世界中を旅しながら仕事をするというヒップなライフスタイルを実践するハッカー集団「Hacker Paradise」に先日ベルリンでインタビューをしましたが、そこで日本人として唯一参加されていたのが、iOS開発者の堤修一さんです。堤さんといえば、日本のiOS開発者界隈では有名な方。ブログで積極的にiOS開発関係のことを発信するブロガーとして、またGitHub上で積極的に活動されていることでもよく知られています。
最近は「海外の仕事をしたい」モードだという堤さんに、これまでのキャリアの話を色々と伺ってみました。話を聞けば聞くほど「以前の職場カヤックには、一度面接で落ちている」「カヤックに入ったはいいものの最初はぜんぜん使いものにならない窓際エンジニアだった」などという意外な過去が次々と明らかに。
インタビュー前編では、堤さんがカヤックに入社するまでの経緯、そしてiOSエンジニアとしてのポジションを確立するまでの道のりについてお届けします。
自己啓発書を読み漁った「自分探し」の果てに、2度目の挑戦でたどり着いたカヤック
佐藤:ベルリンで日本人のフリーランスエンジニアの方にお会いすることはあまりないので、今回堤さんがいらっしゃると聞いて、とてもワクワクしていました。海外で勝負してみたいと思うエンジニアの方は多いと思うのですが、堤さんが海外に出たいと思われたきっかけってなんなんですか?
堤:「海外に出たい」というのは、割と人間の普遍的な欲求だと思うんです。壮大な景色を見ると感動するのと同じように、いつもと違う街並みや人や文化に触れることは多くの人とって刺激的なことだと思うので、その欲求自体は割と理解してもらえるものなのかなと。具体的な行動に移せるようになったのは、2012年12月31日にカヤックを退職したあとのことです。カヤックの前は大企業で働いていたんですけど、海外駐在に応募してみても英語がダメだったんで受かりませんでした。
カヤックでは自分でいろいろとアプリをつくってきたんですけど、3年ぐらいやったらiOSのエンジニアとしてiOS界隈でも認知されるようになりました。だから、カヤックを辞めたころはそろそろ海外に出てもニーズがあるんじゃないかなと思い始めていたときです。
佐藤:カヤックで、iOSのエースエンジニアにまでなられたのはスゴイですね!
堤:うん、でも最初はプログラマーとしての自信はまったくなかったんですよ。ぼくは31歳からプログラミングを始めて、めちゃくちゃ苦労したんで。
佐藤:え、そうなんですか。意外です。カヤック以前もずっとプログラマーとして経験を積まれてきたのかと勝手に思ってました。
堤:まったくそんなことないです。もともと、ぼくは大学卒業後にNTTデータの研究開発部門に入ったんですね。で、何年かすると同期や別の会社に行った大学時代の友人たちがどんどん活躍するようになってきて、焦りを感じはじめました。で、なにか行動を起こさなければと思って、転職活動を始めて。当時の第一志望だったMicrosoftには落ちちゃったんですけど、転職活動を続けてたら、キャノンの複合機部門に転職することになりました。
佐藤:へえー、そうだったんですか。キャノンでプログラミングのお仕事をされたんですか?
堤:いえ、プログラムを書けない人にはプログラムの仕事はまわってきません(笑)。で、いわゆる「調整役」を中心に、がんばって働いてはいたんですけど、何年かするとやっぱりなんかつまらないなと。
佐藤:転職しても、当初感じていた焦りは解消されなかったんですね。
堤:そう。で、悶々としていると何をするかというと、当時のぼくは自己啓発書を読み漁ってたんです。
佐藤:自己啓発書!! 分かります(笑)。
堤:そのとき手にとった本の一つに「おもしろいオフィス」の特集をしている雑誌があって、そこでカヤックを知ったんです。鎌倉にオフィスがあって、「サービスを年に77個つくる」とか「旅する支社」とか…なんかカヤックおもしろいな、と。
佐藤:おもしろいですね〜。
堤:これを読んで、カヤックで仕事をしたいと思って。プログラミングはできなかったんですけど、「考える」ことならできるかなと思って企画、ディレクターのポジションに応募したんです。そしたら、落ちました。
佐藤:え、落ちたんですか!!
堤:はい。それで、何かしらの努力をして再挑戦したら望みがあるのか、あきらめるべきなのか悩んだあげく人事にメールしたら、社長から返事があって。「30歳を超えて、経験がなくてディレクターは難しい。それなら若い人を育てるので。でもNTTデータやキヤノンにいたのなら、何かしらプログラムでつくれるようになって、エンジニアとしてなら可能性あるかもね」と。
なので、じゃあプログラミングをやろうと思って、3ヶ月間のスクールでActionScriptを勉強して、そこでつくったFlashの作品を見せて、もう一度カヤックを受けたんです。それで、エンジニアとして採用してもらいました。
佐藤:おお〜、そんな経緯があったんですね…!
サーバーサイドエンジニアとして入社するも、完全に「使えないおじさん」になった…
堤:2度目はFlasherとして応募したんですけど、結局、サーバーサイドエンジニアとして採用されたんです。ぼく自身はサーバーサイドには興味がなかったんですけど、カヤックに入れるならもうなんでもよくて。
佐藤:へえ、そうだったんですか!
堤:でも、全然ぼくは使いものにならなくて。当時すでに結婚してたんですけど、事前に会社にお願いして、初日から会社に歩いて行ける独身寮に住まわせてもらいました。その頃はもう毎日のように朝まで仕事してました。
佐藤:え、なんでそんなに遅くまで!?
堤:もう振られた仕事が終わらなくて。周囲のエンジニアとかみんなぼくより年下で、自分が聞くことのレベルも低いだろうから質問するのもこわくて。そんで、ツイッターで泣き言をつぶやいてたら優しい人が声をかけてくれて、朝6時に電話して教えてもらったりして。
佐藤:え、まじですか! 涙が出そうな話ですね…。
堤:でも、それでも使えない状況は変わらなくて、ある日すべての仕事がぼくから剥がされて他のエンジニアに引き継がれていきました。PHPの入門書を渡されて、「これでも読んで、まずは掲示板でもつくってみてください」と。
佐藤:ひええ〜…。
堤:ぼくとしてもサーバーサイドよりも、もともとはFlashや、iPhoneアプリづくりに興味があって、アプリのアイデアとかを日報で書いていたんですね。そしたら、当時おじいちゃんおばあちゃん向けにアプリをつくっていたチームの人から声がかかって、「写真からシワをとれるアプリをつくれない?」って声がかかったんです。で、キタ!と思って、ゴールデンウィーク中に毎日オフィスに通ってアプリをつくりました。
当時2010年ごろ、カヤックにもiPhoneアプリをつくれる人はいたんですけど、iPhoneアプリ一筋でやっている人はまだいなかったんです。みんなそれぞれサーバーサイドやFlash等の本業があるので忙しかったんですけど、僕だけは仕事があまりない状況だったんで、iPhoneアプリの仕事がまわってきたんです。
佐藤:おお〜ついに!
堤:当初のサーバーサイドの仕事はほぼ干されてしまったんで、iPhoneアプリの仕事はもう必死でやりました。徹夜でやって、翌日には涼しい顔で「もうできてますよ」っていかにもサッとできた風に見せて。
佐藤:涙ぐましい努力ですね。
カヤックで過ごした3年間は「遅れてきた青春時代」
堤:そんな感じでめちゃくちゃ必死で勉強して、iPhoneアプリの仕事をもらうようになっていきました。カヤックもちょうどiPhoneアプリの仕事が増えてきた時期だったんで、来る案件はぜんぶ自分がやりたい!って手をあげてました。
佐藤:めちゃくちゃ働いてたんじゃないですか、そのころ。
堤:もう、起きてるかぎり働いてました。試用期間が終わったら、鎌倉の会社の近くにアパート借りて、昼間とか眠くなったら家に帰ったりしてたんですけど、夜も土日もずっと会社で仕事してましたね。
別にブラック企業とかじゃなくて、とにかく自分がやりたくてやってたんです。やりたかったし、今やらなければもう後がないっていう状況だったんで。
佐藤:そこまで突き動かされて取り組まれていたとは、すごいですね。逆になんでそこまでがんばれたんですか?
堤:だって、サーバーサイドの仕事で一度干されましたし。ある程度年齢いっていて、経験もない状態だったんで。もう後はなくて、これで転職しても次の見込みもない状態だったし。大きい会社に戻るのも、当時はもう難しい状態だったし。
でもね、単純に楽しかったというのもあるんです。ずっとプログラミングにはちょっとした憧れがあったんで、ついに自分でモノをつくれることが楽しくてたまらなかったんです。
佐藤:でも、そこまでのエネルギーを費やせるのもほんとにすごいですね。
堤:いやもう、社会人になってはじめて命を吹き込まれた感じでしたよ。
佐藤:なんか、青春時代みたいですね。
堤:ほんと、鎌倉時代はぼくにとって遅れてきた青春時代のようなものです。
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その後iOS開発者としての経験を積んだあと、約3年勤めたカヤックを退社することに決めた堤さん。ちょうど書籍執筆の話しが舞い込み、執筆の仕事を抱えてスペイン、バルセロナへ。その後、ひょんなことからシリコンバレーでの仕事の話しが舞い込み、仕事の舞台を世界に広げていかれます。続きは、インタビュー後編でお届けします。
後編:iOS開発者の堤修一さんにインタビュー(後編):世界で通用するエンジニアになるには? スペイン、米国での模索を経て気づいたこと
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