地域にスタートアップ支援は必要か?

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グランストーリーが開催した「Innovator Tribe Night for Local」には全国からの地域イノベーターが集まった

少し時間が経ってしまったが、11月中旬、都内でとあるスタートアップのミートアップに参加してきた。投資家や事業会社、VC、スタートアップなどが参加する招待制のビジネスソーシャル「STORIUM」を運営するグランストーリーが開催したイベントだ。

テーマは「ローカルイノベーター」。地域におけるスタートアップ支援の枠組みやそこが応援する起業家、事業会社などが参加し、出資や業務提携などの具体的な機会を得るための時間を過ごした。地方からわざわざこのために来場した方も少なくなく、会場は熱気に包まれていた。

パッとレポートを書いてしまっても良かったのだが、改めて考えたいことがあった。

それは東京以外の地域に求められるスタートアップ支援とは何なのか、というものだ。地域企業や場合によって行政も巻き込む枠組みは一朝一夕にできるものではない。しかも圧倒的な資金、情報、人、チャンスをもたらすのはやはり「東京」なのだ。

東京以外でスタートアップ支援する意味はどこにあるのだろうか?

福岡で得た経験

2011年に始まった福岡の起業家によるコミュニティ「明星和楽」に登壇した高島宗一郎市長。最初からスタートアップとの連携を強く推進した(筆者撮影)

筆者には忘れられない取材がある。2011年から始まった福岡スタートアップ・コミュニティとの対話だ。私が出会った福岡・九州の起業家は気質として挑戦心にあふれ、構えを大きくし、失敗を恐れない。ヌーラボの橋本正徳さんや、NOT A HOTELの濱渦伸次さん(宮崎県)、Gunosyなど手掛ける木村新司さん(長崎県)、そしてもちろん孫正義さんのようなビッグタイトルもいる。

明星和楽というイベントコミュニティとして立ち上がった福岡の起業家たちの周辺には、いつの時にも応援する顔ぶれが明確にいた。特に「スタートアップ都市・ふくおか」宣言を公表してくれた高島宗一郎市長の存在は大きい。スタートアップという言葉すらまだよくわかっていない、そんな時期に行政の首長が先頭に立ってこれを牽引してくれたのだ。

孫泰蔵さんや小笠原治さん(注1)、家入一真さん、佐藤健太郎さん(GMOペパボ代表)など福岡にゆかりのある起業家たちもここを力強く後押し、「草の根」だった福岡起業家コミュニティはやがて拠点を持つことになる。それが現在のFukuoka Growth Next(FGN)になる。

首長を中心に行政や現地の起業家たち、東京で活躍する出身起業家など、バランスよく配合された魅力的なコミュニティとなり、やがてここからヌーラボは資本市場に挑戦をすることになった。少し裏話というか、関わった人たちはよく知っているのだが、ヌーラボはそもそも上場を目指していなかった。しかし、この環境が橋本さんや経営陣を変えたのだ。

2回目の開催となった明星和樂で高島市長らはスタートアップ支援の取り組みをさらに先に進める(3000人を集めた明星和楽–「スタートアップ都市・ふくおか」宣言も/2012年9月・CNET掲載記事より)

環境は人を動かす。

施設があるから、行政がなにかやってるから、地場の企業が投資してるから、そんな理由だけで人は動かない。

そもそもスタートアップとは、狂気とも言えるイノベーションの仕組みだ。資本市場を駆使し、最短で社会を変革させて未来を作り出す。今年、Andreessen Horowitzが公表した「The Techno-Optimist Manifesto」はまさにその狂気を表現したポエムだった。

先日、米国で挑戦する小林清隆くんの記事を公開させてもらったのだが、グローバル・イノベーションのど真ん中で戦うには、これぐらいやりきらないとスタートにすら立たせてもらえないのかと愕然とした。日本・東京が「ぬるま湯」だと言うのだ。さらにその東京から更に離れた地域では温度差も激しい。

そんな場所でちょっとした仕組みやイベントを提供しただけで起業家を生み出す、なんていうのはやはりおこがましい。しかし、粘り強く福岡のような環境を作れば、意思をもった人が自然と集まり、ネットワークに繋がり、そして挑戦への扉を開くことにつながる。

福岡の10年はそれを教えてくれた。

拡大する地域支援の枠組み

イベントを企画したグランストーリーの越智敬之さん

ただ、それでも誤解を恐れずに言えば、やはりスタートアップする環境として最適なのは東京だ。オンラインがいくら使えるようになったとしても、国内トップティアの投資家に出会える、強力な経験や技術を持った人々が集まっている場所はここ以外にない。

一方で地域にはそれぞれの魅力もある。大学や社会課題たっぷりのマーケット、次の事業を探している地場の企業、そしてなにより起業家になれる可能性のある人材が存在している。

ここからはイベントで出会った3つの地域におけるスタートアップ支援の枠組みについて、プレゼンテーションから紹介をしてみたいと思う。

最初は北海道だ。

STARTUP HOKKAIDO実行委員会で事務局を務める札幌市スタートアップ推進担当係長の伊藤諒さん

「特に強調したい点は、北海道でのスタートアップ支援のあり方についてです。これまで、北海道内でのスタートアップ支援は各々バラバラに行われてきましたが、今回「オール北海道」という体制を取り、スタートアップ支援を再構築しています」(伊藤さん)。

こう語るのがSTARTUP HOKKAIDO実行委員会の伊藤諒さん。STARTUP HOKKAIDOは2019年に開始した支援の枠組みだ。札幌市が2020年にスタートアップ支援を始めたことから中区を拠点に活動してきた。

「現在、STARTUP HOKKAIDOには約100社の参加企業があり、資金調達の数も順調に右肩上がりに増加しています。北海道らしいスタートアップも誕生しており、例えばロケット開発のインターステラテクノロジズ、AIを活用するアウル、そして農業のデジタルトランスフォーメーションを行うファームノートなどがあります。これらはAIを活用したり、北海道独自の特色を活かしたスタートアップとして成長しています」(伊藤さん)。

なぜ北海道で支援をするのか、その問いに対して伊藤さんたちチームは次のようなフォーカスを定めたと言う。

「北海道での活動を考えると特に3つの分野で際立った強みがあると考えています。まず、1次産業と食に関しては、北海道には広大なフィールドがあります。特に農業においては、日本では小規模農家が多いですが、北海道には大規模農家が多く存在します。このため、実証実験をフィールドで行うことにより、国際的にも展開しやすい環境があります。また、宇宙産業については、大樹町にある北海道スペースポートとの連携があり、これは宇宙産業にとって非常に魅力的な点だと思います。環境エネルギー分野についても、重要な取り組みを進めています。この分野に関わるスタートアップや投資家のみなさまには、ぜひ関連企業をご紹介いただきたいと思います」(伊藤さん)。

広大な大地を持つ北海道だからこそできる事業がある。特にアグリテックや環境、宇宙については実証実験ベースの取り組みが必要とされるだけに、こうした環境が受け入れ側にあることで新たな可能性を呼び込むことになるかもしれない。現在はこれらのテーマに沿ったプログラムも提供して窓口を作っているという話だった。

仙台市経済局 スタートアップ支援課、拠点形成係長の白川裕也さん

続いて登壇したのは仙台。今年4月に新設された仙台市役所のスタートアップ支援課からやってきた白川裕也さんは、公務員として企業支援に10年近く携わったベテランだ。仙台にとって忘れ難い3.11は大きな爪痕として残る一方、新たな取り組みのきっかけにもなったとも語る。

「(取り組みの)背景には東日本大震災が大きな要因としてあります。この震災をきっかけに、多くの人々がチャレンジを始める動きが生まれました。スタートアップに関しては、大学をはじめとする様々な技術が地域に存在し、これらを社会に実装していくことを目指しています」(白川さん)。

仙台は現在、内閣府が定める全国に8拠点あるスタートアップエコシステムのひとつに選ばれるなど、地域拠点としての注目度も高い。また、今年2月に仙台市長がスタートアップの支援強化を宣言したことで取り組みが前進し、白川さんたちの体制も強化されているとの話だった。白川さんは東北にある大学技術と震災復興を通じて生まれた社会起業家の精神を結びつけ、経済的にも合理性のあるインパクトスタートアップを創出したいと語る。

「例えば、ディープテック分野の大学の研究シーズに対する研究開発型スタートアップ向けプログラムや、各社が抱える課題を解決するためのカスタマイズ型支援などがあります。(一方で)仙台ではスタートアップの人材が不足しているため、首都圏にも拠点を設け、そこから収益を上げることのできる人材を見つけるプログラムも進めています」(白川さん)。

京都・知恵産業創造の森の田中翔太さん

今年、1万人という規模で開催し、大きな話題となったIVSの舞台となったのが京都だ。任天堂や日本電産、村田製作所など、グローバルに展開する企業が多く存在し、また、京都大学をはじめとする大学・学生の街としての顔も持ち合わせている。さらに海外からは「古都・京都」としての観光地の魅力も持っている。

この地でスタートアップ支援の枠組みを展開するのが「京都・知恵産業創造の森」になる。登壇した田中翔太さんは現在、このプロジェクトに出向中ということでその取り組みを語った。

「京都でイノベーションを創出し、エコシステムとして機能するよう努める組織です。京都府、京都市、京都商工会議所などが一体となって運営しており、オール京都の枠組みの下で、新しいチャレンジをする方々を支援する組織として機能しています」(田中さん)。

田中さんは京都のスタートアップエコシステムの魅力として三つのポイントを挙げた。まず、第一に「京都」というワードが持つ強力なブランド力だ。次に「京都は学生の多い街で、人口の約1割が学生であることが大きな特徴」(田中さん)と語るように、豊富な若い人材が多く存在している。そして最後のひとつが豊富な文化資産だ。一見すると観光地であることとスタートアップにはなんの関係性もなさそうに見えて、実は大きなメリットがある。

実際、これはIVS KYOTOでも実感したのだが、海外からの来客が多かった。これまでも日本は特に言語の面で非常に閉じた空間を作りやすく、グローバルのスタートアップ・カンファレンスを開催しにくいと言われてきた。その点、京都の観光地としての魅力は海外投資家や起業家を呼び込む話題として使える。また、都市自体がコンパクトにまとまっており、その利便性もある。

そして彼らが力を入れているのが大学との連携だ。田中さんは次のように取り組みを説明した。

「京都が学生の街であることを活かして、学生たちに活動資金を提供し、ビジネスを試みてもらうような支援を行っています。さらに、VC(ベンチャーキャピタル)とのコラボレーションを通じて、学生たちが京都や東京のVCとアイディアについて壁打ちをし、アイディアをブラッシュアップしていく機会も提供しています。また、京都のスタートアップでのインターンシップを通じて、学生たちにスタートアップを体験させることも行っています」(田中さん)。

地域のスタートアップ支援の課題

イベント当日は地域のイノベーターやスタートアップなどがどんどんピッチ登壇した

もちろん地域におけるスタートアップ支援の枠組みには課題も多い。特に「人」の問題だ。これはそこから生み出される起業家のことではない。支援側、特にここまで語ってきたような「顔」が浮かぶかどうかという点は大きい。

ひとつ私の経験を共有したい。具体的な名称は控えるが、ある地域からスタートアップ支援の枠組みについて、認知を広げるべく手伝いを依頼されたことがある。端的に言えば広告宣伝をしてくれという話なのだが、そこでひとつ問いかけをさせてもらった。

それはここまで書いてきたような「顔」になるような方がいるかどうか、である。地域なので首長もいるし、役所には隠れたキーマン的な存在もいるかもしれない。地域企業で牽引する代表者がいてもおかしくない。

だが、そこにはいなかった。

誰もが主体として語らず、どこか他人事のようなのだ。それでいて、宣伝についてはかっこよくしてほしいと言う。もちろん丁重に辞退させてもらった。

私たちが書いている記事を気に入ってくれたのは嬉しい限りなのだが、これは私たちが書いたからではなく、その人たちが輝いているからなのだ。どれだけお化粧しても残念ながら本体がなければ無理だ。

ここまで書いた通り、地域のスタートアップ支援はとても大切だ。拠点もあっていいと思う。しかしやはり重要なのはそこにいる人であり、顔ぶれなのだ。起業家が人生をかけるのと同じように、応援する側の顔ぶれもそこに根ざしたものが必要になる。

今回、記事でご紹介した面々はこれから日本のスタートアップを生み出す上で、特に「地域」というキーワードにおいて大切なハブとなるだろう。そしてその数はまだまだ増えていると感じている。この毛細血管のようなネットワークをこれからも発見し、キーマンを取り上げていきたいと思う。

注1:小笠原さんは京都出身の起業家・実業家、投資家。福岡にも拠点を持ち、長らくコミュニティ支援を手がけた。

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