中国のネット巨人Tencent(騰訊)本社を訪ねて〜プロジェクト責任者が語る、WeChat(微信)金融の今後と、アプリストア巻き返しの秘策

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中国のインターネット企業の多くが北京に本社を構えているのかと思いきや、実はそうではない。Alibaba(阿里巴巴)はアジアのベニスと言われる杭州に、ゲーム大手の Shanda(盛大遊戯、NASDAQ:GAME)は上海に、そして、深圳には、この国のネット巨人 Tencent(騰訊)の本社がある。

3月18日からの3日間、筆者は Infinity Venture Partners(以下、IVP と略す)が開催した LP Summit に帯同して中国・深圳を訪問した。ハードウェア・スタートアップ・インキュベータ HAXLR8R を取り上げたシリーズ前回に引き続き、本稿では Tencent 本社(騰訊総部)への訪問を取り上げる。

Tencent の本社は、深圳市西部のサイエンス・テクノロジーパークにある、高さ150メートル37階建のビルで、その高さゆえオフィス玄関からは全貌をカメラのフレームに収めるのさえ難しい。さらに恐るべきことに、Tencent は既にこのビルでは手狭になっていて、深圳市内の海寄りのエリアに、55階建て2塔からなる新しいビルを建築中だ。新社屋は2016年に完成予定で、1.2万人の社員がここで働くことになる。アメリカ・シアトルの Amazon 本社を担当した NBBJ が設計しているということなので、その出来映えには期待していいだろう。

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2016年完成予定の、Tencent 新社屋の模型

受付を済ませ 2F の展示コーナーに上がると、QQ メッセンジャーのリアルタイムのオンラインアクセス数がモニターに表示されていた。訪問したのは平日の朝だったが、中国全土から1.7億人以上がアクセスしていた。もっともオンラインになっている全員が常にメッセージをやりとりしているわけではないが、これまでの最高同時アクセス数が2億人前後であることを考えれば、サインアップしたユーザのうち8割以上がデイリー・アクティブなのだと推測できる。

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QQ のリアルタイムのアクセス数モニタ。平日の朝でも、1.7億人以上がオンラインに。

展示コーナーの傍らには、「Ubox(友宝)」が設置されていた。Ubox は、AliPay(支付宝)/Weibo(新浪微博)連携、または TenPay(財付通)/QQ を使って、現金が無くてもモノが買える自販機だ。日本では電子マネーを搭載した自販機が各所に見られるようになっているが、中国ではこの役割を Weibo や QQ が媒介となって果たすのかもしれない。

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〈参考記事〉

Tencent が目指す、個人金融サービスの行方

3月上旬、Tencent と Alibaba はそれぞれ、WeChat(微信)/ AliPay Wallet(支付宝銭包)と連携する、バーチャル・クレジットカード発行の開始を発表した。WeChat や AliPay Wallet は、Didi Dache(嘀嘀打車)などのタクシー配車サービス小売店舗の利用時の料金支払に使えるようになっており、バーチャル・クレジットカードの発行にあたっては、これまでの購買記録をもとに与信するため、ユーザは銀行に出向いたり申込書を提出したりする必要がない。

「これは、クレジットカード界の革命」と喜んだのも束の間、時を置かず、一週間ほどして中国の金融当局からストップがかかり、両社共これらバーチャル・クレジットカードの発行を中断せざるをえなくなった。Tencent にとっても中国有数の大手銀行と提携して取り組んだ肝入りの試みだったが、担当者は明言しなかったものの、どうやらカード保有者の激増ぶりに驚いた他の銀行やカード会社が、中国政府筋に圧力をかけたのではないか、との見方が大きい。

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筆者は Tencent の今後の戦略について聞いてみたが、彼らの説明によれば、WeChat や QQ というプラットフォームを通じて、金融サービスを一般消費者にも手の届きやすいものにする、というのが大きな方向性のようだ。この中にはクレジットカードのみならず、株式取引や理財商品など、あらゆる金融サービスが含まれる。広大な中国においては、銀行や金融サービス会社が店舗を構えるのは一定以上の都市部に限られるため、モバイルアプリがリテール・バンキングやリテール・ファイナンスの窓口になるのは、自然な成り行きだろう。

WeChat は中国国外にも進出しているが、ユーザの大部分は中国国内の在住者だ。WeChat のユーザをベースに金融サービスを開拓するというのが大前提であり、中国国外への進出予定については、現在のところ無いということだった。

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アプリストア巻き返しの秘策「Tencent Open Platform(騰訊開放平台)」

Tencent が今年に入って立ち上げたモバイルアプリ向けのオープン戦略「Tencent Open Platform(騰訊開放平台)」について、THE BRIDGE でも取り上げたのを覚えている読者もいるかもしれない。中国のモバイル・アプリストアは、シェア上位からBaidu(百度)の38%、Qihoo(奇虎)の28%、Wandoujia(豌豆荚または英語表記で SnapPea か PeaPod)の15%の3社で占められており、Tencent が率いる MyApp(応用宝)は12%で現在4位だ(いずれも値は2013年12月現在)。

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騰訊開放平台 副総経理 侯暁楠氏

Tencent のアプリ戦略においては、ここからの巻き返しが至上命題であり、その中核に据えられているのが Tencent Open Platform だ。このプロジェクトを司る Vice President(副総経理)の Monkey Hou(侯暁楠)氏が、現在の状況を教えてくれた。

Tencent では現在、魅力的なモバイルアプリを自社ストアに増やすべく、中国国内10都市にインキュベーション・スペースを開設し、ゲームを初めとするアプリを開発するスタートアップのインキュベーションを行っている。このプログラムでは、開発したアプリのダウンロード件数に応じて「育龍計画」「飛龍計画」「騰龍計画」の3つのプログラムがスタートアップに適用され、Tencent が提供するクラウドを割引や無料にしたり、資金やメンタリングを提供したりしている。

中国では有名どころだけでも10社以上のアプリストアが乱立しているが、今回のサミット一行参加者の中から、Tencent は、中国では一、二を争うインターネット界の巨人であるにもかかわらず、なぜ他のアプリストアの追随を許してしまっているのか、という質問があった。Tencent の力を持ってすれば、おそらく5位以下のアプリストアを丸ごと買収するような荒芸もたやすいだろう。これに対して、Hou 氏は苦笑いしながら「まだ、中国で過半数のシェアを取れている会社は、どこにもない。中国の市場はそれくらい大きいということ」と今後の巻き返しに自信を見せていた。

この LP Summit が実施された半月程前、2月末にはミクシィが日本で爆発的な人気を誇る「モンスターストライク」の中国展開にあたり、Tencent と独占提携を果たした。このような動きも、Tencent がアプリストアの評価を上げるようとする姿勢の現れと見ることができる。一定のローカリゼーションは必要であるものの、日本で上位人気のゲームアプリは中国でも高評価を得られる傾向にあり、今後、Tencent 以外の各社も、自社アプリストアのバリューを高めるべく、日本のゲーム・デベロッパとの取引関係を活発化する方向へと進むだろう。

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Tencent のインキュベーション・スペース(北京のスペースのイメージ図)
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中国10都市に展開する、Tencent のインキュベーション・スペース
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Tencent Open Platform で提供される、スタートアップ支援内容

サミット参加者一行は Tencent が描くビジネスのスケールの大きさに圧倒されながら、同社の本社オフィスを後にした。次回ここを訪問する頃には、また中国のオンライン金融サービスやアプリ市場を取り巻く勢力地図が、大きく塗り替えられているに違いない。

今後の Tencent やその周辺をめぐる動きは、THE BRIDGE でも定期的に伝えてゆきたい。

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休憩時間に、オープンスペースでビリヤードを楽しむ Tencent の社員

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