競争から協調へ——未来の銀行を知る起業家ブレット・キング氏が語った、AI時代の新たな経済パラダイム

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Brett King 氏
Image credit: Masaru Ikeda

7日から9日、バンコクで開催された「Techsauce Global Summit 2024」には350人のスピーカーが登壇したが、その2日目のトリとして、ステージ上には Brett King(ブレット・キング)氏の姿があった。King 氏はネオバンク Moven の創業者で、「Bank 4.0(邦題「BANK4.0 未来の銀行」、藤原遠監訳、上野博・岡田 和也 訳、東洋経済新報社 刊)」や「Augmented(邦題「拡張の世紀 テクノロジーによる破壊と創造」上野博 訳、東洋経済新報社 刊)」などのベストセラー作家としても知られる King 氏は、技術革新が人類社会に与える影響と、それに伴う課題について深い洞察を示した。

AI 開発競争と人間拡張

King 氏は冒頭で、AI の開発競争が新たな「宇宙開発競争」になっていると指摘した。中国やアメリカが巨額の投資を行っており、2026年までに AI 関連の世界的支出は3,000億米ドルに達すると予測されている。現在でも、ソフトウェア支出の35%が AI に関連しているという。この背景には資本主義の論理があるとして、彼は警鐘を鳴らした。

AI は人間を労働力から排除し、高度に自動化された効率的な企業を生み出すことができるからです。でも、これは労働者にとって深刻な問題となる可能性があります。家賃を払いたい、食事の代金を払いたいなら、働く必要があります。AI があなたの仕事を奪わないのかという疑問が生じるのです。

しかし、AI がもたらす変革には明るい側面もある。これはすでに予測というより一部機能は現実化されているが、パーソナライズ AI アシスタントの登場だ。多くの単調で退屈な仕事がロボットや AI に取って代わられるため、社会における〝仕事〟の意味は変化することになる。今後10年から20年の間に、私たちは人間の新しい役割を見出す必要がある。

Image credit: Masaru Ikeda

今日生まれる子供たちは全員、世界と未来を案内してくれる AI 教師を持つことになるでしょうから、個々の要求に応じたパーソナライズされた教育が可能になるでしょう。労働の世界では、OpenAI CEO の Sam Altman(サム・アルトマン)氏の言葉にもあるように、次の10億米ドル企業は、わずか5人の従業員で運営される AI 企業になるでしょう。

技術の進歩は人間そのものも変えていく。King 氏によれば、人類はデータによって拡張され、世界をより深く理解できるようになる。さまざまな技術によって身体を拡張し、寿命を延ばし、超能力を獲得することもできるようになるだろう(これは、最近話題の 不老長寿テックにもつながる)。これには、AI と競争するための増強知能や、サイバネティック・インプラントなどが含まれる。

20年後には、今日我々が使っている「障害」という言葉はなくなるでしょう。ほとんどの障害は技術によって改善または除去できるようになるからです。でも、ロボットの義肢がより強く、より速く動けるからといって、自分の腕を切断したいと思う人が現れたらどうでしょうか。これは倫理的にどう考えるべきでしょうか。

また、AI が〝神性〟の一形態となる可能性にも言及した。人類はこれまで AI のような存在が社会に与える影響を経験したことがない。我々は未知の領域に踏み込もうとしているのだ。

量子コンピューティングの衝撃

AI だけでなく、量子コンピューティングも社会と人類を再定義する技術になると King 氏は予測した。

量子コンピュータは巨大な問題を解決する能力を持ちます。伝統的コンピューティングや AI と組み合わせることで、新しい薬の開発、がんの治療、長寿の実現、気候変動や汚染、食糧生産といった地球規模の問題解決に貢献するでしょう。

しかし、量子コンピューティングには深刻な脅威も潜んでいる。King 氏は2022年8月に起きた、アメリカ上空で発見された中国の気球事件を例に挙げ、量子コンピューティングが既存の暗号システムを破壊する可能性を警告した。

中国政府は昨年、量子コンピューティングに190億米ドルを投資しました。その目的の一つは、アメリカの軍事通信を解読することです。今後5〜7年以内に10万量子ビットの誤り訂正量子コンピュータが実現すると、既存の RSA 暗号が全て破られる可能性があります。

この日のことは「Q-Day」と呼ばれ、その日を皮切りに、インターネット、ビットコイン、銀行システム、医療システム、政府の機密通信、メール、あらゆるものが量子暗号技術によって破られる可能性がある。King 氏によれば、アメリカ軍は既にポスト量子時代のサイバーセキュリティに1兆米ドル以上を投資しているという。

2028年か2029年までに、クラウド上で量子コンピュータを使ってメッセージやソフトウェアを暗号化していなければ、事実上セキュリティはゼロになるでしょう。企業や組織には、早急な対応が求められます。

気候変動と資本主義の限界

King 氏は、AI と量子コンピューティングの発展が気候変動などの地球規模の問題解決に貢献する可能性を指摘する一方で、現在の経済システムの限界も指摘した。1972年に MIT(マサチューセッツ工科大学)とローマクラブ(スイスのヴィンタートゥールに本部を置く民間のシンクタンクで、1972年発表の第1回報告書「成長の限界」は世界的に注目された)が行った研究を引用した。

経済成長と GDP 成長を社会の中心目標として維持し続けた場合、2040年までに人類のシステムは崩壊するという結論に達しました。2020年に KPMG が行った検証でも、この予測が正しいことが確認されたという。有限の資源を持つ世界で無限の成長を続けることはできません。自動化が進めば進むほど、無限の成長の可能性に近づきます。ここに資本主義の限界があるのです。

気候変動の影響はすでに顕在化しており、2030年代から2040年代には気候レジリエンスと気候変動緩和が最も成長の速い産業になると予測されている。人類は地球を再設計して問題を解決する可能性があるものの、それには資本主義システムが提供できる以上の資金が必要になるため、これを実現するには、根本的に経済システムを変革する必要が生じることになる。

これらの課題に対処するためには、競争から協調へのパラダイムシフトが必要です。今日の世界は、資本主義システムのために人工的な希少性を生み出しています。市場で競争相手に勝つために、資源を支配し、市場を支配しようとしています。しかし、実際に我々に必要なのは持続可能な協力です。競争ではありません。労働力の変化、気候目標などの問題は、すべて協力を必要としています。

King 氏は、経済学者 Dave Shapiro 氏の「Meaning Economy」という概念を引用し、将来的には4種類の仕事しか存在しなくなると予測した。それは、「法定の役割(規制、法律、司法など)」「意味と情熱に基づく仕事」「より良い人間体験の創造」「人間のケア(特に高齢化に伴うもの)」だという。King 氏は、これには資本主義の支配を制限する必要があると述べた。

AI は初期の農具や最初の内燃機関、生産ラインと同じように、ツールなのです。このプロセスは、私たちが AI と協調し、お互いに協力し合えば機能します。次世代の人類は、お互いに競争することを超えて、私たち自身と技術との間で協力することを学ばなければなりません。これが今、データが私たちに告げていることです。

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