競合する東南アジアの配車アプリ「Grab」と「Go-jek」の両方をVisaが支援する理由

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時間はかかったものの、東南アジアで人気を二分するスーパーアプリ(大量のユーザを抱え、1つのアプリ内であらゆるサービスを提供するモバイルアプリ)を提供する Go-jek と Grab の両社を支援する投資家がようやく見つかったようだ。

Go-jek は先月、現在実施中のシリーズ F ラウンドの一環として Visa から資金を獲得したことを発表した(獲得金額は未公開)。取引の一環として、両社は東南アジアにおけるキャッシュレス決済の普及に協力していくことになる。

Image credit: Visa, Go-jek, Grab

この分野に精通した情報筋によると、アメリカの大手クレジットカード会社 Visa は Go-jek の最大のライバルである Grab にも投資しているという。Tech in Asia からこの件に関して質問を送ったが、Grab からも Visa からもコメントは得られなかった。

Grab と Go-jek は東南アジアにおけるワンストップアプリのシェア獲得で競い合っているため、両社は東南アジアで互いにシェアの取り合いをしている企業として取り上げられることが多い。Visa にとって両社を支援することは単なるリスク分散戦略なのだろうか?それとも、実はより洗練された戦略としてこのような動きに出ているのだろうか?

利益相反となりえるのか

Image credit: Visa, Go-jek

Visa が公式に発表した投資レポートを見てみると、東南アジアでの投資は Go-jek が最初ではないし、「純粋な」フィンテック企業ではない企業への投資もまたこれが初めてではないようだ(Grab も Visa の条件を満たしているが、Grab も Visa もそれについてはコメントしていない)。

Ernst & Young で新興市場フィンテック営業部門のグローバルリードを務める Varun Mittal 氏は、Visa が Go-jek と Grab の両社を支援することが利益相反になるとは考えていない。東南アジア市場には複数の企業が参入できるだけの十分な余地があるため「ゼロサムゲーム」にはならないと同氏は Tech in Asia に語っている。

Visa の戦略は、一般投資家における同一セクター内の投資配分や、特定の市場分野で幅広く株式を保有することができる ETF(上場投資信託)の購入と同じようなものだと Varun Mittal 氏は語っている。

同氏は言う。

株を買うときは1社のものだけを買うのではなく、同じ業界で競合する複数の企業の株を買いますよね。そうすることで、その業界に特に注力・期待していて、今後の成長と可能性があることを態度で示すことができるのです。

また、東南アジアにはクレジットカードやキャッシュレス、デジタル決済など複数のエコシステムがある点も指摘している。

1社だけに限定してしまうと、せっかくのチャンスを逃してしまいます。

Grab と Go-jek は従来のクレジットカード市場にはないチャンスが東南アジアにあることを示している。

また、両社を支援するということは、Visa が金銭的な見返り以上のものを得られると考えていることに他ならない。Visa は今回の投資によって、銀行口座を持たない人が多数いる地域で最も人気のあるモバイルウォレット、GrabPay と GoPay とつながりを持つことができる。

金融サービスコンサルタント企業 KapronAsia のディレクター Zennon Kapron 氏は言う。

これらの市場ではクレジットカードの普及率がいまだ低いのです。Grab と Go-jek の関係性を Visa がどのように活用するかによりますが、今回の投資によって従来のクレジットカード市場とは異なる可能性がもたらされることになりそうです。

Grab と Go-jek にとっても、彼らの e ウォレットを世界的に認知されている金融サービスブランドと連携させることができるというメリットがある。

置き去りにされる不安

Image credit: Visa, Grab

Visa が Grab と Go-jek の両社を支援しているかもしれないという噂は、中国市場における前例に起因する部分もある。中国が現金社会から急速にデジタル決済に舵を切った際、Visa は中国への参入のチャンスをみすみす逃してしまったことがある。このとき市場に参入したのが国内企業の Ant Financial や Tencent である。

Visa は何十年も中国でビジネスを行ってきましたが、中国における損益は不調で、カード決済サービスでも競争にさらされており、WeChat Pay(微信支付)と Alipay(支付宝)に遅れを取っています。

Kapron 氏は言う。

最近では、ニューヨークのピザ屋で中国人観光客が Alipay を使って支払ったり、WeChat Pay を使ってパリの Louis Vuitton でハンドバッグを買うのが当たり前の光景になっている。こうした支払いにはこれまで Visa と Mastercard が使われていた。既存のカード発行企業が東南アジアのデジタル決済市場でシェアを獲得できないと、再び取り残される可能性がある。

Kapron 氏はこう語っている。

このようなスーパーアプリは、そのアプリの金融エコシステムに参加しているユーザと、銀行口座は持っていないけれど将来のカード利用者になってもらえるユーザを抱えているため、東南アジアに参入する上で大きな足掛かりになります。Grab と Go-jek のどちらが勝つかは現時点ではわかりませんが、一般的な投資戦略という観点から見ると、両社に投資することで Visa はデジタル決済において有利なポジションに立つことになるのです。

銀行口座はもはや不要に

タイの免税店キングパワーで、WeChat Pay(微信支付)を使い決済する男性
Photo credit: Tencent(騰訊)

東南アジアでは、銀行口座を持たない人々が大量にいる。クレジットカードの普及率も非常に低いが、これはクレジットカードを持つには通常は銀行口座が必要になることにも一部関係している。

GrabPay と GoPay は広く普及しており、メインのビジネスであるライドヘイリングとフードデリバリーでユーザを集めている。GrabPay と GoPay の e ウォレットと連携することで、Visa は銀行を介してクレジットカードを発行することなく、両社のユーザ層にいち早くサービスを届けられるようになる。

クレジットカードを発行している企業でも e ウォレットを運営している企業でも、全ての決済サービス企業が支払い処理においてできるだけ多くのシェアを獲得したいと考えている、と Ernst & Young の Mittal 氏は言う。

ここで気になるのは、Visa と Mastercard は Grab と Go-jek のエコシステムでどのような役割を果たすのかという点だ。

Go-jek は Visa との新たな提携について詳細を発表していない。

Visa のアジア太平洋地域で戦略パートナーシップの責任者を務める Hamish Moline 氏も詳細については口を閉ざしている。しかし同氏が Tech in Asia に伝えたところによると、Visa は Go-jek と連携して「東南アジアで銀行口座を持たない人や十分なサービスを受けられない人に向けたデジタル決済サービスを展開していく」という。

また、Visa がベンチャー企業に協力・投資する理由は、「グローバルで相互運用可能な基準を作成して、拡大を続ける販売チャンネルで販売者と購入者をつなぐことである」と Moline 氏は言う。

もちろん、Go-jek と Grab の提携によってインドネシアなどの国で Visa がどれだけの市場シェアを獲得できるかは不透明だ。現時点でも、Go-jek と Grab のスーパーアプリと e ウォレットは Visa のネットワークを利用しなくても成功を収めているのだ。

とはいえ、今回のようなパートナーシップには明らかなメリットもある。Grab が Visa とは別の国際クレジットカードブランドと提携することで、Visa が Go-jek と Grab のアプリでどれだけうまくやれるかを見ることができるかもしれない。

Mastercard の動き

Image credit: Screenshot posted at Singapore Hardware Zone

昨年10月、Grab は Mastercard との取引を発表した。この取引によって、GrabPay ユーザはプリペイドカードやデジタルカードを使って世界中の Mastercard 端末で支払いができるようになる。

さらに、Grab は提携カードを発行するためにシンガポールの UOBフィリピンの Citi とも連携している。一方、Go-jek は東南アジア地域のクレジットカード発行パートナーとして DBS と契約を結んだ。

Visa との提携によって、GrabPay と GoPay による支払いができる場所が世界中で増えることになる。このため Grab と Go-jek の両社にとって、Visa といった有名なグローバル企業に参加してもらうことはユーザの使い勝手の向上にもつながる。

例えば現時点では、GrabPay ユーザは自国でしか e ウォレットを使うことができない。Mastercard と提携することで、東南アジア地域以外でも GrabPay ウォレットを使って支払いができるようになるのだ。

Grab はまだ Mastercard ブランドの GrabPay カードの提供は開始していないが、このカードの早期利用キャンペーンに関するアプリ内通知を受け取っているユーザもいる。

【via Tech in Asia】 @techinasia

【原文】

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