btraxシニアアドバイザー佐藤英丸氏に聞いた、勝てる日本スタートアップのアメリカ進出戦略

by Masaru IKEDA Masaru IKEDA on 2015.1.11

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左から:btrax Japan シニアアドバイザー 佐藤英丸氏、同社広報担当 佐藤日奈子氏

btrax と言えば、日本のスタートアップ界では、スタートアップのショーケース・イベント SF Japan Night(開始した当初は、SF New Tech Japan Night)を開催する会社として知られている。彼らの本業は、サンフランシスコを拠点に、日米のウェブ関連企業向けにコンテンツのプロダクションやマーケティングを提供する、デジタル・エージェンシーとしての業務だ。

btrax が設立されたのは2004年だが、筆者がこの会社の存在を初めて知ったのは2007年、TechCrunch 40 でサンフランシスコを訪れたときのこと。当時から、「サンフランシスコを訪れるなら、btrax を訪問すべき」「CEO の Brandon Hill に会っておいた方がいい」という話は、あちらこちらから耳にしていた。

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そんな btrax も昨年で創業10周年を迎えた。企業が創業から10年経過した際の生存率は6%程度というから、これはスゴイことだ。2013年には東京オフィスを開設し、多田亮彦氏が btrax Japan のゼネラル・マネージャーに就任した。2014年における同社の大きな動きとしては、日米を代表するテック企業で豊富な経験を積んだ佐藤英丸氏がシニアアドバイザーに就任したことが挙げられるだろう。

佐藤氏は Citizen America、AOL Japan など名だたる有名企業で社長を務めた人物だ。2006年に Expedia が日本に進出するに際しチェアマンに就任、構想から9ヶ月で日本市場参入と日本語版サイト Expedia.co.jp 立ち上げという難業を成功させた。

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佐藤英丸氏

日本語版立ち上げに際し、Expedia でコンペをしました。コンペに参加した製作会社は東京から2社、アメリカから2社、そのうちの1社が btrax でした。

東京で運用する関係で、Expedia にとっては東京の会社の方が付き合いやすかったし、btrax の提示した金額は安くなかったけど、btrax の出してきたプランには enthusiasm と passion が感じられた。日本語版サイトは btrax にお願いすることになり、Brandon とはそれ以来の付き合いです。(佐藤氏)

Facebook のようなローカリゼーションをあまり必要としないサービスとは対照的に、Eコマースに代表されるエンドユーザの使い勝手が売上を決める業態ではローカリゼーションが肝だ。ウェブサービスの世界展開は一見簡単に見えて、ローカリゼーションは国や民族の種類だけ必要なのかもしれない。

佐藤氏はその後、ComScore Japan のマネージング・ディレクターや MarkMonitor Japan(2012年に Thomson Reuters が買収)のゼネラルマネージャーなど、アメリカ企業日本法人の重役ポストを渡り歩くことになるが、その後も公私に渡って親交の続いていた Brandon から乞われ、昨年9月に btrax Japan のシニアアドバイザーに就任することになった。

アメリカ人だって、世界に興味がある

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by JD Lasica via Flickr (Licensed under CC BY-NC 2.0)

市場が大きいゆえの弊害かもしれないが、アメリカや日本には、自国内の市場にしか興味を示さない人は少なくない。自国に巨大な市場を持たない、ヨーロッパやアジアの小国の起業家のマインドセットとは対照的だが、足元に大きな市場があるのなら、そこに意識が捉われてしまうのは自然な流れだろう。

THE BRIDGE でも英語版を運用しているが、アメリカ人(英語版はアメリカ人だけを対象読者にしているわけではないが)にどれだけ日本のスタートアップ・シーンについて興味を持ってもらうか、というのはチャレンジングなテーマだ。筆者は「多くのシリコンバレーの人たちは、ひょっとして、シリコンバレーの外で起きていることには興味が無いのではないか」という疑念さえ持つことがあるが、長年にわたりアメリカ人と仕事を共にしてきた佐藤氏は、示唆に富んだ洞察を共有してくれた。

それは、伝え方や見せ方の問題でしょう。伝えたいところがどこなのか? 別に btrax はプレゼンテーションを教える会社ではないけれど、SF Japan Night などでは、登壇者にピッチのトレーニングをやっています。そこまでちゃんとやらないとダメ。アメリカ人が興味を持つところを押さえる、という努力が必要です。(佐藤氏)

昨今、アメリカの世相も変化してきている、という話を、筆者も海外のジャーナリストらからよく耳にする。これまで、グローバルな話題を扱う機会が少なかった、アメリカの総合メディアやテックメディアでさえ、日本に支局を開設したり、特派員を配置したりする事例が増えてきている。国内のイノベーションが一巡した中で、テック・コミュニティに居る多くのアメリカ人も、よりディスラプティブで新しいアイデアをアメリカ国外に求め始めたようだ。これは、日本のスタートアップにとって、大きなチャンスかもしれない。

ソーシャル・ゲームもマンガも、日本が世界に誇るビッグ・ビジネス

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一昨年、筆者は SurveyMonkey の Dave Goldberg と対談をする機会があり、アメリカのスタートアップ界では、多くのB向け(事業者向け)サービスが台頭しているのに、日本はなぜ C 向け(消費者向け)サービスが主流なのだろうか、という質問をした。彼の見解は当時の記事に記したが、そのときの筆者の頭の中には、暗に「日本にももっと、B 向けのスタートアップが増えるべきなのではないか」という思いがあったのかもしれない。

同じ質問を佐藤氏にもぶつけてみたところ、興味深い答えが返ってきた。

日本を訪れる外国人の中には、電車の中でネクタイを締めた大人がマンガを読み、ゲームに没頭しているさまを批判する人もいるが、日本には、そういうものを受け入れる文化があります。その文化的素地があったからこそ、日本のスタートアップ・シーンは、ソーシャル・ゲームやマンガのコンテンツを世界にもたらすことができるようになったわけだし。(佐藤氏)

B 向けが良くて C 向けが悪いなどという論理はどこにも存在しない。佐藤氏がアドバイスするのは、今いる場所がアメリカであれ、日本であれ、何よりも当地のスタートアップ・シーンの文化を受け入れよう、という心構えだ。

もちろん、スタートアップのビジネスモデルに多様性があるのに越したことはないが、アメリカに B 向けが多く、日本に C 向けが多いのは、そもそも文化の違いから来るもの。日本のスタートアップ・シーンをシリコンバレーのそれに準えて考えてみても、そこからはシリコンバレーの焼き直ししか生まれてこないのかもしれない。

アメリカでは、起業家は新しいアイデアを思いつくと、周りの人と共有する文化があります。すると周りの人は、そのアイデアをコピーするのではなく、一緒にやろうと言って起業家のところへ集まってくる。そうやって、スタートアップ・コミュニティが形成されていくのです。(佐藤氏)

役所や一部の有識者の意図や予想とは違った方向へと、アメーバのごとく自然増殖的に形を変化させていくのは、スタートアップ・コミュニティが見せる面白い側面だ。THE BRIDGE では海外のニュースを幅広く取り上げることで、世界のスタートアップ・シーンを空間軸をスライドさせて追いかけているが、今後はそれらがどのように変遷を遂げていくのか、時間軸をズラして観察してみるのも興味深い試みかもしれない。

btrax が追いかける2015年のテーマ

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SF Japan Night でスマートウォッチ・アプリの開発事例を紹介する、btrax CEO Brandon Hill。
Courtesy: btrax

btrax では今年の大きなトレンドの一つをウエアラブルと捉えており、特にスマートウォッチ・アプリの開発を日本の起業家やデベロッパに推奨している。btrax はアプリ・デベロッパではないため、自らスマートウォッチ・アプリを量産するのは彼らのビジネスドメインではないが、むしろ、大企業やスタートアップがスマートウォッチ・アプリを開発し、それらを世に出すのを積極的に支援していきたいようだ。

その一つの足がかりとして、btrax は Moto360 を購入し、OnTask という音声入力で To Do 管理ができるスマートウオッチ・アプリを開発した。このアプリは、11月にサンフランシスコで btrax が開催した SF Japan Night VII の席上で披露され、聴衆からの注目を集めた。

近年、リクルートテクノロジーズが自社のエンジニアをベルリンのスタートアップに派遣するなど (EIR; Entrepreneur in Residence)、社員に日本以外のスタートアップ・シーンに身を置いてもらうことで、企業内イノベーションを活性化させようという動きが増えつつある。btrax では、昨年から大企業向けにシリコンバレーに身を置くことで企業内創業を支援する「イノベーションプログラム」を展開しており、このような機会を通じて、スマートウォッチ・アプリ開発を始めとする事業支援を加速させたい計画だ。

昨年で7回目を迎えた、btrax を象徴づけるイベント「SF Japan Night」も、これまでに増してアクセルを踏みたいと佐藤氏の鼻息は荒い。

昨年の SF Japan Night には50社からエントリがあり、そこから選ばれた日本予選登壇が15社、ファイナリストの6社がサンフランシスコでの本選に登壇しました。予選に残ったスタートアップのうち3社が女性CEOだった。スタートアップ・シーンに女性が増えてきたのは、うれしいことですね。

来年は、テック系とは全く違う業界からも SF Japan Night のスポンサーを募りたいです。参加機会を増やすために、東京以外の地域での開催にも、エクスパンションを検討してみたい。日本のスタートアップがアメリカに出て行く上で、特に、ものづくり系は大きな強みになるでしょう。もっとたくさんのスタートアップに出てきてほしい。

佐藤氏という新たな戦力を獲得して、日本のスタートアップ・シーンや大企業をシリコンバレーとつなぐ上で、btrax が果たす役割はさらに大きなものになっていくだろう。

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SF Japan Night VII の本選表彰式(2014年11月、サンフランシスコ)
Courtesy: Takashi Fuke

仕事をしている者にとって、日頃から気になるのは、自分の出したアウトプットにクライアントがどれだけ満足してくれているか、ということだ。もし、クライアントが「あなたの仕事ぶりに惚れたので、あなたと一緒に仕事したい」とやってきて同僚になったら、それは、あなたの仕事に対する最大の賛辞と言えるだろう。創業10年目を迎えた btrax に、かつてのクライアントであった佐藤氏が参画したというのは、そういうことを意味するのかもしれない。

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