投資家・木村新司のビジョン、個をエンパワーする時代の幕開け(前編)

by Takeshi Hirano Takeshi Hirano on 2018.6.1

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代表取締役会長に就任したAnyPayの木村新司氏

AnyPayの木村新司氏が投資により力を入れる。

6月1日に同社は木村氏を取締役会長に、取締役COOの大野紗和子氏とペイメント事業を統括していた井上貴文氏の2名を代表取締役にする新体制を発表した。

Gunosyの共同代表を辞してから個人投資家としてシンガポールに移住。しばらくの充電期間を経て彼がペイメント領域の「AnyPay」を立ち上げたのは2016年8月のことだ。その後同社は個人向けペイメントの「paymo」、ビジネス向けの「paymo biz」を柱に事業を展開。並行して暗号通貨への投資、コンサルティング事業を手がけるなど、新しい時代の金融を見据える位置にポジションを構えた。

今回の人事で同社は木村氏が投資事業、大野氏がブロックチェーンおよび新規事業、井上氏がペイメント領域を管轄し多角化を進める。

木村氏は何かを見つけたのだろうか?

帰国中の彼に1時間ほどインタビューの機会を貰えたのでそのビジョン、目指す先の世界について話を聞いてきた。(前後編でお送りします。太字の質問は全て筆者、回答は木村氏)

投資前夜ーー木村新司をつくったもの

話を始める前に少し整理をしておこう。

投資家としての彼の活動は創業したアトランティス売却後あたりから徐々に芽生えを見せ始める。創業期のGunosyやウォンテッドリー、bitFlyerなど、それぞれが経済的なインパクトを与える規模に成長しているものも多く、さらなる拡大を目指した投資活動はシンガポール中心に海外含め、2016年に設立されたファンド「DasCapital」に集約されることになる。

昨年7月に詳細な投資活動について発表してから、さらに20億円の投資を完了しているという回答だったので、木村氏はここ2、3年で40億円ほどの投資活動を手がけていることになる。領域もフィンテック関連が7割と多く、シェアエコノミー、仮想通貨関連がそれに続く。

AnyPayを立ち上げるまでの木村氏はいわゆる「アドテク」の人だった。少なくとも私の解釈はそうだった。しかし今、彼が見ている世界は広い。私はまず、彼の理解を深めるためにそのルーツとなる「Gunosy以前」を改めて聞いてみることにした。

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これからの話を聞く前に、木村さんがこれまでやってきたこと、そのルーツを振り返りたい。学生時代から具体的に何か思い描いていたものがあったのか?

「両親が教師だったこともあって、人がこう、賢くなっていくような機会に関わっていたいというものはありましたね。大学時代はそもそも物理学者になりたいと思ってたぐらいでしたから」。

作ることが好きだったという木村氏。物理学専攻の優秀な東大生だった彼には当然、仕事の選択肢は広く用意されていた。しかし彼は先の見えない「創業」という道を歩み出す。コンサルや共同創業のステップを経てアドテクのアトランティスを創業したのが2008年のことだ。ただ世の中はこの後、リーマン、ライブドア、震災と最悪の数年間を迎えることになる。五里霧中の当時を木村氏はこう振り返る。

「今でこそTwitterやFacebookとかありますけど、当時は何やればいいかなんて分からないですよね。さらにリーマンショック真っ只中ですから、とにかくお金が稼げるものじゃないと生き残れない。広告を始めたのはそういう環境が大きく影響してましたよ」。

転機はいつ頃?

「とにかく情報がない。無料のアドサーバーをこういう風にやればいい、と思ってやるんですが思う通りになかなかいかない。ある程度のサイズ、当時で月商3000万円ぐらいかな。スマートフォンからのアクセス量がどんどん増えていってるのを見てここに集中したらようやく(伸びた)」。

当時の学びを「スケールする成長マーケットにいなければならない」とする木村氏。今でこそ当たり前の指摘だが、当時はテクノロジーもデバイスも、インターネットですらまだ新しい世界。どこが伸びるかなんて本当に手探りだった。彼はその中でデータを頼りに答えを見つけることになる。

市況の悪さに新しいチャレンジという食べ合わせの悪い状況を乗り越え、彼はアトランティスをグリーに売却する。起業家としてゼロイチを経験し、何もない場所から成功を発見する「勘」を養った木村氏。そんな彼と運命的な出会いを果たしたのがGunosyだった。

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福島さんたちが作っていたものを見て確信した?

「そうですね。まあ、これぐらいにはなるだろうなっていう想定はありましたね。ヤフーやFacebookが少しずつインライン広告のようなスタイルを始めてましたからここでもできるだろうと。あと、やはりニュースってインターネットメディアの華なんですね。(アトランティスで)ここの広告枠にどれだけの価値があるか、ずっとやっていて理解していたのも大きかったです」

Gunosyが法人として誕生した2012年当時はまだ、スマートフォンが国内でようやく普及し始めた頃だ。パズドラのヒットやスマホアプリが乱立するなど活況は感じられるが、まだまだ一般の認知は低い。木村氏もフィーチャーフォンの時に成功した企業を眺めていた一人でもあったので、デバイスの変化が起こす波の大きさは理解していた。

このあたりの顛末はこの記事に収めてあるのでご一読願いたい。

かくして彼らは2015年4月、東証マザーズに上場することになる。少し蛇足になるが、孫正義氏が米ヤフーとソフトバンクの合弁で日本のヤフー法人を立ち上げたのが1996年、39歳の時だ。ヤフーというメディアを手に入れたソフトバンクがその後どのように躍進していったのかはご存知の通り。

話を次に進めよう。

Gunosy以外にも当時、伸び始めていたウォンテッドリーやbitFlyerなどに結構な金額を投資している。なぜ投資を始めて、どういう視点を重視したのか?また、そこから得た学びは

「だって起きてることがあるのにそれをそのままにしておくの勿体無いじゃないですか(笑。例えばウォンテッドリーはFacebookのトラフィックが伸びてるのが見えてたわけですから。(学びについては)新しいものは掛け合わさない。例えばトラフィックが新しくなったらそこに既存のプレーヤーをぶつける。あと順序っていうものがあって、アドテクとデバイスだったらスマートフォンの普及の方が早かったりしたわけです。そういう順番を考えるってことですね」。

投資先を見極める能力を高めた彼の元にやってきた次の波、それが「フィンテック」だ。DasCapitalでも4つの領域を注視しているように、決済や暗号通貨、シェアの波は個人の生活に大きく関係する「お金」の価値観を一新しようとしている。

「今って(かつて自分たちが苦労した時代と違って)誰でもメッセージできるし、コマースを始められる時代になりました。こういった個人をエンパワメントするサービスが増えてきて、さらにそれらをシェアするような環境ができたら恐らく、(莫大なデータを)人工知能で最適化する流れになっていくと思うんです」。

例えば電車に乗っていてそこから飛行機に乗り継ぐ。またそこからUberのような車を使って自転車で目的地に到着する。これらは全て別のインターネットサービスで予約・決済していたが、今後、ブロックチェーンによってそれぞれに必要だった「承認・決済」というフローの壁が曖昧になっていく。

一つのIDで事業者の異なるサービスがゆるやかに繋がり、人は面倒な個々のサービスをひとつずつ契約することなしに利用が可能になる。もちろん支払いはそれぞれのサービスが提供する暗号通貨だ。ポイントのような姿をしているかもしれないし、共通のブランドになっているかもしれない。

サービスは大きな中央集権の仕組みを持った企業が提供するものもあれば、民主的な分散的な決定フローを持ったものもある。それらが全て繋がるインフラ、決済や承認が自由になる世界。

これからは会社や組織という「大きなクラスタ」だけではない、個人の時代がやってくる。彼が見ている次のビジネスチャンスはそこにある。(後半につづく/投資家・木村新司のビジョン、なめらかなシェアの世界と暗号通貨(後編))

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