
Interphenomの「Listnr」というプロジェクトが今年初め、ラスベガスの地で産声をあげた。
このプロジェクトを推進するのは大手総合家電メーカーのパナソニックと国産ハードウェアスタートアップのCerevo。「環境音でデバイスを操作する」という少々理解しづらい分野に敢えて挑戦したのは、シンプルに新しいマーケットを創造したかったからだ。
大企業とスタートアップが手を取り合うメリットとは何か。彼らの取り組みをご紹介したい。
自然言語ではなく環境音での操作という挑戦
まず、最初に「環境音で操作するデバイス」と聞いてピンとくる方はどれぐらいいるだろうか?Listnrについてはこちらの動画をご覧頂きたい。
この話を理解するために整理しておいたほうがいいのは、これからやってくるデバイスの操作方法についてだ。例えばPepperというロボットをソフトバンクが一般家庭に向けて販売を開始したが、多くの人にとってこれはあまりよく分からない出来事だったかもしれない。
給仕をしてくれるわけでもないロボットが家で何をするのか、その鍵はやはりデータにある。例えば人が家に帰ってくる時間、話し声、気分、いつ電気を付けて、いつ寒くなるのか。こういった自分を取り巻く「生活のデータ」を全てトラックされればどういうことが起こるだろうか。ーーそう、予測してサービスを提供できる可能性が出てくる。
実際、自然言語で操作を実現するAppleのSiriなんかはその典型例だろう。クラウド上で大量の自然言語を解析し、音声コマンドを極めて自然に実現している。今はやってないが、もし、自分に関わる定性的な情報まで分析し、毎日ヒーリング音楽を聴いてる人に、このアロマオイルはどうかとコマースの提案をされたらどうだろうか。
音声による操作というのは単なる操作ではなく、ビッグデータとその先に続く「サービス」というドル箱の可能性を感じさせるものなのだ。Listnrはそれを自然言語ではなく「環境音」というカテゴリから挑戦しているところに面白みがある。
企業の社内コンテストから始まったプロジェクト
「就業時間の10%を使って自由に考えろ、というのがあって出したアイデアがListnrの出発点でした」
そう語るのはパナソニックのスマートハウスグループで主任技師を務める飯田恵大氏。前述の「自然言語」などを含むR&Dの研究現場で働いている。社内コンテストで30作品が揃う中、飯田氏のアイデアは上位につけた。
「元々は現在のListnrとは全く違う、幼児向けのプラレールに速度計を付けたものでした。加速が可視化できるという簡単なものです。それをみながら親子でコミュニケーションできるかなって」(飯田氏)。
このアイデアは採用されることはなかったが上層部の若手を育てなければならないという考えの元、飯田氏に一定の予算が与えられる。そして飯田氏がひとり開発を続ける中、外部の開発協力パートナーとして見つかったのがCerevoだった。
「実際に試作品等を作るにあたって、開発力のある外部パートナーを探していたんです。しかも販路はやはり海外にも広げたいということで何社かリストアップしていたら、Cerevoにあたりました。ただその時点では私、Cerevoのこと知らなかったんです。(Cerevo代表取締役の岩佐琢磨氏が元パナソニックということを)知ってる人は上層部の一部だけで。現場の所員はそんなに知らないんじゃないかな(笑」(飯田氏)。
こうして大企業と秋葉原の小さなスタートアップは静かにプロジェクトを開始した。2014年1月のことだ。
研究で終わらせない、製品を世に出すという「目標」
岩佐氏が4年ぐらい前から注目していた考え方がある。それが「ゆるく」人とデバイスを繋いでくれる、アンビエントな機器の構想だった。そこにあることも忘れてしまう、けれど人の動きに寄り添って、アクションを理解し、次の操作、動きに繋いでくれる。
「アンビエント・デバイスのことって話したことなかったかな。スマートデバイスって『うるさい』のが多いんですよ。ボタンが多かったり、検索結果をここに入れてね、みたいな。ユーザーが構えちゃう」(岩佐氏)。
ボタンもないし、入力もない。勝手にアクションを収集して、たとえば100ある動きの内、ひとつを何かのきっかけで出してくれる。
ボタンを押したから電源が入る、これまで当たり前だった「操作」という概念をもう少し拡大させて、より人間的な反応を返してくれる。そんなデバイスがあってもいいんじゃないか。そんな会話が岩佐氏と飯田氏の間で進んだ。
「赤ちゃんの声に反応する特化型のベビーモニターって北米などで需要があるんですよ。泣いたら台所のスピーカーが鳴り出して教えてくれる。広い家がある海外ならではのデバイスですね」(岩佐氏)。
元々のアイデアにも近く、子供との生活を安全に楽しくしてくれるベビーモニターは北米での需要を背景に一大マーケットを築いている。ここなら勝負ができるかもしれない。ーーそして何より二人が目指したのは「本当に世に出す」ということだった。
岩佐氏も企業での経験上、プロダクトを世に出す難しさは痛感している。大企業の若手教育のテストで終わってはいけない。そのためにも必ずこの商品は世に出す。しかし、実際は曖昧な状況だったという。
「世に出すのをどうするか、そこはふんわりとしていた。実際大企業の中で例えば1万件アイデアがあったとして、世に出るのは10件とか。ここの座組だけでは(本当に出すのは)無理かもしれないって考えてました」(岩佐氏)。
それを大きく変えてくれるきっかけとなったのが、ボタニカルアートで活動を続ける江原理恵さんとの出会いだった。
きのこロボットを作りたかったアーティストとの出会い
江原理恵さんは植物をモチーフにした作品を作るアーティストであると同時に、クラウドファンディングでニューヨークスタートアップの取材に向かうなど、テクノロジーとアートの世界を行ったり来たりしている「ハイブリッド」な人物。彼女もまた全く別の軸で「アンビエント」なデバイスを模索していたひとりだった。
「最初はね、きのこだったんです。きのこってね、植物と人間の間なんです。人間が感知できないものを教えてくれるきのこ型デバイス。乾燥してるとか寒いとか。いちいちアプリを立ち上げてチェックするのも面倒だし、きのこがすぼんで乾燥してるって教えてくれたらかわいいじゃないですか。そういうソフトロボットを作りたかったんです。愛くるしいやつ」(江原氏)。
知り合いのエンジニア達とどうやったらこのロボットが実現できるのか議論を重ねていると、あるチャンスが彼女の元にやってくる。ーーDMM.make AKIBAの誕生だ。Cerevoはここを新たな拠点としていた。
「きのこの話とアンビエント・デバイスの考え方って似てたんですよね。同じ思いを持った人たちを繋げるとモノができる。そう感じて紹介しました」(岩佐氏)。
こうして江原さんを加えた連合チームは方向性を明確にし、具体的な製品化への道を歩み始める。しかし問題は製品化の予算だ。プロジェクトとしては確かに興味深い。しかし、一般の人たちが使えるレベルかというとまだチャレンジするにはリスクが高すぎる。当然、飯田氏も上司の説得にあたるが芳しい回答は得られなかった。
「本当の製品にするには予算が足りませんでした。この(環境音認識による操作)分野に自分たちが率先して入っていくイメージがどうしても持てなかったんです。これ以上の投資は無理だと」(飯田氏)。
岩佐氏も大企業の事情についてこう語る。
「いろんなところで話してますけど、売れることが分かってる分野というのは大手はものすごく強い。50インチのテレビを販売した翌年に52インチを出したら、どれぐらい売れるか予想ができるし、一気に100分の1に下がることはないんです」(岩佐氏)。
Interphenomの立ち上げ、そしてクラウドファンディング、CESへの出展
大企業とスタートアップの取り組み、しかもこれだけリスクの大きなチャレンジ領域に挑戦してきたからこそ、どうしても製品を世に出したい。そこで3社は話し合い、新たにInterphenomというプロジェクト(現在法人化準備中)を立ち上げ、クラウドファンディングでこの製品を世に出すことにした。
「元々、自然言語の音声認識による操作というのはメジャーな位置づけなんです。しかし、今回取り組んでいる環境音による操作というのも可能性は大きい」(飯田氏)。
未知数の可能性をスタートアップと一緒に取り組む。クラウドファンディングはマーケットの意見を取り込み、リスクを分散させるのに最も適したやり方だ。結果、飯田氏の提案はパナソニック側に受け入れられる。
「スピード感や柔軟性、ノウハウの共有。とにかく研究開発だけじゃなくてハードウェアをちゃんと世に出していこうよ、っていうのを大手企業と一緒にしっかり工数出して頂いて取り組めたのが大きかったですね」(岩佐氏)。
CESに出展して同時にキックスターターにて出資を募った結果、現在、半分ほどの支援が集まっている。環境音による操作という可能性を今後、支援者や外部の開発者と一緒に探っていくことになる。
さて、いかがだっただろうか。
オープンイノベーションとか大企業とスタートアップとか、最近、新産業開拓に色々なコラボレーションの話題が聞こえてくるようになった。
これだけモノやサービスが溢れ返り、新しいニーズ・マーケットを開拓することが難しくなった現代に必要な考え方である一方、どうしてもバズワード、形だけといった話もちらほら聞こえてくる。特に、小さなスタートアップの創業者と大企業の勤め人では、そもそも考え方も環境も「全く」違う。
文化の違う両者がどうやったらうまく協力し合えるのか。その鍵はお互いが「やれること」をしっかりと理解し、できる限り同じ視線を持つことだろう。よくある失敗例は単なる大企業の受託をスタートアップ側がやってるというものだ。「クリンチ」はやってもやられても受発注の関係以上にはならない。
彼らの取り組みの成否はこれからマーケットが決めることになる。しかし、そのチャレンジ自体の成否がどうあれ、今後の資産になるのは間違いない。大企業とスタートアップが共に協力し合い、一つずつこういった「現実的な」挑戦を続ければ、その先に新しい可能性が生まれるのではないだろうか。
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