イベント拠点を六本木に移し、起業家コミュニティのさらなる国際化を目指す「Startup Grind Tokyo」

本稿は、THE BRIDGE 英語版で翻訳・校正などを担当する “Tex” Pomeroy 氏の寄稿を翻訳したものです。オリジナルはこちら


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現在のところ、日本で唯一の Google for Entrepreneurs コミュニティである Startup Grind Tokyo は19日、六本木の新しい会場では初回となるミーティングを開催した。スポンサーである Pivotal が、六本木ヒルズ森タワー20Fにあるスペースを Startup Grind Tokyo に提供したのだ。この会場は今後開催されるミートアップのメイン会場となる予定で、すでに5月6月のイベント内容は公開されている。東京チャプターのディレクターは宇敷珠美氏で、イベントの司会は小林悟氏が務めている。日本を拠点とするインド人起業家 Shayam Pyarauk 氏は、ジェネラル・コーディネーターである。

例月の流れに沿って、4月の Startup Grind Tokyo のミーティングは、卓越したスタートアップのプレーヤーを招き、ビジネスの立ち上げ経験について話をしてもらうファイヤーサイド・チャットを取り上げた。今回のゲストは、ハロハロホームの創業者である鈴木廣政氏だ。彼は、フィリピンでビジネスに成功した日本人起業家である。彼は最近、フィリピンの不動産をはじめ、ASEAN での土地購入を勧めるのに加え、日本人にフィリピンや他の新興市場への注目を促す自著を上梓している

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鈴木氏は起業家としての道のりを振り返り、彼の日本の雇用主がフィリピン市場からの撤退を決めた時、彼は当地でアパレル販売に従事していたと語った。

当初は、意図せず起業家になりました。上司に、フィリピンの業務をたたまないよう懇願したところ、「ならば、君が経営するといい」と言われたからです。当初、ビジネスは極めて順調でした。

その後、メインのビジネスは悪化し、彼は巨額の負債を抱えるなど、大きな困難に直面した。しかし幸運にも「マネタイズ可能な商品が在庫にあったので、事業を続けることにしました。」と語った。

ハードワークが功を奏し、彼は市場動向を正しく読むようにすることで、再び成功を手にすることができた。フィリピン人は世界中で働き、母国の家族のもとに送金をするため、フィリピンには世界中の通貨が集まる。そこで、鈴木氏は特に金融分野に注目することにした。フィリピンと日本の両方で、IT 業界のゲームチェンジャーとなったことも言うまでもない。インターネットに関しては、彼はモデルたちを集めた自らの組織から多くを学んだと話した。モデルたちは、自分のブログを使って効果的にマーケティングしているからだ。

大変多くの人に支援してもらえたのは、ラッキーでした。(鈴木氏)

鈴木氏は今日、自身の会社群の中核を担うハロハロアライアンスでアーケティングを手掛けており、住宅建設、人材、旅行など、さまざまな分野に関わっている。愛知県生まれの鈴木氏は、最後に次のように語り、セッションを締めくくった。

現在、多くの時間を東京で過ごしていますが、ここに至る道筋はマニラで見つけました。フィリピンは、まだ活力がみなぎっていた頃の昔の日本を思い出させてくれます。私や同僚が日本とフィリピンを行き来し、たとえ一部であってもいいので、あのフィリピンのエネルギーを日本にもたらしたいと思います。

ミートアップ終了後、Startup Grind Tokyo のジェネラル・コーディネータ Pyarauk 氏は、このグループが次第に国際的な存在になることを願っていると語った。

もし、スポンサーになってくれる人や会社がいたら、ぜひコンタクトしてほしい。今後のミートアップにも、英語を話すスピーカーが登壇する予定だ。東京チャプターが日本唯一の組織である必要はなく、日本の他の都市でも Startup Grind を立ち上げたい。

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