“株を手放さない”スタートアップの資金調達「ベンチャーデット」その使い所ーーJA三井リース、あおぞら、Yoiiら渋谷で議論

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渋谷に集まったSTORIUM登録会員のメンバー。招待制なので具体的な数値などが共有されていた。(Photo by グランストーリー)

スタートアップにとってカネを集めることと事業を伸ばすこと、この二つは車の両輪のような関係性にある。カネがなければまだ見ぬ事業は生まれない。事業が伸びなければ次のカネの出し手は出てこない。

この究極の「スタートアップ」資本戦争においてここ10年、数多くの手法が編み出されてきた。

ベンチャーデットもそのうちの一つだ。

9月20日。渋谷にある東急運営のスペース「SOIL」にて、スタートアップの新たな資金調達の手法を学ぶ勉強会が開催された。主催したのはスタートアップをさまざまなステークホルダーに繋げるプラットフォーム「STORIUM」を運営するグランストーリー。この勉強会は「LINX」としてコロナ禍の中でオンライン開催が続いたが、今回は対面イベントとして2回目の開催となった。

テーマはベンチャーデットだ。国内での表現や解釈には幅があるが、やはりここ数年でインパクトがあったのは「Revenue based finance」などと呼ばれる手法だろう。SaaSなどのソフトウェア新興企業に対し、将来の収益に応じた非希薄化資本を提供するもので、PipeやCapchaseなどが世界的な成長株になっている。特にニューヨーク本社のCapchaseは2020年創業ながら、2023年時点で4,000社以上の企業、パートナーと提携し、累計で20億ドル以上の資金を提供しているそうだ。

RBFのモデルは特にSaaSなどのスタートアップが「将来稼ぐであろう」収益を返済原資とした先払いのようなモデルになる。類似した手法としてファクタリング(請求書買取)があるが、彼らはあくまで将来成長を「担保」として資金提供し、返済を伴う点が異なる。ちなみに彼らは国内において金融ライセンスを持った貸金事業者としてではなく、将来債権買取というスキームで事業を展開している。

このファイナンス手法のメリットはわかりやすく株式の希釈化を防ぐことができる点にある。一方で返済義務が発生(数〜十数%の手数料を差し引いて資金提供)するため、そもそもの営業キャッシュフローや将来的な成長を見込んだ資金調達の可能性がなければ利用は難しい。今回、登壇したYoiiはまさにこのモデルを日本に持ち込んだ第一人者になる。

国内ではこのRBFの手法以外にも融資+ワラント(新株予約権)などのオプションを組み合わせる方法をベンチャーデットと呼んでいるのが一般的だ。やや範囲は曖昧だが、広義では純粋なエクイティ投資、純粋な融資「以外」のオルタナティブをこう呼んでいると考えてよいだろう。

イベント開始前、Yoiiの柿澤仁氏に久しぶりに再会し、立ち話的にこのベンチャーデットの使い所を聞いてみたがやはり、株式の希釈化を防ぐ目的が多いようだ。銀行融資の与信がスムーズにおりるほどの安定した営業キャッシュフロー(要は単月成長・単月黒字)に至ってなく、成長途上で株価が思ったほどついていない。結果として既存株主(特に創業者)の持分を大きく減らす可能性がある時の「ワンポイントリリーフ」的に使える、そんな存在と感じた。

ベンチャーデットの意外な使い所

Yoiiで事業開発を手掛ける柿澤氏がモデレート。彼は以前、ブロックチェーン会計士だった。(Photo by グランストーリー)

しかしこのベンチャーデットの考え方、使い所が狭いようでそうでもない。

今回、登壇した一社、JA三井リースは2022年に新株予約権付きローンを提供開始している。調達手法の性質上、主にミドルステージ以降を対象にしているが、HR BrainやFindy、ACALLなどよくみた顔が出資先に並ぶ。執行役員の鶴田己起氏は事業会社系列として、ベンチャーデットの意外な使い所を披露していた。

「エクイティ出資の場合はどうしてもシナジーが必要になる。一方でデットであればインカムゲインを得られるのでやりやすい。(出資後に)自社の持つ顧客層など株主のリソースを渡せるようになる」(鶴田氏)。

純粋な投資を手掛ける独立系VCと異なり、コーポレートベンチャーキャピタルの場合、多くは投資条件に「事業シナジー」を求める。一方、ローンはそれそのものが金融ビジネスだ。つまり、JA三井リースにとってベンチャーデットの活用は協業の可能性が未知数なスタートアップとも「手を組める理由」にもなる。それを狙ったわけではないだろうが、大企業ならではの「身のこなし」と言えるだろう。

出資要件を問われ鶴田氏は次のように語った。

「今の事業の姿を包み隠さず出す。(対象とするステージとしては)プロジェクションの確からしさがやはり重要。どういったVCさんとお付き合いしているかなど、将来的な資金の後ろ盾も大切。エクイティの要素もあるので、企業を見に行ってオペレーションや社長のプレゼンテーション、信頼関係も見ている。これらはエクイティの発想と同じです」。

全てはリスクリターンのバランスをどう取るか、と言う話だ。このベンチャーデットの調整弁のような手法は考えようによって使い所が多いのかもしれない。

資本調達コスト、適正価格は?

あおぞら企業投資の代表取締役、久保彰史氏。クローズドということもあり具体的な話題を集まった起業家たちに共有していた。(Photo by グランストーリー)

そして気になるのはやはり資本調達に関するコスト・リスクだろう。当然ではあるが、営業キャッシュフローがプラスのビジネスは銀行融資を選択すればいい。純粋に調達額全てをエクイティで調達するか、一部を融資で賄うかで判断が分かれる。エクイティは株式の希釈化を招き、創業者含めて既存株主の持分を減らす。融資は前述の通り、金利と返済を伴う。

今回登壇したあおぞら企業投資とJA三井リースは共に、融資とワラント(新株予約権)をセットにするタイプだった。詳細な条件はここに集まった参加者だけに留めるが、両社とも融資の金利に加えて融資枠に対する一定の割合額に相当するストックオプションを求める、というモデルだった。

では金利は?ストックオプションの付与率は?この試行錯誤について、あおぞら企業投資の代表取締役、久保彰史氏は破綻で大きな話題になったシリコンバレーバンクを引き合いに次のように語る。

「シリコンバレーバンクの金利は平均で12〜13%、これに加えてワラントを5〜10%(※)もらっているそうです。つまり10社支援して1社潰れても助かる。この『どれぐらいのところでリスク・リターンが合うか』を(国内の自社案件で)試してやっている」(久保氏)。

※融資金利に加えて融資枠に対する5〜10%(1億円の与信枠だったら500万円から1,000万円)の新株予約権などのオプションをもらう、という意味

出資相談にきたスタートアップにとっての地雷は?と言う質問に「相手によって言うことを変えているケースは地雷」と回答していたのは耳が痛い。「(自社への説明とは)違う話が(他から)聞こえてくるとがっかりする。(資金調達したい気持ちはわかるが)事業計画は相手によって変えるものではない」とアドバイスしていた。

高度化するスタートアップの成長ストーリー

スタートアップのイベントはIVSのように大規模化・フルオープンのものと、LINXのように招待制・クローズドのものにはっきりと分かれてきた。(Photo by グランストーリー)

2010年のはじめ、Open Network Labが日本にTech StarsやY Combinatorの「アクセラレーション」スタートアップモデルを導入し始めたことから、国内でもCB債(コンパーチブルノート)やSAFE(日本版はJ-KISS)、種類株のような資金調達のテクニックが浸透するようになった。今では信じられないだろうが、共同創業を語って普通株の50%を求める投資家(?)もいたような荒れた時代の話だ。投資契約書には起業家たちが知ることもできない複雑な条項が盛り込まれ、それを踏んだ多くが爆死した。

あれから10年。今はこういった情報の非対称性を悪用した騙しのようなテクニックも効きづらくなっている。今回のように生で話を聞ける場所の重要性は引き続き健在だ。というのも、私も話を聞いていてマニアックな点のみならず、ファイナンスの高度な話には追いつくのがやっとだからだ。わからないことは信頼できるプロに聞くべき、というのはスタートアップサバイバルにおける鉄則だろう。

資本政策は不可逆なものであるーーこう聞いたり書籍で読んだことのある起業家は多いはずだ。そしてこれは正しい。だからこそ、資金調達については(喉から手が出るほどカネが欲しくても)特に信頼できる仲間に聞いて欲しいと思う。

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