ジェイソン・カラカニス氏が語った、新時代のエンジェル投資と日本の起業家へのエール〜「THE FUTURE X」から

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Jason Calacanis 氏
Image credit: Masaru Ikeda

筆者が初めて Jason Calacanis 氏に会ったのは、もう15年くらい前の頃だ。2007年、サンフランシスコのダウンタウンにある Palace Hotel で、TechCrunch が初のスタートアップカンファレンス「Techcrunch 40」を開催した。このイベントの MC を務めたのが、TechCrunch 創始者の Michael Arrington 氏と Calacanis 氏だった。スタートアップ40社が一堂に会し、ピッチで首位を競い合い、投資家へのアピールを繰り広げた。その後、Calacanis 氏は Arrington 氏とは袂を分かったが、買収を経て TechCrunch のオーナーが変わった今も、このカンファレンスの DNA は TechCrunch Disrupt として受け継がれている。

昨日、都内で開催されたイベント「THE FUTURE X」を主催したファンド THE SEED の創業者である廣澤太紀氏は1992年代生まれの Z 世代だった。想像にやすいと思うが、このイベントに集まった聴衆の多くもまた Z 世代であり、世代を問わずに多くの起業家を魅了する Calacanis 氏の存在に改めて驚いた次第だ。おそらく、彼と日本の Z 世代起業家との距離を近いものにしているのは、一つには著書「エンジェル投資家(日経 BP 刊、滑川海彦・高橋信夫 共訳)」の存在、 そして、日本人起業家の内藤聡氏が率いる Anyplace の初期投資家だった、ということが大きいだろう。ちなみに、内藤氏も1990年生まれの Z 世代である。

THE FUTURE での講演の冒頭、Calacanis 氏は「全員でもなくてもいいから、多くの起業家がアメリカへやってきて、アメリカを制覇してほしい」「スタートアップの経営と同時に、起業家は3人の子供を作ってほしい(1組のカップルが子供を3人作ることで人口変化は上向きになる)」と言って話し始めた。Elon Musk 氏も事あるごとに日本の少子化について自身の考えを述べているが、世界の投資家や起業家の間では、この問題がスタートアップや経済と同様、国の先行きを揺るがしかねない由々しき事態との認識で一致しているようだ。スタートアップシーンで多用される TAM、SAM、SOM といった指標も、人口変化と無関係ではいられない。

2008年の TechCrunch 50 で、愛犬と会場内を歩く Jason Calacanis 氏。左は俳優で投資家の Ashton Kutcher 氏。(写真にブレがあります)
Image credit: Masaru Ikeda

Calacanis 氏がエンジェル投資を始めたのは12年前、偶然にもそれは、BRIDGE が活動を始めたのとほぼ同じ、そして、彼が TechCrunch のカンファレンスから完全に手を引いた頃だ。当時、筆者は Calacanis 氏のサンタモニカにあった Mahalo(現在の Inside.com の前身)のオフィスを訪れた際、その片隅に現在では人気 YouTube 番組/ポッドキャストとなった TWiST(This Week in Startups)のスタジオが用意されていたのを記憶している。彼はエンジェル投資をするとともに、投資した起業家の認知度や露出を向上させるという試みを、誰よりもいち早く始めた投資家の一人と言っていいだろう。

Calacanis 氏は他にも、今までとは異なる起業家支援の方法をいくつも発明している。Founders University というプログラムは、500米ドルを支払うことで12週間にわたり、毎週月曜日に1時間のライブ講義を Zoom で受けられるというもの。アイデアはあるが事業化する自信が無い、という起業家予備軍が主なターゲットだ。土ドロップアウトせず全ての講義を受け終わり MVP を構築できれば、この500米ドルは返金され実質的に無料となる。さらに優秀者は Calacanis 氏から25,000米ドルの出資を受けられる(これまでの第1期、第2期で18社に出資が実施されている)。1期あたりの参加者は100〜200人程度だ。

Calacanis 氏が独自に展開してきたスタートアップカンファレンス「LAUNCH」の名前を冠した「THE LAUNCH Accelerator」は、スタートアップに対して株式持分6%に対し10万米ドルを出資するというものだ(ちなみに、Y Combinator は7%に対し12.5万米ドルの出資)。また、起業家のローンチ資金確保の手助けとなる「THE LAUNCH Fund」は、ディールフローを世界と共有するために、資金を一般公開して調達していて、これはアメリカにおいてもイノベーティブな資金調達だという(日本では、ファンドなどが不特定多数から資金調達することは法に触れるが、アメリカでこれが可能なのかどうかは、本稿執筆時点では不明だ)。

Jason Calacanis 氏(右)と、進行役を務めた自身もエンジェル投資家の柴田陽氏(左)
Image credit: Masaru Ikeda

さらに「The Synsidcate」というエンジェル投資クラブも運営している。これは、Calacanis 氏がエンジェル投資しようとするスタートアップに対し、他のエンジェル投資家にも声をかけ投資を促す、という行為をシステマティックにしたものだ。時にはエンジェル投資家らが1時間で6,000米ドル、合計で60万米ドルもの資金を出資してくれた事例もあるという。Calacanis 氏はベンチャーキャピタルが出資に興味を持つ投資分野として、SaaS、消費者向けサブスク、マーケットプレイス、フィンテックの4つを挙げていたが、興味深いことに、The Syndicate では SaaS に加え、クライメートテックといったサステナブル領域も投資スコープに含まれている。

Calacanis 氏の元には22人のメンバーがいる。新型コロナウイルスの感染拡大は、リモート環境でのやりとりが当たり前となったことで、Calacanis 氏の投資チームにとっては好都合だったかもしれない。リサーチャーやアソシエイトが毎週受ける、投資検討を求める起業家からの Zoom コールは毎週60本(以前は対面のみで20本だった)。そのうち評価トップ10位の Zoom コールの録画が Calacanis 氏に共有され、彼は日々、出資の是非を検討しているそうだ。Calacanis 氏のオフィスには毎日3〜4人の起業家が訪れるが、その4倍量に相当する Zoom コールが毎日繰り広げられ、年間3,000社にインタビューしていることになる。

セッションの終わり、進行を務めた柴田陽氏から、「グローバルを目指したい、アメリカでの成功を目指したい起業家へのアドバイス」を求められた Calacanis 氏は、次のように語ってセッションを締め括った。

日本の起業家には、特に英語を学ぶことを強くお勧めします。英語が完璧でなくてもいいんです。日本人は完璧でないといけないと思うことがあると思います。基本的な会話ができれば、それでいいんです。そして、アメリカで2、3カ月過ごして、起業家に会ってアイデアを交換したり、アメリカでソーシャルグループを作って、ベンチャーキャピタルがどのように投資しているかを見たり、ベンチャーキャピタルに会たりするのもいいと思います。

少なくとも多くのことを学ぶことができるので、(アメリカに行くのは)良いアイデアだと思います。そして、この2つの市場(日本とアメリカ)は、世界でも有数の市場だと思うのです。日本には1億人以上の大金持ちがおり、新しい技術を試すことに夢中になっています。日本の客は、アメリカの客よりも新しい技術に挑戦する傾向が強いと言えるでしょう。

15年前に東京に来て注文してパスタを食べたとき、ある人が先に店を出たので、私は立ち止まったんです。「今のは何だったんだ」と尋ねたら「会計を済ませました」と。NFC は、あなたのケータイにも搭載されていますよね。アメリカでは、2年ほど前からスマートウォッチやスマートフォンで決済するようになったばかりです。皆さんは、(我々の)10年、15年先を行っているようなものです。

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