大量生産は、やがてシンガポールにスタートアップ・バブルを生み出すだろう。多くの人が、そう遠くない時期に訪れると予想しているように。
おそらく、それが我々がやってきたことのすべてだ(Mason 氏)
起業家は決して、孤独になる必要はない
Blk71 Image credit: Audax Singapore
JFDI のピボットは決して後ろ向きな進展ではなく、むしろそれは、一つの時代の終焉を象徴するものだ。人生の一幕が閉じるときのように、人々の反響を呼び、しばしば寂しさを誘う。しかし、今こそ前進し、Block 71(編注:シンガポールのスタートアップハブのビル)にあった JFDI のオフィスを良い思い出にするときだ。
非常に多くの友達ができたと思う。人々が時々、この小さなカエルのことを思い出してくれたら、うれしい。
Block 71 にあった我々のスペースを離れるのは寂しい。多くの人が、寂しくなると私に言ってくれた。ここにあったのは、正真正銘のコミュニティのためのコミュニティだ。単純に内装が施された場所とか、家主やファンドが作った場所だとかいうものではない。コミュニティが作り上げたのだ。そういったことは変わるだろうか?(Mason 氏)
JFDI は大きな影響をもたらしたが、インタビューの終盤、Mason 氏は読者の涙を誘うような重大な変化について口にした。
我々がオープンハウスイベントを開催したとき、そのあたりに立っていた男性が寂しそうにしていたので、私は彼に近づき声をかけた。「お元気ですか?」 すると、彼は目に涙を貯めていた。歳は50歳くらいだっただろうか。そして、こう言ったんだ。「こういう機会が欲しかったんだ、こういう機会が欲しかったんだ。私はとても孤独だった。」
この男性は当時、まさにビジネス失敗しそうな状況にあり、彼の母は彼に裕福な人だけがビジネスを始められるのだと言い、彼の兄は失敗したら、子供の面倒をちゃんと見るようにと言ったのだそうだ。
この経験から、Mason 氏は前の世代の起業家には敬意を示すべきだと悟った。当時の起業というのは、考えられもしないほど難しかったからだ。
Mason 氏は JFDI のイベントを始めた時、彼のような人を見て、自分のやってきたことは正しいと確信したという。
我々が始めたことは、ここでコミュニティを形成したことだと思います。最初は人々が集まれる場所を作ったのですが、その頃は、それが大変重要だったのです。なぜなら、(起業というのは)考えられないほど孤独なものだからです。
Meng 氏は、1,400ワードに及ぶこの記事などよりもよい表現で、JFDI がもたらした影響をたった1行で伝えている。
起業はいつも困難の連続だ。しかし、孤独になる必要はない。
【via e27】 @E27co
【原文】
BRIDGE Members
BRIDGEでは会員制度「BRIDGE Members」を運営しています。会員向けコミュニティ「BRIDGE Tokyo」ではテックニュースやトレンド情報のまとめ、Discord、イベントなどを通じて、スタートアップと読者のみなさんが繋がる場所を提供いたします。登録は無料です。
テックニュース全文購読
月次・テーマまとめ「Canvas」
コミュニティDiscord
イベント「BRIDGE Tokyo」
無料メンバー登録