ウェルビーイング、シニアケアの次に来るかもしれないカテゴリ「不老長寿」について考える——Tokyo Longevity Summitから

SHARE:
Vitalism International Foundation 共同創業者で CEO の Adam Gries 氏
Image credit: Masaru Ikeda

longevity という言葉は、直訳すれば、長生きとか、高齢とか、いう言葉に置き換えられるが、スタートアップの文脈で英語圏で使われているのを見聞きする限り、今一つ、これらの訳はしっくりこない。アンチエイジングはその言葉の通り加齢に抗うことを指すが、longevity は老化や加齢は受け入れつつ、科学技術が発達した現代、それらを活用して、物理的にも精神的にも、ネガティブな要素を排除しよう、というアプローチのようだ(…と、少なくとも筆者は解釈している)。

Adam Gries 氏の名前には、日本でもスタートアップコミュニティに古参の人なら記憶があるかもしれない。彼は2013年にニューヨークから来日し、英会話アプリ「OKpanda」をローンチ、その後、数年間にわたるスタートアップとしての成長を経て、外国語学習系出版社のアルクによって買収された。彼は事業売却後は台湾にいたようだが、この地がコロナ禍に十分な数のワクチンが入手できず、とりわけ厳しい渡航制限がかけられていたのは記憶に新しい。彼はこの体験を機に、次のテーマを longevity にしたようだ。

Gries 氏は26日に東京で開催したイベント「Tokyo Longevity Summit 2024」で Vitalism という考え方を提唱し、加齢や死に対する人類の取り組み方を根本から変える必要性を訴えた。「生は良いもので、死は悪いもの」——この言葉は、現代社会における加齢や死に対する矛盾した態度を鋭く指摘するものだ。彼によれば、私たちの80%が加齢関連疾患で死亡する運命にあるにもかかわらず、多くの人々がこの問題に真剣に向き合うことを避けているという。

これは抽象的な問題ではありません。ここにいるほぼ全員が直面する個人的な問題なのです。道のりは楽しいものではありません。トップアスリートでさえ、加齢によって40〜50%の能力低下を経験します。認知機能の低下も含めて、皆さんもそれを予期すべきです。(中略)

人類は幸運なことに、多くの種の寿命を延ばすことに成功してきました。哺乳類では40%、線虫などでは10倍もの延命が実現しています。しかし、こうした科学的進歩にもかかわらず、人間に対する承認された寿命を伸ばすための治療法はまだ存在していません。それどころか、社会は依然として、高齢化対策の方に多大なコストを費やしています。アメリカでは連邦予算の36%が高齢化対策に使われています。

連邦予算の36%が高齢化対策に使われている。
Image credit: Masaru Ikeda

この指摘は、特に日本にとって重要な意味を持っている。世界で最も高齢化が進む日本では、社会保障費の増大が大きな問題となっているからだ。問題の核心は、加齢を解決するための、科学技術への投資が極めて少ないことだ。寿命を伸ばす研究には、NIH(米国国立衛生研究所)予算のわずか0.5%しか充てられておらず、世界のなバイオテック投資のうち、わずか3%程度だ。Gries 氏はまた、現在の医療システムの非効率性を指摘した。

私たちは、人々が非常に病気になるまで待って、そこで大量の資源を投入しています。多くの場合、それは生活の質をほとんど改善せず、わずか1〜2年の延命しか実現していません。この状況を打開するため、Vitalism を提唱しています。この運動の目標は、世界の GDP の少なくとも1%を加齢と死の問題解決に充てることです。

アメリカは GDP の17.4%を医療に費やしています。日本はその半分以下です。GDPの1%を充てるだけで、誰も気づかないうちに大きな違いを生み出せるのです。

Vitalism 運動を推進するため、Gries 氏らは Vitalism Intenational Foundation を設立した。この財団の戦略は、Vitalism の理念に賛同する人々を集め、その声を増幅させ、最終的にGDPの1%という目標を達成することだ。Gries 氏はこの運動が単なる理想論ではなく、具体的な行動を伴うものであることを強調した。財団の具体的な活動として、いくつかの例を挙げた。

まず、アメリカ国立衛生研究所(NIH)の新設機関 ARPA-H(衛生高等研究計画局)において、複数の Vitalism 関係者がプログラムディレクターとして活動していることを紹介した。これらのディレクターは、各々1億ドルの予算を持ち、長寿研究に取り組んでいるという。この事実は、運動が既に一定の影響力を持ち始めていることを示すものだった。

また、モンタナ州で「試験的権利」を拡大する法案が可決されたことも重要な進展として挙げられた。この法案により、重篤な病気でない人々も、医師の同意があれば第1相臨床試験段階の治療を受けられるようになったという。これは、新しい治療法の開発と普及を加速させる可能性を持つ重要な一歩だと、Gries 氏は評価した。

人間の老化を遅らせ、慢性疾患に対する創薬スタートアップ Gero の創業者 Peter Fedichev 氏
Image credit: Masaru Ikeda

さらに、Gries 氏は、2025年3月〜4月にサンフランシスコで longevity をテーマにしたポップアップイベントを開催することを明らかにした。このイベントには数百人が集まる予定で、長寿志向のコミュニティがどのようなものになるかを体験する・。健康的な食事、運動施設、共同ワークスペースなどが提供される。

加えて、Vitalist Republic と呼ばれるトークンドリブンのネットワーク国家(仮想国家)プロジェクトも進行中だと発表された。このプロジェクトは、資源を集約し、協調して意思決定を行うメカニズムを提供し、長寿に向けた行動を促進するシステムを構築することを目指している。

このネットワーク国家では、参加者が共同で土地や施設を取得し、より効果的な医療システムを構築することができます。これは、既存の国家システムに縛られない、テクノロジーを活用して新しい社会システムを構築する社会実験なのです。(Gries 氏)

聴衆からは、人口過剰の問題に関する質問が寄せられた。longevity スタートアップが増え、現実的なものとなればなるほど、寿命は伸び、都市過密や人口過剰といった社会問題が助長される可能性は否めない。これについて Gries 氏は まず、寿命を延ばすことに集中し、都市過密や人口過剰はより直接的な対応策を考えるべきだと答えた。

加齢と死に対する社会の姿勢を根本から変えるために、その革新的なアイデアが広く受け入れられるまでには、まだ多くの障壁があるかもしれない。また、世界の GDP の1%を長寿研究に振り向けるという提案を実現するには、既に社会保障費の増大に苦しんでいる日本のような国では、新たな財源の確保が大きな課題となりそうだ。

パネルディスカッション
Image credit: Masaru Ikeda

このイベントでは、Gries 氏の講演に加えて、東京で長寿治療に関わる医師や、人間の老化を遅らせ、慢性疾患に対する創薬スタートアップ Gero の創業者 Peter Fedichev 氏らによるプレゼンテーションも実施された。また、日本や世界から集まった longevity に関する組織やスタートアップ7組織によるピッチも行われた。

Members

BRIDGEの会員制度「Members」に登録いただくと無料で会員限定の記事が毎月10本までお読みいただけます。また、有料の「Members Plus」の方は記事が全て読めるほか、BRIDGE HOT 100などのコンテンツや会員限定のオンラインイベントにご参加いただけます。
無料で登録する