IVPが開設した北京のインキュベーション・スペース「TechTemple」を訪ねて(1/3)——スタートアップの梁山泊に集う、中国の星たち

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THE BRIDGE では、中国のテックニュースメディア Technode(動点科技) からの配信記事を中心に中国のスタートアップの情報をお伝えしている。筆者も中国には足しげく通っている方だが、それでも中国のスタートアップ・シーンの全容を把握するのは、常々難しいと感じている。

11月11日~13日の3日間、筆者は Infinity Venture Partners(以下、IVP と略す)が開催した LP Summit に帯同する機会を得た。LP Summit は年に数回、IVP が LP(ファンド出資者)を対象に投資先スタートアップを直接紹介する機会だが、先頃、IVP が北京市内にインキュベーション・スペース「Tech Temple(科技寺)」をオープンさせたので、今回はその披露を兼ねて特別に招待を受けたのだ。

Tech Temple を訪れた一行は、中国で勢いのあるスタートアップ8社からピッチを受けた。大勢の聴衆を対象にしたショーケース・イベントのピッチとは異なり、今回のそれは、スタートアップにとっては、出資してくれている投資家を前に、自分達の実力や可能性をアピールする好機だ。したがって、筆者も中国スタートアップの最近の情勢について深い知見を得ることができた。

中国の急進スタートアップが何を考え、どこを目指しているか、3回に分けてお伝えする。

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36気 CEO 劉成城氏

原子番号36とは、クリプトンのことだ。スーパーマンの出身地を連想させる名を持つこのテックブログは、CEO の劉成城(CC Liu)氏が、北京大学在学中の2012年に仲間と始めたものだ。現在では、編集部のチーム構成は約50名、1日に30本程度の記事を掲載しており、うち5〜6本はスタートアップに関するニュースを取り上げている。月平均2,000万ページビュー(モバイルを含む)、中国国内や国外の中華圏からのアクセスが中心だ。他の中国のテックブログの多くが中国国外のニュースや、騰訊(Tencent)や新浪(Sina)などの大手企業をフォローしているのと対照的に、36気は中国国内のスタートアップに主眼を置いた作りとなっている。

これまで、中国国内各地やアメリカ、香港などで2ヶ月に一度のペースでスタートアップ・イベントを開催してきた。直近の 11/10 に開催した杭州(上海から南西に100km、美人が多く Alibaba の本社があることでも有名)のイベントでは1,400人の参加者が集まったそうだ。後の調査によれば、そのうちの約3分の1が起業家だった。

今年はこれまでに800社を超えるスタートアップをカバーしており、ニュースサイトと並行して、(THE BRIDGE のそれにも似た)スタートアップのデータベースを構築中だ。現在の登録件数は15,000件、一日に50件以上のペースで登録プロジェクトが増えている。

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36気の創業当初の写真を示しながら、これまでの経緯を説明する劉成城氏。
当時、彼はまだ北京大学に通う学生だった。

データベースを開発しなければ、メディアとイベントで既にブレークイーブンなのだそうだが、そこを敢えて赤字覚悟で、データベース開発にリソースを投入している(全社員50名のうち、約20名がデータベースの運用開発に従事しているとのことだ)。

特にこのデータベースで目指したいのは、「どのスタートアップがどのVCから資金調達しているか」というだけでなく、そのVCの後ろにいる投資家が誰かとか、そのような情報を収集することで、スタートアップ・コミュニティの LinkedIn のようなものを作り上げ、投資家個人レベルで、どのような分野に興味があるのかを可視化したい。こうすることで、実際に資金調達が実行される前の、投資家と起業家の動きをアポを取る段階からフォローできるようになる。

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36気が発行するレポートに含まれるグラフ。興味深いのは、実際に投資を行われた実績のみならず、投資実行前の投資家がどの分野のスタートアップに関心を抱いているかを定点観測している点だ。この報告は http://vdisk.weibo.com/s/unlAA-7mlFz02/1376620660 からダウンロードできる。

劉氏は、これらの活動を通じて、マネタイズよりも、スタートアップ文化圏の形成に役立つことを重視したいと考えている。将来的には、スタートアップのためのワンストップ・サービス——中国でスタートアップしたいと思った起業家が、必要な情報、モノ、人脈をすべて揃えられる場所、一例としては、Creww Marketplace や e27 の Bundles のようなサービスが考えられる——をビジネス化したいのだそうだ。

Goyoo

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Goyoo の CEO 王灏氏

中国では、どの街にもネットカフェ(網吧)が多く存在する。ブロードバンドやモバイルが一般家庭にまで普及した現在でも、中国でネットカフェが人気なのは、学生が家でネットしていると親に咎められるのに対し、ネットカフェなら人目を気にせず、下校時に友達と立ち寄って気楽にゲームを楽しめるからなのだそうだ。そんなネットカフェが中国には10数万店舗存在するが、そのうち、約3万店舗は Goyoo のシステムが導入されたネットカフェ「i8」だ。

3万店舗という数字をイメージしてもらうために、有名なチェーン店舗の数字と比較してみよう。

  • KFC … 世界に1.5万店舗、中国に3,500店舗
  • マクドナルド … 世界に3万店舗、中国に1,500店舗
  • セブンイレブン … 世界に4.2万店舗、中国に1,000店舗
  • スターバックス … 世界に1.7万店舗、中国に500店舗

これらの数字からもわかるように、中国国内だけで3万店舗という数字は群を抜いている。対人口比では、1万人に1軒の割合で i8 が存在することになる。(参考までに、ネットカフェ=PC방が多いとされる韓国では、2,500人に1軒の割合だ)

CEO 王灏(Jerry Wang)氏の説明によれば、Goyoo のしくみは、ネットカフェでユーザが使うパソコン上のランチャー、ゲーム、カフェ内のルータ、ゲームを蓄積するサーバなどで構成される。同社では、ネットカフェのユーザ画面に広告を流す AdPro というアドネットワークを運用しており、これが主な収入源だ。最高で1日に1.5億インプレッションを達成しており、この数字は AdPro のローンチから4ヶ月で達成したのだそうだ。ネットカフェのユーザを魅了する動画やゲームは、Goyoo のセンターサーバから各店舗の蓄積サーバに配信されており、その量は毎日約3GBに及ぶ。

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AdPro が既存のアドネットワークと大きく違う点は、個人の属性がこの上なく細かく特定できることだ。Cookie などを使う方法とは異なり、ネットカフェでは利用に際して身分証明書の提示を求めるため、極端に言えば、誰がどのサイトを見ているかを把握でき、広告主は誰にどの広告を見せるかをより細かく選択できる。サイトを横断してユーザの動きをトラッキングすることも可能だ。

Goyoo は百度(Baidu)のパートナーDSPとしては世界最大で、現在のユーザカバレッジは約2,500万人。同社ではインプレッション、カバレッジ共に、2014年の春節(1月31日)までには、ほぼ倍の数字に達すると見ている。

今後はユーザのスマートフォン・シフトにあわせて、新サービス LeWifi を展開し、これを i8 以外のネットカフェやファーストフード店などに無料で配布する計画だ。LeWifi は、シスコのルータ Meraki に似て、完全にクラウド側でルータを管理制御することができ、トラフィックに連動して、このルータを配置してくれた店舗にはレベニューシェアする計画だ。2014年の売上目標は3,000万ドル、1日あたりの利用ユーザ数1億人を見込んでいる。LeWifi のルータは、中国全土 5万〜20万店舗に配置する。

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喜宝動力(Xibao)

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喜宝CEO Alex Farfurnik氏

中国随一のEコマースサイトは、言わずと知れた「淘宝(Taobao)」だ。Amazon がアメリカのEコマース全体に占めるシェアが15%であるのに対し、淘宝は中国のEコマースの80%のシェアを持ち、その取引量は中国の全GDPの2〜3%に匹敵する。

淘宝は、プラットフォーム上に店舗を開設するための出店料がビジネスモデルと思われがちだが、実際には、その収入の多くを、店舗が自らのオンラインショップにユーザを誘導するための、サイト上に掲出した広告の料金から得ている。先頃、Yahoo! Japan が出店料を無料化したが、淘宝はこの流れに先行しているという見方もできる。

「淘宝村」と呼ばれるEコマースで生計を立てる街が中国各地に生まれるなど、多くの人が淘宝上にショップを開設しているが、彼らの多くは淘宝でモノを売るノウハウを持っていない。淘宝の広告プラットフォームを使うのが効果的だが、喜宝はそのためのソリューションを店舗オーナーに提供しており、システムによる最適化で広告出稿先の管理を支援する。

ロシア人とイスラエル人の両親を持つ、エネルギー感あふれる共同創業者 Alex Farfurnik によれば、料金は毎月定額制で、出稿する広告予算にあわせてパッケージを3つ用意している。料金は、フリーミアムが0〜100人民元(約1,700円)、スタンダードが1,000人民元(約17,000円)、VIPが15,000人民元(約25.2万円)+成果報酬。ローンチから17ヶ月が経過したプロダクト「超級車手(Super Driver)」は、有料プランを選ぶ顧客が4万社を超え、これまでに喜宝を経由して淘宝に支払われた広告料金は1.5億ドル(約150億円)にも上る。

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「独身の日(光棍節)」の11月11日を中国のネット業界はEコマースの日と位置づけている。この日だけで、淘宝傘下の天猫は350.19億元(約5,603億円)の売上を達成。楽天の優勝セール時の売上(1,426億円)の3倍以上である。写真はその際の天猫のモニタリングルームの様子。

もともとは中小企業を対象に始めたサービスだが、淘宝の広告パートナーとして最大規模となった現在、淘宝からの要望もあって、大手企業にもサービスを提供するようになり、男性ファッション大手の Jack & Jones は広告予算ゼロだったのが、喜宝経由で淘宝に広告を出稿するようになり、アウトドア用品の探路者(ToRead)は広告予算6,000万円相当全額を、喜宝に委ねて広告出稿を管理するようになった。現在、騰訊(Tencent)、奇虎(Qihoo)、京東商城(JD.com)、百度(Baidu)と提携関係にある。

淘宝でモノを売る店舗に消費者を誘導する場合、淘宝上に広告を出稿するのが一般的だが、例えば、淘宝のB2Cプラットフォーム天猫(Tmall)では、天猫に広告を出稿するより、奇虎に広告を出稿して消費者を誘導した方が(つまり外部のトラフィックを買った方が)、50倍コストパフォーマンスが高いというケースがあった。トランザクション、広告ROI など、すべての値を見ながらよい出稿先を制御するようにしている。

2014年には2つのアプリをリリースし、フリーミアムアカウント10万件を獲得したいとしている。

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11月11日の夜、TechTemple に泊まり込んで、サービスの運用を続ける喜宝のスタッフ。毎年この日は、昼夜臨戦態勢とのことだ。

課程格子(ClassBox)

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課程格子(ClassBox)のピッチをする、CEO李天放氏

学生が受講している講義の時間割を管理する上で、iPhone にデフォルト搭載されたカレンダーでは機能が十分ではない。どの講義をいつ受けるか、時間割を確実に捕捉するのは至難の技だ。そう考えた CEO の李天放氏が10日間かけてアプリのプロトタイプを作ったところ、3,000人が使ってくれたのが「課程格子」の始まりだ。

2012年9月にバージョン2をリリース。このバージョンでは UI を改善し、ウェブスクレイピングで、中国国内ほとんどの大学のサイトから講義の時間割を自動取得できるようにした。この機能を実装してから多くのユーザが使ってくれるようになった。同様のアプリは他にも存在するが、「課程格子」では講義情報の取込と登録が1分で完了する。それが有効に働いて、他アプリとの差別化につながったようだ。

リリースから1ヶ月で、中国全土500大学の100万人の学生が使うようになり、彼らが1,000万件の講義情報を登録するようになった。こうして、次第に「課程格子」は講義の時間割を管理するだけのアプリから、大学生のキャンパスライフをコーディネイトするアプリへと変貌を遂げて行った。

中国の大学では毎年9月に新年度を迎えるが、それに合わせて今年9月にはバージョン3をリリースし、大学生の将来のビジョン形成を助けるような取り組みを始めた。700大学には「課程格子」のファンコミュニティが存在し、彼らは勝手連的にアプリのことを宣伝してくれている。その結果、「課程格子」は中国で大学生に効果的にアプローチできるメディアとして認識されるようになり、ファッションコマースの凡客誠品(Vancl)や Evernote が資金を提供する形で、各大学に課程格子のポスターを掲出することができた。

「今、講義を受けていなくて、同じ大学の暇な学生は誰?」

「明日はどの講義が比較的空いている?」

次なる展開は、そんな検索をアプリ上で簡単に実現できるようにすることだ、とCEO の李氏は語った。

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凡客誠品(Vancl)や Evernote の提供で、課程格子(ClassBox)が中国全土の大学に掲出したポスター。

ここまで4社のスタートアップを紹介したが、いかがだっただろうか。TechTemple に集まっているスタートアップは、売上やユーザ数の規模において、我々がよく目にする日本のスタートアップの指標よりも一桁大きい。今回のピッチに聞き入っていた人々からも、紹介される数字に度々圧倒される様子が見て取れた。

次稿では、引き続きピッチを繰り広げたスタートアップ各社の紹介と、TechTemple に集まる起業家から聞いた、北京のコミュニティの最新動向を中心に取り上げたい。

第2部に続く)

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