KDDIとバイオーム、西表島で外来種生物を調査——Starlinkが活躍、電波不感地域でもアプリで情報収集スムーズに

左から:関谷圭晃氏(KDDI 事業創造本部 LX基盤推進部)、柏木真由子氏(KDDI サステナビリティ経営推進本部 サステナビリティ企画部)、杉山実優氏(バイオーム 事業部企画・運営担当)、多賀洋輝氏(バイオーム 取締役COO)

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

数千機の低軌道衛星により、従来の通信設備が設置できない環境でも高速なデータ通信が可能な「Starlink」。KDDIはStarlinkを展開するSpaceXとの業務提携により日本国内でサービスを開始しています。

携帯電話の通信エリアの人口カバー率は100%に近づいていますが、日本の国土の約7割が森林であることから、面積カバー率は約60%に留まっており、空が見えればどこでもつながるStarlinkが通信環境の整備にもたらす効果は大きいです。とりわけ、山間部や離島などの自然環境の中でのビジネス、調査研究においては、高速・大容量通信が可能になることは、大きな進歩が期待できます。

京都に拠点を置くバイオームは、多様な生物情報を可視化する仕組みを、企業、地方自治体、一般消費者に提供しているスタートアップです。バイオームと沖縄セルラー電話、KDDIは2023年9月、世界自然遺産に登録されている沖縄県西表島の生物多様性保全を目的に、スマートフォンアプリ「Biome(バイオーム)」と「Starlink Business」を活用した外来種調査を初めて実施しました。

KDDIから、バイオームへの出資と本調査の企画を担当したサステナビリティ経営推進本部 サステナビリティ企画部の柏木真由子さん、Starlinkのサービス提供を担当する事業創造本部 LX 基盤推進部の関谷圭晃さん、バイオームから、取締役 COO の多賀洋輝さんと事業部企画・運営担当の杉山実優さんにお集まりいただき、本調査の具体的な内容についてお話を伺いました。

バイオームの事業概要を教えてください

多賀:バイオームは、生物多様性に関するデータプラットフォーマーとしての事業を展開しているスタートアップです。主にコンシューマのお客さま向けのスマートフォンアプリ「Biome」を通じて、楽しみながら生物の位置情報、写真を収集する仕組みを提供しています。集まったデータを基に、生物分布の情報を求める企業や行政、地方自治体に情報を提供したり、市民を巻き込んだ生物調査を実施してマネタイズしています。

いきものコレクションアプリ「Biome」

今年4月KDDI Green Partners Fundがバイオームに出資し、約半年後に今回の外来種調査を発表されましたが、どんなことがきっかけでしたか

柏木:近年、生物多様性の保全が世界的に大きな課題として注目が集まっています。2022年の秋頃から、KDDIとして通信を使って何か取り組みが出来ないかということを考え始めました。同時期に、弊社が運用するCVCファンドの一つである「KDDI Green Partners Fund」の活動の一環でバイオームさんと面会をさせていただいた際に、生物多様性保全をビジネスにすることを目指す非常に良いスタートアップだと思い、コラボレーションできることがないかと考え始めたことが発端です。

バイオームさんが提供するいきものコレクションアプリ「Biome」は、個人ユーザーから様々な生物情報を集めることができます。私は山登りが趣味なのですが、ある時、山でBiomeアプリを使用しようと試みたところ圏外で使えなかったことがありました。その時に、もしかして弊社の通信が貢献できる可能性があるのではと思いつきました。

次の打ち合わせでバイオームさんに相談したところ、「衛星通信のStarlinkを使えば、モバイル通信が不安定なエリアでも生物調査ができるのではないか」と話が進みました。また、国立公園など自然が豊かなスポットはモバイル通信が不安定であることが分かっていたため、ここに通信が生物多様性保全に貢献できるヒントがあるだろうと思いました。

KDDI サステナビリティ経営推進本部 サステナビリティ企画部の柏木真由子氏

多賀:通信に関してはクリティカルな課題であると前から認識はしていました。山や海上は、圏外になりやすい一方で生物多様性が豊かなところでもあります。弊社としても今後様々な手法でデータを収集しなければならないと思っていたところだったため、ぜひ進めましょうと賛同しました。

外来種調査のプロジェクトが動き始めるまでの経緯を教えてください

柏木:Starlinkを使った生物調査のアイデアは早い時期からバイオームさんと相談しておりましたが、社内でStarlinkを担当されている関谷さんに企画の相談を持ち掛けた時期は2023年の年明けでした。その後、生物調査を行う場所について検討していたタイミングで沖縄セルラーの皆さんと意見交換をする機会があったため、アイデアを説明したところ、沖縄としても生物多様性の保全は大きな課題だという言葉をいただき、沖縄での実施に向けて話が進んでいきました。

関谷:Starlinkのユースケースとして、現在はフェスWi-Fiや山小屋Wi-Fiなどがありますが、柏木さんから相談のあった2月頃はサービスを開始してまだ3ヶ月程度で、具体的にStarlinkを使って何が出来るかということを社内で検討していたところでした。Starlinkを販売するだけではなく、面白いことに取り組む企業と一緒に新規事業に活かせないかと考えていた時期ですね。電波の不感地域と呼ばれる場所で生物調査ができるとすごく面白いしワクワクするねとなり、協力させていただくことにしました。

KDDI 事業創造本部 LX基盤推進部の関谷圭晃氏

準備を進める中で課題はありましたか

柏木:いくつか課題がありました。一つ目は、国立公園で外来種調査をするということ。二つ目は、Starlinkを沖縄で使うということです。これまで外来種調査がそれほど行われていなかったエリアで調査するということは、良い面も悪い面もあります。例えば、本来であれば公開するべきではない希少種の生息場所が一般に漏れてしまうリスクや、調査をする人間がそのエリアに入ることによって、外来種を持ち込んでしまうリスクも考えられます。そのため、生物情報を可視化する弊害をどのように解決するかを考えました。

多賀:今回は、外来種調査を行う前に除菌マットを踏むことで、足に付着した菌類などを持ち込まないようにする仕組みを現地で導入しました。また、調査を行うメンバーをクローズドに絞ることで、希少種情報が漏れないように配慮しました。国立公園は環境省やレンジャーさんが日々管理されていますが、そういった方々に事前にヒアリングを通して情報収集するなど、ステークホルダーとの関係性構築も非常に重要な点でした。その点に関しては沖縄セルラーの皆さんに伴走していただき大変助かりました。

バイオーム取締役COO の多賀洋輝氏

Starlinkの活用という面ではどのような難しさがありましたか

関谷:当時、まだ沖縄ではStarlinkのサービスを開始していなかったため、本当に通信できるかが心配でした。また、Starlinkの真価を発揮させるために、事前にモバイル通信の不安定なエリアを絞りました。さらに、電波が入らない場所ではそもそも電気が来ていないことも多いため、どのような機器構成であれば実施できるかという点も試行錯誤しました。

柏木:6月に私と関谷さんで沖縄県西表島に出向いてロケハンを実施し、どこであればモバイル通信が繋がりづらく、かつStarlinkが繋がるのか、実際にStarlinkのアンテナを持参して調査しました。また、環境省にも訪問し、今回の調査に向けたご協力のお願いや、外来種に関する課題のヒアリングをさせていただきました。

調査するエリアにStarlinkを設置する上での苦労はありましたか

関谷:Starlinkアンテナを設置するにあたり、これまでは完全に空が開けている場所を探して設置することが多かったのですが、今回調査したエリアはジャングルの中だったため、完璧に空が見える場所がなかなかなく、場所の選定に苦労しました。最終的に設置した場所は川岸にある岩の上でした。川が増水したら沈みそうな場所でしたが、このような場所にも設置でき、無事に動かすことが出来たことが今回大きな発見でした。

設置場所は工夫したものの、山自体がStarlink衛星とアンテナの遮蔽になり通信が不安定な時間帯もあったため、今後はより良い環境に設置する方法を考えていかなければならないと感じました。また、本来であれば地面にアンカーを打ち、ポールを立てて設置することも考えられるのですが、国立公園などではそのような対応が難しいため、工夫が必要でした。

Starlink1台で参加者全員の通信が賄えたのですね

関谷:今回はWi-Fi環境を提供しましたが、設置した場所から大体半径100m程度までしか電波が届かないため、その範囲に合わせて生物調査の計画を立てていただきました。今後は、イベントに合わせて柔軟に電波環境を構築できるようにすることも課題だと思っています。

柏木:今回は船で30分川を上ったエリアで調査をしたのですが、船に乗って5分程するとモバイル通信が圏外になります。そのようなエリアでも通信できることの喜びを感じました。世界自然遺産である沖縄県西表島は、非常に豊かな生物が生息しているエリアです。そういう場所で普段と変わらずにBiomeアプリを使い、誰でも生物の判定が出来るということは革命的だと思いました。

調査はどうでしたか

杉山:今回の調査により、広く多くの生物情報を集めることが出来ました。特に、調査の1日目は様々な関係者の方にご参加いただき、人によって目を向ける場所が異なるため、様々な情報を集めることができたと思います。

調査の様子

実際に調査して判明したことや分析結果から導き出せたことがあれば、お聞かせください

多賀:調査日程の中では、全体で930件のデータが収集されました。鳥、昆虫、植物、様々な分類群のデータが集まり、世界自然遺産らしい希少種が多く登録されました。今回の目的である外来種に関しては、小さな昆虫や靴底に付きやすい雑草のデータを重点的に調査したところ、外来種の可能性があるアリなどの投稿が入っていました。 今後、環境省・地方自治体への情報共有や確認を進めていきます。

今回はアプリを使って写真で証拠を残しています。今後より具体的な対策につなげていくためには、本当はサンプルを取りたいですね。国立公園の中での採取行為になるので、管轄行政との連携が必要ですね。

3日間の調査で900件を超える情報が集められたのは大きな発見でしたね

柏木:本件実施にあたり、行政の方から、「外来種を全て把握するためには行政の活動のみでは難しく、市民にもご協力いただき、日常的に外来種の調査・報告が成されるような体制が必要」というコメントをいただきました。もちろんBiome自体がそのような目的で作られていますが、今回のように様々な場所ですぐに生物を調査・報告できる環境づくりを行うことが、生物多様性保全に向けての重要なアクションになるのではないかと実感できました。

今後の取り組みとしてどういうことをしていきたいですか

多賀:今回は身内だけの20名程度で調査しましたが、西表島は繁忙期であれば観光客の方が1日に100人単位でいらっしゃるエリアだと思いますので、より多くの方々の目で生態系をモニタリングしていくことができるのではないかと思っています。外来種問題や地球温暖化による生物の分布変化は日々起こっていますが、それをモニタリングするには一部の研究者やレンジャーの目だけでは足りません。多くの方々を巻き込み、広域をモニタリングすることが大事です。

そういった面で、今回の調査は大きな可能性を示せたのではないかと思っています。外来種の侵入や地球温暖化による生物分布の変化は西表島に限った問題ではなく、日本のあらゆるところで発生しています。特に大きな問題となっている場所が高山域です。高山域の温暖化が進んで高山植物の分布が縮小していたり、生態系がかく乱されていたりしていますが、現在そのデータが不足していると言われています。そこで、登山客にStarlinkとBiomeを使ってもらうことで、さらにデータを集めることもできるのではないかと思っています。

弊社としては高山域や海上などのデータをどんどん収集したいと思っていますので、今回の取り組みは良いモデルケースになると思います。今後も通信インフラを絡めた取り組みを展開できればと思っております。

左から:バイオーム 杉山実優氏、多賀洋輝氏

柏木:最近様々な地方自治体や企業の方ともお話をしていますが、自然資本や生物多様性に関する課題意識が高まっているように感じます。地方自治体の方々は希少種保全、外来種対策、鳥獣被害などへの課題感がありますし、企業でもTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)に伴う情報開示を進めていくという動きがあります。今回のような通信を活用した取り組みを展開することで、生物多様性保全に向けた動きに貢献していきたいと思っています。また、バイオームさんともぜひ取り組みを続けていきたいです。今回は外来種調査という形でご一緒しましたが、バイオームさんの生物に対する思いの強さ、誠実さを実感し、非常に信頼がおける企業様だと思いました。対象エリアでの調査が終わった後も、多賀さんと杉山さんは夜中まで島中の生物探しに出かけていらっしゃいました。生物に対する情熱を感じ、素直にすごいと思いました。こちらの記事を読んでいる皆様もぜひ、バイオームさんとご一緒して取り組んでいただきたいです。

関谷:今回の取り組みは、電波不感エリアである西表島の中心での実施でした。過酷な設置環境かつ天候が荒れていた中でも、きちんとStarlinkを使って通信ができるという有用性を示せた良いケースだと思っています。

今回は関係者のみの実施だったためエリアは狭かったですが、観光客の方々に様々な場所で調査を行っていただけるように、ぜひStarlinkの設置を進めていきたいと思っています。国立公園などに設置する場合は課題もありますが、今回のように生物多様性の調査ができる事例としてユースケースを示せると設置の調整がしやすくなると考えています。引き続き、バイオームさんと一緒に、様々な場所で生物調査を進めていきたいです。

ありがとうございました

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