「共感」は、一時的なブームに過ぎないのか?【ゲスト寄稿】

mark-bivens_portrait本稿は、パリと東京を拠点に世界各地のスタートアップへの投資を行っているベンチャー・キャピタリスト Mark Bivens によるものだ。英語によるオリジナル原稿は、THE BRIDGE 英語版に掲載している。(過去の寄稿

This guest post is authored by Paris- / Tokyo-based venture capitalist Mark Bivens. The original English article is available here on The Bridge English edition.


最もパワフルかつ評価されにくい人間の感情の一つが脅威にさらされている。共感とは、他の人の感情・思考・経験を理解・認識し、誰かの感じた感情や考えを、代わりに経験する能力のことだ。同情という言葉とも似ているが、共感はより真実の共有体験に近い。共感は、相手の状況を自分の立場に置き換えて体験や価値を共有するため、より信頼できるものだ。

そこで問題なのは、ビジネスパーソンたちが、自己宣伝などのために共感の概念にハマりつつある点だ。

車、キャットフード、コーヒーの卸売業者らは集合的な共有価値に基づいて、我々がどのブランドを買うべきかだけでなく、どのように生活できるかまでを語るようになった。オンデマンド輸送サービスを提供する各社は、輸送業界の労働者による抑圧をあわれみ、運転手たちを誘惑して、規制を排除しようとしている。旅行や宿泊サービスの各社は、自分たちの不動産に宿泊してもらうことで、我々が難民支援を祝ったり、世界が一つになるのを助けたりしている、と思わせている。VC でさえ、自分たちが投資した起業家にどれだけ共感しているか、声を大にしてそれを表現している。

特に、(VC である)私も上で述べた最後の罪を犯した。私はこれまでに手掛けた3つのスタートアップ(うち、2つは途中で事業停止に追い込まれたが)が、いかに私が良い VC になるために役立ったかを誇張してきた。

私は起業家の立場に立ってきたし、大きな苦しみや惨敗に会うこともなく、そこそこ成功してきた。だから、このような経験を通じて、私はあなたのスタートアップにとって、よりよい財務面でのパートナーになることができる。

私はそう言ってきたものだ。実際のところ、私はこの考えに確信を持ってきたのだが、今では、そう言葉を発する際に悔恨を感じるようになった。

おそらく、広告のテクニックとしての共感が流行となっている点については、ホテルブランドの InterContinental が出している動画広告がよく物語っている(以下のビデオ)。InterContinental Life 提供の物語:Empathy – A Bespoke Connection(仮訳:共感——それはお客様それぞれにあわせた人のつながり)

この広告に付随して提供されているポッドキャストでは、2人の哲学の専門家が日常生活における共感のメリットについて、話を繰り広げている。

デジタルメディアサイト「The Atlantic」の鋭い記事にまとめられているように、共感の倫理を呼びさまそうとする現在の広告は、我々の文化的な時代変化だけでなく、技術的なそれをも反映している。InterContinental は、人のつながりの祝福を「売り物にする」という、感情移入型のユーザエクスペリエンスに注力しているのだ。

私が共感が一時的なブームであることを恐れ、そして、それが私に深い同情の思いをもたらしている。