国にとらわれない働き方を実現するYC出身スタートアップTeleborderのCEOインタビュー

11188375_10204180357373459_7877173975190524497_n編集部注:姉妹で世界のスタートアップを巡る旅に出た現役東大生の松井友里氏。旅の出発についてクラウドファンディングで資金を調達しながら、2015年4月から取材を開始。50社のスタートアップを3カ月かけて取材しブログで取材の様子を記事にしている。(松井姉妹へのインタビュー記事はこちら。

本稿は、同氏が取材した世界のスタートアップの活動の様子をまとめたブログを一部加筆修正した寄稿記事だ。今回は、イミグレーションの関する課題解決に取り組んでいるTeleborderへのインタビューだ。Teleborderは、THE BRIDGEでもリリース時に記事にしている。CEOへのインタビューを通じて、サービスの思想やアイデアのきっかけ、起業するにあたってのさまざまな経験談についてまとめている。


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企業におけるイミグレーション関連の人事・法務はすべてTeleborderへ。国境を越えて働きたいと考える人、そして外国から優秀な人材を雇いたいと考える企業が増える中で、複雑な移民手続きをすべて請け負うスタートアップです。

Teleborderは世界で注目されるスタートアップ養成所Y Combinatorに2013年に参加し、8月15日から日本含むアジア向けのプロダクトをローンチした。そんなTeleborderのCEO、James Richards氏に事業内容、そして自身がスタートアップを志したきっかけについて伺いました。(*太字は筆者質問)

TeleborderはイミグレーションのAWSになる

Teleborderトップ画面
Teleborderトップ画面

企業は国際人事管理に関してどのような課題を抱えているのですか?

企業の規模に関わらず、一番の課題は社内にイミグレーションの専門家がいないことだと思います。従業員のためにアメリカ行きのビザを取得しようとするとき、どの会社でも移民弁護士を雇うのが普通です。確かに移民弁護士は移民法に関するサービスを提供するのが得意ですが、社内の人事作業には一切関わりを持ちません。例えば、従業員に結婚相手がいるか確認した上でその相手のビザ手続きも済ませておいたり、引っ越し費用や税金を計算したり支払ったりは領域外です。こうしたすべての要素がスムーズに連携するように、従業員の移動フローを組んだりもしません。これらは通常人事部の仕事です。

ただ、中小企業にはまず人事部がないことが多いです。すると、そもそも外国の人材を雇い、ビザ取得を手伝うといったことができません。一方で大企業には人事部がありますが、その分国際人事管理に膨大な費用をかけることになります。国際的な採用と従業員の移動を可能にするために、フルタイムの従業員を雇わなければいけません。これが企業にとっての課題だと思います。

「でもそれを外部に任せたとして、果たして良いフローを組めるのだろうか」と疑問に思うかもしれません。でも、考えてみてください。以前は開発部門において、自社のサーバーを管理するためのエンジニアをわざわざ雇っていました。でも、今はその必要がありません。アマゾンのサーバーを借りれば良いので、サーバーのハードウェア管理を自社で行う必要がなくなったのです。私たちはアマゾンが自社サーバーを代替したように、国際企業用の弁護士となり、引っ越し屋となり、税理士となり、人事部となりたいのです。大企業から中小企業まで、誰もが私たちから外部専門家と社内人事部のパッケージを、サービスとしてレンタルできるようにしたいです。

今まで外国で従業員を雇うときに使われてきた外部のサービスと、内部で行われていた人事部の作業をすべて代替したいということですね。

はい。例えば、immigration@ourcompany.com というメールアドレスを作り、ある企業の国際人事に関することはすべてそのメールに連絡してもらいます。パッと見ると、まるでその会社が大企業で、移民に特化した部門が存在するかのような印象を与えますが、実は中身は私たちTeleborderなのです。今まで人事部やリクルーターや外部サービスがお互いにバラバラに連絡していたのが、「この人を雇いたい」というメッセージを immigration@ourcompany.com に送るだけで、人事・法務をすべて私たち側で済ませることができます。

違う事業で起業したが、迷わずピボットした理由があった

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イミグレーション手続きの進捗を管理できます

Y Combinatorのプログラムに参加したそうですが、そのときは今のTeleborderとは違うものだったそうですね。

そうなんです。Y Combinatorから最初に投資してもらったとき、社名もTeleborderではなくAdvisableという名前で、ビジネスは法律関連のサービスをなんでも買えるオンライン・マーケットプレイスという内容でした。でも、そのビジネスは上手く行かなかったんです。あまりにもサービス内容が広すぎたんです。何か一つをきちんと売れるようになる前に、すべてを売ろうとしていたんです。その結果、顧客の認知や信頼を得にくかったのです。それで売り上げがずっと上がらなかったので、ビジネスを何かにフォーカスしなければと考えました。

それでイミグレーションに絞ろうと決めました。理由の一つは、今後需要が増える分野だということ、二つ目は個人的な体験にもとづいています。私はインドネシアで生まれ育ち、過去23年間はずっとビザを取って海外で暮らしてきました。自分の人生そのものがイミグレーションと深く関わっているのです。そして、私たちのように国境を越えて働く人は今後増えると考えています。技術の発展に伴い、人類はどんどん移動範囲・量を増やしてきました。より移動する、というのが未来の人類の姿です。そうなったときに、移動をより早く手軽するためのアシストが必要になります。そこで私たちはそのアシストを提供できるのではないかと考えました。

売り上げが上がらなかったとき、どうして「もっと営業をがんばる」のではなくて、ビジネスモデルを変えるべきだと考えたのですか?

売り上げの問題について考え始めてから、ビジネスモデルの変更という結論に至るまであまり時間はかかりませんでした。私たちにとっては明確なことのように思えました。そのため、1週間から10日間くらいしか悩んでません。

とはいえ、その間でも結論に至るまでに幾つかのステージを踏みました。一つ目のステージは、問題のひどさを認めることでした。問題だとはもちろん思っていましたが、それが大問題だとは認められなかったんです。でも、Y Combinatorのポール・グレアムを散歩に誘い、悩みを持ちかけると「これはただの問題じゃない。君たちは根本的な危機に面しているよ」と言われました。彼によると、プロダクトを発表してから2ヶ月も売り上げが上がらないということはつまり、私たちが顧客になんの価値も提供できていないことを意味していました。

次に私たちは、Craigslistで一人20ドルを払って、プロダクトを使った感想を聴きまくりました。その際に、自分たちのプロダクトだと話すと良いフィードバックしか返してくれないかもしれなかったので、自分たちは市場調査を代行する会社だと言いました。すると、来る人来る人に「クソみたいなプロダクトだ」と言われてしまったんです。デザインが醜かったわけではありません、むしろ美しいサイトでした。でも、「誰がこんなものを使うんだ。Yelpかなにかで充分だ」と言われてしまったんです。

多くの人は、自分で開発したプロダクトに対して思い入れが強すぎて、手放せなくなってしまいます。私たちも「こんなに時間を費やしたのだから」と思っていましたが、あれだけひどいフィードバックを聴くと、これはなんでもないプロダクトだと考えを改めるしかありませんでした。ピボットしたら、価値のあるものを捨てることにならないか、そんな迷いは消えました。なぜならなんの価値もないことが証明された訳ですから。どうせゼロからスタートするなら、良くないと分かっているものでがんばるより、事業を絞り、より良くしたプロダクトでスタートしたいと思ったのです。

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新しいプロダクトでもユーザテストを行ったのですか?

はい。イミグレーションに絞ろうと決めたあと、Y Combinator参加者全員にメールを送って、「国際人事に関するビジネスに変えようと思うんだけど、あなたの会社ではどのような問題を抱えていますか?」と聞きました。すると、かなり反応が良かったんです。中には政府が政策を変えることでしか解決できない課題もありましたが、イミグレーションという分野における問題は多様だと分かりました。「外国で良い候補者に出会ったが、採用するのは大変なのでしないことにした」「従業員の数名は移民だが、ビザ管理に非常に時間がかかる」「移民法がまったく分からない。なんとかしてくれ」そのうち多くの問題は、私たちに解決できることだったので、これで再出発しようと決めました。

会社や個人によって大きく事情が違ったりして、スケールするのが大変そうですが。

その質問は、サービス自体をビジネスとして提供するのではなく、問題を一括で解決するプロダクトを作れるのかという問題と同義です。今の時点では、結果がどちらに転ぶかは分かりません。でも、作業の多くは自動化できるはずです。例えば、ビザ取得の作業は自動化できる部分が多い。アメリカのビザ取得用書類は何百ページもあって、同じことが何回も書いてある。そういった部分はプロダクト化していけます。

また、法務関連の作業も、私たちが事務所として処理するのではなく、第三者の弁護士のネットワークをプラットフォーム上に抱え、その人たちに委託することでスケールを可能にしています。Uberの会社員が実際に運転するのではなく、第三者の運転手を抱えているのと一緒です。

それでも営業マネージャーは必要だったりと、完全自動化ができるわけではありませんが、それは悪いことではないと思います。カスタマーサービスを人力で行い、それに重きを置いている会社でも素早くスケールして上場した例もあります。結局はユーザーが欲しいと思うかどうかなので、自動化が求められていない場合は行いません。

スタートアップはたった一度勝てればいいのだから、死にさえしなければいい

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従業員ごとのビザ状態を一覧で見ることができます

Jamesさんは弁護士として働いていたそうですが、どうしてスタートアップを始めようと思ったのですか?

若くてバカだったからです。私は16歳から法律を勉強し、ロースクールを卒業して事務所で2年半働いた時点でまだ22歳でした。その事務所でずっと働いてきた人たちを見て、一生ここで働くのではなく、他の世界も観たいと思ってしまったんです。戻りたかったら戻れるだろう、と。

それからTechCrunchを読みだして、スタートアップってかっこいいなと思うようになりました。かっこよくて楽しそうだからと、ほとんど考えずにこの世界に入ることを決断してしまいました。そういう意味でバカだったのです。「楽勝だ!起業して、何かを開発して(というか誰かに開発させて)、あとは魔法が働いてお金が降ってくるに違いない。」それくらい気軽に考えていました。

でも世の中はそう簡単にできていません。最初の数年間は、ひたすら努力と失敗の繰り返し、世の中からどんどん遠ざかるばかり、という感じでした。アパートに引きこもって、一人でなんとかしようと考えるばかりで、なんとかなりませんでした。「絶望のブラックホール」に取り込まれていました。

でも、私が周りによく言うのは、スタートアップを始めようと思った動機は間違っていたが、スタートアップの世界に残ろうと思った動機は正しかったということです。こんなに何回も失敗しても、ものをつくること、そして自分が熱意を持てる課題を解決しようと動くことは大好きだと気付いたから、スタートアップに挑戦し続けたのです。むしろ、そういう働き方しかできないようになってしまったくらいです。

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「絶望のブラックホール」からは、どうやって抜けだしたのですか?

私は、苦しい思いをすること以上に負けることが大嫌いなんです。ほとんどの人は苦しい思いをしたくないと思いますが、私はそれ以上に負けず嫌いなので、かなりの痛みと苦しみを伴ってでも負けを避ける傾向があります。勝たなくてもいい。ただ、負けるのは嫌だ。そのエネルギーで挑戦し続けたとしか言えないですね。客観的には諦めるべきだったタイミングもありましたが、エゴやプライドが私を突き動かしました。

私の友達にも似たような考えの人は多いです。スタートアップは死ななければいい、死なずに負けずになんとか這いつくばって生き延びさえすれば、いつか勝ちが訪れる。人生に一度、勝てば(エグジットできれば)いいんです。

そうやって、はじめての小さな勝利に辿り着きました。Y Combinatorから投資を受けることができたのです。このような形で認められるのは本当に嬉しかったです。親にURLを送って、「今まであなたたちが僕に費やしてきた教育費は、まったく無駄にはならなかったよ!」と言えて良かったです。

弁護士事務所で働くのと、自分で起業するのとでは働き方にどんな違いがありますか?

一番の違いは、仕事をもらうか創るかという点です。事務所では待っていれば向こうから電話がかかってきて、仕事が舞い込んできました。スタートアップは誰にも知られていないし、はじめは求められてもいないので全然違います。

企業で末端の仕事をしていて、昇格してオペレーションを任せられるようになった友達が何人かいますが、そのときの仕事内容の変化と少し似ています。昇格していきなり、自分でプロジェクトをゼロから企画して、社内でピッチして、協力を得て、売り上げを上げて、顧客を集める、そこまで期待されてしまう。つまりビジネスを一から作ることが仕事になるのですが、それまでは言われた通りのことをしてきただけなので、かなり考え方を変えなければいけません。私もそうですが、学校では宿題をやりなさい、提出しなさいと言われてやって、点数を付けられました。就職先でも、仕事を与えられました。自分で何かを創りだすというのは、長年教わったことの真逆なんです。私にとっても、多くの人にとっても難しい変化です。

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必要なドキュメントやプロフィールを一人ひとり確認できます

起業志望者にアドバイスはありますか?

2つあります。1つ目は免責事項です。まず、アドバイスを無視する技術を磨くべきだということです。起業すると、聞いてもいなくても色んな方面からアドバイスをもらうことになります。起業したことのない人でも、なんらかの意見を持っています。

起業した経験があっても、統計的に意味のある情報を経験として持っている人はいないでしょう。イーロン・マスクは起業した経験の豊富な人と言われますが、それでも起業した会社の数は4つです。4は数字的にはそれほど大きくありません。もちろんそういった方が経験不足だなんて微塵も思いませんが、矛盾するアドバイスをもらうことも多いことを考えると、アドバイスというのは教訓や法則というより、個人的な経験を共有してくれている、と考えたほうが良さそうです。調査結果とは違うと意識すべきです。

2つ目は、私は起業すれば知能が試されるだろうと思っていましたが、実際は知能よりも勇気や精神状態、粘り強さ、スタミナなどのほうがよっぽど重要だという点です。「考えて考えて考えれば、成功のベルが鳴って、お金が降ってくるはずだ!」というのは間違いでした。法律事務所で働いていたときのほうが、頭を使う問題が多かったと思います。

起業すると、毎日朝に起きて出社する、それだけのことに精神力が試されます。頭を使うことよりもずっと難しいと思います。周りの起業家は、技術と運とパラノイアでなんとか働き続けていると思います。4年前の私に何かアドバイスをするなら、知的なことをやろうというエゴを捨てて、感情的、精神的な耐久力を育てることに集中しろ、と言います。

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