宿泊権利売買「Cansell」がサービスをシャットダウン、会社は破産手続へ——代表・山下氏に聞いた、閉じる決意の理由

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Cansell 創業者の山下恭平氏
Image credit: Cansell

多産多死がスタートアップの世界だ。投資家もそれを織り込み済みで投資を実行している。リビングデッドよりも新たな挑戦を尊重するアメリカでは、メディアもこぞってスタートアップのデットプール入りやシャットダウンを伝える。毎日のように事業終了を伝えるスタートアップのニュースは筆者の耳には入ってくるが、それらを積極的に記事にすることはしてこなかった。亡くなるスタートアップよりも、新しく生まれたスタートアップのことを書くのに手がいっぱいだった、と言い訳しておこう。

さて、今回は、こういうストーリーも BRIDGE で扱ったらどうかとご本人から話をいただき、その経験を起業家同士で共有することは、ご本人にもエコシステムにも糧になるだろうとの思いから、記事をしたためてみることにした。会社やサービスを始めたばかりのスタートアップからプロモーションを受けることはよくあるが、シャットダウンやバンクラプトする大変なときに、わざわざ連絡をいただけるのは、筆者のような仕事をしている者にとって冥利に尽きる。

くだんのサービスは Cansell だ。泊まれなくなったホテルの宿泊権利を売買できるサービスで、2016年1月に元ヤフーの山下恭平氏が設立。山下氏は以前、映画専門のクーポン共同購入サービス「ドリパス」でプロダクトマネージャーを務め、ドリパスの運営会社だったブルームが2013年3月にヤフーに買収された際に、自らもヤフーにジョイン、Cansell を立ち上げる直前の2015年12月までの2年半あまりをヤフーで過ごした。今日、Cansell はサービスの終了を発表、代表の山下氏は会社が破産手続に入ったことを明らかにした。

まずは、BRIDGE が報じた記事を並べて、ここまでの軌跡を見てみよう。

Cansell の Web サイトには、「サービス終了のお知らせ」が掲示された。
Image credit: Cansell

新型コロナウイルスの感染拡大が世界的に始まってから2年以上が経過した。筆者はアジアより先にピークアウトしたアメリカでこれを書いているが、当地でも旅行業や宿泊業へのインパクトは大きい。シャットダウンやピボットを余儀なくされたスタートアップも少なくないが、一方で、Traveloka のように IPO を狙うスタートアップもいる(ただし、実際にはまだ IPO に至っていない)。無論、Cansell にとってもコロナは逆風となったが、「それは今回の(サービス終了の)要因の一つでしかなく、コロナを理由にはしたくない」と山下氏は言う。

感染拡大が始まってから、その後の対応に緩さがが出た。今から振り返れば、「あのとき、こうしておけばよかった」とか「あの意思決定はその時はベストだと思って実行したが、ミスだったな」とか、いろいろ思うところは多い。(山下氏)

ビジネスとしてのポテンシャルはまだまだあっただろうが、山下氏がサービスを止めることを決断したのは、今まではキャンセルできなかったホテルの予約が、コロナによって、キャンセルできるところが増えてきたことのが発端だ。キャンセルポリシーの緩和は宿泊客にとっては好都合だし、ホテル側は自身の在庫リスクを覚悟した上で、将来の予定変更に躊躇せず予約してほしいという思いからの客の精神的ハードルを下げるための措置だが、これはある種、業界の常識が変化してしまったことを意味する。

旅行・宿泊業は、コロナが収束すれば需要が戻ってくるので、そこまでを融資などで凌げれば、なんとか生き残れるかもしれない。でも我々のビジネスに、収束後の需要が戻ってくるのはその後の話。ニーズが無くなるとは思っていないが時間がかかる。(山下氏)

しかもだ。客は、一度緩和されたキャンセルポリシーが、コロナ収束で厳しいものに戻ることを許してくれるだろうか。筆者もキャンセルポリシーが緩いことは一個人としてはありがたいが、旅行・宿泊業は概して利幅が薄い業界であることに加え、労働集約型のオペレーションが多く含まれることを考えると、コロナ禍で疲弊した業界を生き返らせるためには、キャンセルポリシーは元の厳しいものに戻った方が健全かもしれない。しかし、先行きは正直読めない。前提条件が崩れしまったことが、山下氏にサービスを畳む決意に向かわせた。

初めにも書いたように、何かの終わりは何かの始まりだ。山下氏は、次の動きについてはまだ決まっていないとしつつも、基本的にはまた新たな事業に挑戦したいと意欲を見せた。「旅行業はもうやらない(山下氏)」そうだが、Cansell の運営を通して見つけた新たなペインを解決するサービスを始める可能性もあるし、どこかの箱(既存の会社)の中で新事業を創るかもしれない、という。コロナ禍を生き延びるために、ここまでかなり苦労を極めたようだが、また起業しようという意欲を失っていないのは印象的だった。

次の新事業を紹介できる日を楽しみにしています。

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