株式会社「個人」時代を実現するLayerXーー福島良典氏のビジョンを紐解く

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LayerX 代表取締役に就任予定の福島良典氏

株式会社「個人」時代ーー企業が株主から資金を集め、プロジェクトを成長させ、得られた収益を配当して還元する。資本主義経済が編み出したこのスキームを「個人」でもワンクリックで使えるようになったらどういう世界がやってくるだろうか?

例えば美味しいワインの造り手がいたとする。彼はワンクリックでプロジェクトを立ち上げ、共感する人たちから資金を集める。ワインが出荷されるまでの数年間、その約束を担保するためにチケットを支援者に発行する。

その年の葡萄はデキが良く、期待値が上がったとしよう。彼がそれを伝えると発行されたチケットは値が上がり、購入した支援者はワインの出荷を待たずにそのチケットを取引し始める。造り手は自信作を生み出す基盤を手にし、支援者はリターンを手にする。最終的な購入者はワインを美味しくいただく。個人になれば価値創造のバリエーションは無限大に膨らむ。

ーー兼ねてからこの議論はあった。クラウドファンディングやクラウドソーシング、シェアリングエコノミーなどがそれだ。インターネットがスマートデバイスによって個人に行き渡り、瞬時に人々が繋がる世界がそれを実現させたのだ。

しかし課題も多い。ワインの造り手がいくら良いと言っても、それは誰が評価するのか?発行されたチケットデータは本当に本物なのか?自分が相手と取引する際の価値は誰が決めて、その支払いの条件は誰が担保してくれるのか?

これらを模索する動きが近年の自律分散型社会やそれを支えるブロックチェーン技術、暗号通貨、セキュリティ(証券型)トークンなどの開発研究になる。

そして「LayerX」が取り組んでいる課題はまさにここになる。8月1日に発表されたこの新会社を率いる福島良典氏に取材の機会を得たので、彼の言葉からそのビジョンを紐解いてみたい。(文中の太文字は全て筆者の質問。回答は福島氏)

株式会社「個人」時代に必要な証券システム

個人が株式会社のように振る舞える新しい経済基盤。爆発するアイデアを実現するには、人ではなくプログラムで意思決定をしなければ、その膨大な承認プロセスを全て処理することはできないだろう。

ここで最も重要なツールが「セキュリティ(証券)」だ。人が権利を主張することのできるこのチケットシステムはどのように変わるのか。

LayerXはAnyPayの発表した「収益配分型トークン発行システム」開発にも参加している。新たな資金調達の手法がどのようなものになるのか教えてほしい

「これまでの金融システムは資本主義経済のピラミッドで言えば、上位数パーセントのための仕組みでした。しかしシェア経済やクラウドワーカーなどの動きから見ても今後、その経済活動単位が細かくなることは明らかです。個人の時代に必要なのは自律的かつ強制的に権利が執行される仕組みです。私が機械学習で研究していた分野に近く、これらを管理するのはプロトコルであり人ではないのです」。

個人やプロジェクトを支える仕組みとしてクラウドファンディングが確立されている。違いは

「ファンだけじゃなく、投資家が参加して市場が生まれることです。例えば美味しいワインのプロジェクトがあったとして、クラウドファンディングで買うのはファンだけです。しかし(自律的に権利を執行できる)トークンがあれば、投資家も参加できる」。

冒頭にもストーリーを書いた通り、ある人がワインを作りたいと考えても支援する人がファンだけだとマッチングの可能性は著しく低くなる。しかし投資家がいれば、大きな意味で流動性が生まれる。世界を席捲した暗号通貨はその証拠の一つになる。

質問を続けよう。

セキュリティトークンの設計が重要なポイントになる。もう少し詳しくその役割について教えてほしい

「株式もある意味トークンで、権利と執行が分かれたものになります。しかし分配の権利があるから自動的に収益が振り込まれるわけではなく、場合によっては権利を主張しなければいけません。仲裁するのは裁判所になります。こういう仕組みは大きなプロジェクトでなければ利用しづらい。株式の信用は国や裁判所が担保してくれますが、これがプロトコルに置き換われば、どれだけ単位を小さくしてもシステムで執行を担保できるようになります」。

暗号通貨やトークンのセキュリティ認定については各国でまだ議論が続いている。今後の見通しをどう考えているか

「正直、全く分からないですね(笑。しかしひとつ言えることは『止められない』ということです。ビットコインが止められないのと同じことです」。

全ては合意によって決定する。そのルールすらあるコンセンサスアルゴリズムに則った形で決定していく。福島氏は「良いプロトコルはユーザーが選ぶ」という言葉でそれを表現していた。全ての合意データはブロックチェーンに不可逆的に刻み込まれ、信用が担保される。

権利を保証するツールについては理解した。では新時代の投資家は誰になるのか

「詳しい人です。例えば地下アイドルのトークンが出来たとして、その投資家ってプロデューサーだったりファンといった方が出資すると思うのです。これまでのベンチャーキャピタルのような投資家像はソーシング(情報収集能力)とファンドレイジング(資金収集能力)でしたが、これからは見極める能力が求められるでしょうね」。

なるほど、プロジェクトの単位が細かくなれば投資サイドも細かくなる。マーケットの動向よりも自分が何をやりたいか、何を信じているかが問われる時代。

新しい資金集めの手法に新たな投資家像。ではこれらが揃ったとして何が実現できるようになるのか

「究極、政府がやっていることをどうすれば直接金融で実施できるか、という課題になると思います。トークンがあれば、例えば研究開発費のようなものも直接金融に置き換える可能性が出てきますし、米MagicLeapのような『ムーンショット』を狙って莫大な資金を集めるような仕組みも、分散かつ自律的に作れるようになるのではないでしょうか」。

つまり、税金でやっていたことをコミュニティで実現する、という考え方だ。税金による収益分配の仕組みは、道を作るとかトンネルを掘るなどの公共性が高いプロジェクトが多かった時代には有益に動いた。しかし日本のアニメと教育を天秤にかけ、「どちらが将来に対して有益か」を判断させることは不可能に近い。

「一方で短期的な目線も大切です。Googleも自動運転を最初からやるのではなく、まずは検索から始まった。ブロックチェーンの世界ではそれがセキュリティトークンなのです」。

取材終わり、福島氏はエピソード交えてある危機感について語ってくれた。

「バック・トゥ・ザ・フューチャーって映画あったじゃないですか。中に何もないところからレンジのボタンを押すと食べ物が出てくるっていうシーンがあるんですが、アレって実はUberEatsで実現してるんですよね。人ってやりたいこと(What)は分かってるけど、実現方法(How)は知らない。

今、ブロックチェーン関連は日本も率先して合法化の道筋をつけてきましたが、気がつけばCoinbaseやBitmainが台頭してきて新時代のGAFAに近いポジションを伺うようになりました。国内は2016年から2年ほどがチャンス期間でしたが、この今のタイミングを逃せば、10年待たないと次のチャンスは巡ってきません」。

インターネットで個人が活躍する世界は想像可能だった。しかしその方法がまさかブロックチェーンという手法になるとは発案者以外、誰も考えていなかっただろう。そして日本は早い段階から取り組んできただけに、巨大化する別プロジェクトの後塵を拝することになりかねない今の状況はもったいない。

LayerXが生み出すのはツールというよりルールだ。もし、この分野で標準化が可能なアイデアを世界に対して投げ込むことができれば、まだまだチャンスはある。言語化が難しい市場なだけに、その世界観をどのように表現し実現していくのか。

福島氏とLayerXが生み出す「How」に注目が集まる。

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