「Facebookの改善」は可能なのか?

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Photo by Juan Pablo Serrano Arenas on Pexels.com

Facebookは今までにないレベルでボイコットの脅威に直面している。公民権運動を実施する連合団体Stop Hate For Profitは、Facebookに対して10つの提案を実施し、ハラスメントや女性蔑視、人種差別や過激主義への対処を求められている。

このようなFacebookへの問題提起の共通点は、誰もがFacebookの軌道修正が可能だと信じている点だ。

しかし、もしそうでないとしたらどうだろうか?

もちろん、私はFacebookが批判へ対応を講じない理由に結び付けたいのではない。むしろ、提起されている問題はFacebookの根本的な構造、つまりソーシャルメディアそのものに起因しているのではないかということだ。

同社はよく「何も対策を講じていない」と指摘される。しかし、実際Facebookは数多くの行動を取ってきているのが事実だ。

ヘイトスピーチ対策においては、同社は最新の報告書にて今年のQ1で960万件のコンテンツをブロックしたと触れており、昨年Q4の570万件から増加していることが分かる。また、今週は「Boogaloo」と呼ばれる反政府的活動のグループを200件以上閉鎖している。加えて5月には、Content Oversight Board (コンテンツ監視委員会)を開設した。これらはFacebookの対処の内、ほんの一握りの例だ。

このように、Facebookはテクノロジーでの解決を模索する以外にも人的解決策の取り組みも拡大してきている。しかし、ニューヨーク大学の研究が指摘しているように、これらの多くが第三者機関に依存しており、不十分な要素が目立つことが指摘されている。

さて、冒頭で触れた連合団体の提案では、「差別、バイアス、ヘイトスピーチの監視を強化するための、自社内における組織編制」が要求されている。また、透明性を検証するための第三者機関への情報提供、悪質なコンテンツに影響を受けた広告主への返金、白人至上主義、反ユダヤ、ホロコースト修正主義、ワクチン関連のフェイクニュースや気候変動否定主義に関連するグループの削除などが含まれている。

ほかの多くの提案は、有害コンテンツをフラグ化できる機能、政治的コンテンツの正確性、政治家への特例撤廃などは既に同社が取り組んでいる、または検討しているとされているものだ。提案の中には、誹謗・中傷を受けた被害者が、Facebookの従業員と話す機会を持てるコールセンターの設置というものもあるが、これは現実的でないように思える。

さて、Facebookは実際に、コンテンツの監査などいくつかの措置に合意したものの、未だボイコット運動の勢いは収まりを見せていない。同社副社長のニック・クレッグ氏は、インタビューにて有害なコンテンツ検閲に努力を惜しまないと述べている。

「Facebookはヘイトスピーチを放置しておいたところで、全く利益を生みません。何十億もの人がFacebookやインスタグラムを利用しているのは、そこでポジティブな経験ができるからです。広告主もユーザーも、悪意あるコンテンツをみたくはありません。つまり、私たちがそうしたコンテンツを取り締まることには大きなインセンティブがあるのです」。

しかし、有害コンテンツの完全な排除は現実には不可能に近いと言えるだろう。同氏は以下のようにも語っている。

「日々、多くのコンテンツが投稿される中で、悪意あるコンテンツのみを見つけることは非常に難しいと言わざるを得ません。Facebookでは、プラットフォームの安全性とセキュリティー対策のため、人員を約3倍の3万5000人規模に増員しています。そういった意味では、私たちは悪意あるコンテンツを見つけ出すAI技術のパイオニアと言えるでしょう」。

つまり、同社が取り組んでいる対策は、現時点で講じることのできる最善の一手なのだ。しかし、極右勢力にとっては未だにFacebookがプロパガンダ・フェイクニュースを生み出す最善の手段だと認識しているのが現実だ。

とはいえ、Facebookが自身で公開している同社の「対策」結果によると、昨年4月から9月までの間に32億件の偽アカウントを削除したとしている。これは、2018年の実績である15.5億アカウントからほぼ倍増していることになる。

これは、MAUが23.7億人を超えるSNSと考えると驚異的な数字だろう。言ってしまえば、同社は四半期ごとに月間利用者数を超えるフェイクアカウントを追い出していることになる。それでも、まだ月間アクティブユーザーの5%は偽物であるとの推測を出している。

この状況を踏まえると、現在提案されている対策を仮に全て受け入れたとしてもFacebookが根本的に変化を成し遂げることは難しいのではないだろうか。いわば、Facebookは少数の「偽の人物」が「本物の人物」を煽りフェイクニュース、プロパガンダ、ヘイトスピーチを拡大させる身近な最良のツールと化している。

抜本的にFacebookを改革するのなら、ユーザー登録に身元確認書類を必須にするなどの対策が考えられるが、ユーザーからの大きな反発が起こることは容易に想像できる。ほかには例えば、米国政府が主導になってプラットフォームがコンテンツに対して法的責任を回避することを許容しない法律の再制定も想像できる。しかし、それもマジョリティーに受け入れられる可能性は低いだろう。

では、Facebookは一体どうすればいいのだろうか?おそらく、この問題は規制を求める側とFacebookのやり取りがほぼエンドレスに続く状況へ帰着するのだろう。

もちろん、Facebookは、ある程度ボイコットが収まるまで自主的な規制強化を施すことになる。並行して新たな規制論者が生まれ、また、それと同時に何もそこで起きていないかのように何十億人もの人がFacebookを利用し続ける。そうした傍では、悪意を持った人々がいかにFacebookを悪用するか考え続けている、という状況が続くのだ。

そしていつの日か、何十年・何百年の間人類と時間を共にしたFacebookがどの様に私たちの暮らしに影響を与えたのか振り返る、そんな時が来ることになるのではないかと思う。

【via VentureBeat】 @VentureBeat

【原文】