【Fukuoka Growth Next特集】施設オープンから7年、福岡スタートアップシーンの今を池田事務局長に聞いた

本稿は、福岡市にある官民共働型のスタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」のブログに掲載された記事からの転載

2012年9月に「スタートアップ都市ふくおか」を宣言してから11年。福岡市のスタートアップ環境は発展を続けてきました。

新たなスタートアップが続々と生まれているだけでなく、ヌーラボやQPS研究所のように福岡で誕生した企業が資金調達を経ながら成長を遂げ、グロース市場に上場する例も生まれています。この数年で福岡で展開するベンチャーキャピタルが立て続けに新ファンドを組成し、スタートアップへ投じられる資金の量も増えてきました。

2017年4月に始動した「Fukuoka Growth Next(FGN)」も、福岡市のスタートアップエコシステムについて語る上では外せない存在でしょう。福岡市の旧大名小学校に本拠地を構えるこの官民共働型のスタートアップ支援施設には、現在199社が集い、さらなる飛躍に向けて事業開発に取り組んでいます。

2019年5月からは第2期の運営がスタート。FGNを拠点としたベンチャーキャピタルが立ち上がるなど、活動の幅を広げてきました。さらに今春からは運営体制や支援内容にアップデートを加えた第3期が始まる予定です。

この5年間でFGNや福岡市のスタートアップ環境がどのように変化してきたのか。今回の連載ではFGNの第2期の歩みを中心に、これからのFGNの展望や注目の入居企業に関する内容を複数回にわたってお届けしていきます。この連載がFGNの全体像や福岡市のスタートアップの現状を理解する一助になれば幸いです。

未来のユニコーン100社創出へ、「裾野を広げてきた」5年間


2017年のFGN開設当初から運営に携わり、現在は事務局長を務める池田貴信さん。そんな池田さんは2019年から始まったFGN第2期の約5年間を、「福岡のスタートアップの裾野を広げることをモットーに、手探りでスタートアップに寄り添い続けた期間でした」と振り返ります。

FGNでは福岡市から未来のユニコーン企業が育つことを目指し、第2期からは独自のハンズオンプログラムや招待制のピッチイベントなど、新たな支援メニューを打ち出してきました。

中でも肝入りのプロジェクトの1つとなったのが、ヒトモノカネにおける“カネ”の支援です。2019年10月にFGNの運営企業の1社である福岡地所が、ABBALabと共同で「FGN ABBALabファンド」を新設。FGN内の拠点にベンチャーキャピタリストが常駐し、スタートアップの相談を受けるだけでなく、自ら資金を供給できる仕組みを作りました。

なぜ、FGNがファンドを立ち上げる必要があったのか。その意思決定の背景には「入居するスタートアップとのディスカッション」から得られた気づきがあったそうです。

第1期の終わりに入居者の方々と意見交換をする機会がありました。その際に、とある起業家に言われた言葉が強く印象に残ったのです。

「福岡にはスタートアップに流れる資金が足りていないので、東京に行って資金を集めてこなければならない。創業期のスタートアップに対してしっかりと資金が供給される街でなければ、FGNがあったとしても、結局みんな東京に出て行ってしまいかねないですよ」

そのような意見をいただいたことが、ファンドの重要性を認識し、後にFGN ABBALabファンドを立ち上げるきっかけの1つとなりました。近いタイミングでファンドを組成されたGxPartnersさんや、先行して投資活動をされていたドーガン・ベータさん、F Venturesさんなどとも連携をしながら、創業期のスタートアップが福岡市内で資金を調達できる環境を作ったこと。これが第1期から大きく変わった点でした(池田さん)

2017年の発足時、FGNでは「ユニコーンの創出」を目標に掲げていました。ただ第1期の2年間で起業の後押しや起業家のコミュニティ作りなどにおいては一定の成果が見られた反面、時価総額が1000億円を超えるほど、飛躍的な成長を遂げる企業が誕生することはありませんでした。

そこで第2期では方向性を見直し、最初のステップとして未来のユニコーン候補となる「時価総額が10億円を超える企業を100社生み出すこと」を新たな目標として設定。その打ち手として、FGN ABBALabファンドやインキュベーションプログラムの運営などに力を入れてきました。

当時、東京からサポートに来てくださるVCや事業会社の方と話していて、実態と期待値との間にギャップを感じることがありました。福岡にはミドル・レイターのスタートアップがたくさんいるのだと期待されていて、「池田さん、まだ私たちの出番ではなさそうです」とご期待に添えないことも多かったのです。

そこで当初のユニコーンの創出という目標の足元を見つめ直し、まずはスタートアップの裾野を広げることを目指しました。事業領域などにもよりますが、時価総額が10億円規模であれば、すでに複数回の資金調達を実施しており、シリーズAやそれ以降の展開を見据えながら投資家と具体的な会話ができる状態である可能性が高い。第2期では10億100社に向けてひたすら支援を続けてきた5年間でした(池田さん)

福岡のスタートアップ環境はどのように変わったのか

池田さんによれば、FGNの入居企業・卒業企業と福岡市に登記されているスタートアップを含めると、すでに時価総額が10億円を超える企業が100社以上出ているそうです。FGNの入居企業に限定しても、2023年3月末までの時点で入居期間中に資金調達に成功したスタートアップは延べ85社。調達金額の合計は365億円にのぼります。

正直、5年前は恥ずかしい気持ちもありました。当時も2年間で(入居企業が)約80億円の資金を調達したという数字は出ていたものの、実態としては各社が自ら集めてきた資金をまとめて報告しているだけ。「FGNとしては何もできていない」という後ろめたさがあったからです。

今回の数字に関しては、FGN ABBALabファンドからの出資や(FGNのイベントなどを通じた)投資家の方とのマッチングなど、少しは力添えができた感覚があります。もちろん全てを僕たちがお手伝いできているわけではありませんし、まだまだ改善点ばかりですが、5年前とは全然違うという意味で手応えも得られました(池田さん)

この5年間で、福岡のスタートアップシーンにもさまざまな変化が見られました。IPOの観点では、冒頭で触れた通り2022年6月にヌーラボ、2023年12月にQPS研究所が上場企業の仲間入りを果たしています。

特にQPS研究所の時価総額は上場後にぐんぐんと上昇し、現在は1,300億円(2024年3月15日時点)を超えています。福岡を代表するスタートアップとして時価総額が1,000億円を突破する企業が生まれたことは、「1つの指標ができたという意味でも大きいこと」(池田さん)だといいます。

アップデートされたのは、スタートアップを支える側も同様です。スタートアップの法務や知財の知見がある弁護士事務所が福岡に進出するなど、専門家の力を借りやすい環境が整い始めています。ファイナンス面でも福岡に関係するVCが立て続けに新たなファンドの組成を発表。2020年5月にドーガン・ベータ2022年9月にGxPartners同年11月にFFGベンチャービジネスパートナーズ2023年7月にF Venturesといった具合に、各VCがファンドを拡大しながらスタートアップ投資を加速している状況です。

今のやり方のままでは「高さ」が出せない

このような状況下でFGNも活動の幅を広げてきましたが、第2期の試行錯誤を通じて新たな課題も見えてきたと池田さんは話します。特に池田さんが強調するのが、現在の支援のままでは十分な「高さ」が出せないということです。

未来のユニコーンを狙えるような“尖った”スタートアップを福岡市から創出していくには、これまでのように裾野を広げるための活動と並行して、「有望なスタートアップをさらに引き上げていくための施策」が必要になるといいます。

スタートアップに寄り添い、目の前の困り事を全力で一緒に解決するということに関しては、しっかりと取り組んできた自負があります。一方で、例えば時価総額が10億円は超えたものの、100億円までの道筋がなかなか見えていない企業に対して、その道しるべを示しながら伴走するようなことまではできていませんでした。

支援者側がもっと視座を高め、時にはスタートアップの一歩先を照らしながら伴走できる力がなければ、本気で福岡から突出した企業を生み出すのは難しいのではないか。この5年間でそのように感じるようになりました。

特に考えさせられたのが、「スタートアップ都市ふくおか」宣言の10周年を振り返るトークイベントで、連続起業家で投資家としても有名な孫泰蔵さんから「福岡のスタートアップが伸びていないのは、支援者が伸びていないからではないか。支援者は何をやっているのか」という旨のお話をされたことです。この言葉が個人的には1番グサリときました。(池田さん)

福岡市はスタートアップ都市のモデルケースとして取り上げられることも多く、FGNにも各地からさまざまな人が視察に訪れます。その際にはFGNはすごいと賞賛される反面、池田さん達自身は「できていないことが多いと感じる中で、葛藤があった」と振り返ります。

実際にはどのような部分に課題を感じていたのか。池田さんが具体例として挙げるのが「大学発スタートアップ」と「グローバル展開へ挑むスタートアップ」の支援です。

九州には九州大学を筆頭に、福岡大学や大分大学、鹿児島大学など医療系に強い大学が集まっており、ポテンシャルを秘めた技術やチームがまだまだ眠っているといいます。特に九州大学には「オープンイノベーションプラットフォーム(OIP)」のように、大学で生まれたシーズの社会実装を後押しするような組織も存在します。こうした場所から、“次のQPS研究所”のようなスタートアップが誕生するかもしれません。

もともとFGNの周辺はIT系企業が多いこともあり、必然的にITスタートアップが集まるような場所になっていました。一方で九大のキャンパスは福岡市の中心地から離れた場所にあることもあり、大学との連携や大学発スタートアップとのネットワーク作りは後手に回ってしまっていました。

グローバル化のサポートについても、アジアの玄関と呼ばれる福岡からグローバルで戦うスタートアップを支援する仕組みが作れていたかというと、そうではありません。恥ずかしながら、満足に英語対応ができるメンバーも1人くらいしかいない状況で、支援者としては完全に遅れていました。

でもこれから尖った、高さのあるスタートアップを増やしていく上で、この2つは外せない。同時にまだまだやれることがたくさん残されているとも考えています。新たに始まる第3期ではこうした課題を解決できるような取り組みも始める計画です(池田さん)

【イベントのお知らせ】

FGNは、スタートアップカンファレンス「Stand By」を2024年3月28日(木)にCIC Tokyoにて開催いたします。

本カンファレンスでは福岡を拠点にさまざまな事業ドメインで活躍するスタートアップによるDemo Dayを開催し、福岡スタートアップがそれぞれのプロダクトを紹介するブースも出展します。

またトークセッションでは事業会社や投資家、起業家、スタートアップ支援者など多様なスピーカーが登壇し、「スタートアップ都市 福岡」のポテンシャルを発信します。

もちろんネットワーキングを通じてインタラクティブにスタートアップとコミュニケーションすることもできます。詳細は下記の特設サイトをご覧ください。

Stand Byイベントサイト
https://growth-next.com/event/standby

Stand Byは、オンサイトとオンライン配信によるハイブリッド形式で開催します。オンサイト・オンライン参加ともに特設サイトにて参加登録を受け付けます。

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