サッカーの視聴体験を変えた「4つの転換点」ーーJリーグ元社長・小西氏/KONAMI・小林常務ロングインタビュー(1)

インタビューに応じてくれた元Jリーグ社長、小西FC代表の小西孝生さん

本稿はコーポレートアクセラレーターを運営するゼロワンブースターが運営するオウンドメディア「01 Channel」からの転載記事

サッカー・ワールドカップで世界中が湧き立つ中、その体験が大きく変わったーー。そう感じた方も多いのではないでしょうか?

その立役者のひとつ、それがインターネット・テクノロジーです。最も影響が大きいのが視聴スタイルでしょう。日本国内ではインターネット放送「ABEMA」による全試合放送が実施され、1日あたりの視聴者数が過去最高の1,700万人を記録したそうです。

もうひとつ、サッカーボールにも仕掛けが加わっているのをご存知でしょうか?

ドイツのIoTスタートアップ「KINEXON」がAdidasと共同で開発したコネクテッドボールが、ワールドカップで公式球として採用されたのです。ボールに内蔵されたセンサーがボールの位置と触れた情報を感知し、1秒間に500回の情報として発信。FIFAは審判に必要な判断時間を現在の平均70秒から、約15〜25秒に短縮するとインタビューに答えています。

スポーツのデジタル化。

スポーツには健康増進やエンターテインメント要素、学生や地域コミュニティとのつながりなど、様々な要素が含まれています。そして今、このインターネット・テクノロジーの進化によって、このスポーツの視聴体験にも大きな転換点が生まれようとしているのです。

このスポーツのシーンを長年見つめてきたのがKONAMIです。

1969年に創業した同社は、84年に登場した家庭用ゲーム機の波に乗って野球やサッカーを次々とゲームタイトル化。スポーツと消費者の新たな架け橋となった同社は今、この新しいテクノロジーの波をスタートアップとともに開拓しようとしています。

ゼロワンブースター編集部では現在「KONAMI ACCELERATOR 2023」を開催中の同社と協力し、スポーツビジネスのこれまでとこれからを紐解くべく、まず、この方に話を聞くことにいたしました。

元Jリーグ社長、小西孝生さんーー。92年にJリーグに入社後、幅広く日本サッカー界のメディアプロモーションに尽力し、18年からはJリーグ社長など要職を歴任。22年3月に代表を退任した後は小西FC代表として新たな挑戦を開始されています。

日本のサッカーにおける転換点とは何か。小西さんは自身の仕事を振り返りつつ「1993年のJリーグ開幕から2000年代の前半、それから2010年から現在」までの出来事を語ってくれました。

Jリーグ開幕に続く黎明期を支えたアイデア

日本プロサッカーを巡るビッグバン、そう、Jリーグの開幕です。小西さんはまずこのストーリーから紐解いてくれました。

小西:Jリーグの開幕が非常にエポックメイキングで話題性があったので、テレビ放送やスポンサー、グッズがすごく売れて、ブームに乗ってスタートしました。しかし徐々に人気に陰りが出始めて、サッカーの見方が一般の人たちにとって期待できないような形になってしまったんです。テレビ放送がないと映像の露出が大きく減ります。まず、そこを解決しなければとNHKとCS放送の会社と組み、地上波にも放送していただくスキームを作りました。

その後小西さんは、活動の場所を日本代表に移すことになります。2000年に日本サッカー協会へ出向となり、協会の事業部長として日本代表のマーケティングを担当することになるのですが、依然日本サッカーは黎明期。引き続き対戦カードや試合日程によっては放送されるかどうか、という不安定な日々が続いたそうです。

そこで小西さんはひとつのアイデアを出します。それが日本代表の放送をパッケージ化する案でした。

小西:(日本代表パッケージができたことで)放送各社のニーズが高まり、どの試合でもどの日程でもどんな相手でも必ず、ゴールデンタイムで地上波が全国放送するという仕組みを作ることができたんです。それまでは組み合わせによっては放送に乗らない試合もありました。僕が協会に行って最初にやった試合は2000年の中国戦なんですが、その時はローカル放送局やNHKの衛星放送にお願いして放送してもらっていたんです。これをパッケージ化してすべての試合が放送されるように各所にご協力いただきました。

地上波から衛星放送へ、新たな挑戦

写真右:小西さんと同じく取材に応じてくれたコナミデジタルエンタテインメント常務執行役員の小林康治さん。「ウイニングイレブン」はフランス大会出場の盛り上がりの中で多くのプレイヤーに遊ばれた(インタビュー後半にて)

このアイデアで財政的にも安定をみた日本サッカー協会は、その視点を徐々に世界の檜舞台、ワールドカップに向けるようになります。ドーハの悲劇で幻に終わった、94年サッカーワールドカップアメリカ大会から4年。日本は悲願だった初出場、フランス大会に漕ぎ着けます。

小西:実は98年のフランスカップ、ある意味では出場できていなかったとも言えるんですよ。なぜかというと94年が24チームだったのに対し、98年は32チームに出場国枠が増えたからなんです。

ワールドカップ自体の出場国枠が増えたことによって何とかフランスに出場できて、2002年の自国開催に続いて幸いにも2006年、2010年、2014年、2018年、そして今ちょうどカタールで開催されているワールドカップにも出場できています。このようにサポーターの視聴環境を整えるとともに、ワールドカップ出場を目標にした育成や強化、普及の経費をサッカー協会として確保することができました。

一方Jリーグでは、2010年から徐々に視聴者数の減少もあり、NHKや民放も手を引くようになってきたんですね。そんな時、スカパーから全試合しかもJ1・J2全試合放送したいという素晴らしい提案をいただいたんです。ここでJ1・J2全試合の映像がフルアーカイブの資産として残せたのが大きかった。

サッカーをファンに届けるーー。

あの手この手で日本サッカー協会・Jリーグの安定のために奔走した前半戦から約10年。そして物語は、地上波の視聴率低迷というきっかけで徐々に次の展開へと移っていきます。リビングの王様と言われたテレビの座を揺るがしたのは、そう、私たちが今、毎日手にするあの小さな端末でした。

そしてドーハへ、インターネット放送の幕開け

サッカー視聴体験を大きく変えたDAZNとの10年契約

サッカー放送のスキーム整備に日本代表の放映パッケージ、そしてスカパーによる全試合放送。日本サッカーの大きな転換点を振り返る小西さんが、その締めくくりとして最後に挙げた4つめの出来事はやはり、インターネットでした。

小西:一番最後はDAZNですね。DAZNは業界ではOTT、オーバーザトップという業態ですが、インターネットで放送する、しかも当時、スポーツのライブだけ放送するというのは世界でも初めてのケースだったんです。さらに外資系企業ということもあり、契約が大丈夫か不安がありました。

ただ当時は他に選択肢がなかったんです。10年で2,100億円の放映権料ですが、Jリーグを発展させるためにあれだけのお金を出してくれるところが他になかった。あと一番大きかったのは、著作権をJリーグが保有できた点です。

映像を撮影して、その映像が国際映像になってDAZNにも流れ、他の放送局や海外にも流れて、という著作権を行使できたのはすごく大きかったんです。 そのためにJリーグの中に制作チームを作ったんですが、実はそのチームがバスケットボールのBリーグや卓球のTリーグ、他競技団体の映像制作やアーカイブもやれるようになっています。

実はDAZNの誘致にはもうひとつの逸話があります。それが「本当にその巨額の権利料を払えるのか」という担保でした。というのもDAZNは当時、スポーツメディア企業「パフォーム・グループ」内で始まった、ある意味でスタートアップしたばかりの事業だったからです。実際、同社は2019年にグループから独立して現在のスキームに落ち着いています。

スタートアップと大企業がどう手を組むのかーー。この巨大ディールをまとめるべく、小西さんは奔走します。

小西:保証を取らなければいけなくてそれが大変でした。DAZNの親会社の投資会社に債務保証をお願いしたんです。結果、DAZNになにかあった場合には親会社が完全に債務を保証するという形で着地できました。

あとは心配だったのは、初めてのインターネット放送になってJリーグを見たい人たちが本当に見てもらえるのかということ。DAZNと一番話し合ったのは無料放送です。特に地上波に関しては放送させない契約を彼らが望んできたんですけども、リーグにとってローカル放送や地上波はすごく大切なものだったんです。それを何とか死守しなければならず、最終的に地上波を残しつつ、DAZNで全試合見られる仕組みにできました。

今回のワールドカップもABEMAという新しいインターネット放送で全試合が視聴可能になりましたが、NHKも民法も放送する形になりました。まだネット放送だけで人気スポーツをフルカバーするのは多くの視聴者に対して十分にアピールできないというのが現状なんです。そのため、有料放送と無料放送を両立させることで、既存ファンだけでなく新規ファンにも応援いただける環境が重要と考えていました。

ロングインタビューのパート1では小西さんに30年の日本サッカーの転換点を語っていただきました。パート2のインタビューではKONAMIで同時代を生き、eBASEBALLパワフルプロ野球シリーズやプロ野球スピリッツシリーズなどヒットタイトルを成功に導いたコナミデジタルエンタテインメント常務執行役員の小林康治さんを交えてお送りします。

次につづく:どう動いた「コンテンツビジネス」としてのサッカー ーーJリーグ元社長・小西氏/KONAMI・小林常務ロングインタビュー(2)

BRIDGE Members

BRIDGEでは会員制度「BRIDGE Members」を運営しています。会員向けコミュニティ「BRIDGE Tokyo」ではテックニュースやトレンド情報のまとめ、Discord、イベントなどを通じて、スタートアップと読者のみなさんが繋がる場所を提供いたします。登録は無料です。
  • テックニュース全文購読
  • 月次・テーマまとめ「Canvas」
  • コミュニティDiscord
  • イベント「BRIDGE Tokyo」
無料メンバー登録