労働が拡張する世界ーースタートアップが必要だったワケ/Telexistence 富岡仁氏 Vol.2

テレイグジスタンス代表取締役CEO、富岡仁氏

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

前回のインタビューではハードウェア・スタートアップの大きな壁となる実証実験をどのようにクリアし、創業からわずか3年というスピードで遠隔操作ロボットという新たな技術を試用運転にまで進めることができたのか、その逆転の発想についてお伺いしました。後半ではそのようなスタートアップがどのようにして生まれたのか、富岡仁さんの創業ストーリーについて伺います。(文中の質問者はMUGENLABO Magazine編集部、回答はTelexistence代表取締役CEOの富岡仁氏、文中敬称略)


はなぜスタートアップ企業になったのか

創業の前は三菱商事ですよね

富岡:長期売電契約が紐付いている太陽光や風力などの発電所に投資したり売却する仕事をしていました。大学がコーポレートファイナンス関連の専攻だったので、三菱商事に入社した当初は財務部に配属されました。総合商社を選んだのは、新卒時点で何か一つの事業セグメントを決めることができなかったので、色々な事業を総合商社で幅広に探索できればという感じでそこまで深い意味はなかったです。

その後、ファンド運営で投資も手掛けられる

富岡:(三菱商事在籍中)スタンフォードへの社費留学から戻ってきた時ですね。グロースファンドの組成と運用を2年半ほどやりました。おおよそ300億円ぐらいの資金を日本のLP投資家から集めて米国のスタートアップへグロース投資をしてました。今はもう名前がSnapに変わってしまいましたが、当時のSnapchatだったりUberなどが出資先でした。そういうのを数件やって、もういいかなと。ファンド投資といっても所詮はサラリーマンとして関わっていて、いくら資金を集めて投資をしても個人としてのリターンは変わらない。元Andreessen Horowitzのファンドパートナーとその彼のチームと一緒に仕事をしましたがそれを実感しました。

そこからスタートアップするわけですが何がどうなってテレイグジスタンス(遠隔存在)に

富岡:三菱商事には結果的に12年ほど在籍しました。事業開発や投資など三菱商事でやれることは全部やったからそろそろいいかなと。じゃあこの会社で経験できないことは何かと考えた時に、スケーリングを体験したいと思いました。スケーリングの議論は、最も基本的な話で言うなら、サイズが変化した時にその系がどう反応するか、という話です。その観点で言えば、企業のサイズが倍になると、組織として何が複雑化するか?企業の売上が短期間で2倍3倍になると何が起こるか?物理学でいう「超線形スケール化」という現象、もしくは非線型的挙動みたいなものをビジネスの世界で見てみたい、経験してみたいと思いました。

当たり前ですが、大企業は急成長をするような事業というよりは、あくまで実証済みの技術とビジネスモデルをベースにキャッシュフローが読みやすい案件に取り組む機会が多いので、非線形でスケーリングしそうな事業に挑戦することに決めました。未実証な革新的技術を核にしたアーリーステージのビジネスですね。

で、テーマを探していた時に出会ったのがVRだったんです。

創業時の様子

三菱商事を辞めてTelexistenceをすぐに創業した、ということじゃないんですね

富岡:我々のスタートアップ・ストーリーですが、実は非常に独自のストーリーです(笑。

三次元の空間伝送という意味でVRには大きな可能性を感じたので、どうやってこの技術を事業化するかを模索していた時、Supership元代表の森岡(康一)さんと意気投合して、一緒にVRの新規事業をやろうよということになりました。VRはスタートアップとしてやるにはアーリーすぎて日本の資本市場ではミスマッチがあるし、かといって大企業は先も話をしたようにこういうリードタイムが長すぎるものは嫌う。Supershipはそういう意味で「中間点」でした。KDDIという大企業の資本も活用しつつ、創業数年という組織なので機敏にも動ける。これはいいぞ、と。それで転職しました。

結果的には半年ほどでVRの新規事業をやりながら現在のTelexistenceを創業することになるんですが。

そこで遠隔存在の技術に出会った

富岡:当時、私にはVRともう一つ、新しい領域の技術やビジネスモデルをソーシングしてくるというミッションも担っていました。東大名誉教授の舘先生やテレイグジスタンス技術との出会いもその流れでした。

当時、まだ副社長だった髙橋(誠・KDDI代表取締役社長)さんを東大や慶應の研究室にお連れして、技術をプレゼンし、KOIF(KDDI Open Innovation Fund)の投資会議にかけて自分は投資担当として全ての過程に参加していました。で、これはいいものだから進めようとなるわけなんですが、ある時点から、これ革新的な技術はあるけど経営や資金調達など会社に必要な機能はどうするんだ、という論点が浮上しました。技術ドリブンの大学発ベンチャーにありがちな話です(苦笑。

僕自身は、テレイグジスタンス技術の可能性を信じてましたし、技術的な難しさはあるものの、ティッピングポイントを超えて社会実装された時の変化率もしくは進化率は自分が今まで感じたものの中では一番大きいと思ってました。なので誰もやらないなら、自分でやってしまおう、と。当時のKDDIやSupershipの関係者とも相談し、経営側の人間として立ち上げに参画することにしました。

なかなかのジャンプですね

富岡:技術が実際にあったのも大きかったです。流石に紙だけのコンセプトであれば心配ですが、東大の研究室で実際にプロトタイプが動いているわけですし、エンジニアを揃えて資金と実現までの時間軸を考えてスケーリングさせるのはまさに自分が三菱商事をやめて体験したかったことだと思いました。

ただやはり、既に存在している市場で技術やビジネスモデルの焼き直しをするのではなく、本当にゼロから市場を作ることになりますからね。何もない。本当の新規事業です。そういうものをやるのって、まあ、しんどいですよね。

サラリーマン時代に事業・資産買収やシリコンバレーのグロースファンドをやってファイナンス知識・事業に関する経験もある程度備わっているわけです。創業の難しさはどこにありましたか

富岡:創業することに難しさはあまり感じませんでした。誤解を恐れずに言えばシードファイナンスはその後に経験するハードシングスに比べればまだ楽です。そこからです、本当の難しさは。技術・事業のマイルストーンをきちんと実現し、正のキャッシュフローが出るまで醸成した期待値を調整、維持、拡大しないといけない。この過程でスタートアップをやっている人間にかかるプレッシャーは相当大きくなります。

MODEL Hの遠隔操作(2018年)

更に言えば、ハードウェアスタートアップ独特の難しさもある

富岡:例えばファイナンスで言えば、ソフトウェアスタートアップなら一回の資金調達でランウェイを18カ月用意しましょう、みたいな資本市場の暗黙の共通認識があると思います。これに従いソフトウェアのスタートアップは資金調達後、18ヶ月以内で重要なマイルストーンをクリアしてその後もファイナンスを繰り返していくわけです。今はソフトウェアビジネスが全盛の時代なので、この18ヶ月というのがいつの間にかソフトウェアのみならず全てのベンチャー投資の共通認識になるわけです。

一方、ロボティクスやハードウェアビジネスが18ヶ月以内に技術・事業開発で、次の資金調達の時価の根拠となるマイルストーンをソフトウェアビジネスのようにいくつもクリアしていくのは難しい。従って、18ヶ月分の資金調達、という認識がある資本市場で、ハードウェアスタートアップは24ヶ月や30ヶ月分の資金を一度の調達で確保しなきゃいけない。

このギャップを乗り越えるには、ビジョンや技術、事業構想ももちろん重要ですが、それを誰がやるのか、という実行者の実力を、実行前に証明することが必須です。

どれだけ経験していてもロジックだけではどうにもならない

富岡:当初は2017年5月にシードファイナンスをして次の調達予定は2018年11月の予定でした。きっちり18ヶ月です(笑。当時の私はハードウェアは初めてで資金繰りの計画を甘く見積もってました。

想定外の部材を準備しなくてはいけなくなったりと、ロボット開発はびっくりするほどお金がかかります。シードで用意した資金で想定していたこと「以外」のことがガンガン起こる。会社の製品としての試作機を開発して、その上でどの事業領域をどういうビジネスモデルで行うのかを示すのが次の調達に向けてのマイルストーンだったので、そのプロトタイプが完成しない限りには顧客候補とも議論が出来ない。そして刻一刻と資金は尽きてくる。苦し紛れに顧客と話をしても「コレまともに動いてないじゃん」と。もはや時間切れでファイナンスの交渉力もなくなってくるわけです。

でもようやくなんとかプロトタイプが完成して、さらに100社ぐらいですかね、各事業領域での大手顧客候補との話も終わり、将来のゲームプランもできていたことで先に進めました。明日振り込みがなかったら、というギリギリとの戦いです。

どうもありがとうございました。

テレイグジスタンスと通信を通じて、身体性を伴う人間の労働が拡張される世界へ

ということで2回に渡り、Telexistence富岡仁さんのお話を伺ってきました。創業からたった3年という時間軸で研究段階だった概念を形にし、社会実装できる一歩手前の段階にまで駆け抜けた裏側には、普通のスタートアップとは少し違った大手との共創ストーリーが隠れていました。話の最後、富岡さんにロボットと共生していくこの先の未来について尋ねたところこのようなお話をしてくれました。

「テレイグジスタンス(遠隔存在)技術は人間の身体的能力を音楽や書籍と同様にどうやってデジタル信号にして伝送するか、と言う問題を解いています。そして、この物理的な身体的能力のデジタル化を労働に結びつけるとTelexistenceの事業コンセプトである、「拡張労働力」、につながります。

つまり、我々が作りたい世界というのは、オフィスワーカーがZoomを使って遠隔で仕事をするように、肉体的な労働力を提供しているエッセンシャルワーカーが、世界中のどこからでもロボットを通じてその労働力を提供する世界です。こうすることで、人間は、インターネットとロボットで構成されるネットワーク構造を通じて、複数の時空間スケールにまたがる形でつながり、相互作用し、そして進化すると思っています」。

大手との共創で世の中にある技術が大きく社会を変える、スタートアップの本来の役割を感じる取材となりました。次回もまた共創によって社会を変えるキーマンの話題をお届けします。(了)

関連リンク