AIによる運転手監視に後押しされ、半自動運転車の導入が進む中国

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深圳での試験車両には、中国企業 Reconova が開発した運転手監視と映像解析技術が採用された。
Image credit: Bailey Hu / Technode

昨年10月、ある乗客と重慶バス運転手の間で争いが発生した。この騒ぎでバスは道路から逸れ、橋の防護柵を突き破って長江に転落した。乗っていた15名は全員死亡した。

この事件は全国的に大きな怒りを引き起こし、主に争いを引き起こした乗客のせいだとされた。またこの事件によって、昨年中国で発生した約20件の、大きな被害はなかったがバス運転手に対して攻撃が加えられた事件にも光が当たることになった。

大衆の抗議を受けて当局も行動を起こした。

今は政府の規制は厳しくなっています。

アモイ市に拠点を置く監視とセキュリティの企業 Reconova(瑞為)のプロダクトマネージャー Liang Kun 氏は TechNode(動点科技)にそう語った。今では乗客が正当な理由なく運転手を攻撃することは法による処罰の対象であり、アクティブセーフティ技術の導入が公共交通機関に加えて商用車にも求められている。新しい方策によって重慶市で起きたような悲劇を防ぐことができるのではないかと Liang 氏は信じている。

道路上の安全性を巡る規制の高まりと共に、Reconova の運転手監視サービスへの需要も高まっている。このサービスには不注意運転を検知する顔認証デバイスならびに、付近の車両や歩行者を監視し警告するマシンビジョン技術が含まれている。

5月に Intel Capital がリードするシリーズ B を完了させた設立6年の同社は、機械がアシストする運転へと向かう大きなトレンドの一部である。完全自動運転技術への応用は、少なくとも消費者向けでは比較的ゆっくりと進んでいるが、この特定の分野では加速し、市場に参入するプレイヤーが、Sensetime(商湯)や Baidu(百度)といった人工知能(AI)の大手を含めて増加している。その結果、運転手監視の増加で交通事故の可能性を大きく減少させることができた。しかしながらそれは、あるセキュリティリスクならびにプライバシーに関する潜在的な懸念を増加させるものでもあった。

交通安全を見つめる目

Reconova の運転手顔認識デバイスには、喫煙検出機能も備わっている。
Image credit: Bailey Hu / TechNode

ある晴れた午後、広東省深圳で TechNode は Liang 氏と共に Reconova のテスト車両に乗り込んだ。内側には、バンのフロントガラスに5台のカメラが縦一列に取り付けられており、それぞれのカメラは付近の車両の動きを検知することができる。ハンドルの上と左側に取り付けられた別のデバイスは運転手の顔を向いていて、眠気や電話の使用、喫煙をチェックしている。

運転中にLiang氏は危険な振舞いに対してシステムがどう反応するのかを断続的に披露してくれた。道路の安全を確認した後で、彼は目を2回閉じたが、緊迫の数秒間の後でシステムのスピーカーに「危険です、気を付けてください」と大きな声で叱られることとなった。

バンが動いている最中に電話を顔の横で保持しておくことでも同じような警告が発せられ、また急ハンドルを切ったり、近くの車が車線変更してスペースが狭くなったときも同様だった。しかしながら、比較的穏やかな午後の交通状況ではシステムはほぼ静かなままで、時折短い警告を発するのみであった。

Liang 氏によれば、もしシステムがオンラインであれば、カメラが記録した運転手の良くない行動やその他の安全性に対するリスクを、自動的に同社のプラットフォームにアップロードすることもできる。

運転手の個人識別も行うことができる Reconova の顔認証技術に関連して、Liang 氏は次のように述べた。

中国の法律に従い、この機器は運転手や監視対象人物の個人情報を収集することはありません。

弊社には誰が誰なのか分かりません。

同氏によれば、システムは画像と ID 情報を照合せず、顔の特徴が同社の運転手記録とマッチするかどうかだけをチェックするとのことである。

Reconova プロダクトマネージャーの Liang Kun 氏は、電話検出機能をテストしてみせた。
Image credit: Bailey Hu / TechNode

今年、中国の大手ロジスティクス企業が配達員の一部に Reconova のサービスを使用することにした。

弊社の第一弾はすでに導入されており、テストプログラムも素晴らしいものでした。(Liang 氏)

彼によれば、もし本当に効果的であると確認されれば、クライアントは拡大を予定しているという。

同社には公共交通の分野でも「成功事例」がある。例えばバス会社のクライアントは車両にワンクリックのパニックボタンを搭載することができ、緊急事態には運転手がより簡単に警察に連絡できるようにしている。別のオプション機能では、バスを遠隔操作で停止させることもできる。

この分野は昨年急速に成長したと、Reconova のセールスディレクター Morgan Guo 氏は TechNode のインタビューで語った。2017年には4,000件の注文だったが、翌年には3万のデバイスが導入されるほど需要が急増した。2019年にはその数はさらに「70~80%」成長できるのではないかと Guo 氏は予想している。

運転手の反発

一般的な公衆の安全に加えて、トラックやバスの運転手に向けられる目が厳しくなっていることも、Reconova や運送会社、保険会社のような企業にとっては良いニュースである。しかしながら運転手自身の反応は様々だ。

運転手はこのデバイスを隠すものを使ったり、デバイスの向きを変えて効果をなくしてしまうでしょう。(Liang 氏)

彼は顔認識機器を左側にジェスチャーで示しながら、TechNode にこう語った。なぜなら従業員は「行動を監視されている」と感じるからであり、彼らは「嫌悪感を抱く」と Liang 氏は述べた。

香港、マカオ、台湾で同じような運転手監視システムをビジネスのクライアントに提供しているスタートアップ GreenSafety(緑色安全)のエンタープライズソリューションマネージャー Hiko Lee 氏は、運転手からの似たような抵抗を聞いている。

香港の電力会社である中華電力(CLP)のようなクライアント向けに、GreenSafety は運転手を50の車両等級に振り分けており、その等級は運転手の行動に基づいて決定される。

スコアが高く100点前後の場合、それは良いパフォーマンスということです。

しかし50~60点の場合は「悪い行動」という評価を下されると Lee 氏は TechNode に語った。時間と共に運転手の評価が上昇したおかげで、GreenSafety は自社のデバイスを香港の大手バス会社2社で試してみる機会を勝ち取った。現在、同社のシステムは市内で約400台の車両で稼働している。

もちろん最初は本当に嫌がられました。

Lee 氏は CLP の運転手について述べた。しかし3か月から6か月間の教育の後で、ゆっくりと態度が変わったという。

香港のバスやタクシーの運転手は1日に10時間以上も働くことがあります。そのため弊社はトレーニングやレッスン、その他の方法、経営陣と話をして経営陣が運転手を説得する手助けをしたり、そういったことを通じて教育を施したりします。

彼はこの状況を、GPS 追跡や基本的な車内カメラが広く受け入れられた過去10年間になぞらえている。運転手は事故の責任から「こういった種類のシステムが運転手自身を守ることができると知っている」ために、最初は押しつけがましく思った技術も徐々に受け入れていった。

消費者と向き合うアプリケーション

重慶市でバスが長江に落ちて15名が死亡する5ヶ月前、運転手と乗客間の別の暴力事件が全国的な注目を集めていた。2018年5月、オンライン配車プラットフォーム「Didi(滴滴出行)」を使い車に乗った女性が、男性運転手に殺されたのだ。そしてほんの数ヶ月後の8月、同じサービスを使った女性乗客が運転席にいた男性からレイプされ殺害された

これらの事件はDidiに対して全国的な反感を巻き起こし、公的な調査につながった。その結果、同プラットフォームは乗客向けの緊急番号通信からオプションで選択できる乗車中の録画や録音まで、新たな一連の安全策を取り入れることになった。

ハイテクな AI の機能がすぐに配車企業に取り入れられるかどうかを尋ねたところ、Liang 氏と Lee 氏は2人とも、業界は可能性を示していると述べた。

Liang 氏によれば、この分野の企業は現在、運転手の身元を確認するための顔認識ソリューションに関して Reconova と話し合っているとのことである。昨年注目を浴びた Didi の2件の殺人事件では、犯人は2人ともアプリの認定ドライバーを装っていた。

こういうニーズはあります。

Liang 氏は言う。

イスラエルのコンピュータービジョン企業 Eyesight の製品管理部門バイスプレジデント Tal Krzypow 氏が言うには、中国の配車市場は運転手監視について「他のどんな業種よりも」関心を持っている。

Eyesightは現在、独自の機器製造業者およびアフターマーケットのパートナーと協力し、中国に運転監視ソリューションを提供している。中国には「新技術を進んで受け入れようという意思があり、素早く市場に出る速度には感銘を受けている」と Kryzpow 氏は TechNode に語った。

しかしながら、機械学習のような先進的でしばしば高価な技術を用いて録画記録を分析することは、今のところはまだそういった企業の議題には上がっていないだろう。配車スタートアップは個々の自動車や運転手にそこまで投資しようとは思わないだろうと Lee 氏は指摘する。しかしながら、政府からのプレッシャーと大衆の感情によって、それも変わるかもしれないと Liang 氏は述べた。

運転手監視技術が進歩を続ければ、一般消費者市場へと大きくシフトチェンジしていくだろうとも Lee 氏は予測している。手が届きやすい価格になれば、アクセスしやすいデバイスが市場にリリースされ、「おそらく消費者はインターネットで普通に購入し、非常に簡単に自分で取り付けることができるでしょう。」

Liang 氏によれば、Reconova のデバイスは現在のところ、自動車1台に搭載するのに約1時間かかるという。
Image credit: Bailey Hu / TechNode

プライバシーの懸念

TechNode のためにまとめられた声明の中で、国際企業 BIS Research のアナリストたちは、中国では今後2年で半自動運転のコネクテッドカーが急速に成長するだろうと予測している。参考として、彼らはコネクテッドカーの国内市場が2020年までに140億米ドルに成長するという中国政府の予測を挙げた。

しかしながら、増加を続けるデータはサイバーセキュリティのアップグレードも必要とする。BIS のアナリストはこう記している。

車両は何よりも悪意のあるソフトウェア、不正アクセス、CAN(controller area network)バスや ECU(electronic control units)への攻撃、車両データの覗き見、クラウドデータの消失、車両内部の悪意のあるコードといった脅威に対して保護を必要とします。

Reconova の別の分野と言えば企業や官公庁のクライアント向けスマートセキュリティや監視システムだが、Morgan Guo 氏は「プライバシーは保護される」と述べた。Guo 氏によれば、同社自体もソフトウェアが収集した画像やその他の情報をいつまでも保持してるわけではない。しかしながら、中国政府がそうすることは法によって許可されているという点は同氏も認めた。

現在のところ、Tesla、BMW、Volkswagen、Nio(蔚来)を含む200社以上の電気自動車メーカーが、車両の位置データを政府支援の監視施設に送るよう求められている。

そこで湧く疑問は、Reconova や GreenSafety のようなシステムが集めたデータはどこに保存されるのか、その貴重なデータにアクセスできるのは誰なのかということである。一般的には、技術の使用は購入者に任されている。

弊社はガイドラインを提供しています。

EyeSight の Krzypow 氏は言う。

しかしながら、カリフォルニア大学バークレー校の Institute of Transportation Studies(交通学研究所)で指導する教授 Alexandre M. Bayen 氏は、個々の運転手データのプライバシーは、すでに危機にさらされているかもしれないと TechNode に語った。Bayen 氏によると、この問題は「ある意味では10年前に始まった」ものだということである。

同氏はスマートフォンの到来と、その使用に伴うデータ収集に言及し、こう述べた。

自動車とスマートフォンが Bluetooth やその他でつながっているならば、スマートフォンの働きは潜在的には車に搭載された働きです。

その全てのデータはもうすでにそこにあり、すでに利用可能なのです。」

そして Google のようなテック大手はデータにアクセスできると Bayen 氏は付け加えた。

もちろんデータが増えれば問題は大きくなります。(Bayen 氏)

しかしそういった情報を保護する最終的な責任は政府にあると同氏は考えている。

私にとっては、技術はデータを明らかにする単なる手段です。問われるべきは、政策に関する疑問です。(Bayen 氏)

【via TechNode】 @technodechina

【原文】

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