井口尊仁氏インタビュー:オーディオソーシャル参入から4年、さらに進化を遂げた「Dabel」はユーザ10万人達成を目指し爆走中

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井口尊仁氏。井口氏自宅近くの京都・法然院にて。
Image credit: Masaru Ikeda

井口尊仁氏が手掛けてきたプロダクトやサービスは、すでに終了したものも含めるとかなりの数になるため、それらを最初から遡ることはしないが、この4年間、彼は声を使ったサービス、オーディオソーシャルという領域にフォーカスしてきた。2016年の「baby(ベイビー)」を皮切りに、翌年にはそれの進化系「Ball(ボール)」が誕生。さらにピボットを重ね、アメリカで「Dabel(ダベル)」をローンチしたのは昨年1月末のことだ(当初の名前は「ear.ly(イアーリー)」。

以前からサンフランシスコと京都の2つの都市を拠点に活動するデュアラーである井口氏だが、新型コロナウイルスの拡大以降は海外渡航の手段が閉ざされ、ほぼ京都に留まっての活動を余儀なくされている。ただ、それが Dabel にとって向かい風かと思いきや、むしろ成長は堅調の様子。ローンチから1年半を経て、現在、100日以内にユーザ数10万人達成キャンペーンの真っ最中だ。Dabel の何がそんなに人を惹きつけるのか。先週、大阪に帰省していた筆者は、井口氏を京都に訪ね話を聞いた。

新しい友人(ニューフレンド)を発見するツールとしてのオーディオソーシャル

「Dabel」
Image credit: Doki Doki

Dabel を形容するのに最適な言葉を見つけるのは難しい。言うまでもなく、そのアプリ名は日本語の「駄弁る」という言葉に由来するが、井口氏自身は「井戸端会議のためのアプリ」と紹介していて、筆者にとっては誰もが「DJ になって、AM ラジオのトーク番組ができるアプリ」といった印象を受ける。「Voicy」や「Radiotalk」や「stand.fm」に一見似ているが、番組ホストが承認すればリスナーがトークに参加し掛け合いができる。

アメリカで人気に火がつき始めたのは、昨年5月くらいから。視覚障害者用コミュニティサイト「AppleVis」が取り上げてくれたのがきっかけだ。そこで6月くらいからボイスオーバー機能(視覚障害者用のアシスト機能で、iOS アプリ内のメニューやボタン、画面上のテキストなどをタップすると読み上げてくれる機能)に力を入れたところ、彼らがニューフレンドを見つけるためのツールとして積極的に使ってくれるようになった。

日本では今年3月に入り、MIKKE の井上拓美氏が始めた「オ茶(お茶に誘う感覚で実際お茶しながら語り合うオンラインミートアップ)」や、アパレルメーカー「オールユアーズ」の木村昌史氏といった人たちが使い始めてくれて、そこから流行り始めた。日本人ユーザに特徴的なのは、多動的でとんがった人が多いこと。エネルギーがあって発散する場所を求めてきた人たちなので、コンテンツが面白い。タイムシフトでも聴けるが、リスナーの9割はライブで参加している。(井口氏)

そして、これこそがオーディオソーシャルの最大のメリットだろうが、Dabel は話すホスト側も、聴くリスナー側も AirPods を使うことが推奨されているが、そうすることで、ほぼ場所を選ばずに番組を配信・聴取することができる。YouTuber のように映像を撮るためにスマホを三脚にセットしたり、自撮り棒を構えたりする必要も無い。実際に筆者の友人は、Dabel を使って物理的に異なる場所から女友達3人で午後のティートークを繰り広げ、別の機会には寿司屋のカウンターから握りを食べながら番組を放送していた。

個人的な意見ではあるが、音質がよく臨場感に富んでいるのは Dabel の特徴の一つだと思う。前出の彼女が板前とやりとりしている音声は、あたかもリスナーである自分も寿司屋のカウンターに同席しているような錯覚さえ覚えた。さほど大きな声を出さなくていいので周囲に迷惑もかけにくいし、音声のディレイが最小化されていることから、ホストがリスナーの参加を許可した際の音声による掛け合いもストレスなく楽しむことができる。

新型コロナウイルスが明らかにした残酷な真実

筆者が最近好んで話すことの一つに、「新型コロナウイルスで失われたものは、セレンディピティかもしれない」というくだりがある。テックカンファレンスの多くがオンライン化されるなか、話したい相手を特定してコミュニケーションするのとは対照的に、たまたまパーティーで出会った誰かと親密な関係を築くことになるかもしれない「偶然の出会い」はオンラインでの再現が難しい。我々の現在の人間関係の多くは偶然の賜物であり、テックコミュニティの醸成にそうした不確実さが不可欠であることは、Paul Graham 氏も説いている。

しかし、ここで新たな気付きが得られる。Dabel はそんな現在の世の中に一筋の光明を与えてくれるかもしれない。

Dabel をやっていて、世界中でパンデミックが起きて、そうして明らかになった残酷な真実がある。

パンデミック以前、我々は知り合い、家族、友人、パートナーとよく雑談していた。でも、パンデミックで会えなくなった。そして、人々は Dabel を使ってニューフレンドを見つけるようになった。ここでわかったことは「結局、雑談の相手は誰でもよかった」ということ。(井口氏)

元来、コミュニティは人が自分が身を置く物理的環境に依存していることが多かった。インターネットやモバイルの出現により、この物理的制約はある程度取り除かれていたが、新型コロナの感染拡大により移動の自由が奪われたことが拍車をかけ、人々は自分が話したいと思う相手と話をし始めたのだ。その相手は会ったことがない人かもしれないし、地球の真裏に住んでいる人かもしれない。物理的環境や既存の人間関係に依存せず、共通の関心事を頼りに語りあう体験は、5月にβローンチした「Talkstand」にも似ている。

世界が追いついてきた「オーディオソーシャル」のトレンドと課題

今年2月、京都 MTRL で開催された「Ten Thousand Eight Hundred Forty One」ローンチイベントで話す井口氏
Image credit: Masahiro Noguchi

今年5月、シリコンバレーに本拠を置きオーディオソーシャルアプリを開発するスタートアップ Clubhouse は、創業から2ヶ月にして1億米ドルのバリュエーションをつけ、シリーズ A ラウンドで Andreesen Horowitz から1,000万米ドルを調達した。Clubhouse は今、シリコンバレーで最も勢いのあるスタートアップと言える。この出来事はオーディオソーシャルが一定の評価を市場から得た快挙と言え、おそらく遠くない将来、資金調達を実施する Doki Doki(Dabel を運営する井口氏のスタートアップ)にとっても追い風になるだろう(ちなみに、Doki Doki は2016年初め、Skyland Ventures、サイバーエージェント・ベンチャーズ、梅田スタートアップファンドから4,000万円、2017年2月、プレシードラウンドで京都大学イノベーションキャピタルから5,000万円を調達)。

もっとも、オーディオソーシャルは新しい分野だけに良いことづくめではない。先頃アメリカでは、ベンチャーキャピタリストらが Clubhouse 上で交わしたクローズドな議論で「シリコンバレーのジャーナリストらが力を持ち過ぎている」と批判した内容が外部流出し波紋を呼んでいる。部屋の隅っこでのヒソヒソ話が、テクノロジーを介したことで公衆の面前に晒されるリスクは常に付きまとう。くだんの応酬は女性差別や人種問題などにも及んでおり、先行きは不透明だ。井口氏もまた、Clubhouse での一件を〝他山の石〟と捉えている。

オーディオソーシャルは、intimate な(親密性の高い)メディア形態。エモーションとかパッションとかを載せやすい反面、俗人的な情報など共有するとセンシティブな内容を含みやすいことも事実。これは諸刃の刃で、Clubhouse の今回のケースは、悪い方のパターンが出てしまったケースだ。

Dabel では、ban console(規約違反を冒したユーザの排除管理)なども機能改善しているが、それでも今後、炎上案件は出てくる可能性はある。でも、一概に悪いことばかりではない。新しいメディアだから炎上するリスクは常にあるけれど、Dabel は安全安心なプラットフォームを目指して攻めに転じ、ここからスケールアウトしたい。(井口氏)

現在4万人いる Dabel ユーザのうち女性は約3割、また全体の67%をアメリカ人、10%を日本人が占めているなど、日本のスタートアップが作り上げたサービスとしてはダイバーシティに富んだデモグラフィックを誇る。アプリ上で会話に参加した人ののべ参加回数は55万回、また、アプリでの1回あたりの平均滞留時間も57分程度と Facebook のそれよりもはるかに長い。

ユーザエンゲージメント力の高さから注目を集めるオーディオソーシャル。井口氏は、この新しい分野をグローバルに席巻したいと意気込みに力を込めた。

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