ジェネレーティブAIスタートアップとビジネスの可能性を考える〜NCC TOKYO 2023 Summerから

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GenLab について説明するエグゼクティブディレクターの Daniel Riedel 氏
Image credit: Digital Garage

NCC(New Context Conference)は、デジタルガレージ(東証:4819)が東京とサンフランシスコで定期的に開催しているテクノロジーカンファレンスだ。毎回、その時節のテクノロジートレンドを反映したテーマが設定されるが、8日に東京で開催されたカンファレンスでは「Gen AIが創造する新しい社会を考える」をテーマに議論が交わされた(Gen AI はジェネレーティブ AI の意)。

今回のカンファレンスは3つのセッションで構成され、最後のセッションは「Gen AI スタートアップとビジネスの可能性」と題され、特にスタートアップにスポットライトを当てたセッションとなったので、本稿ではこれを中心に取り上げる。このセッションの冒頭、Daniel Riedel 氏が登壇し、サンフランシスコにあるデジタルガレージのインキュベーション施設「DG717」に、ジェネレーティブ AI 特化のスタートアップスタジオ「GenLab」を開設したことを明らかにした。

GenLab では、Twitterの元 CTO でテックキャンパス Cornell Tech の実務教授 Greg Pass 氏、Twitter の元 Chief Scientist の Abdur Chowdhury 氏らをアドバイザーに招き、自身もシリアルアントレプレナーでアーティストでもある Riedel 氏が GenLab のエグゼクティブディレクターを務める。

Riedel 氏は、GenLab で実現したいことについて、次のように語った。

私達はスタートアップと話をしたり、起業家と話をしたり、DG717がこれから先、起業家精神の灯(ともしび)となって、サンフランシスコと東京の間をきちんと結べるようにしたいと考えている。この2つの場所を繋ぐことで、人間の体験を改善できると思うからだ。責任ある、信頼できる AI を推進することで、またその会話に参加することで、私達は積極的に声を出していきたい。

つまり、信頼できる AI を作っていくためには何をしたらいいのか、その提供方法はどうするのかということを共に考えるのだ。ただ単に収益を生めばいいというのではなく、ツールを作って、それでうまく開発できるような環境を整えていきたいと思う。GenLab をサンフランシスコでローンチできて本当に嬉しく思っている。ぜひ皆さんも来てみてほしい。

Riedel 氏からの GenLab の紹介に続いて、オンサイトおよびオンラインで、ジェネレーティブ AI スタートアップの5社がピッチした。これら5社は、デジタルガレージ、Open Network Lab、DG Daiwa Ventures のいずれかから、支援または出資を受けている。

  • 【Gen AI Tools】Gloo …… AI ハルシネーション(幻覚)対策
  • 【Gen AI Tools】Buildt …… コードのセマンテック検索と文脈解説ツール
  • 【Domain Specific Gen AI Models】わたしは …… 「ファンの人格」に特化した AI モデル
  • 【GenApps】OCTANE …… Shopify プラグインのマーケティング AI
  • 【GenApps】HiNative …… 語学学習の AIアプリケーションを開発する
左から:PKSHA Technology 代表取締役の上野山勝也氏、シブヤスタートアップス代表取締役の渡部志保氏、デジタルガレージ取締役 兼 チーフアーキテクトの伊藤穰一氏
Image credit: Digital Garage

ピッチに引き続き、ジェネレーティブ AI によって、スタートアップをどのようにエンパワーできるか、スタートアップエコシステムがどのように変化していくかについて焦点を当てたパネルディスカッションが展開された。このパネルには、PKSHA Technology(東証:3993)の創業者で代表取締役の上野山勝也氏、今年2月に設立が発表されたシブヤスタートアップス代表取締役の渡部志保氏がスピーカーとして登壇し、デジタルガレージの取締役でチーフアーキテクトの伊藤穰一氏がモデレータを務めた。

AI の話に入る前に、伊藤氏は日本のスタートアップ環境の変遷について口火を切った。伊藤氏も、上野山氏も、渡部氏もいわゆる海外経験者だが、海外と比べて、日本のスタートアップシーンはどうなのだろうか。ベンチャーキャピタリストが増えたことで、リスクマネーは調達しやすくなったが、上野山氏は、アメリカなどと違って、テック起業家が財をなした後に VC をやっている事例はまだ少なく、それでもエンジェル投資をする人はこの十年で増えてきている、と語った。

資金と共に、スタートアップが成長するのに必要なのが人材だ。他国と比べても日本の理系人材は優秀なのに、エンジニアに対する社会的評価が低い。渡部氏が以前在籍した Google などでは、組織のピラミッドのトップには常にエンジニアがいたという。Google に限らず、特にエンジニアが作った企業では、そのエンジニアがアイコンとなり、次なる社員を集める呼び水になるのが理想的な展開だ。伊藤氏は、フランスではエンジニアの地位を上げる国策を行ったとし、日本でエンジニアの地位がまだ低いことを憂いた。

しかし、ここでゲームチェンジャーになるかもしれないのが、ジェネレーティブ AI だ。プロンプトエンジニアリングなどは好例で、コーディングができない人でもコーディングできる可能性がある。ベテランエンジニアしかできなかったことが、そうでもないエンジニア、または、非エンジニアにもできるようになれば、エンジニア不足に苦しむスタートアップにとっては朗報となるだろう。上野山氏は特に近年、異分野(interdisciplinary)でうまく組み合わさる探索を行った AI 事例の社会実装が増えていると思う、と語った。

Microsoft の Copilot とか、Apple の WWDC で発表されていたのもそうだが、AI でデベロッパーの生産性が上がることが期待されます。結構、一人でできる開発量がすごく上がっています。一人の CTO が、AI から何から、クラウドサービスを使って一通り作れてしまう。だからこそ、(そうした AI を活用できる)デベロッパーの時代になるのか、それとも、デベロッパーがいらない時代になるのか、どちらでしょうか。(伊藤氏)

この伊藤氏の問いに、上野山氏はデベロッパーがいらなくなるという感覚はしない、と答えた。UI/UX をデザインしたり、異常なまでの人間理解が求められたりする局面などでは、それを1人の AI エンジニアが全て対応するのは難しいだろう、というのだ。一方、渡部氏は、シブヤスタートアップスで進行中のアクセラレーションプログラムに応募してくるチームの規模に、ジェネレーティブの効用が明らかに見られると語った。

AI が入ってくると、1人で全部できてしまうみたいなことが起こります。今(アクセラレーションプログラムの)コホートで入ってくる会社にも、すごく小さな会社がいます、特に AI の会社は小さくて、本当に COO とか CTO の守備範囲がものすごく広くて、チームも小さい。CTO だけで全部チームができてしまうとか、フラットな組織が小さな規模のままで上場するとか、そんなに遠くない未来、会社のあり方がそういうふうになってくるのかなと思ったりします。(渡部氏)

さて、いろいろ課題がある中で、日本のスタートアップシーンにゲームチェンジを起こすには、どこをいじればいいのか。弊害は何かという伊藤氏の問いに、上野山氏は日本の企業の人事制度に問題があるとした。

基本的には、人間側にフィードバックをかけているアルゴリズムにすごい興味があって、日本では、社会システムや会社の中の人事制度がすごく特殊です。ここである種の、システムが人間を磨耗させるみたいなことが起きていると思うんです。AI の可能性の一つは、ここをもう少しやわらかくして、相互インタラクションになることで、ポテンシャルがアンロックされていく点が明らかにあると思います。(上野山氏)

スタートアップに限らず、ジェネレーティブ AI を発端とする一連の動きは、社会全体を変革する流れへとつながりそうだ。むしろ、その変化を率先してリードできたスタートアップや企業こそ、先行者利益にありつけるかもしれない。スマートフォンが世に出たことで、IT やインターネットの民主化(誰もが使えるものになること)はかなり進んだ。ジェネレーティブ AI の文脈では、そんなスマートフォンに匹敵するようなトリガーは何になるのだろうか。将来に思いを馳せるのが楽しみだ。

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