AI VTuber「紡ネン」誕生までの軌跡ーーPictoria代表 明渡氏が語る成長戦略と資金調達

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招待制カンファレンスB Dash Campのプレイベント企画として今年から始まった勉強会企画。会場には過去のピッチアリーナ参加者など起業家らが集った

本稿は招待制カンファレンス「B Dash Camp」プレイベントのレポート。11月6日から福岡で開催されるイベントのピッチアリーナなどへの参加を希望するスタートアップはこちらから詳細の情報が得られる。

VTuber業界の新星として注目を集めるAI VTuber。その先駆者であるPictoriaの代表取締役社長、明渡隼人氏が、創業から現在に至るまでの道のりと、成功に至った戦略を語る。招待制カンファレンス「B Dash Camp」のプレイベントとして都内で開催された勉強会には起業家ら数十名が集い、成長スタートアップの創業期に関するストーリーに耳を傾けた。

人々の言葉によって成長するAI VTuber「紡ネン」など、これまでになかった新機軸によってレッドオーシャン化しつつあるVTuberマーケットで独自のポジションを獲得したPictoria。VTuber市場の変遷とともに、自社の事業モデルをどのように進化させてきたのか。資金調達の課題にどう向き合い、乗り越えてきたのか。AI時代のエンターテインメントビジネス創業秘話に迫る。

VTuber市場への参入とシード調達

AI VTuber「紡ネン」などを生み出したPictoriaの代表取締役社長、明渡隼人氏

明渡氏は大学4年生だった23歳の時に会社を設立した。元々アニメやゲームが好きだった趣味の延長線上で始めたビジネスだったが、当初はVTuberを紹介するメディアサイトの運営でVCからの評価は芳しくなかったそうだ。そこで事業をVTuber制作へとピボットし、2018年11月に最初の投資を受けることになる。

「最初の資金調達が2018年11月で、メディアじゃなくてVTuber作るんだったら投資するよって」。

ちょうど当時のVTuber市場は、にじさんじやホロライブなどの大手事務所が台頭し始めた時期で、一部では爆発的な人気が出つつあるも、VTuber自体のマス認知はまだまだ黎明期だった。最先端と言われるVCの中でも、VTuberを知っている人と知らない人の温度差が激しく、プレゼンテーションの多くの時間をVTuberそのものの説明に費やすこともあった。明渡氏はこの状況について、「めちゃくちゃ大変でした」と回顧する。

初期の資金調達では、詳細な事業計画よりも、VTuber市場の可能性と自社の行動力をアピールすることに注力した。これは、まだ市場が未成熟で、具体的な数字を示すことが難しかったためだ。代わりに、VTuber領域の将来性を理解している投資家に対して、自社のビジョンと実行力を示すことで信頼を獲得していった。ようやく資金の目処がついた明渡氏は、VTuberの中でもこだわりをもった人気のある作品を作り、IPビジネスとして展開することを目指した。

数ではなく質にこだわるーーYouTuber事業では王道だったこの戦略をVTuberにも当てはめて考える。しかしこの「王道」戦略は結果的に失敗に終わる。

AI VTuberへの転換とビジネスモデルの確立

思ったようにIP事業はうまく進まず、調達した1億円の資金も新たに企画した「VRプラットフォーム」事業への開発投資で綺麗に溶かしてしまう。2019年末から2020年初頭にかけて、会社の資金状況は厳しくなり、新たな戦略の必要性に迫られた。

転機となったのは、社内のエンジニアリソースを活用したオンラインスクール事業の立ち上げだった。VTuberとオンラインスクールを組み合わせた新しいビジネスモデルを模索し、一時的に黒字化を果たした。しかし、社員のモチベーションの問題や、本来目指していた方向性とのズレから、明渡氏は再びビジネスモデルの見直しを迫られることになる。

この追いついめられた状況が生み出した新しいコンセプト、それが「AI VTuber」だった。明渡氏はそのきっかけについて次のように語る。

「プラットフォームやった時に転職してきてくれたエンジニアがいて、元々機械学習のエンジニアだったんです。それで『AIで喋れるVTuberとか作れない?』って聞いたらプロトタイプを一瞬で作ってくれたんです」。

AI VTuberの最大の利点は「裏側の人間の問題」を解決できることだった。24時間365日の配信が可能になり、短期間で多くの登録者を獲得することに成功した。この成功を機に、会社の方向性をAI VTuber事業に完全にシフトすることを決断した。

キャラクター経済圏構築への挑戦

B Dash VenturesでPictoriaの支援を手がけるシニア・ヴァイス・プレジデントの岩間悠太氏

AI VTuber事業への転換後、資金調達の戦略も大きく変化した。初期の段階では、VTuber市場の将来性と自社の独自性をアピールすることが中心だったが、市場の成熟とともに、より具体的な数字と計画を示すことが求められるようになった。明渡氏は、投資家や業界関係者が理解しやすい状態で事業を説明することの重要性を学んだ。単に「誰も理解していないが我々だけが成功できる」という主張ではなく、業界全体が理解し、応援してくれる状態を作ることが重要だと気づいたのだ。

そのため、AIキャラクターであることが事業計画にどのように影響するかを具体的に示すようになった。例えば、AIキャラクターの制作コストや、人間のタレントを起用する場合と比較したコスト削減効果などを数字で示すことで、事業の収益性をより明確に伝えることができるようになる。

また、事業の説明においては、自社の位置づけを「キャラクター経済圏を構築するAI企業」と明確に定義した。これにより、VTuber業界の中での自社の独自性を強調し、AIを活用した新しいエンターテインメントビジネスの可能性を示すことができたという。さらに、資金調達の際には、出口戦略も具体的に示すようになった。株式上場時の想定株価や、それに至るまでの成長イメージを資本政策と結びつけて説明することで、投資家に対してより具体的な将来像を提示することができる。

その将来像を言語化したのが、明渡氏が掲げる「キャラクター経済圏の構築」というビジョンだ。

AI VTuber事業の次なるステージを示すもので、これは単にAIキャラクターを作って配信するだけでなく、そのキャラクターを中心とした経済圏を作り上げることを意味する。このビジョンの背景には、VTuber市場の成熟がある。単純にVTuberの数を増やすだけでは差別化が難しくなってきた中で、AIという新しい要素を加えることで、新たな市場を開拓しようとしている。

キャラクター経済圏の具体的な姿としては、AIキャラクターが中心となって、ファンとの交流、グッズ販売、広告、他企業とのコラボレーションなど、多様な経済活動が展開されることが想定されている。AIの特性を活かし、24時間365日稼働可能な点や、人間のタレントよりも低コストで運用できる点などが、この経済圏の強みとなる。

また、BtoCだけでなくBtoBの領域でも、AIキャラクターを活用したソリューションを提供することで、事業の幅を広げている。例えば、企業の顧客対応やマーケティング活動にAIキャラクターを活用するなど、新しいビジネスモデルの開発に取り組んでいる。

この「キャラクター経済圏」というコンセプトは、投資家や関係者に対して、会社の方向性をより明確に示すことにも成功している。VTuber業界の中でAIを活用した独自のポジションを確立し、将来的な成長イメージを具体的に描くことで、資金調達やビジネスパートナーの獲得にもつながっているという話だった。

スタートアップ成長戦略の秘訣

明渡氏が語るスタートアップ成長戦略の核心は、「自分が何者であるか」を明確に伝えることにある。

複雑な事業内容や技術的な詳細よりも、自社が何にチャレンジしているのかを簡潔に伝えることが重要だと強調する。複雑な説明よりも、一言で表現できるメッセージの方が記憶に残りやすく、共感を得やすい。また、市場の変化に柔軟に対応することも重要な戦略の一つだ。明渡氏は、VTuber市場におけるトレンドの変化、例えばYouTubeのアルゴリズム変更やショート動画の台頭などに敏感に反応し、常に最適なコンテンツ戦略を模索してきた。

最後に、明渡氏は常に未来を見据えた事業展開の重要性を説く。現在の市場動向だけでなく、5年後、10年後の業界の姿を想像し、そこに向けた準備を今から始めることが、真の意味での成長戦略だと考えている。生成AIというテクノロジーが社会を大きく変革しつつある中、AI VTuberという存在がエンターテインメントをどのように変えていくのだろうか。数年後の彼らの姿がとても興味深い。

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