減りゆく「アイデアの変革」—スタートアップ創業メンバーに必要な〝ドメイン・エキスパート〟の存在とは?

【原文】

これは、HBR(ハーバード・ビジネス・レビュー)の「起業精神の変革 (Tranformational Entrepreneurship)」シリーズの第2稿の再掲である。シリーズ第1稿では「起業精神の変革」の定義と、本稿で引用した「社会経済学の価値創造のマトリクス」について記述している。

投資に対するリターンは減少し、ファンドは干上がり、ビッグアイデアを推進する起業が減っていることを懸念するベンチャーキャピタリストは少なくない。ベンチャーキャピタリストである彼らは、「すべての起業家に対して、紙くずのような会社を設立することをけしかけ、Googleに2500万ドルで買ってもらえることを期待してきた」と、エンジェル投資家を非難するようになった。

ベンチャーキャピタリスト達は「このような物事を小さく考える姿勢が、次のGoogleやMicrosoftを作れる起業家に対し、つまらないものを作らせるようになった」と言う。スタートアップ・エコシステムに対しても、「全員負ける。IPOも無し。テック業界には、2万人の職は生まれない。未熟なスタートアップには新たな買い手もつかない」という暗示を送っている。

残念ながら、このベンチャーキャピタリスト達は、因果関係をはき違えている。エンジェル投資家が、起業家に物事を小さく考えさせているわけではない。物事を小さく考える起業家が多いだけのことだ。その理由は、起業コストが驚くほど低くなっていて、全く新しい層の起業家が会社を作るようになっているからである。

「紙くずのような会社」を作る創業者は、次世代を担う数十億ドル規模の会社を始める創業者とはタイプが異なる。前出の創業者は世界を変えたいわけではない。彼らは、自分の家族を養ったり、車を買ったり、自由を得たりするのに必要なお金を得たいだけなのだ。これらの人達は、情報経済の中でパパママの零細企業を経営しているに過ぎない。昔のレンガやモルタル職人より、テクノロジーのおかげで収入が多いだけのことだ。レストランや美容院を始める代わりに、彼らは何千とあるレストランや美容院に使ってもらうクーポンアプリを作るのだ。

このこと自体は、スタートアップのエコシステムや経済にとって悪いことではない。むしろ逆だ。ファットヘッド(訳注:ロングテールの対義語、ニッチをやらない)の企業しかいない社会と違って、何百万の「Yというニーズに対してXが欲しい」というニッチな要望を叶える、何千万という小企業がロングテール状に生み出されることになるからだ。

そして、時として、彼らはニッチな市場が、当初思っていたより大きいとわかる。リビングルームにエアマットレスを敷いて貸し出すサービス(訳注:AirBnBのこと)が、旅行レンタル市場やホテル業界を揺るがす程の数十億ドル規模の企業に成長することが想像できただろうか。見識のある多くの投資家でさえ知る由がなかったことを、私は知っている

ロングテールの台頭がベンチャーキャピタリストに与えた唯一の悪影響は、ノイズが増えた環境の中で、投資対象の選別能力を高めなければならないことだ。現在、スタートアップのエコシステムが、「パパママ零細起業家」と「次世代の数十億ドルビジネスを作る、成長力あふれた起業家」を選別することができず、多くの人の時間と労力を浪費せしめている。

ビッグアイデアの欠如は、誰のせいか?

ビッグアイデアが減少していることで、ベンチャーキャピタリストがエンジェル投資家を責めることは間違っているし、スタートアップの起業コストが低下したので、物事を小さくしか考えられなくても起業家になれた人は多いが、一方、ビッグアイデアを持つ起業家の絶対数が少なくなっているという、ベンチャーキャピタリストの指摘は的外れではないと思う。

しかし、原因は少し違うところにあると思う。私は、ソフトウェア企業のビッグアイデアが減っている原因は、シリコンバレーの創業者チームが画一的になってきているからだと考えている。創業者チームが市場に極めて合致した顔ぶれでないかぎり、数十億ドル規模の企業は実現しない。(現在では、「創業者の市場適正化(Founder Market Fit)」と呼ばれる)

これまで、成功を導く魔法の方程式は、一人か二人のエンジニアと一人のビジネスマンで成り立っていた。多くの大成功はこのパターンに従った。Hewlett氏とPackard氏(Hewlett Packard)、Jobs氏とWozniak氏(Apple)、Gates氏とAllen氏(Microsoft)、Ellison氏とMiner氏(Oracle)、Larry氏とSergey氏(Google)、Thiel氏とLevchin氏(PayPal)など、リストは延々と続く。

これらの企業を数十億ドル規模にした革新は、コンピュータ・ハードウェアやソフトウェア・インフラストラクチャの分野に限られた。彼らは、計算機、パソコン、データベース、検索エンジン、決済システムを作った。この方程式は上手くいった。テクノロジーの天才と雄弁で催眠術をかけられるセールスマンが手を組めば、数十億ドル規模のテクノロジー企業のDNAを持つことになる。

しかし時代は変わった。これらの斬新なアプリケーションは今日のインフラとなり、さらなる数十億ドル規模の会社をもたらす新しい波を作った。この7年で、テクノロジーの天才と催眠術をかけられるセールスマンだけでは、十分ではないことが明確になった。この世代の成功する創業者チームのDNAには、新たな能力が現れ始めた。

それはデザインだ。デザインはどこにでもある。デザイン思考デザインカンファレンスデザイナーファンドデザインセレブ。全て揃っている。もし、デザインを競合との差別化のカギとしている企業を挙げる必要があるなら、その企業を見つけるのはそう難しいことではない。一例を上げるなら、MintSquareQuoraAsanaPathなどがそうだ。

デザインとは、美しいインターフェイスだけを言っているのではない。デザインとは、エンドユーザのモチベーションと能力を深く理解し、複雑なテクノロジーを統一された直感的なプロダクト体験に取り入れることを意味する。

なぜ、今デザイナーの時代なのか?

インターネットとテクノロジーは、あまねく前向きに進化する。インフラの上にインフラが作られ、今まで不可能だったことに対して新しい可能性を開く。デザイナーの価値が上げるには、きれいな「AJAXの魔法のショー」を支えるために、ウェブに速さと強さが必要だった。

デザイナー達は、美しく直感的なユーザ・インターフェースに喜んでお金を払ってくれる、数十億人の消費者をインターネット上に迎える必要があった。史上最大のしくみ(=インターネット)から利益を得ていた白人のエグゼクティブ・マネージャーは給料が下がり、テクノロジー企業は、もはや長い付き合いの主要顧客ではなくなった。

しかし、私は、デザイナー主導のチームも、市場に不適応になりつつあると考えている。インターネットは必要なインフラを整え、世界中の産業を創造し直し変化させ、世界レベルのユビキタスを実現した。しかし、シリコンバレーの考えでは、閉塞感を打ち破るのに、数人の「ロックスターエンジニア」と「スーパースターデザイナー」が居れば十分だ。

このようなタイプのチームは部屋に閉じこもり、ビッグアイデアを考え、それを実行していくことができた。今では、エンジニア2人とデザイナーを一緒にして、新しいスタートアップのアイデアを考えさせたとしても、50%以上の確率でモバイル用の写真共有アプリを作り出すのが関の山だろう。このチームの能力は、デジタル業界の次なる進化が一般消費者向けに直感的なソフトウェアを作り出していたとき、医者が指示したことに他ならない。このチームは今、創造力の限界にぶち当たり続けている。

次はどうなる? 革新的なアイデアは使い果たしてしまったのか?

問題は、我々が既知のモノを新しいモノに変化させることで〝創造〟をする一方、エンジニアが理解しているのは、クラウド、モバイル、ソーシャル、ビッグデータのような新しいテクノロジートレンドでしかない、ということだ。これはチームが解決しようとしている問題が、根本的にテクノロジーの問題であるうちは問題が無かった。

しかし、現在、「純粋な情報テクノロジー」が可能にした領域では、変革が起きる可能性は限界に達している。ソフトウェアの新境地は、高度に進化した、そして導入しやすくなった技術スタックを、ビジネスの新しい領域に取り入れていくことだ。そういった領域では、テキストエディタを駆使したり、LAMP スタックを新しいものにするだけでは問題をを解決できない。

革新の行き詰まりから脱却するには、創業者チームの多様化しか道はない。私は、変革する企業の創業者チームのDNAに足りないのは、彼らが変化を起こそうとしている、産業分野の実情を良く知る〝ドメイン・エキスパート(特定分野の専門家)〟であると考えている。ドメイン・エキスパートなしでは、アイデアはイマジネーションのないものとなり、話が実現につながらない。

教育、ヘルスケア、ビジネス、アート、政府など、テクノロジースタートアップが変えることのできる産業は多く存在する。「ロックスター・エンジニア」や「スーパースター・デザイナー」とチームが組めるドメイン・エキスパートはどこにいるのだろうか。

彼らの多くは、本、講演会、大学の授業、コンサルティングセミナー等で自分のアイデアを広めようと放浪していて、彼らのアイデアをソフトウェアのアプリに落とし込める可能性にまだ気づいていない。アプリこそ、人々の生活を変え、社会に影響を与える可能性が驚異的に高いアプローチであるのにもかかわらず。

この考察に至ったのは、私がStartup Genome チームにおける、よい肩書きを付けるのに悩んでいる時だった。チームの中で、私の重要な役割は、革新のプロセスやビジネスの進化を説明できる、モデルやフレームワークを構築することだ。ならば、私の肩書きには何がふさわしいか? よい言葉が見つからなかった理由の一つは、私がやっていた昔ながらの仕事が、学術書や本に書かれていそうなものだからだと気づいた。

最近になって、この知識をソフトウェア・プロダクトに落とし込める要素が揃って来た。これが実現すれば、何百万という企業やビジネスの、日々の意思決定を向上させることができる。

今では、私はコラボレーションの機会を多く逸していたことがわかった。世界にはたくさんの素晴らしいドメイン・エキスパートと、たくさんの良いソフトウェアを作れる人がいるが、彼らが互いに話すことは稀だし、無論共に仕事をする機会も少ない。

  • 個人向けの金融ソフトウェアを作っている人が居るが、彼らはNew York Times でベストセラーとなった、Ramit Sethiの大変効果的な6週間の個人金融講座のことを知らない。

  • 個人の成長と精神的な豊かさをもたらすソフトウェアを開発しようとしている人が居るが、彼らは Integral Life Practice のことを知らない。
  • 生産性を上げるアプリを開発している人が居るが、彼らは GTD や さらに重要な Energy Managementについて知らない。

商品開発チームは、革新的な変化をもたらす上で、友達作り、フォロー、共有といった、〝本日のスープ〟のようなテクノロジーの機能だけで十分と考えている。初歩的で誰をインスパイアすることもないセオリーが、商品のデザインを侵蝕してしまっている。

この世界は素晴らしい研究やセオリーに満ちている。それらのアイデアを、日の目を見ない文書や日常的でない場所から引っ張り出し、電子化し、社会の力となるソフトウェア・ツールにする時が来ている。

シリコンバレーでは、変革のアイデアに取り組むチームは減少しており、これが画一的な創業者チームばかりが生まれる最大の理由だ。我々 Startup Genome は、ビジネスマンとエンジニアという、ダイナミックな二人で始まった。

最近になり、デザイナーも加わった。数十億ドル規模の企業に成長させられるような、創造的なプロダクトを作り出し、何千という雇用を作り出し、社会を変えるには、〝ドメイン・エキスパート〟をテクノロジー企業の創業者チームのDNAに組み入れる必要があるだろう。

この話題を取り上げたのは、「アイデアの変革」が欠如しているからだけではない。既存の科学常識との対立や、長期に及ぶ考察を嫌って、科学や技術においてもブレイクスルーが減ってきていることも議論に値する。これらのことは、The Innovation Starvation(仮訳:枯渇するイノベーション) や、In Search of Black Swans(仮訳:ブラックスワンを探せ)に記述されている。

【via Startup Compass】 @startupcompass


著者紹介:マックス・マーマー

マックスは、Startup Genome の創業者で、イノベーションや経済成長の論客であり、スタートアップの失敗率の高さについて言及している。Startup Compass は、世界1万6千社以上のスタートアップに採用されている。 Twitter アカウントは @maxmarmer.

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