「バーチャル渋谷」50社が連携した街づくりの物語:ミラーワールドの未来 Vol.4

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本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

バーチャル渋谷を話題にすると人々の反応が割れる。ある人はこのミラーワールドの未来を楽しそうに語るし、ある人は自分のものではないと食わず嫌いをする。

なぜ、街をデジタル化しなければならなかったのか、その背景にあるストーリーを3人のキーマンの視点と共に辿ってきた。街が持っている課題、感染症拡大というきっかけ、共創の力。いろいろなものが絡み合って、一見するとやや奇想天外なこのプロジェクトは一気に進むことになった。ではこの先、街をデジタル化することで何が起こるのだろうか。キーマンたちの言葉をガイドに、番外編としてその未来像を想像してみることにする。

6歳から80歳まで楽しめる理由

ミラーワールドやデジタルツインにパラレルワールド。今、世の中には「もう一つの世界(仮想世界:メタバース)」を求めて技術開発を進めている人や企業が存在している。そのコンセプトの元祖とも言えるのはやはりLinden Lab(リンデン・ラボ)が開発した Second Life(セカンドライフ)だろう。

3DCGで構成されたもう一人の自分をアバターとしてコピーし、現実世界のようなコミュニケーションを可能とした。最近の大きな話題としてはEpic GamesのFortnite(フォートナイト)も特徴的だ。バトル・ロワイアルとしての世界的なヒットゲームに留まらず、トラヴィス・スコットのライブイベントに1200万人以上を接続させるという伝説的な話題も打ち立てた。これもまたメタバースのひとつに数えられる。

では、現実世界をコピーすることになった「バーチャル渋谷」はどのような世界観を目指すのだろうか。KDDIサイドでこのプロジェクトに参加している三浦(伊知郎、KDDI 5G・xRサービス戦略部 革新担当部長)氏は、実際に立ち上がった仮想の渋谷に入って感じたことをこう語る。

ほぼ完コピっていうのですかね、忠実に作った空間があると全然やっぱり違うなって思いました。私、実は実家が文化村通りにあって母親が80歳ぐらいなんですが、バーチャル渋谷に入って『どこそこにあの家がある』、なんてもう自分ゴトとしてここを見てるんですよね。6歳の甥っ子から80歳の母親まで同じ空間を違和感なく共有できてることがすごく衝撃的で。それってやっぱり渋谷がそのままできてる、ってことがポイントなんだろうなと(KDDI 三浦氏)

三浦氏はプロジェクトに参加してくれた50社もここで色々やりたいと言ってくれてるのは、やはりこのリアリティがあるからだと言及していた。

実はメタバースにはもう一つの流れとしてデフォルメされた世界観がある。先日、Oculus Quest2が発表されたステージで披露されたFacebookのHorizonもそのひとつだ。しかし、このように単純化された世界観には、それが何であるかを言語化する必要が出てきてしまう。結果、説明コストのことを考えると、バーチャル渋谷のようにリアルにコピーしてしまった方が障壁は低くなる。当然だ。

ただ、ここにはやはり技術的なハードルが同時に出てきてしまう。クラスターの加藤氏も現時点での限界をこのように話していた。

これはまだまだサイエンスフィクションな話ではあるんですが、やはりAR(拡張現実)・VR(バーチャルリアリティ)の区別がつかない状態が、あるべき最終形態だと思っています。つまり、フィジカルを伴った体験すべてがデジタル化されてインターネットに乗っかっているという状態ですね。バーチャルに行ってるのかリアルに行ってるのか区別がつかないし、区別する必要がない。これが最終形態です。

なので、clusterは別に、デフォルメされた世界観を目指しているわけではないんですよ。デフォルメされた世界観からスタートしているのは、単純にリソースの問題ですね。例えばフォートナイトも、制作が始まった2011年頃からずっとソフトウェアを積み上げて今の体験になってますよね。われわれの目指しているものは、相当に巨大なソフトウェアです。当然、実装の優先順位というものがありますから、コミュニケーションやイベントといった機能および世界観は、デフォルメされた状態からスタートせざるを得なかったし、そうするのが当然のアプローチです。

フィジカルを伴ったコミュニケーションとして、バーチャルな世界に友だちと一緒に入り、音楽ライブに参加し熱狂する。こういった体験が、コンピューターグラフィックス技術の発展にともなってリッチ化していくというのは絶対にそうなる未来だし、clusterとしてもその大きな流れに乗っかっていますよ(クラスター 加藤氏)

加藤氏の話によれば特に難しいのがデバイスの対応問題で、貧弱なスマートフォンからパワフルなPCまで幅広いユーザーに入ってもらおうとすると、期待値を一定に揃える必要が出てくる。さらにバーチャル渋谷のような企画であれば、対象が普段からclusterを利用しているアーリーアダプターなどの層から離れるため複雑な説明もしづらい。

まさにこれから、といった部分なのだ。

「もう一人の自分」を作る意味

バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェスの様子

バーチャル渋谷のようなメタバースを考える上で、街とは別にもうひとつ考える要素がある。「自分」だ。渋谷未来デザインの長田さんも前回のインタビューでこう語っていた。

意外だったのは区外、海外からも反響があったことですね。そもそもこういうことがなければ、まさかバーチャル空間に人を集めようとか、イベントするという考え方はなかったと思うんです。結果的に頭を切り替えることでプロジェクトは逆に加速しました。私だってまさかバーチャル空間で遊ぶとは思ってませんでしたし、多くの方も同じじゃないでしょうか(渋谷未来デザイン 長田氏)

彼女の言う通り、日常生活において自分がもう一つの世界に入って自分の分身を作る必要性はない。ではなぜ、デジタルツインやメタバースのような考え方は世界的に広まっているのだろうか。やや思想的で個人的な見解と断りつつ、三浦氏はアバターとして作る「もう一人の自分」についてこのような考え方を話してくれた。

(アバターをどのような自分にするのかを考える上で)自分の内面と向き合ういい機会だなと思ったんです。人と接触できない状況で渋谷にもう一人の自分を降り立たせて、じゃあ彼には英語ペラペラになってもらおうか、みたいな『自分を見直す作業』が出てきたんですね。自分に足りてるものや足りてないものをミラーリングして、自分がここまで生きてきて正しかったのか、そういった問いが生まれてきたことは気付きでした(KDDI 三浦氏)

仮想空間におけるもう一人の自分、という考え方はアバターよりもバーチャルYouTuberというアイデアの方が分かりやすいかもしれない。あのキャラクターの裏にはもう一人の自分が存在していて、もしかしたら性別も年齢も全く違うものかもしれない。現実世界とは異なる性格の自分を作り出すことで、もう一つの人生を歩む。デジタル世界に現実世界と全く切り離されたもう一人の自分を作る場合、誰もが通る道になるのだ。

普段からVRゴーグル付けるような人たちは専門的にそういったことを考えていたのかもしれないんですが、バーチャル渋谷という渋谷区が公認した、誰もが入っていける街を作ったことで、同じような現象が一般の人たちにも起こると思ったんですよ。僕自身、フルスペックのもう一人を作れるとしたらどうするんだ、って。もちろん答えを出す必要のあるものじゃないですけどね(KDDI 三浦氏)

リアルタイムであることの大切さ

バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェスの様子

加藤氏との話の中で時間の概念について面白いエピソードがあったので共有したい。

インターネットを表現する際、「時空を越える」という言葉を使うことがある。確かに今回の感染症拡大で、私たちは離れた場所でのコミュニケーションを余儀なくされた。バーチャル渋谷は空間の問題を超えた最たる例と言えるだろう。では時間はどうか。加藤氏は以前クラスターとして実験したタイムトラベルの話をしてくれた。

以前、clusterとして壮大な実験をやったのちクローズしたものがありまして。それがアーカイブの機能です。cluster上で起こってることはすべてサーバーを通しているので、全部データとして残っているんですね。なので、実施した音楽コンサートの演出や観客の様子だったりを、まるまる当時のまま復元しうる。ということで、いわゆるアーカイブ機能を作ってみたんです。その当時の状況の中を別の自分が歩き回るわけで、リリースしたときは「タイムトラベル機能ができた」なんてコメントをいただけたりもしました。ただ、出してみて分かったことがあって、それがリアルタイムの価値の重要性でした。もっと正確に言うと『リアルタイムと認識している』価値です。

アーカイブ機能があれば、イベントにいつでも入れるわけですから、便利ですよね。でも、盛り上がりも同じ体験のはずなのに、グッと利用者も満足度も減ったんです。一度限りの体験を、一度限りのタイミングに、友だちと一緒に体験する、ということ自体がものすごい価値を持っていたんだなと気付かされましたね。もっというと、人間というのは、「そういう状況にあるという認識」に価値を感じるんだと、実験的な機能提供を通して理解しました。つまり、われわれは利便性のために時空を越えたいのだけど、『時空を越えたと感じたくないのでは?』という根本的な課題にぶち当たったわけですね(クラスター 加藤氏)

すごく興味深い気付きで、加藤氏はリアルタイムの価値を再認識した上で、「リアルタイムと認識している状態」を再現したいと話していた。確かに自分がまさに「今」ここにいるという感覚を生み出すことができれば、時間の輪郭がぼやける。

タイムトラベルの話はさておき、バーチャル渋谷のような仮想の街づくりで、この「リアルタイム」という同時性、体験をどのように作っていくのかというのは面白いテーマであると思った。

現実世界と仮想世界が交わる日

現実と仮想の街。この二つは役割や機能も異なるし、ましてや単なるキャンペーン・コンテンツでもない。3人の言葉が示す通り、オーバーツーリズムや街を支える仕組みの問題を解決するための取り組みであり、現実と仮想の両方を持つことで可能性の幅をさらに広げることができる。

感覚的な話だと、ガラケーからスマホへの移行って何か大きな事件ではあるものの結構スムーズにいったじゃないですか。音楽ストリーミングとかもそう。このバーチャル渋谷もコロナ禍とセットのような形で見られてますけど、今年がデジタルツインの元年だとすると生活の中にバーチャルという概念が自然と入ってくると思うんですよね。例えば渋谷のスクランブル交差点にスマホやグラスをかざせばもう一つの渋谷が見えてくる。これは間もない未来でバーチャルだリアルだと言ってること自体、今だけだと思ってますよ(KDDI 三浦氏)

通信やグラフィックス、デバイスなど技術的な問題がこれから解決することを考えれば、この先数年でその境目はより曖昧になっていくはずだ。人々が自由に現実と仮想の渋谷を往来するようになった時、その当たり前の日常ではどのようなことが巻き起こっているのだろうか。近くやってくるであろうその日を楽しみに待ちたい。(了)

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