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OshibaTakanori

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Takanori Oshiba 東京生まれ東京育ち。2004年忍者システムズ(現サムライファクトリー)の創業期に参画し、取締役等を歴任。忍者ツールズ、SEOなどのサービス面から経営企画等まで幅広く従事。現在はEast Ventures フェロー。最近は「調べるおさん」と呼ばれる事が増えたが、だいぶ慣れつつある。 インターネット界隈の事を調べるお

http://takanoridayo.blog.shinobi.jp/

執筆記事

【最終回】隠れたキーマンを調べるお総集編(2)ーーLIPS松井さん、ミクシィ奥田氏、dely大竹氏など36名のキーマンを振り返る

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。今回のまとめで最終回。(前編はこちら) 編集後記(大柴さんから):2014年春、僕がEast Venturesに加わったちょうどその頃、平野さんから「ナンバー2を訪問し…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。今回のまとめで最終回。(前編はこちら)

編集後記(大柴さんから):2014年春、僕がEast Venturesに加わったちょうどその頃、平野さんから「ナンバー2を訪問して話を聞く『調べるお放浪記』みたいのをやりたい」と打診を受けて始まったのが『隠れたキーマン』シリーズです。「起業家を支える影の存在」にもスポットを当てたいという平野さんの想いと、僕のこれまでのキャリアが合致して生まれました。

僕はインタビューをした経験もないですし、それを記事化した経験もない状態でした。取材相手と会話をしながら、パソコンにメモを打ち込み、取材後にメモを見ながら記事にするという作業は結構大変で、後に「取材の時は録音し、それを聞きながら記事に起こしていくのが普通」ということを知ったのですが、結局その後もずっと録音無しのスタイルで連載を続けていました。

取材で気をつけたことは、とにかく相手の話を引き出すことです。記事の中で僕のコメントに「なるほど」が多いんですが、相槌により会話のリズムを作り、相手の面白い話を引き出すように努めました。読者の方は僕の話を読みたいわけではなく、取材相手の話を読みたいわけです。たまにイベントなどでベラベラとしゃべるモデレーターの方がいますが、そういう風にはなりたくないなと強く心がけていました。

取材対象者の選定も結構考えました。取材対象者の決め方は「僕がこの人だと確信してピンポイントでお願いするケース」と「起業家や広報などから依頼を受けて決めるケース」の2つがありました。前者はともかく、後者の方は慎重に対応しないとただのPRになってしまいます。実際「会社として◯◯を推していきたいので、このキラキラ経歴の◯◯を取り上げてください」的な依頼もありました。

そういう場合はお断りしたり「この人は本当に隠れたキーマンなのか?他に真の隠れたキーマンがいるのではないか?」などを調べ、こちらから「◯◯さんはちょっとNGですが、●●さんならば取材してみたいです」と提案したりすることもありましたね。この辺のやりとりから「真の隠れたキーマン」を見分ける力がついてきたように思います。

長い連載期間だったこともあり、『隠れたキーマン』の認知度はそこそこ高いようで、更新が滞ってしまった最近でも「隠れたキーマン、楽しみです」「隠れたキーマンにいつか出たいです!」などの声をいただくこともあります。

まだまだベンチャーの世界には「隠れたキーマン」はたくさんいらっしゃいますし、これからもそういった方々にスポットを当て続けたいと僕も平野さんも考えていますが、一旦ここで仕切り直ししようということになりました(また復活するかもしれませんが)。

協力していただいた取材対象者、企業、起業家の皆さんにはご迷惑もおかけした部分もありますが、最後に改めて感謝の意を述べさせていただきたいと思います。また、全編に渡って協力いただいた平野さんにも合わせてお礼を申し上げたいと思います。もちろん、読者の皆さまも長い間ありがとうございました!宴もたけなわではございますが、この辺で〜(取材・執筆担当:大柴貴紀/@takanori1976

隠れたキーマンを調べるお・Vol19〜36(後半・降順)

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大柴さんコメント:今最も勢いのあるスタートアップの一つ、AppBrewの松井さん。非常に澄んで真っ直ぐな瞳が記憶に残ってます。天才的なエンジニア起業家である深澤雄太さんとの役割分担がうまくできてるなぁと感じてます。まだ若いしこれからどのように進化していくのか楽しみですね。

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大柴さんコメント:メディアなどでも注目されている「若手起業家の旗手」堀江裕介氏を創業時から支え続ける大竹さんです。なかなかサービスが当たらない中で苦悩する姿、近くから見る堀江さんの姿を聞けたんじゃないかなと思います。これこそ理想の「隠れたキーマン」「共同創業者」像なんじゃなかろうかと。

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大柴さんコメント:ミクシィグループの知人に「ミクシィの隠れたキーマンって誰ですかね?」と話してた際に何人かあがってきた候補の一人が奥田さんでした。言ってしまうと「一番地味」な人ではあったんですが、カスタマーサポートという光の当たりにくいポジションでありながら、社内の人から「キーマン」と見られているのが気になって取材したのを覚えてます。経歴的にはアグレッシブな感じなんですが、人当たりや思想は非常に穏健だし、そしてユーザーのことを本当に真摯に考えているんだなぁと感じさせられたのを記憶してます。ちなみに当時は「隠れて」いましたが、現在は取締役になられたのをみるとやはり彼は「キーマン」でしたね。

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東大女子が世界8カ国を巡って開眼した「アプリ開発」の道ーー隠れたキーマンを調べるお・口コミコスメアプリLIPS松井さん

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編集部注: 「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 ティーン向けのコスメ口コミアプリ「LIPS」を運営する東大発スタートアップAppBrew。その共同創業者で「LIPS」の発案者でもある取締役の松井友里氏。アメリカで…

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AppBrew取締役の松井友里氏

編集部注: 「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

ティーン向けのコスメ口コミアプリ「LIPS」を運営する東大発スタートアップAppBrew。その共同創業者で「LIPS」の発案者でもある取締役の松井友里氏。アメリカで育ち、帰国して東大に入学。世界を巡ってスタートアップを取材するなど勢力的に活動し、AppBrewを共同創業。これまでの生い立ちや想いなどを伺ってきました。

大柴;本日はよろしくお願いします!ところで海外での生活が長かったとお聞きしましたが。

松井:アメリカのニューヨークにいたんです。7歳から18歳までいました。

大柴:アメリカでは日本人学校に通っていたのですか?

松井:いや、現地校です。

大柴:そうなんですね。じゃあ英語はもうバリバリ。

松井:妹ととは英語で会話していました。家族とは日本語です。

大柴:なるほど。アメリカでの生活はどのようなものでしたか?

松井:友達がそんなにいなかったんですよね(笑)。いわゆる「オタク」でした。アニメを見たり、ネットをしたり。pixivやニコニコ動画、あと「こえ部」ってサービスがあって。これらのサービスはかなり利用していました。

大柴:日本のネット好きと変わらない生活(笑)。

松井:そうですね。匿名でのやり取りが良かったのかもしれません。ネットにはそういう空間があって、心地良かったです。

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松井さんが発案した口コミコスメアプリLIPS

大柴:そんな生活を経て、日本に帰国し、大学に入るわけですが。なぜ東大を選ばれたのですか?

松井:当初は美術系に興味があって、美大を受けようかなって思っていました。ただいろいろと考えていくうちに「センス無いかも」って思ってきてしまって。自信が持てなかったし、食べていくのが大変そうだな…って思ってしまって。それで一般の大学にしようと思い、東大に入りました。

大柴:「東大に入りました」って簡単に言うけど、なかなか入れないっすよ(笑)。大学に入学してからのことをお聞きしたいです。

松井:はい。大学入ってすぐに勉強に飽きてしまったんですよ(笑)。それで夏にASHOKAでインターンをすることにしたんです。友達に誘われたのがきっかけなんですが。新しいことに挑戦したかったので、やってみることにしました。

大柴:ASHOKAというのは?

松井:ASHOKAは「世界最大のソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)のネットワーク」で、世界各地に拠点を持っている団体です。そこで「社会起業」っていうものがあるんだなって知り、興味を持ちました。

大柴:松井さんはその時に「解決したい社会課題」ってあったのですか?

松井:端的に言うとメンタルヘルス関連です。根本的に人間が病んでしまうことを解決するのは医学ではないのではないかという仮説を持っていて、それを実証解決する取り組みをしていきたいと考えていました。

大柴:現代においてメンタルヘルスの問題って数多く出てきてますし、ストレスチェックの義務化など企業においてもその取り組みが進み始めていますね。でも既存のものは僕自身も不満足というか、課題しかないなぁと感じています。

松井:そうですね。そこには課題があるなぁと悶々としてたんですが、そんな時にあるIT企業が主催する学生向けイベントに参加したんです。仲さん(ウォンテッドリー代表取締役CEOの仲暁子氏)が講演するというイベントで、友達が熱烈に仲さんのファンだったんです(笑)。でも彼女、そのイベントに参加できなくなってしまい、「私の代わりに仲さんにコレを渡して!」って手紙を預かったんです(笑)。

大柴:なんかすごい(笑)。

松井:私はその友達の代理でそのイベントに参加して、仲さんの話を聞いたんです。そうしたら、仲さん、めちゃくちゃカッコイイ!って私も感じてしまったんです(笑)。

大柴:仲さんって、なんかすごいオーラありますよね。カッコイイなって僕も初対面の時に思いました。で、手紙は?

松井:渡しました(笑)。友達から預かった手紙を渡した時に、仲さんから「君、意識高いの?うちでインターンやらない?」って誘って頂き、後日実際にメッセを頂きました。正直めちゃくちゃ嬉しかった(笑)。

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大柴:おー。それでインターンはされたんですか?

松井:はい。ウォンテッドリーでインターンすることになりました。

大柴:初めてのスタートアップ、どうでしたか?

松井:実際に入ってみて、今までやってきた事とはスケールの仕方やスピード感が全然違いました。圧倒されました。エンジニアの近くの部署だったんですが、エンジニアがまたすごくて。自分でもコードを書いてみたい!って思うようになりました。

大柴:ウォンテッドリーではどのくらい働かれたのですか?

松井:約1年くらいです。その後は妹と二人で「世界8ヵ国を巡って、各地のスタートアップを取材し、ブログを書く」という事をやりました。クラウドファンディングで資金を募って、80万円ほどの資金を調達しました。その資金で3ヶ月間、東南アジア、アメリカを巡りました。

大柴:すごい!実際に何社くらい取材されたのですか?

松井:70社ほどです。とても良い経験ができました。

大柴:なるほどー。そもそも何でその企画をやろうとしたんですか?

松井:ウォンテッドリーで社内ブログを書いていて、比較的好評だったというのもあるのですが、私はウォンテッドリーでスタートアップの素晴らしさを感じましたし、そういうスタートアップは世界中にたくさんあるので、それらの企業を得意な英語を活かして取材し、日本語で発信できたら、スタートアップを知らない日本の大学生などにも熱気を伝えることができるんじゃないかと考え、実行してみることにしました。

大柴:なるほど。面白いですね。8ヵ国を巡ったということですが、印象に残る国、都市はありますか?

松井:ジャカルタは「ここには住めそうだなぁ」と思いました。あとはイスラエル。イスラエルは良かったです。環境も気候も良かったです。

大柴:イスラエルはIT先進国として有名ですよね。ただ日本人にとっては少し危険な地域という印象もありますが。

松井:そうですね。実際にイスラエル人の起業家と話した時に「イスラエルでは起業家マインドを持つのは一般的なことで、それはなぜかというと、いつ死ぬかわからないからやりたいことをやろう、という気持ちからきている」と語っていて、とても印象深かったです。

大柴:なるほど…確かにそうですね。

松井:また、インドやインドネシアを訪問して「これはやっぱりスマホの時代だ」と感じ、自分でアプリを作れるようになりたいなと思ったんです。それで帰国後は知人が運営してたアプリの制作をお手伝いすることになり、そこでRailsエンジニアとして育ててもらいました。その頃に深澤(AppBrew代表取締役の 深澤雄太氏)から「抱えてる案件が忙しくて手が回らないので手伝って」と言われたんです。

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写真左:AppBrew代表取締役の 深澤雄太氏

大柴:深澤さんとは元々面識はあったのですか?

松井:そうですね。授業で会ったりはしていました。

大柴:最初の印象って?

松井:哲学の授業だったんですが、私の友達が彼と話をしていて。「きっと哲学オタクなんだろうな」って思ってたら理系で、プログラミングをやっていると聞いて、面白いなと。哲学も詳しかったんですが。

大柴:(笑)

松井:深澤はフリーランスとしてシステム開発を受託していて、そこで私も手伝うことになりました。

大柴:まだ会社では無かったんですね。

松井:はい。受託が一旦一段落した時に「自分達のサービスをやりたいよね」ってなって。気づいたら登記してて、気づいたら私も取締役になっていました(笑)。

大柴:その辺は深澤さんが全部?

松井:そうですね。基本は全部いつの間にかにやっていました。

大柴:AppBrewを立ち上げてからのお話を伺いたいんですが、現在のメイン事業である『LIPS』をリリースするまでにいくつかのプロダクトを世に出したそうですが?

松井:はい。何個も作ってリリースしました。すぐに閉じたものもあります。いろいろ試行錯誤をしている中で作ったのが『LIPS』です。元々私がTwitterやInstagramなどでコスメの情報を収集し、参考にしていました。既存のサービスや検索などではわからない「リアルな声」を反映したコスメサービスがあったら良いなぁと思っていて。それで作ろうってなったんですが、最初は社内でもあまり評価高くなくて(笑)。

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大柴:そうなんですね(笑)。

松井:でもニーズがある事はわかっていたので、そのまま開発を進め、今年1月にリリースしました。現在は40万ダウンロードくらいされています。本格的なプロモーションはこれからですね。

大柴:なるほどなるほど。プロダクトに関しては松井さん、開発に関しては深澤さんっていう役割分担だとは思うのですが、松井さんから見て深澤さんってどういう人ですか?

松井:技術力はもちろんの事、自分には持っていないたくさんのものを持っている人だなって思っています。技術力は知識が広く、深いんです。それだけじゃなく、営業もファイナンスもマーケティング戦略もできるのでオールラウンダーです。私は目の前の事で頭がいっぱいになるタイプで、目の前に現れた問題を都度解決していく感じ。その時に必要なことをその時に覚える。深澤はもう少し広い視点で今やることに落とし込む。そういうタイプです。

大柴:なるほど。良い役割分担ですね。これから会社も大きくなっていくと思いますが、どういう人達と一緒に会社を作っていきたいとお考えですか?

松井:数値に落とし込んで、数値で改善していく。自分のこだわりや先入観ではなく、数値で物事を語れる人達と一緒にやっていきたいと思っています。規模が大きくなればなるほどそういう考えが必要かなって思っています。

大柴:なるほど、確かにそうですね。松井さんの野望というか、今後の展望というか。どういうことをやっていきたいですか?

松井:そうですね、まずは『LIPS』をもっともっと成長させたいというのが当面の目標です。たくさんの人に使ってもらえるサービスにしていきたいです。生活の一部になるような、そんなサービスを作っていければと思っています。そのもっと先は…一個人にとって深い悩みを解決できるようなことができたら良いなと思っています。

大柴:良いですね!引き続き頑張ってください!今日はありがとうございました!

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会社員でもゼロイチの経験はできるーー隠れたキーマンを調べるお・ウエディングパーク大竹氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 インターネット広告からメディア、ゲームと様々な事業を生み出してきたサイバーエージェント。数多くの子会社を持つ同社の中で最も老舗の部類に入るのが、式場探しの決め手が見つ…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

インターネット広告からメディア、ゲームと様々な事業を生み出してきたサイバーエージェント。数多くの子会社を持つ同社の中で最も老舗の部類に入るのが、式場探しの決め手が見つかるクチコミサイト「ウエディングパーク」です。

そのウエディングパークでアドテクノロジーを活用した広告商品を開発し、ウエディング業界に初めてアドテクノロジーを持ち込み、デジタルの活用をすすめるWed Tech推進室室長の大竹淳介氏にお話を伺ってきました。

大柴:今日はよろしくお願いします。サイバーエージェントグループの取材をしたかったので楽しみです。それにしてもめちゃくちゃガタイ良いですね(笑)。

大竹:だいたい初対面の人にはまずその話題を振られますね(笑)。

大柴:そうですよね、無視して通れないですよ(笑)。どうやってそんなに鍛えるのか?を聞いていっても良いんですが、時間も無いですし、その話はまた別の機会に(笑)。

大竹:はい(笑)。

大柴:大竹さんは大学卒業後に新卒でサイバーエージェント本体に入社されたんですか?

大竹:はい、そうです。2007年の新卒入社です。

大柴:インターネット業界に進みたかったのですか?

大竹:いや、そういうわけではなく、サイバーエージェントに入りたかったんです。当時、藤田社長(サイバーエージェント代表取締役の藤田晋氏)の活躍を見て若いうちから社長をやっていてカッコイイなって。20代のうちから実力を発揮でき、大きな仕事を任せてもらえるような会社なのではないかと感じたことが決め手でしたね。

大柴:なるほど。「社長」に興味があったんですかね。それじゃ起業など興味あったんですか?

大竹:そうですね。藤田社長も26歳で上場を経験していましたし、当時は「自分でもいけるんじゃないか」なんて簡単に思っていました(笑)。5年くらい働けばある程度実力もついているだろうし、その時は起業するかー、みたいな軽い気持ちで考えていました。

大柴:なるほどなるほど。そんな感じで入社されたわけですか。

大竹:はい。インターネット広告代理店部門に配属され、アカウントプランナーとして広告効果の最大化に向けて仕事をしていました。

大柴:新卒で入社されて、実際の会社ってどうでした?

大竹:「社会ってなかなか厳しいな」と(笑)。

大柴:(笑)

大竹:そんな厳しい中でなんとか頑張り、徐々に実力もついてきたという実感もあり、マネージャーや子会社の営業本部長なども任せてもらえるようになりました。さまざまな業種のクライアントともお取り引きさせてもらっていて、充実はしていました。


大柴:そんな中、2013年にサイバーエージェントグループのウエディングパークに「入社」されるわけですが、きっかけは何だったのですか?

大竹:29歳だったんですよ。これからの30代のことを考えたんですよね。論語の「三十にして立つ」じゃないですけど、インターネット広告についての知識やスキルはついてきた中で、これから自分がやるべきこと、やりたいことは何かを考えたんです。その中でウエディングパークと出会いました。ちょうどその頃に結婚をしまして「結婚っていいな」と実感してたのも大きいですね。

大柴:なるほど。

大竹:結婚って基本的に関わる人がみんな幸せですし、何より自分自身が本気で「いい」と思う領域に貢献することが自分がやるべきことなんじゃないかと思い、ウエディングパークに入りました。ウエディング業界は「おもてなし」の現場であり、実際の接客や結婚式を行うことがメインです。その特性もあり、デジタルの活用がまだまだ遅れていることを入社して目の当たりにしました。そこで、自分がこれまで経験したインターネット広告の知見をウエディング業界に持ち込んで、活性化させたいなって考えるようになりました。

大柴:なるほど。

大竹:入社一週間後に広告の新商品の企画提案をする合宿に参加して「ウエディング業界に適したアドテクノロジーを活用した広告商品」案を合宿で発表したんです。わりと自信もあったんですが、結果は最下位(笑)。

大柴:自信満々だったのに。

大竹:そうなんですよ。いきなり壁にぶちあたった感じです。でもその時に担当役員の作間から「大竹くんが良いと思ってるなら、諦めず提案し続ければいいよ」と言われたんです。そこから性懲りも無く毎四半期ごとの合宿で提案し続けたんです。そして1年後についにGOサインが出ました。

大柴:ついに!

大竹:はい。そこから各種契約や開発などあって半年後に正式リリースしました。ウエディングパークに移ってから1年半の2014年です。

大柴:その商品は好調だという話ですが。

大竹:おかげさまで好調で、会社の新たな収益の柱になりつつあります。

大柴:それはすごいですね。でもウエディング業界の方々にインターネット広告の商品などを説明するのって大変そうなのですが。

大竹:そうですね。今も継続して行っていますが、地道にクライアント向けの勉強会をやったり、全国に飛び回って説明したりしました。その結果クライアントの意識も徐々に変わっていきました。実際に広告効果を実感しだして、クライアントも「デジタルの活用って大事だな」っていう意識に変わっていったんです。

大柴:なるほど。

大竹:あと、何より社内の空気が変わったのが大きかったなと感じでいます。クライアントが効果を実感して、商品の価値が認められてきて、アドテクを活用したこの商品が会社に馴染んできて広告の売上が上がってきたときに、明らかに会社の空気が変わったんです。「これはイケるぞ!」って(笑)

大柴:ウエディングパークの社長の日紫喜(誠吾)さんはどんな方なんですか?

大竹:仙人のような方ですね(笑)。

大柴:仙人?

大竹:すごくまじめで誠実。ブレない信念がしっかりあって、経営者としての「道」みたいなのがあるんです。

大柴:なるほど。

大竹:日紫喜は2000年にサイバーエージェントにキーエンスから転職してきて、インターネット広告事業の営業局長としてバリバリやられていました。その後ウエディングパークの社長になられた方なので、自分がウエディングパークにきて最初に広告商品を提案した時も日紫喜は商品のことをよく理解していたと思うんです。でも安易にGOサインを出さなかった。

大柴:ほう。

大竹:会議で最下位を取ってしまったけど、僕自身は商品に自信もあった。だけどダメだと言われ、でもへこたれずにブラッシュアップを続けて、クライアントへのヒアリングなども続けた結果GOサインが出た。この粘り強く向き合った1年があったからこそ自分に覚悟が生まれました。日紫喜は最初の会議の時に僕の覚悟が足りないと感じたんだと思います。その覚悟が出るまでじっと静かに待っていたんじゃないかなと思うんですよね。

大柴:なるほど。

大竹:ウエディングパークは過去、業績が厳しく苦しい時期があったそうなんです。その時期を乗り越えた際に、苦しいときに一緒に頑張れる強い組織をつくるには、一体感と覚悟が必要だと感じ、そこで「ビジョン」と「経営理念」を制定したそうです。その「結婚を、もっと幸せにしよう」という経営理念をとても大切にしていて「道」から外れているようなことは指摘されます。厳かな雰囲気があるんですよね。そんなところを尊敬しています。

大柴:なるほどなるほど。では最後に大竹さんの今後についてお聞きできればと。起業の野望は?

大竹:今は無いですね(笑)。大人になって、起業自体は目的ではなく、一つの手段だと感じていますし、そんな簡単なものじゃないないとも思うので(笑)。ゼロからイチを産み出すのが起業家だとするならば、ウエディングパークでの新商品はゼロから作って、ひとつの事業にすることができました。起業することとは違うと思いますが、会社員でもゼロイチの経験はできると思います。ただ、経営者になりたいという気持ちはあります。ブライダルの周辺領域でやっていきたいとは思っていますので、その領域で21世紀を代表する経営者人材になりたいですね。

大柴:いろいろお話を伺うことができました。今日はありがとうございました!

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「今辞めたら絶対後悔する」再起を支えた若きCTOの苦悩ーー隠れたキーマンを調べるお・クラシル運営delyの大竹氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 今年30億円の資金調達を行い、スタートアップ界で一際注目を集めるdely。delyが運営するレシピ動画「クラシル」はテレビCMなどの影響もあり、一般層への認知度も高ま…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

今年30億円の資金調達を行い、スタートアップ界で一際注目を集めるdely。delyが運営するレシピ動画「クラシル」はテレビCMなどの影響もあり、一般層への認知度も高まっています。そんな今一番勢いのあるdelyを代表の堀江裕介氏とともに創業した取締役CTOの大竹雅登氏。dely創業事業の撤退、その後の苦難、そして「クラシル」の成長などいろいろお伺いしてきました。

大柴:お久しぶりです。五反田のオフィスになって初めて来ました。最後にdelyのオフィスに行ったのは、去年の正月明けで、その時は渋谷のオフィスでしたね。

大竹:五反田には去年の夏に移転しました。去年の正月に大柴さんがいらっしゃった時はレシピ動画を始めたか始めないかの頃でした。

大柴:あぁそうなんですね!あの頃はいろいろと事業に悩んでるような感じもしましたが、それからは一気に盛り上がってますね。では、その辺のところは後ほど順番に聞いていきますので、今日はよろしくお願いします。

大竹:よろしくお願いします。

大柴:大竹さんはおいくつなんですか?

大竹:今年24歳になります。堀江(dely代表取締役)の一つ下になります。

大柴:そうなんですね。いやぁ、若いなぁ…。堀江さんとは最初どのようにして知り合ったのですか?

大竹:起業に興味のある人が集まってるFacebookグループがあって、そこにお互い参加してたんです。でもそこは人数も多くて、堀江とも特に話をすることもなく。

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大柴:なるほど。

大竹:ただ堀江のことは認識していました。慶應にホリエモン(堀江貴文氏)が講演にきたときに堀江が質問してて、それをブログに書いていたんです。「慶應のホリエモンがホリエモンに質問してみた」という記事で(笑)。

大柴:堀江さんらしいなぁ(笑)。

大竹:なので堀江のことは認識はしていたんですが、初めて話したのはFacebookのグループがきっかけです。メッセがきて「起業するんで、エンジニアを探してます。会いましょう」というような趣旨のメッセがきまして。その段階では一度も会ったことはないです(笑)。

大柴:なるほど(笑)。そして実際に会ったわけですね。

大竹:はい。綱島の上島珈琲で会いました。駅から店まで少し歩くのですが、「あのビジネスはダメだなー、俺だったら絶対こうするわ!」みたいなことを話してたのを覚えてます(笑)。変なやつだなぁと思いましたね。

大柴:(笑)

大竹:でも上島珈琲でちゃんと話したら、かなりしっかりと事業のことなどを考えていて、人間としてもとても信頼できる人だなと感じました。その時は「フードデリバリー」の事業について語ってくれました。

大柴:創業事業のアレですね。

大竹:はい。話を聞いてとても面白そうだと思いましたし、信頼できそうだったので一緒にやることに決めました。もうその場で決めた感じです。

大柴:なるほど。ところで大竹さんは起業には興味があったのですか?

大竹:そうですね。delyの前に一度起業しようと準備してたことがあります。結局それは頓挫してしまったのですが、興味はありました。2013年にシリコンバレーとインドを旅行して、どちらも起業文化がある国で、その光景を見て「自分でもやってみたい」という気持ちになりました。そして帰国してサービス作って、起業準備してたんです。でも結局解散しました。それが2013年末です。

大柴:なるほど。その直後に堀江さんから「一緒にやろう」という連絡があって、そして今がある。わからないものですね。そして堀江さんと一緒にdelyを始めたわけですが。

大竹:はい、最初は渋谷のEast Venturesのシェアオフィスを間借りしてました。

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大柴:そうですね。2014年3月にBASEと一緒にオフィスを借りて、一部をEast Venturesのシェアオフィスとして使用してました。そこの最初の入居企業の一つがdelyでしたね。

大竹:はい。こっちは開発がなかなか進まず、リリース予定の4月も過ぎて…。結構つらい時期でした。それにBASEさんとの空気の差がすごくて(笑)。BASEさんはもうすでにプロダクトもあって、それが伸びてて、人も増えて…。delyとの差を痛感してました。それにBASEさんは「bento.jp」ばかり注文してて(笑)。

大柴:(笑)。まぁとにかくあの頃のdelyはカオスだった印象がありますね(笑)。

大竹:そうですね。それでとにかく独立オフィスに行きたくて、サービスリリース後の8月に桜丘(渋谷)のオフィスに移転しました。

大柴:ダンボールに入れた荷物を自分達で歩いて運んでましたね(笑)。

大竹:そうですね(笑)。ようやく念願の独立オフィスに行ったのですが、その数カ月後にフードデリバリーの事業はクローズしました。一番大きかったのは収益モデルの実現が難しかったことです。その他にもいろいろ問題はありましたが、ようは最初の計画が甘かったんですね。

大柴:クローズにともなう混乱もあったと思いますが、そのあとメディア事業にピボットしますね。

大竹:はい。元々はフードデリバリー事業の集客のためのオウンドメディアを作ってたんです。それで事業がクローズしてしまったので、そのメディアがメイン事業になりました。当時キュレーションメディアなどメディア事業が盛り上がってたこともあり、自分達もそこに賭けました。

大柴:めちゃめちゃ記事を書いてましたよね。

大竹:はい(笑)。ただ元々のフードデリバリー事業と全然違う事業ですし、エキサイティングな成長というか事業の伸びは無くて。そんな中、人もどんどん辞めていきました。大柴さんがいらっしゃった2016年1月くらいが一番人が少なかったかもしれません。

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大柴:確かに「人が少なくなったかな」とは思いましたね、あの時。

大竹:2015年は低迷期でした。打開策を見つけるために堀江はいろんな人に会いまくってました。面白い話を聞いて、それを元に「こういうサービスやろう」とか「こういう風にしていこう」とか言うんです。社員も「昨日と言ってることが違う」とかそういう声が上がったりしてて。

大柴:「あるある」ですね。

大竹:創業の時に一回注目を浴びたじゃないですか。メディアにも取り上げられて、知名度が最初から高かった。それが一気に落ちて。一回上がった分、下がった時に「落ち目」感がすごいというか。キツかったですね、2015年は。

大柴:わかります。

大竹:自分もその状況を打開することができず、ふがいない気持ちでした。辞めたいと伝えたこともありました。でも堀江は「今辞めたら絶対後悔する。最後までやりきろう」と言って強く引き止めてくれました。社員が次々と辞めて本人も辛かったと思いますが、彼がぶれなかったのでもう少し頑張ろうと思いました。

大柴:なるほど。

大竹:ちょうどその頃に入った柴田(dely執行役員)が「一緒にやりましょう」とか「もう一回頑張りましょう」とか言うんです。彼は2015年の闇の時代にいなかったので、とにかく明るいんです(笑)。まぁいろいろ考えてとりあえず2016年3月まで頑張ろうと決めました。3月まで頑張って辞めようと。最後に一踏ん張りしようと。

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大柴:そしてそのタイミングでレシピ動画がブレイクしたわけですね。

大竹:試しに動画作ってSNSに上げてみたらびっくりするくらい伸びまして。いままで体験したことのない数字の伸びで、ほんと信じられないくらいでした。びっくりしました。すぐに3月になり、月末に堀江と二人で飲みに行きました。そんなに会話は無かったです。堀江が「続けるっしょ」と言うので「うん」と返すくらい(笑)。

大柴:堀江さんと最初に会った綱島では「変なやつ」「でも信頼できる」という印象だったという話ですが、一緒に働き始めてから変化しましたか?

大竹:一緒にやってからはさらに「すごいな」って感じました。プロダクトの無い段階でファイナンス決めたり、営業したり。行動力と推進力はすごいなと感じました。最初はそういう勢いみたいの「だけ」だったんですが、今では何ていうかプロフェッショナル感が増したというか、リスクも考えた上で戦略的に攻める勝負師になりましたね。クラシル事業を初めてからは特にです。気合いは昔からあったけど、それ以外の部分も成長したように思えます。一貫して言えるのは超ポジティブですね。

大柴:大竹さんと堀江さんはケンカとかしないんですか?(笑)

大竹:イラっとするときもありました(笑)。でも失望したことは一度も無いし、信頼しています。堀江がビジネス面、自分がプロダクト面を見てて、そこの役割分担はしっかりしています。完全に任せてくれています。

大柴:なるほど。良い関係性ですね。大竹さんはこの先どういうことをやっていきたいですか?

大竹:この会社ででかいことをしたいですね。大きな規模で社会にいい影響を与えられる存在になりたい。企業価値で言えば千億、兆を超えるくらいの規模で。個人的には「使ったときに衝撃を受けるようなプロダクト」を作りたいです。自分がプログラミングを始めるきっかけになったのが、高校生の時に発売されたiPhone4なんです。iPhone4を見てもの凄い衝撃を受けたんです。ハード、ソフト問わず、あの衝撃に勝るようなプロダクトを作っていきたい。クラシルがそのようなものになるように、まずは全力で頑張っていきたいですね。自分がいなくても生きる、残っていくプロダクトを作っていきたいです。

大柴:なるほど、頑張ってください!今日はありがとうございました。

編集部より情報開示:今回取材頂いたdelyは大柴氏がフェローを務めるEast Venturesの出資先でもあります。こちら情報開示としてお知らせいたします

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上場企業内定を蹴って「自分と社長の二人しかいない会社へ」ーー隠れたキーマンを調べるお・Bizcast石井氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 子供の「なりたい職業」でも上位にくるようになったYouTuber。そのYouTuberの活動をサポートするプラットフォーム『BitStar』を運営するBizcastに…

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Bizcastの石井貴幸氏

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

子供の「なりたい職業」でも上位にくるようになったYouTuber。そのYouTuberの活動をサポートするプラットフォーム『BitStar』を運営するBizcastに正社員第一号として参画し、代表の渡邉拓氏と事業を作り上げ、現在はインフルエンサーチームを統括する石井貴幸氏にお話を聞いてきました。入社当時は社長しかいなく、事業もピボットを模索しているタイミングで入社した話など、リアルなスタートアップの光景をいろいろとお伺いできました。

大柴:ご無沙汰してます。最近オフィス移転されたそうで。ついこの間までEast Venturesのシェアオフィスにいたような気がしますが、好調そうで何よりです。今日はよろしくお願いします。(※編集部から情報開示:インタビュアーの大柴氏がフェローとして参加するEast VenturesはBizcastの株主でもあります)

石井:よろしくお願いします。私がBizcastに参画したときは渋谷のEVオフィスでしたね。このオフィスは2カ月前に移転しました。

大柴:シェアオフィス出てから3カ所目ですね。成長を感じます。石井さんがBizcastに入ったのっていつですか?

石井:2015年2月です。当時卒業を控えた大学生でまずはインターンとして入りました。大学時代は英語部の活動に没頭してて、いわゆるスタートアップの世界とは無縁の生活を送っていました。でもずっといつかは起業したいなとは思ってて。

就職活動はほとんどしていなかったんですが、友人の紹介でインターネット広告代理店に内定はもらっていました。その会社には紹介制度みたいのがあって、それを利用して内定をもらったんです。ただ内定も決まったけど自分は起業をしたいし、事業の立ち上げや会社の成長を経験したくて。それでそういうことができそうなスタートアップを経験してみたいなと思い、友達を介してイベントや飲み会に顔を出すようにしました。結構当時の自分はいろいろと迷って悩んでいました。そんな中で友達が渡邉を紹介してくれたんです。

大柴:そういう流れだったんですね。

石井:友達と普通に道玄坂のケンタッキーで食事をしながら話をしてたんです。その中で彼がBizcastを手伝ってるという話になり、ケンタッキー向かいのオフィスにいた渡邉を呼んでくれたんです。

大柴:なるほど。

石井:ジャージにTシャツで、髪もボサボサな渡邉がやってきて(笑)。

大柴:あの頃は渡邉さん、いつもそんな格好でしたね(笑)。

石井:はい。第一印象は「暗そうだな」と感じたんですが、自分がイメージする「スタートアップ」と同じだったので、特に違和感などは感じませんでした。ちょうど現在の主力事業である「bitstar」の構想を渡邉が話してくれて、とても魅力的な事業構想だったのでBizcastでインターンをすることにしました。

大柴:動画メディア事業からのピボットのタイミングですね。

石井:はい。YouTuber事業の構想はあってもそれ以外何もないので、渡邉と二人で立ち上げを頑張りました。シェアオフィスだったので電話がしにくくて、オフィスの端っこにある謎の個室(物置)にこもって電話したりしてました。物置だけあって空気が悪くて(笑)。あとはケンタッキーでもよく仕事してましたね(笑)。

大柴:あれ、内定先はどうしたんですか?

石井:Bizcastで毎日朝から晩まで働いているうちに「ここでやっていこう」という気持ちになり、内定先に辞退を申し出ました。担当の役員の方から「やりたいことが見つかって良かったな!」と応援してもらえて嬉しかったです。その会社を紹介してくれた友達からも応援してもらえて良かったです。でも親にはこの事実を言ってなくて…。

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大柴:そうなんだ。

石井:内定もらってた会社は上場企業なので、親も喜んでたんですが、いきなり「自分と社長の二人しかいない会社に行く」とは言えなくて(笑)。

大柴:まぁわかります。僕らが昔上場目指してた時の理由の一つに「親に言えるようになる」というのがありました(笑)。

石井:入社4日目の朝、寝ぼけて「○○(内定もらってた会社)は辞めたよ」って言っちゃって。その日は遅刻しました(笑)。

大柴:(笑)

石井:まぁ全然理解してくれたんですけどね。やっぱり驚いたみたいで。

大柴:なるほど。

石井:そこからは一層仕事に向き合いました。夏くらいまでシェアオフィスにいたんですが、その頃が一番キツかったです。よくわからない市場だったので手探りで。手当たり次第アポ取って、クライアント開拓をしました。シェアオフィスを出たあたりから「伸びてる感」を感じるようになりました。高揚感というかワクワク感というか。

大柴:最初のオフィス移転の頃ってそういうのありますよね。

石井:その頃に徐々に人が入ってきました。ずっと二人だったけど、エンジニアが入ったり、同じ歳の人が入ったり。前からたまに手伝ってくれてた原田(直)さん(現Bizcast取締役)が正式に参画してくれるって知った時はビックリしました。その後に山下(雄太)さん(現Bizcast取締役)も入ってきて。

大柴:原田さんは大企業、山下さんはメガベンチャーからの参画なわけで、人員がそろってきた感ありますね。

石井:はい。シェアオフィスの頃は「このままウチの会社は人が増えないんじゃないか?」と思ったこともありました。シェアオフィスで向かいの席にいたCandle(後にCROOZが買収)やGoroo(後にユナイテッドが買収)がガンガン人員が増えていってて。それを見ながら多少の不安と焦りはありました。でもようやく自分たちも人員がそろってきましたし、その他にも実績ある人がたくさん入社しました。

大柴:ちょっと聞きたいんですが、どんどん上司というか、上に人が入ってきたじゃないですか。そういうのってどう思いました?

石井:いや、特にネガティブな気持ちはなかったです。むしろ実績のある人から学べる機会が増えるのでプラスでした。仕事で成果を出すだけなので。

大柴:なるほど。ありがとうございます。初の独立オフィスから一年経たずにまた移転しましたね。

石井:はい。去年の春くらいですかね。今のオフィスの向かい側あたりに移転しました。その頃くらいですかね。自分の仕事に手応えを感じ始めたんです。その頃はいろんなジャンルのクライアントを持っていたのですが、ゲームジャンルにしぼりました。他のジャンルはメンバーに任せて、自分はゲームジャンルで勝負をかけました。結果、企画も提案も全部できるようになりましたし、おそらく売上も社内で1番になったと思います。

大柴:おぉ、すごい。

石井:ある程度ゲームのチームもできたので、今は別の部門を見ています。ゲームもそうだったのですが、今の部門も元々は渡邉が担当してた部門だったんです。でも渡邉にはもっと社長としての仕事に専念してもらいたいなと思ってるので、どんどん仕事を引継いでいっています。

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大柴:ではいったんここで社長の渡邉さんについて聞いてみようかと。まぁ最初に会った時は「髪ボサボサでジャージ姿で暗い人」って感じだったじゃないですか(笑)。

石井:そうですね、身なりでいうと、最近良い服を着るようになりましたね(笑)。意識してるのかもしれません。社長感が出てきたように思います。渡邉を一言で言うと「ストイック」ですかね。めちゃめちゃ働くんです。現場の細かいこともやっていた。でも最近は先ほどお話したように、だいぶ僕らに引継いだので、最近は社長業をやり始めています。他の取締役も「取締役感」が出てきたように見えます。

大柴:徐々にステージが上がってる感じですね。原田さん、山下さんはどんな方ですか?

石井:原田は渡邉とすごく仲が良く、ムードメーカー的な存在です。一番難しいポジションだと思うのですが、最近急に頼りがいが出てきた気がします。山下は元々オーラがありましたね。困ったときに頼りになる存在です。

大柴:なるほどなるほど。では最後に石井さんの今後の抱負などを。

石井:そうですね。元々起業をしたいと思ってたし、それに近い経験をしているなと思います。誰もがやったことがないことをやったり、毎日チャレンジしています。会社もまだまだ道半ばですし、これからも事業を伸ばしていきたいと思っています。

大柴:なるほど。

石井:あとは、みんなが楽しく過ごせて、チャレンジできる会社にもっとしていきたいです。人生において仕事をしている時間ってとても長いじゃないですか。長い時間やるならば楽しくないと辛いし、そういう働きやすい環境を作っていきたいですね。仕事以外でも楽しく過ごすことにおいて今携わってる「エンタメ」領域ってとても重要だと思うんです。生きる活力になると思う。なので演じる側のやりたいことを実現してあげて、より良い「エンタメ」を作っていきたいなと思います。

大柴:子供の「将来なりたい職業」の上位にYoutuberがあがる時代ですからね。今日はありがとうございました。頑張ってください!

 

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挫折を乗り越え、年商150億円の「SHOPLIST」が生まれるまでーー隠れたキーマンを調べるお・クルーズ張本氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 主力のゲーム事業を譲渡して、力強い成長を見せているEC事業に経営集中する事を発表したクルーズ。そのEC事業の主力サービスである「SHOPLIST」を生み出し、4年で年…

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クルーズ取締役の張本貴雄氏

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

主力のゲーム事業を譲渡して、力強い成長を見せているEC事業に経営集中する事を発表したクルーズ。そのEC事業の主力サービスである「SHOPLIST」を生み出し、4年で年商150億円規模に成長させてきた同社取締役の張本貴雄氏にインタビューしてきました。クルーズ代表取締役社長の小渕宏二氏との「カッコイイ」エピソードも。

大柴:初めまして。今日はよろしくお願いします。ついこないだも自分のブログにクルーズのこと書いたばかりで気になっていたので、今日はいろいろお伺いさせてもらえればと思います!

張本:よろしくお願いします。

大柴:先日「選択と集中」を発表し、クルーズの主軸となった SHOPLIST を張本さんは管掌なさっていますが、現在おいくつなんですか?

張本:32歳です。2007年に新卒でクルーズに入社しました。

大柴:新卒入社なんですね。

張本:自分は実は他の会社から内定を貰ってたのですが、たまたまお手伝いしていた説明会で小渕の情熱的な講演を聴いて凄いカッコいいなと。「この人と働きたい!」って思って、内定貰ってた会社を辞退をしてクルーズに入社することに決めました。

大柴:それほど衝撃的だったんですね。

張本:はい。それで2007年4月に新卒入社しました。上場直後の頃で140人くらいの社員がいました。当時はカッコいい人と働きたいというのと誰よりも稼ぎたいというのがモチベーションだったので、とにかくバリバリ働いて成果出して小渕に認められて、というのを目指して仕事に没頭してましたね。

大柴:最初はどんな仕事についたのですか?

張本:入社当時のクルーズはモバイル事業と人材事業をやっていて、非常に勢いがありました。そんな中、入社して早速モバイル事業に関連した新規事業の営業マンとしてがむしゃらにやっていました。その新規事業自体は3カ月で撤退してしまったんですけどね(笑。

大柴:あら。

張本:その後はアライアンス営業やメディア事業などの部署を経験しました。でも自分としては事業は何でもよかったんです。当時は事業内容に対してモチベーションがあったわけではないので。

大柴:なるほど。

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Image:Crooz blog

張本:その頃 CROOZblog などにも携わりました。社会人になって1年が過ぎ、2年目になる時にマネージャーに昇格したんです。初めて自分の部署を持つことになり CROOZblog のユーザーをターゲットに当時流行りだしていたバズマーケティング事業をやりました。ひとつのことを全て自分でやる中で、初めて事業というものを経験して学びが多かったですね。

大柴:事業の調子はどうだったんですか?

張本:すぐに月数百万円の売上を作ることができたんです。売上がたったのはもちろん CROOZblog があったからですし、もともと広告事業もやっていたんで既存のクライアントさんに営業かけたりもしてたので。

大柴:誰よりも稼げました?

張本:評価してもらえましたね(笑。チャンスを掴んで、それをものにできた気がしました。

大柴:その事業はさらに拡大したんですか?

張本:バズマーケティングをやる中でせっかく700万人のユーザー資産があるのならば、自分達で商品を売った方がいいなという考えになってきて CROOZblog を媒体にコスメ通販サイトを立ち上げたんです。それなりに売上は出て、利益も少ないですが出ていたんですが、このままでは伸びが止まるって感じたんです。それでリソースの半分をコスメからファッションに振ったところ、ファッションが想定以上に伸びたんで、コスメを辞めてファッションに絞りました。

大柴:なるほどなるほど。

張本:そして2010年、24歳の時に取締役に抜擢されました。でも自分としては辛い時期でしたね。そもそもBS/PLの見方もちゃんとはわからなかったし、取締役になったけど正直この頃はまだお客様や事業、仲間というよりは小渕の方を見て仕事をしていた気がします。

大柴:でも凄いことですよ。

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張本:考え方もスキルも全然未熟だったんですよね。経営合宿があって何かの議論があった時に小渕は各役員に「○○はどう思う?」って意見を求めるんです。でも「張本どう思う?」って聞かないんです。

小渕も、僕が本質が見えていないことにおそらく気づいていたんだと思います。今考えてみればあれは小渕なりの教育だったんでしょうけど、当時は「何で僕に意見を聞いてくれないんだ?」って思いましたね。結局1年で取締役は降ろされて、執行役員になりました。

大柴:そうなんですね。

張本:何で自分が取締役になれたのか正直わかってなかったんですよね。取締役を降ろされた後、1カ月くらい悩んでました。小渕とも会話を全くしなかったです。

大柴:悩んだ期間が終わったのはなぜですか?

張本:吹っ切れたというか、やっと気づけたというか。これまでは「小渕のために」働いていたんですが、「会社のために」働こうと思ったんです。

大柴:なるほど。

張本:2011年からはユーザー資産を最大限に活かしたコマース事業を目指し、既存事業をモール化しました。数百社クライアントも集めることができたし順調ではあったんですが、実際に運営してみてこのままやっても売上のキャップが見えるなと思い、9カ月でモールを止めることになりました。

でもモール事業をやったことによって色々な通販事業の仕組みがわかったこともあり、そのノウハウを活かして2012年、新卒6年目の時に SHOPLIST をスタートさせました。これまでの反省や経験を活かし、時代のニーズに合致したこともあってか、出だしからいい数字が出てくれて4年で約150億という規模になりました。

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Image : SHOPLIST

大柴:凄い。

張本:マインドチェンジがあったことにより、見える世界が圧倒的に広がりました。ユーザーやクライアントさんのことを常に最優先にし事業を推進した結果、それまでよりも大きな成果を出せるようになりました。取締役を降ろされた時は悔しかったですが、結果としてその経験がバネになって成長に繋がったんじゃないかなぁと思います。

大柴:そして2014年、3年ぶりに取締役に復帰されましたが、どういった経緯で復帰されたんですか?

張本:業績的な結果も出始めていたので、正直「(取締役に)声がかかるんじゃないか?」とは期待してました(笑。ただ復帰の話が進んでいたことは全く知らなかったです。
忘れもしない2014年の3月、チームの仲間とみんなで飲んでいたところに小渕が突然やってきたんです。そして小渕が「張本、おかえり」って一言。泣きましたね。

大柴:いい話…しかもカッコイイ…。二度目の取締役ですが、どうですか?

張本:一回目の時は「取締役!カッコイイ!」くらいにしか思ってなかったのですが、今回は「役割」を強く認識していて、今回こそはしっかりと全うしようと考えています。新規事業など新しい種を蒔いて SHOPLIST とのシナジーを最大化させていきたいと思います。

大柴:なるほど。小渕さんにようやく認められたと思うんですが、小渕さんって張本さんから見て、どんな人ですか?最初に衝撃を受けた時と何か変化などありますか?

張本:最初に会った時と基本的には何も変わってないですね。まぁ以前よりかバランスがよくなった部分はあるかもしれません。ただ情熱的だし、誠実だし、当たり前のことを当たり前にやるし、周囲に気を使うし、変わってないですね。

大柴:ライバル視とかしたりするんですか?

張本:いや、それはないですね(笑。ああいう男になれたらいいなとは思いますが。

大柴:最後に張本さんの今後の夢などを。

張本:そうですね。世の中のインフラになるようなものを作りたいですね。永続的に伸びるような普遍的なサービス。そういうのを作っていきたいです。

大柴:なるほど、今日はありがとうございました!

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人と違っても受け入れられる社会を作りたいーー隠れたキーマンを調べるお・22歳の大学生執行役員「JEEK」露木氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 国内トップクラスのインターン採用サービス『JEEK』を運営するTechouse社の執行役員に就任した露木修斗氏。現在はまだ大学在学中の22歳という若さながら JEEK…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

国内トップクラスのインターン採用サービス『JEEK』を運営するTechouse社の執行役員に就任した露木修斗氏。現在はまだ大学在学中の22歳という若さながら JEEK の責任者に抜擢された露木氏に今回はインタビューしてみました。

大柴:先日Techouseの執行役員に就任したと発表がありましたが、露木さんはまだ大学生なんですよね?卒業できそうですか(笑)。

露木:はい、大丈夫です(笑)。休学してたこともあり、来年の秋に卒業予定です。

大柴:露木さんは現在22歳。Techouseでインターンを始めたのはいつからなんですか?

露木:2013年5月です。まだTechouseが田町のマンションで営業していた頃です。

大柴:結構初期からなんですね。それからずっとTechouseにいらっしゃるんですか?

露木:いや、いろんな会社でインターンしたり、留学したりと。Techouseに復帰したのは今年の9月なんです。

大柴:ついこの前じゃないですか(笑)。まぁその辺は後ほど伺うとして、まずはTechouseでインターンを始めるきっかけから聞いていければと。高校時代から起業やスタートアップに興味があったのですか?

露木:高校時代はずっと音楽をやっていたんです。自分達でイベント企画したりして、結構大人数を集客したり。ただ自分の音楽の才能の限界を感じてたんですね。音楽やエンタメには携わっていきたいなと思ってたのですが、自分が一番輝けるのはマネージャーやプロデューサーのような、影からクリエイターを支えるような仕事なんじゃないかなと思うようになりました。

大柴:なるほど。

露木:そんな時に同級生の友達が「大学に行ったら一緒にインターンをしよう」と言い出したんです。彼はスタートアップなどに興味あって。それで自分としても「いろんな経験をしてみよう」と大学入学後にインターンをすることに決めました。

大柴:なるほど。

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露木:「インターン」と検索したらTechouseが上位にあったので面談をすることになったんです。その友達と一緒に行ったんですが、二人とも落ちたんですよ。ていうかそもそもTechouse自体がインターンを募集していなかったんで(笑)。

大柴:(笑)

露木:Techouseはインターン採用してなかったのですが、いくつかの企業を紹介されて、インターンの面接に行きました。ただ結果は全滅。まぁ当時の自分はITにも疎かったですし、経験もスキルも無い。落ちるのもしょうがないなと気持ちを切替えて、留学に向けた勉強を始めました。

大柴:留学に興味があったのですか?

露木:はい。大学にいるうちに留学はしたいなと思ってました。それで留学の勉強をしてたらTechouseの人から連絡があったんです。「ウチでインターンやらないか。もう一度面接をしよう。」と。

大柴:なるほど。

露木:その時は学校にいたんですが、その人は「今すぐ来い」って言うんですよ(笑)。しょうがないので学校のあった多摩から田町に急いで向かいました。

大柴:結構距離ありますね(笑)。

露木:はい(笑)。それで面接をして、磯辺さん(Techouse代表取締役社長)的には「渋い」評価だったようなのですが、合格しましてTechouseでインターンをすることになりました。

大柴:最初はどんな仕事をしたんですか?

露木:大学に行って『JEEK』のビラを配ったりしていました。デスクワークは何もできなくて。ビラ配りや営業同行したりしていましたが、いつも磯辺さんに怒られていました…。けど本当に当時自分は何もできなくて。自分でそれを認識もしていて、すごく悔しかったんです。

大柴:悔しさをバネに、みたいな。

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露木:そうですね。それに自分の小中学校の同級生に芸能界やスポーツ界などで活躍する人がいたんです。彼らと比べて「自分もいつかは!」と。そのためには今は悔しくても頑張るしかないと思って。

大柴:なるほど。怒られながらも仕事を頑張って続けていって、何か手応えというか、状況が変わってきたのはいつくらいなのですか?

露木:9月くらいですかね。インターンを始めて4ヶ月くらい経った頃でしょうか。磯辺さんが学生と面談するのに同席してたんです。インターン希望の学生と話して、彼らの能力や適正などを把握して最適な企業を紹介する。学生との面談は『JEEK』にとって重要な業務なのですが、ふと「これは自分に向いてる。自分にもできるんじゃないか?」と思ったんですよ。営業やIT的な業務は苦手ですが、これは自分の力を発揮できそうだと。それで磯辺さんに「自分にこの業務をやらせてください」とお願いしたんです。

大柴:それで任されるようになったと。

露木:はい。自分で言うのも何ですが上手くできたんです。それで磯辺さんにも認めてもらえるようになって、12月には『JEEK』全般を任されるようになりました。

大柴:メイン事業を任されたんですね。すごい。

露木:当時『JEEK』にはある課題があって、それを解決する施策を早速打ちました。その結果それまでの4倍の成果が出るようになったんです。

大柴:へぇ、それは凄い。短期間で結果を出すのは素晴らしいですね。

露木:ようやく磯辺さんにも認めてもらえたなぁと実感してきたし、施策の結果に満足してしまった部分もあり、なんか「一段落」した感じに自分がなってしまったんです。そこでふと最初にやりたかったことを思い返してみたんです。「あぁ、自分は音楽やエンタメ領域をやりたかったんだった」と。それで思い切ってTechouseを辞めてnana musicでインターンすることにしました。

大柴:成果が出てきて、周囲にも認められるようになったタイミングで思い切りましたね。

露木:はい。音楽領域はずっとやりたかったことですし、『nana』を盛り上げるとっておきの企画も持っていたんです。

大柴:ほう。

露木:その企画を提案したら「やろう」ということになったんです。企画は大成功で、サービスの認知も飛躍的に向上したんじゃないかと思ってます。そこでちょっと満足してしまったんですよね、また。

大柴:満足しちゃったのかぁ(笑)。

露木:はい。次にどうしようかなと考えた結果「めちゃくちゃ伸びてる注目のスタートアップに行こう」と思ってGunosyに行くことにしました。Gunosyでは半年ほどインターンをさせてもらいました。新卒採用の企画などを中心にやっていました。

大柴:Gunosyはどうでしたか?

露木:めちゃくちゃ勉強になりました。急成長している会社というのはこういうものなのかを実感することもできましたし、得るものが多かったです。あと、みんなすごく優しいんですよ。みんなが声をかけてくれるし、ご飯などもみんなでよく行きましたし、コミュニケーションが円滑な組織でした。この一体感が成長に繋がってるんだなぁと思いました。

大柴:なるほど。半年のGunosyでのインターンを終えた後は?

露木:留学しました。フィラデルフィアに半年。その前にリクルートでサマーインターンをしたんです。Gunosyにいる時ですね。リクルートのサマーインターンではチームにわかれてビジネスプランを練ってコンテストするってのがあるんですが、それで優勝してしまったんです。

大柴:おぉ凄い。

露木:優勝すると賞品というかご褒美というか、シリコンバレーツアーをさせてくれるんです。フィラデルフィアにいる間にそのツアーがあって参加したんですが、もう凄い衝撃で。フィラデルフィアにいてもしょうがないなと感じてすぐに帰国しました。

大柴:シリコンバレーの何が衝撃的だったんですか?

露木:そこにいる人が圧倒的に優れてるんです。本質的だし、ドラスティックに行動でき、かつウェットな部分もあったりして。コミュニケーション能力も圧倒的だし、尖った能力を尊重する空気など全てが衝撃的すぎました。

大柴:なるほど。それで帰国して。

露木:帰国してエウレカでインターンをしました。エウレカの赤坂さん(エウレカ取締役顧問)にはとてもかわいがってもらい、よくご飯にも連れてってもらいました。その席でシリコンバレーでの衝撃や自分の想いなどを話してみたところ「だったら起業しなよ。すぐに起業しなよ」とアドバイスをもらいました。

大柴:ふむふむ。

露木:赤坂さんからのアドバイスを受けて自分なりに考えてみたんです。人と違っても受け入れられる社会を作りたいなと思ってて、その考えのもとで起業するとなると『JEEK』っぽいサービスを作りそうだなって思ったんです。自分が成長するきっかけをくれたのは『JEEK』であり、今自分が起業して『JEEK』っぽいものを作るのは恩義に反するなぁと。それにもし仮にゼロからサービス作ったとしても『JEEK』規模にするには時間がかかる。ユーザーにいち早く価値を提供していきたいので、それだったら『JEEK』をもう一度やろう、やらせてもらおう、という決断に至りました。

大柴:なるほど。そういう経緯だったんですね。

露木:それで磯辺さんに相談した結果「やってみなよ」となり、復帰することになりました。磯辺さんは主力事業でも思い切って任せてくれる。「任せ力」が凄いなと思います。

大柴:なるほど。

露木:『JEEK』はインターンだけでなく、もっと広い価値を提供できると思っています。これからはそこに注力して『JEEK』を成長させていければと思っています。

大柴:これまでいろんな会社でインターンしたり、界隈の人達とコミュニケーションをとってきたと思いますが、「こういう人みたいになりたいな」という人はいましたか?

露木:そうですね…赤坂さんや古俣さん(ピクスタ代表取締役社長)は人と向き合って話すのが上手いなぁと思いました。自分も学生やスタッフなどとちゃんと向き合って話していきたいなと思います。あと須田さん(弁護士ドットコム監査役など)みたいにスタートアップを手助けしたり、下の世代にアドバイスしたりできるような人間になりたいなと思います。そのためにはまずは自分が結果を出していかないとダメなので、まずは頑張っていきます。

大柴:なるほど。ありがとうございました。これからも頑張ってください!

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技術の力でもう一段上のコミュニティ創りへーー隠れたキーマンを調べるお・KDDIグループ入りした「ママリ」島田氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 先日KDDI傘下のSyn.ホールディングスの連結子会社となったことを発表したConnehito。生活応援サイト「ママリ」等を運営する同社を創業以来、代表の大湯俊介氏と…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

先日KDDI傘下のSyn.ホールディングスの連結子会社となったことを発表したConnehito。生活応援サイト「ママリ」等を運営する同社を創業以来、代表の大湯俊介氏と二人三脚で成長させてきた「隠れたキーマン」取締役CTOの島田達朗氏にお話を伺ってきました。

大柴:昨日の発表(※編集部注:6月16日)ビックリしました。全然知らなくて「明日行くじゃん!」って一人で盛り上がってました。その話は後ほど聞くとして、今日はよろしくお願いします。

島田:お願いします。「調べるお」ずっと見てたので嬉しいです。

大柴:ありがとうございます(笑)。島田さんは今おいくつなんですか?

島田:27歳です。今年28歳になります。大湯と同じ歳です。

大柴:そうなんですね。大学も同じ?

島田:はい。でも学部も違うし、面識も無かったんです。

大柴:へぇ、そうなんですね。ではどこで大湯さんと出会ったんですか?

島田:共通の友人がいまして、その友人に「面白い人がいたら紹介して」って言っていたんです。大湯も同じことをその友人に頼んでいたようで、それで会うことに。

connehitoがサービス運営するママリ

大柴:なるほど。で、会ってみてどうでした?

島田:変な奴だなって(笑)。大湯は大学卒業をずらしてアメリカに留学してたんです。アメリカに留学して、そこでインターンしてたと言うんです。相当意識高い奴だなぁって(笑)。

大柴:(笑)

島田:でも興味深い人だなって思って、その後も定期的に会って話したりしました。面白いし、何より真面目。自分も真面目な方だと思うのですが、その辺でも「合う」気がしました。良いディスカッションできる相手だなって感じました。

大柴:それで「一緒に起業しよう!」みたいな感じに?

島田:そうですね。大湯は「新しいチャレンジをしたい」と思ってた時期で、自分は「事業の立ち上げをしたい」って思って。前に事業をゼロから作った経験があったので、もう一度やりたいなって。

大柴:経験があったのですか?

島田:はい。大学3年くらいの時にSansanで1年間インターンしてたんです。その時に『eight』を作ったんです。社長のアイデアを元に3人で。自分は資料作成したり、テストコード書いたり。8card.netというドメインは自分が取得しました(笑)。

大柴:そうなんですか!へー、知らなかった。

島田:プログラムを本格的に始めたのはその頃です。「とりあえず動く」ものを作るところから始めました。大湯と会社を始めるにあたっても大湯はプログラム書けなかったので「自分がやるしかないな」と。

写真左から:16日にKDDIグループ入りを発表した島田氏と大湯氏

大柴:その後の会社の紆余曲折、事業転換からの『ママリ』の成長、そしてKDDIグループ入り。その辺についてはBRIDGEの記事を見てもらうとして、ここでは割愛しましょう。ところでオフィスは移転されるんですか?

島田:いや、このままですね。「人の生活になくてはならないものをつくる」というミッションの下、これまで以上にサービスを良くしていく。これまでもこれからも変わりはありません。昨日大湯から社内に今回の件の発表があったとき、発表あった瞬間は拍手とかあって盛り上がったんですが、直後にはいつもの風景が広がっていました。通常の業務をみんなが粛々とやっている光景。

大柴:いいですね、そういうの。

島田:きっとKDDIもそういうとこを期待してると思います。僕達プロダクトが好きなので。

大柴:きっとそうだと思います。ところで島田さんのプロダクトを創るモチベーションってどんなところから湧いてくるんですか?

島田:子供の頃、「何で」をずっと聞いていたんです。ある日、先生が「自分で調べてみなさい」って言うので、図鑑などを調べてみたり。図書館にもよく行きました。でも図書館が家から少し遠くて。そんな時に兄の希望で家にパソコンがやってきたんです。ダイアルアップで接続されたインターネットの世界。検索窓に「何で」を打ち込むとすぐに回答が出てくる。「これは凄い!」と感動しました。

大柴:なるほど。世界が一気に広がったわけですね。

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島田:自分はインターネットのおかげで成長できたと思うし、今度は自分達がインターネットを使って多くの人達に感動を届けたいと思ってます。そのためにこれからもプロダクトを磨いていきたいと考えてます。

大柴:島田さんはCTOとして技術を、大湯さんがビジネスを、といった感じの分担ですか?

島田:ざっくり言うとそんな感じです。でも最近は大湯が外部とのやりとりが増えてきているので、自分が社内のコミュニケーションを担ってる部分が多くなっています。大湯が手が回っていない部分を見るのが自分の役目かなと。

大柴:なるほど。

島田:僕、全従業員の日報にコメントをしてるんです。イベントで地方に出かけた時もかかさず毎日やっています。日報読んでるとその人の変化を感じることができるんです。良い変化も悪い変化も。そこを見逃さないように日報に目を通し、コメントするようにしています。

大柴:僕も昔日報にコメントしてた時期もあったんですが、自分の部門だけでも結構大変だったんですが、全従業員の日報にコメントするって凄いですね。

島田:コーディングも重要ですが、こういう役割も重要だと思ってます。

大柴:なんか社内から反響あります?

島田:そうですね。ウチでは「THANKS CARD」というのがあって、小さなことでも嬉しかったことなどをカードに書いて投稿する取り組みがあるんですが、そこでたまに「いつもコメント有難うございます!」と感謝の言葉をもらったりします。やっぱり嬉しいですね。

大柴:良い制度ですね。この制度もそうだし、日報にコメントしたりと社風を表してる感じがしますね。最後に今後の展望などを。

島田:そうですね。今後はテクノロジーでコミュニティをもっと居心地の良い場所にしたいと思っています。

大柴:ほう。それは具体的に言うとどういうことですか?

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島田:うちは『ママリQ』という コミュニティQ&Aサービスを運営してるのですが、その中でユーザーが出会うコンテンツをシステムで工夫してるんですね。例えば、同じ妊婦さんでも、初めて妊娠された妊婦さんと既に2人子育てを経験された妊婦さんでは求めるコンテンツが違うじゃないですか。

大柴:なるほど。確かに全然違いますね。

島田:そうなんです。ユーザーとコンテンツの適切なマッチングが行われれば、 ユーザーがもっと楽しく使ってくれるので、今後はさらにそこに注力したいですね。自分は自然言語処理や機械学習が好きで、大学でもそれを学んでたんです。技術の力で、今よりももう一段階上のコミュニティ創りをしたいですね。

大柴:なるほどー。では今後は自然言語処理に詳しいエンジニアも募集していくんですかね?

島田:そうですね。もちろん自然言語処理に詳しい方はウェルカムなのですが、それに加えてサービスを創ることが好きな方だと嬉しいですね。欲を言えばですが(笑)。

大柴:なるほど(笑)。今日はありがとうございました!

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名古屋からもチャレンジが増えて欲しいーー隠れたキーマンを調べるお・クラウド請求「Misoca」奥村氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 周囲のスタートアップでの利用も多いクラウド請求管理サービス「Misoca」。その「Misoca」を運営している名古屋のスタートアップがMisocaです。今年会計ソフト…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

周囲のスタートアップでの利用も多いクラウド請求管理サービス「Misoca」。その「Misoca」を運営している名古屋のスタートアップがMisocaです。今年会計ソフト大手の弥生の子会社化になったというニュースがあり、話題になりました。そんなMisoca社でM&Aの窓口などを担当した執行役員の奥村健太氏にお話を伺ってきました。

大柴:名古屋までやって参りました。今日はMisoca執行役員の奥村さんにお話を伺いたいと思います。よろしくお願いします。

奥村:よろしくお願いします。

大柴:いきなりですが、先日Misocaは弥生の子会社となりました。そこからまずはお聞きしたいなと。

奥村:はい。去年2015年夏くらいから資金調達をしようと動きだしていました。RISING EXPOに出たりしたのもその一貫です。

大柴:RISING EXPO、見に行ってました。賞貰ってましたよね。

奥村:「Google賞」と「SMBC日興証券賞」を受賞しました。そんなこともありいくつかのお話をいただいたりしてました。資金調達だけでなく、資本提携や場合によってはM&Aなど幅広い選択肢を持とうと思っていました。そんな中、サービス連携をしていた弥生とも話をしてたんです。最初は普通に業界についての情報交換という感じで話していました。その頃から互いの目指す方向性が似ているなとは感じていました。

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大柴:なるほど。

奥村:いくつかの資金調達の話も進めるうちに、弥生とのやりとりも、単なるサービス連携の打ち合わせから、資本提携やM&Aなども見据えた話になっていました。

そこで、社内で話しあったんです。自分たちはどうしたいのかを。そこでやはり自分たちは「Misocaというプロダクトを伸ばしたい」「ミッションを実現したい」という気持ちが強いことを改めて認識しました。弥生の岡本(浩一郎)社長とも話して、自分たちのミッションと弥生のミッションが合致することを改めて感じ、また自分たちの弱みを弥生と組むことによって解決し、Misocaをもっともっと早く広めることができるのではないかと思いました。それで今回の決断をするに至ったというわけです。

大柴:なるほど。奥村さんはMisoca側の窓口としてもろもろの交渉をされた感じですかね。

奥村:そうですね。それが一番良いのではないかと思い、引受けて調整しました。

大柴:奥村さんはいつMisocaに入られたのですか?

奥村:2014年です。その前は名古屋の会計事務所で働いていました。京都大学時代にベンチャーみたいのをやってたんです。休学して真剣にやっていたのですが、このままでも上手くいかないなぁと感じ、大学卒業後はいろいろな仕事にチャレンジしました。27歳の時に名古屋に戻り、会計事務所に入りました。

大柴:会計事務所に入った理由は何かあるのでしょうか?

奥村:ベンチャービジネスにはずっと興味あったのですが、自分自身の力不足を感じることもあり、バックオフィス業務を中心に会社運営全般に関して網羅的に勉強しようと。あとは中小企業をたくさん見てみたいという願いもあり、その2点で会計事務所を選びました。

大柴:なるほど。何年くらいそこにはいらしたのですか?

奥村:3年くらいです。Misoca創業者の豊吉(隆一郎氏、代表取締役)と松本(哲氏、取締役)に最初に会ったのは会計事務所にいた時なんです。もう4年前くらいだと思います。

大柴:そうなんですね!

奥村:Misocaをリリースした直後くらいだったと思うのですが、2人がいろんな会計事務所にヒアリングに回っていたんです。たまたま当時働いていた事務所にもヒアリングに2人がやってきて。最初自分は出席する予定ではなかったのですが、なんか面白そうなので同席したんです。

大柴:(笑

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奥村:彼らからサービスを見せてもらって「幅広い経理業務の一部だけが便利になっても、利用者はそれほど嬉しくないですよ」とかなり辛辣な意見を言ったみたいなんですよ。自分はあまり覚えてないのですが、彼らは「すごく酷評されたので印象に残ってる」と言ってました(笑。

大柴:豊吉さんも松本さんも相当ヘコんだんでしょうね(笑。

奥村:そうですね…。それから2年くらい経ってそろそろ自分も何か新たなチャレンジをしようと思い始めてました。その頃Misocaは最初の資金調達を終えていて、サービスを伸ばしていっていました。名古屋にスタートアップは少ないし、久しぶりに話を聞きたいなと思ってたら、ちょうど人員募集してたので会いに行ってみたんです。

大柴:なるほど。Misocaのお二人としては「あの時の!」って思ったかもしれませんね。

奥村:そうですね(笑。まぁそれで豊吉とも話してみて、ビジョンがしっかりしてるなぁと感じました。何のために取り組んでいるのかや、仕事と人生のバランスなど共感できることが多かったんです。経営者としての懐がかなり深いことを実感しました。松本とのバランスもすごく良くて。それでMisocaで一緒にやることに決めました。

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クラウド請求書サービス「MISOCA」

大柴:その時は何人くらいのチームだったのですか?

奥村:チームとしては5、6人くらいでしたね。フルタイムの社員としては事実上1人目みたいな感じでした。自分以外は全員エンジニアで、雑談もほとんどが技術の話。たまにみんなで笑ってるんですけど、自分には何が面白いのかわからない。そんな状況でした。実際入社時には「奥村さんもプログラミングをやって欲しい」って言われてました。

大柴:そうなんですね。

奥村:はい。僕も工学部でしたのでプログラムの基本的なことは知っていましたが、開発に関わること以外の業務も増えていきそうでしたので、そっちを豊吉などから巻き取っていきました。バックオフィス的な業務は全て担当しました。途中で社名変更もあったので、そのあたりとかも。意外と社名変更に関するタスクって多いんですよね。

大柴:そうですよね。

奥村:あとは電話ですね。豊吉も松本も他のメンバーも基本的に電話が苦手で。なので自然と電話担当になりました。電話するだけで尊敬してもらえるので得な職場だなと思いました。

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大柴:わかります。僕も電話嫌です(笑。少し話を変えて豊吉さん、松本さんという二人の創業者についてお伺いさせてください。入社時の話をお伺いしましたが、豊吉さんの印象って入社後に変わったところとかありますか?

奥村:今も全く変わらないですね。ビジョンを信じてやり続ける。それは変わりません。人生における仕事の位置づけと言いますか、そういう部分が非常に共感できます。印象が変わった部分というか、先ほどお話したRISING EXPOの時ですが、出場すると決まってからの豊吉はめちゃくちゃプレゼンの練習をしていました。そして壇上でプレゼンする豊吉を見て「さすがだな」って思いました。基本的に外とのコミュニケーションは苦手だと本人も言ってはいますが、やるときはやるんですよね。その点で期待を裏切られたことはないです。

大柴:なるほど。松本さんは?

奥村:彼もやはりブレない人ですね。豊吉とのコンビは絶妙だと思います。意見はもちろん言いますが、最後は豊吉の意見を尊重する。物事を前に進めることを重視してるんですよね。そういう関係性です。豊吉と松本がMisoca起業前から名古屋でエンジニア向けの勉強会などをやっていたおかげで、初期の採用は上手くいきました。松本は今でもいろんな勉強会を企画して運営してるので、引き続き信頼してお任せしています。

大柴:なるほど。ありがとうございます。では最後に奥村さんの今後の展開をお聞かせください。

奥村:M&Aを終えて一息ついた感も正直あったのですが、やっぱりMisocaはまだまだ不完全でやることは多い。経理作業の現場レベルでもっと使いやすいサービスに変えていきたいし、弥生とのシナジーを活かしてもっとサービスを広めていき、ビジョンを達成できるように頑張っていきたいです。

大柴:道半ばですね。

奥村:はい。そうですね。あとは名古屋にUターンで戻ってきたし、名古屋で腰を据えて頑張りたいです。名古屋で生まれたアイデアを名古屋で実現し、世の中に影響を与えるようなサービスを作り出す。それができるような環境を作っていきたいです。名古屋はスタートアップが少ないと言われていますが、豊吉や松本、僕にも出来たので、名古屋でももっと多くのチャレンジが増えてくるといいですね。

大柴:なるほど。いろいろお話伺えました。ありがとうございました!

 

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起業するなんて考えたこともない人生でした(笑)ーー隠れたキーマンを調べるお・エウレカ西川さんインタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 マッチングアプリ「pairs」、カップル専用アプリ「Couples」などで知られるエウレカ。昨年にはニューヨークを拠点とするIAC(Inter Active Corp…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

マッチングアプリ「pairs」、カップル専用アプリ「Couples」などで知られるエウレカ。昨年にはニューヨークを拠点とするIAC(Inter Active Corp)にM&Aされたというニュースはとても話題になりました。そんなエウレカを代表の赤坂優氏とともに創業より牽引してきた共同創業者で取締役の西川順さんにインタビューしました。

大柴:昨年末の「No.2サミット」というイベントを見に行きまして、そこに西川さんが登壇されていて。不勉強でそれまで西川さんの事をあまり存じ上げてなかったのですが、そこでの西川さんのお話を聞いていて「すげー」って衝撃を受け、ぜひ「隠れたキーマン」でもお話を伺いたいなと思い、今日に至りました。よろしくお願いします。

西川:ありがとうございます、よろしくお願いします。

大柴:プロフィールを拝見させていただいたのですが、西川さんは以前取材記者をされていたと。元プロの方なので、今日は若干緊張しております・・・。

西川:いや、もうだいぶ昔なんで。大丈夫ですよ(笑)。

大柴:それではまずは、記者をされていた頃のお話を伺えればと。

西川:はい。大学の頃は「何かを発信する仕事」をしたいと思っていて、安易ですが書籍の編集やライターに興味を持ち、その中でテレビ誌の取材記者の仕事につきました。テレビや芸能人に興味があった訳ではないんですが、「モノや人を取材して、書く」ということのトレーニングにはちょうど良いなと。

大柴:なるほど。

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西川:基本的にテレビ局内やスタジオでの取材が多かったんですが、ロケに同行して取材することもありましたね。

大柴:ロケにも行かれたんですね。

西川:はい、ロケが押して寒空の下、外で3時間待ちとかもありました(笑)。しばらくその仕事をしていたのですが、当時インターネット業界が盛り上がり始めていて、この業界面白そうだな、と感じてネット業界に転職しました。2000年くらいの話ですね。

大柴:どんな会社に入られたのですか?

西川:英語圏のカルチャーや英語学習のポータルサイトを運営している会社です。外資系でとても厳しく、仕事ができないとクビになってしまうんです。周りの人達もどんどんクビになっていったんですが、私は運良く残ることができました。めちゃくちゃ忙しくて、厳しかったのですが、その分鍛えられました。その会社ではサイトのプロデューサーというポジションだったんですが、デザインもコーディングも、取材も記事執筆も編集も企画も、はたまた採用や社員教育まで、本当に何でもやりました。

大柴:なるほど。

西川:3年半くらい勤めて、そろそろ英語業界以外をターゲットにしたサービスもプロデュースしたい、と思いまして、その会社を卒業することにしました。英語業界って狭いので、もっと広い視野を持ちたかったんです。

大柴:次はどちらの会社に行かれたのですか?

西川:オールアバウトです。その後サイバーエージェントに転職しました。サイバーではポイントサイトのプロデューサーをしていました。

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大柴:あの頃のサイバーのポイント事業ってグラスシティにオフィスあった頃ですかね?

西川:あ、そうですそうです。懐かしいですね!

大柴:そしてサイバーの後がイマージュ・ネットですかね。

西川:はい、そうです。これまでメディア事業、広告事業、ポイント事業とやってきて、結構いろんな事業を知ることができました。ただECはまだやったことないなって思ってて。当時ZOZOTOWNが伸び始めてきた頃で、ネットで物を売る、というのに単純に興味が湧いて。そんな時に当時のイマージュ・ネットの社長に会い、その場でオファーをもらいまして転職することに決めました。

大柴:なるほど。

西川:あ、そうだ。この時か、その前の転職の際か忘れたんですが、ミクシィも受けて、落ちたんですよ。で、去年、ミクシィの笠原(ミクシィ取締役会長)さんに、赤坂と一緒にお会いする機会があり、この話をしたら、赤坂も「実は僕も新卒でミクシィ受けたけど落ちた」って言い出して(笑)。偶然2人ともミクシィに落ちた経験を持っていたことが判明しました。

大柴:(笑)。笠原さんは何て仰ってました?

西川:「え、本当ですか…」って(笑)。

大柴:ウケますね(笑)。ところで、イマージュ・ネットではどんなことをされていたのですか?

西川:一通りのECサイトの運営や特集企画などやってました。そのあとは、新規のECサイト立ち上げを2つくらい。その後、入社して2年後くらいに経営陣から広告事業部のマネージャーをやってくれ、と言われたんですが、その部署に赤坂がいたんです。

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大柴:赤坂さんのことは以前から知っていたんですか?

西川:同じ社内なので顔と名前は知ってるくらい。社内の飲み会などでちょっと話す程度でした。当時の赤坂は今と違って痩せていて、一見イケメンで、チャラそうで生意気な若者という印象でした。「きっとめんどくさい奴なんだろうな、あんまり近寄らないでおこう」って思ってました(笑)。

大柴:(笑)。

西川:ただ同じ部署になって、私の部下として仕事することになったんですが、めちゃくちゃ仕事ができるんですよ。目標達成能力が高く、ビジネスで勝つために重要だと思うことは、相手のレイヤー関係なく自分の考えをしっかり伝える。優秀な部下というより、実質は裏の上司でしたね。

大柴:すごい。

西川:でもすぐに周りと衝突するんです。気に入らない会社の社長さんに失礼な態度を取ったり(笑)。

大柴:若いし、尖ってたんですね(笑)。

西川:そんなある日、一緒に仕事をし始めて1年位かな、赤坂が「転職する」って言ってきたんです。話を聞いてみると「起業したいけど、資金が無いので、しばらく給料の良い外資系の保険会社に転職して、そこで資金を貯めてから起業しようと思ってる」と。それを聞いて「保険売って起業に役立つの?そんなの時間の無駄だから、もう起業する準備し始めたほうがいいんじゃない?」って言ったんです。

大柴:へぇ。

西川:そしたら赤坂が「じゃあ、西川さんも一緒にやりましょうよ」って誘ってきて。赤坂の優秀さは知っていたし、自分との補完性も高いと感じてた。赤坂と一緒にやれば成功するだろうなと思い、その場で「わかった、一緒にやろう」と返事をしました。今思うと、すごいノリですね、私、まったく起業するなんて考えたこともない人生を送ってたのに(笑)。

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大柴:なるほど。そしてついにエウレカを設立。

西川:登記自体はサラリーマン時代の2008年にやっていたのですが、実際に事業を開始したのが2009年11月でです。恵比寿のシェアオフィスで。当初はイマージュ・ネット時代にやっていた広告事業の請け負いが主事業で、そのモデルを横展することで事業を拡大させて、その後、バズマーケティングもやって売り上げを伸ばしていきました。その辺りから少しずつ、大学生のエンジニアやデザイナーのインターンを採用し、「サービスを作る」という地盤ができた感じです。

2011年くらいに、赤坂が突然iPhoneアプリ開発の仕事を受注しちゃって、そこからアプリの受託開発事業が始まり、開発だけでなくサービス企画やプロモーションなどの知識もたまっていったんです。それで「そろそろ自社サービスやるタイミングだね」って話になり、その中で産まれたのが「pairs」です。

大柴:先ほど赤坂さんについては少し伺いましたが、赤坂さんをずっと見てきて変化したことなどありますか?

西川:経営者になって、死ぬほど働いて、いろいろ経験して、とても成長したと思います。さっき「周囲とすぐに衝突していた」って言ったんですが、今はそんなことなくて、良い意味で子供っぽさは残したまま、とても大人になったと感じます。

イマージュの頃から「敵を作っても意味ないよ」と言い続けてはいたんですが、会社を経営していく中で自分で気づいて改善されました。会社を守るためには、個人的感情によって損するのは良くないということを理解したと思います。尖った所は今でもまったく無くなってないですが、アウトプットの仕方が変わりましたね。

大柴:なるほど。

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西川:あとは赤坂をサービスプロデューサーとしてとても尊敬しています。ものすごい細かいところに気づくことが彼はできるんです。それこそ1pxのズレも気になって改善させるし、ユーザビリティが悪い導線の機能を見たら「ユーザーのこと考えてるのか」と激怒する。私もかなり細かいほうなんですが、赤坂には敵わないので、そういうところはすごいなぁって思います。感性が繊細なんですよね。

大柴:なるほど。最近では取締役も増えましたし、2人体制とはまた違った良さが出てきそうですね。

西川:経営チームが増えるのはおもしろいし、より組織が強固になるなと感じています。今、赤坂、西川に加え、CTO&COOの石橋と、CSOの中村の計4人なんですが、みんな違うタイプで、それぞれの強みを発揮して超戦略的なチームにしていきたいですね。

大柴:最後に西川さんの今後の展望などをお伺いできれば。

西川:会社としても個人としても海外に出ていかないといけないと強く思っています。先日もシンガポールの大学院で一週間勉強してきたんです。日本企業は、改めて海外、特にアジアに戦略的に出ていかないといけないと思いましたし、タイミングを逃さないようにしないと、と。そうしないと企業も個人も生き残れないと感じました。当面はそんな感じでしょうか。

大柴:なるほど。今日は貴重なお話ありがとうございました!

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