ライドシェア時代の車内コンビニーードライバーが乗客に販売できる食料品を提供「Cargo」というアイデア

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Image by  Martin Lewison

筆者がアメリカで配車サービス「Uber」を使った際、3ドル程度で売られている500mlのミネラルウォーターを乗客に無料で配布するドライバーに出会ったことが何度かあります。10〜20回に一度しか出会えないので、私はそのような気前の良いドライバーを「アタリ」と呼んでいました。

彼らは単に慈善心からミネラルウォータを無料提供しているのではありません。乗客からの評価レートをなるべく高くしたいモチベーションが働いているため、飲食品を提供しているのです。私たち乗客もドライバーの意向は汲み取っているので、もちろん毎回レートは最高評価を付けていました。

このような体験から、当時から筆者は車内における飲食物の有料販売にビジネスチャンスを感じていました。そこで登場したのがライドシェアリングサービスの乗客向けにお菓子や飲料品を有料販売するマーケットプレイス「 Cargo(カーゴ) 」です。

ライドシェアリングに小売コンセプトを持ち込んだ「Cargo」

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「Cargo」は2016年にニューヨークで創業したライドシェアリング向け小売プラットフォームを展開しているスタートアップです。著名アクセレータ「 Techstars Mobility(テックスターズ・モビリティー) 」の2016年バッチを卒業しており、すでに870万ドルの資金調達に成功しています。ここからは「Techstars Mobility」の デモデイ動画 で紹介された数値データを元に、簡単にサービス内容をご説明します。

同社の開示データによれば、「Uber」や「Lyft(リフト)」の運賃は平均35%下がり、運賃が下がったことで61%のドライバーが複数のシェアリングサービスを利用せざるを得ない状況とのこと。たとえば、配車サービス「Uber」と「Lyft」を掛け持ちして、隙間時間を最大限活用して朝から夜までお金を稼ぐ具合です。

「Cargo」はB2C2Cのビジネスモデルを採用しています。ターゲットはこれまで自前で乗客にスナックや飲料水を手配し、無料で提供していたドライバーです。このようなドライバーは評価レートを上げるモチベーションを持っていると同時に、コストをかけずに効率的に稼ぎたい需要を持っています。

そこで「Cargo」はドライバーに対して毎月無料で飲食品セットを提供。購入は乗客がCargoのモバイルサイトにアクセスして決済します。ドライバーはそれらを販売した売上額の30%をコミッション料としてもらい、「Cargo」は残りの70%の売上で収益化をします。

ドライバーは平均して月間300ドルのコミッションを手にすることができ、年間3,000〜6,000ドルの稼ぎにつながっています。これは1時間当たりの配車サービスで稼ぐ賃金が、10%ほど増加する計算になるとのことです。ドライバーはセットを無料で取り寄せることができ、仕入れコストは発生しません。

乗客の購買データを活用しながら毎月のセット内容を考えているため、各地域の乗客に最適化した形で飲食品の販売提案ができます。乗客はその時の気分に合った飲食品を購入でき、車内サービス満足度の向上につながる仕組みです。

値段も卸売メーカー直送のため、多少値段を安めに抑えられているそう。小売メーカーにとっては、新たな消費者データチャネル獲得に繋がりますし、配車サービス運営側はドライバーに対してより効率的な収入源を提案できるようになります。ちなみに提携配車サービスには「 Via(ビア) 」「Lyft」「Ford」の名前が挙げられています。

このように、ドライバー、乗客、小売、配車サービス企業の4者にとってWin-Winのサービス価値を提供しているのが「Cargo」なのです。

パーソナライズ体験の重要性

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ライドシェアリングのサービス体験設計を考える際に重要となるのは、「時間短縮」と「パーソナライズ体験」です。

「時間短縮」の概念はビックデータを活用した配車時間の短縮につながります。膨大な乗車データの分析から配車需要の増大を事前予測して、オーダーからなるべく短い時間で配車を完了させる仕組みを構築。こうして従来タクシーを路上でひたすら待つ無駄な時間を、アプリを通じて最適化したのです。ここまでは大手配車サービスの提供価値として、すでにモデルが確立しています。

そして、私たちがこれから向き合わなければならないのは「パーソナライズ体験」のコンセプトでしょう。顧客の行動・趣向データを集め、個々の利用者に合わせた最適なサービスを提供する点に本質的価値があります。

「Cargo」の例を挙げれば、どのようなデモグラフィックの乗客が、どのような飲食品を買い、どのような時間帯にどこまでの配車を行ったのか、配車データとそれに付随するマーケティングデータを細かく収集することが可能となります。「Uber」などの配車サービス企業は、同データを活用することで単に配車地点に近いドライバーをマッチングさせるのではなく、各乗客に合った車内購買体験を提供できるドライバーを手配することができるでしょう。つまり、車内体験を重視した新しい配車モデルを確立できる可能性があるわけです。

別業界の事例を挙げると、映画チケットを定額サブスクリプションモデルで購入出来る「 MoviePass(ムービーパス) 」が好例です。同社はユーザーに無断で 映画鑑賞後のロケーションデータを収集している ことが発覚し、ユーザーから不満が寄せられていましたが(現在はロケーションデータの提供をユーザー側から止めることが出来る)、このような映画鑑賞に関する周辺データの収集も、各顧客の映画体験を充実化させる「パーソナライズ体験」の考えのもとで動いています。

ちなみに顧客体験の向上に、パーソナライズデータを活用する事例が広まれば、日本ではおなじみのポイントカード事業が根本から切り崩される危険性もあるかもしれません。

「Tカード」や「楽天カード」に代表されるポイントカード事業は、顧客の消費行動に関わるビックデータを収集・解析を行い、各提携店舗にマーケティングデータとしてフィードバックするモデルを構築しています。これは提携店舗を幅広く持っているからこそ成し得るモデルです。

しかし、「Cargo」や「MoviePass」のように、従来のポイントカード事業者とは違った切り口で顧客データの収集を始めた場合、より深いインサイトを含んだ顧客分析が可能となります。一方でポイントカード事業者は店舗単位でデータフィードバックをすることを前提としているため、パーソナライズ体験の向上にまで手は回りません。

こうした「パーソナライズ体験」を軸にデータを集め始めたサービスが、徐々に従来のポイントカードやマーケティングデータ事業者のビジネスモデルを切り崩す可能性も秘めているのです。

日本でも TOYOTAがAIを使った配車サービスのサポート を行ったり、 中国の配車サービス「滴滴出行」が「第一交通」と提携して配車事業の展開を始めます 。日本企業が配車サービスを、単なる「時間短縮」の利便性が高いサービスとして捉えるだけでなく、「パーソナライズ体験」を行える新たなデータポイントとして考えを切り替える必要があるでしょう。

「Cargo」のサービスから考えられる本質的な価値は、車内で飲食品を購入できるだけではなく、乗客の趣向に合ったライドシェアリング体験を提供できる点にあると考えられます。

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