Gunosyが「グノシー」に変わるまで、それと共同創業者「きむしん」が眺めてる未来の話

by Takeshi Hirano Takeshi Hirano on 2015.4.28

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朝、7時30分頃。私のメールボックスに今朝もまた一通のメールが届く。

個人ブログやニュース、2ちゃんのまとめ記事。パーソナル「ロボット」Gunosyは毎日、淡々と私が興味のありそうな話題を届けてくれる。私はそれを横目でちらりとチェックしてロボットの精度を評価する。

昨日は当たり、今日は外れ。

Gunosyを最初に知ったのは2012年6月。江口晋太朗くんが書いたこの記事が私と彼らの最初の出会いだった。人間とコンピューターが追い求めてきた「情報を見つける」手法は、米Yahoo!による人力ディレクトリからGoogleのページ・ランク、Amazonのレコメンド、facebookのソーシャル・グラフと発展し、またその次の一手を模索している。

Gunosyの情報検索の思想は最初から100%ヒットを狙って「いない」のが特徴だ。ソーシャル・グラフからユーザーの興味を読み解き、25本の「近い」情報にまとめる。その情報に触れた人間は、そこに散りばめられているキーワードから起想するクエリを使って次を検索する。ロボットと人間による情報検索のハイブリッド・システムのような印象だった。

でも、このGunosyは後に「グノシー」へと変化する。なぜなら、そうしなければ生き残ることはできなかったからだ。

「きむしん」と大学生の出会い

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木村新司氏を説明するのはすごく難しい。

経歴を追いかけると、東京大学の理学部を卒業後、ドリームインキュベーターにて事業コンサルタント、シリウステクノロジーズを経て、2007年3月にアドテクのアトランティスを立ち上げている。

私が出会ったのはそれから2年後ぐらいで、当時すでにSEO事業から無料のアドサーバー「AdLantis」へと事業をシフトさせており、その後スマートフォンの波に乗ってグリー子会社化へと突き進むことになる。

彼を取材する時、私はいつも以上に準備をしていかない。彼は現実的でありテクノロジストだから、合理的な質問をしても理路整然とした回答しか引き出せない。できるだけ揺らしてやろうと裸で臨むのだがいつも失敗している。

そんな彼のことを周囲の起業家や友人たちは親しみを込めて「きむしん」と呼ぶ。

Gunosyを開発した福島良典氏、吉田宏司氏、関喜史氏と「きむしん」が出会った頃の話を彼に聞いたことがある。ちょっと興奮しながら、初めて出会って食事した時のこと、Gunosyっていう名前はいかがかなと改名を要求したこと、1億円近い資金を投入すると即決したことーー数年前の話を、昨日のことのように振り返る。

冒頭のインタビューにもある通り、福島氏ら学生3人は当初、このサービスを拡大させる気はあまりなかった。

「3人とも現在大学院の修士2年だ。進路も就職の内定が決まっているそうで、現在のところGunosyの法人化などは特に考えていないとのことだった。純粋にデータマイニング研究としてのサービスを考えており、どこまでもユーザ視点でサービスを考えている」(記事より引用)。

参考記事:情報の新しい流れをつくりたい–東大のエンジニア集団が立ち上げた次世代のマガジンサービスGunosy(グノシー)

しかし彼らは出会ってしまった。

そして2012年11月、Gunosyは法人としてこの世に生まれることになった。

アドテクとの融合

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Gunosyとは一体何なのか?ーー私はこのことについてしばしば木村氏と意見を交換していた。確かに便利だ。ニュースを毎朝ロボットが届けてくれる。思いもよらなかったキーワードの「気づき」を与えてくれる。

でも、これがビジネスになるのか?

やはりその答えは木村氏が持っていた。いや、元々そういうアイデアがあったと考える方が正しいだろう。つまり、彼の主戦場であるアドテクだ。少し過去のインタビューを引用する。

「Gunosyはディマンド側(注:広告主側、枠を買う人)とメディア側のちょうど中間点に存在して、メディアの代わりにユーザーの情報を切り分けてディマンド側に教えてあげることができるんです。

DSPもSSPもまだまだ発展途上です。現時点でディマンドサイドは安く効率的な購入が可能になってきました。一方でメディア側は読者の属性データを十分に出せてないため、ただただ効率よく切り取られていくばかりになってしまっている。

(今回のGunosy Adsの高パフォーマンスは)本来はSSPがDSPにもっとしっかりと情報を出せば「安く買われる」ということがなくなるんだ、という証明のようなものだと思ってます。

メディアの提供するニュースから人の興味が理解できる立ち位置ですから、ニュースサイトを持っているメディアに代わって最適な広告表示をしたり、という可能性はありますね」(記事より引用)。

参考記事:Gunosyは単なるニュースアグリゲーターではないーー共同代表の木村氏に聞く「Gunosyの正体」(前半)

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彼はアトランティス時代から常々、アドテクにはメディアの歩み寄りが必要不可欠と考えていた。しかしアドテクは非常に複雑だ。多くの小規模メディア側にしてみたら、高いコストを払って専属の人員を配備するよりも、代理店に任せて言われるままにタグを貼り付ける方が現実的なのだ。結果、広告のマッチング精度は著しく落ちる。

メディア側が広告側にこれないなら、自分から行く。

Gunosyがアドテクを持って且つ、メディアとなる。広告主と媒介するメディア、そして読者というすべての要素をコントロールする姿はそう、王者ヤフージャパンの姿と重なる。彼はスマホ時代のそれを目指したにすぎない。

結果、Gunosyは早々に毎月億単位の売上(※)を作ることに成功する。

※直近の平成26年11月の第二半期の売上高は12億7700万円

Gunosyから「グノシー」への羽化、そしてバトンタッチ

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「まあいいんですよ。形になったんで」。

共同代表の「木村新司」から共同創業者の「きむしん」に戻った顔で、彼は少しだけ寂しそうにこう漏らす。

彼が共同代表を降りることになった理由は明確にはわからない。私が取材で得た幾つかの関係者の話を総合すると、グリーに売却した事業とGunosyでの事業がなんらかのコンフリクトを起こしたことは間違いなさそうだ。事実として彼がグリーに売却したアトランティス(その後社名をGlossomに変更)が提供していたアドテク事業「AdLantis」は3月末日付でバリューコマースに譲渡されている。もう彼の軌跡はグリーには残っていない。

ただ彼が代表を降りた経緯、その後の顛末、当然どれも彼の口から語られることはない。彼は2014年10月からシンガポールに移住して、一人の株主として遠くからGunosyの成長を眺めている。

Gunosyに変化が起こったのはどうだろう、2014年2月のインターフェース変更あたりだろうか。ロゴが武骨なGのフォントから軽やかな飛行機マークに変わり、アプリのコンテンツはどちらかというと読みやすい話題やゴシップ、ネタ的なものが増えていった。サービスの表記にもGunosyからカタカナで「グノシー」が添えられるようになったのもこの頃だ。

初期ビジネスが広告である以上、彼らには幅広いリーチが求められる。テレビCMも開始し、お茶の間に流れるニュースアプリ「グノシー」は2015年2末時点で886万ダウンロードを獲得した。更にリーチを広げるためにニュースだけでない、ポータルの構想も立ち上げた。

もちろん少し寂しさはある。結果、私はアプリの対象ユーザーから外れたし、似たようなアーリー・アダプターたちはその変化を嘆き、ある人は攻撃的になった。あの日のGunosyを返せ、と。

ただ実はGunosyはそのまま動き続けている。冒頭の通り、あの「ロボット」から配信されるおすすめの25本は、今も何も変わっていないのだそうだ。(少なくとも昨年福島氏らに聞いた時はそう答えてくれていた)

こうして学生が発明したレコメンドエンジンとしての「Gunosy」は、一人の起業家の力を加え、スマホポータル・メディアとしての「グノシー」に羽化を果たした。

そして4月28日の今日、彼らは上場した。

きむしんが眺める未来

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「結果的に、なんですけれど一度(共同代表を)離れたことで大きな視野で考えられるようになりましたね」。

少し前、都内で帰国中の木村氏と1時間ほど会って話することがあった。

これでかれこれ6年ほど彼を取材していることになるのだが、その表情は現場の時とあまり変わっていない。ただ、常に緊張感を持ってスタートアップのトップを張ってた時よりはいくばくか柔らかかった。少しふっくらしてたのは気のせいだろうか。

会話は後進起業家の育成の話題から始まった。

「まず、大きな会社を作ってみせる、というのが大切だと思うんです。会社って戦略だけじゃなくて運営力も問われる。2年前は福島たち役員陣も大学卒業したての『お兄ちゃん』だったわけじゃないですか。(そんな彼らでもできる)経営の仕組みを提供すること、それをやったことのある経験あるVCが増えること、これが後進育成に大切なんじゃないかなって。

大きなテーマを与えることも大切。VCは短い期間でファンドをイグジットしないといけない仕組みなので、どうしてもキャッシュフローを見過ぎてしまう。エンジェルが増えて、資金の投下量が増えないと、今はいいですよ、今後、人工知能だったり自動運転車だったり息の長い事業で起業家が無理できない状態になってしまう」。

ずっと抱えている少子高齢化、エネルギーの問題に日本がどう立ち向かうか。起業家という人種はある意味「捨身」で新しい産業を生む原動力になってくれる。彼が福島氏ら学生と出会い、数億円の個人資産を投入したのは、ルールの決まっているファンドや借金といった仕組みでは彼らを開花させることが難しいと考えたからだ、という。

木村氏は彼らを育て、数年で大きなステージに持ってくることはできた。ではこの先に彼は何を見ているのか。

「ニュースのようなユーザーの入り口になる場所はこれからも押さえていきます。けど、本当に重要なのはそこを入り口にする基幹産業なんです。例えばGrabTaxi(アジア圏のUber系サービス)のようにスマートフォンを入り口に別の事業が動きだす。こういう太い事業に投資していく。そうやって既存産業を変えていくのが次の仕事だと思ってます」。

これから先、どうやって仕事を作っていくかというのは本当に大きなテーマだと思う。国内だけでなく、成長著しいアジアの風を実際に移住することで感じている彼は、何を効率化すれば、どういう事業が生まれるのか、どれだけの雇用が生まれるのか、そういう視点を持っていた。

もちろん、その入り口にはスマートフォンとGunosyがある。

彼はネットと既存産業の融合には、より安価で使いやすいインターネット・インフラが更に重要性を持つとも何度も語っていた。それはfacebookが主体となって推進する空からのインターネット配信プロジェクト「Internet.org」に通じる部分もある。

彼にいつまた起業家として現場に復帰するのかと尋ねたところ、ふっと苦笑いしながら「1年後ぐらいかな」と返してくれた。

彼の再始動を楽しみに待ちたいと思う。

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