本稿は、「Monozukuri Hub Meetup」を主宰する Makers Boot Camp のコミュニティマネージャーの二神麻里氏と、同じく Makers Boot Camp でインターン中の Chi chia Huang(黃麒珈)氏による寄稿である。
Makers Boot Camp は京都を拠点とするハードウェアに特化したスタートアップアクセラレータである。

京都でハードウェアの開発支援を行う Makers Boot Camp は1日、京都市内のクリエイター向けコワーキング施設 MTRL Kyoto(マテリアル京都)で、起業家向けの月例イベント「Monozukuri Hub Meetup」を、ニューヨークのハードウェアアクセラレータ FabFoundry と共同で開催した。今回は世界における資金調達とクラウドファンディングについて、講演・パネルディスカッション・懇親会などのプログラムが用意され、来場者は新しいテクノロジートレンドへの理解を深めた。
FabFoundry 関 信浩氏「ハードウェアスタートアップに投資することは、現在のトレンド」

関信浩氏は、ブログCMSの草分け的存在である「Movable Type」開発元の日本法人であるシックス・アパートを設立し、同社や2013年6月に新設した Six Apart, Inc. の代表を務めてきたが、新たに FabFoundry を設立し、ニューヨークを中心に活動を始めた。FabFoundry はハードウェアを開発・販売するスタートアップ企業を生み出し、国際的に事業展開できる企業に育てることを目的としている。7月からは Makers Boot Camp と連携し、ニューヨークの IoT スタートアップ2社をサポートする、約6週間のハードウェア・プロトタイピング支援プログラムを開始した。
関氏は、ハードウェアのスタートアップへの投資とクラウドファンディングのリスクをテーマに講演した。講演の中で、彼が特に言及したのは「ハードウェアスタートアップの未来性」についてだった。
ソフトウェアのスタートアップを立ち上げることは現在、2003年当時と比べ、はるかに簡単になりました。どこにでもWi-Fiに接続することができますし、ほとんどの人がスマートフォンを持っています。(このことから)ハードウェアのスタートアップが今直面している問題は、将来的に解決できると予測できます。
ハードウェアスタートアップに投資することは、まさに現在のトレンドです。デジタル製作や共有リソース、オープンソースハードウェアの普及によって、ハードウェアの起業はより簡単になるからです。

一方、ハードウェア起業家はクラウドファンディングのリスクに注意すべきであると指摘した。クラウドファンディングは、バッカーの観点から見れば、製品を事前予約することに等しいからなのだそうだ。
クラウドファンディングから受けた資金はまさにローンのようなものです。スタートアップの資金支援者(バッカー)に資金を借りているわけで、起業家は、量産化プロトタイピングの壁/Design for Manufacturing(製造性を考慮した設計技術)に非常に注意する必要があります。
Kickstarter Julio Terra 氏「Kickstarter はコミュニティを構築するための場所」

Julio Terra 氏は、ニューヨークを拠点に建築やプランニングデザインを手がけるデザイン企業 Rockwell Group のイノベーションスタジオ LAB で、IBM、Microsoft、Sprintといった企業向けにデジタルマーケティングプログラムを管理していた人物だ。その後、ニューヨークの Kickstarter のデザイン&テクノロジー部門ディレクターとして、この3年間で Nebia、Pebble、Cubetto、Prynt といったスタートアップのキャンペーンを成功に導いた。
Terra 氏は「クラウドファンディングプラットフォームの活用」をテーマに話を進めた。Kickstarter は2009年に設立され、クリエイティブなプロジェクトに対して、クラウドファンディングによる資金調達を可能にしたプラットフォームである。ハードウェアスタートアップにとっても非常に重要なツールだ。
Terra 氏は、世界のテクノロジーイノベーションに貢献できるスタートアップになるためのポイントを3つ挙げた。
1. グローバルな視点を持つ
Kickstarter は、グローバルなプラットフォームである。支援者(バッカー)もクリエーターも、さまざまな国から参加している。よって、国内市場にのみ焦点を当てるべきではない。日本のスタートアップであっても、グローバルな視点を持つ必要がある。
2. クラウドファンディングキャンペーンの目的を知る
Kickstarter でキャンペーンを立ち上げた人達が、本当にキャンペーン実行のために資金を使うか、キャンペーンから生まれたプロダクトが支援者の期待に沿うものになるかの保証は無い。また製作者が克服すべき技術的困難や必要な総コストを甘く見積もっていた場合は、資金調達が成功してもキャンペーン自体が失敗に終わる可能性もある。スタートアップは失敗のリスクを避けるためにキャンペーンの目的を知るべきだ。
3. プロトタイプやコミュニティの重要性
スタートアップが魅力的なユーザー体験を提供できない場合は、そのスタートアップはまだ準備ができているとは言えない。そのうえで、スタートアップは、自らの製品の最もパッションを注いでくれる支持者に、設計プロセスを共有するべきだ。同時に、プロトタイプの設計プロセスやストーリーのシェアも大切だ。スタートアップは「Kickstarter が、コミュニティを構築するための場所」であると考える必要がある。
Hardware Club Jerry Yang 氏「スタートアップが成功できるかどうかは、防御力で決まる」

Jerry Yang 氏は、27カ国から180社ものスタートアップが集まるコミュニティをサポートする Hardware Club のジェネラルパートナーだ。Hardware Club はスタートアップへ投資とあわせ、製品化やプロトタイピングのサポートも行うベンチャー企業である。Yang 氏は台湾国立大学で電子工学の学士と修士、HEC Paris で MBA を取得後、台湾やシリコンバレーでエンジニアとしての勤務した。
彼は「スタートアップのプロダクトは、それを届けるまでに何が必要か?」という問いから講演を始めた。彼は、自身の豊かなハードウェアへの投資経験から「Scaling to Dominance(スケールから寡占へ)」というテーマで話を続けた。
ハードウェアは〝ハード〟です。大手企業にもベンチャーにも、同じ課題が起こりえます。それは、果たして、そのハードウェア製品が売れるかどうか、ということです
Yang 氏によると、少し前に話題になったスマートウォッチのブームの中で、重要だったのは「大手企業もスタートアップも、オリジナルの製品を生産できる」点だったと言う。そして、ここで最も重要なポイントは、拡張性:scalability (どうやって利益を得るのか)と防御力:defensibility (どうやって自分のビジネスを守るのか)である。
スタートアップの scalability は、(どの社も)ほぼ同じです、だからスタートアップが成功できるかどうかは、そのスタートアップ自身の defensibility によります。

Yang 氏は、スタートアップを守る4つの方法を挙げた。
1. スイッチング・コスト
顧客がサービスを変更するときに必要となる、大きなコスト(金銭的な費用に限らず、切り替えに伴って必要となる習熟や慣れに要する時間や心理的費用なども含まれる)を作り上げる方法がある。髙いスイッチング・コストが生じることは、他サービスへの乗り換えを阻害するための囲い込みとなり得る。有名な例としては、Nest に買収された防犯カメラスタートアップDropcam がある。
2. ユーザーエクスペリエンス
製品がストレスなく使える、やりたかったことが簡単に実現できる、さらには製品を使って業務が楽しくおこなえる、といったような感性的な「満足感」や「感動」を、消費者は製品の価値として評価をする。
3. ネットワーク効果
ネットワーク効果とは、同じ製品やサービスを利用するユーザが増えると、それ自体の効用や価値が高まる効果のことをいう。人々は、同じコミュニティ内の同じ製品を使用したいと考えている。例を挙げるならば、若者に人気ある Snapchat を挙げることができる。
4. ブランディング
ブランディングは企業価値向上に直接関わってくる。ここでいう企業価値とは、金銭や数値では簡単には表しにくい、模倣不可能なものだ。例えば、探検で撮影するヘルメットカメラといえば、GoPro が一番始めに思い浮かぶようなこと。こうした目に見えない、消費者の心にイメージとして蓄積されていくもの、心理的な企業価値がブランドそのものであり、企業イメージやプロダクトに付加価値を加えることで、消費者に対してその認識を高めることがブランディングの役割となる。
Yang 氏のプレゼンテーションは非常に具体的で、スタートアップがすぐにでも応用できそうな貴重なノウハウが共有される時間となった。
プログラム後半は、ファッションにウエアラブルを融合した〝Smart Apparel〟を開発する The Crated の Meisha Brooks 氏(Chief Product Officer)と Gian Chui 氏、スマートクロス「Bobouton」を開発する Flextrapower の Thuy Pham 氏(Chief Design Officer)らを迎えてのパネルディスカッションが行われた。
The Crated と Flextrapower はともに、前述した FabFoundry の約6週間のハードウェア・プロトタイピング支援プログラムに参加するスタートアップだ。このパネルのモデレータは、京都工芸繊維大学の准教授 Sushi Suzuki 氏が務めた。

The Crated のMeisha Brooks 氏:
〝Smart Apparel〟では、通常の洋服のようでありながら、センサーを使って体の状態をデータ化することが可能となります。私たちのゴールは、〝Smart Apparel〟産業を作ることです。
Flextrapower の Thuy Pham 氏:
さまざまななファッションブランドと協力して、現在開発中のスマートクロス「Bonbouton」を世に広める仕組みを作ることに注力しています。
両スタートアップの自己紹介に続き、モデレータの Suzuki 氏からは、今回のテーマである資金調達やクラウドファンディングに理解を深めるべく、これまでどのように資金調達を行ってきたか、また、今後のプランについての質問が投げかけられた。

The Crated のMeisha Brooks 氏:
ファッションとテクノロジーを組み合わせるというアイデアに対して、VC とアクセラレータからの投資を受けています。ニューヨークではファッション関連の企業とのコラボレーションを進めてきました。通常、大企業とのミーティングを設定することは不可能に近いですが、Makers Boot Camp の助けを得て、日本のテクノロジー系の大企業と話を進めることができています。私たちの体験から、アメリカはクリエーションの点で優れ、日本は適応力に優れていると言えると思います。

Flextrapower の Thuy Pham 氏:
創業者の Linh Le は大学の研究者なので、私たちは政府機関からの資金を得ています。デザイナーとして発言させていただくと、アメリカでは大きなアパレル会社と協業することはコントロールを失うことになります。なので小さいけれども優れたデザイナーとコラボレーションしたいと思っています。また、Bonbouton のターゲットとしては、医療関係や安全に関する分野を考えています。
パネルディスカッションの後、登壇者や参加者がネットワーキングを行い、今後の製品開発やものづくりに関する意見を交換しあった。
次回の「Monozukuri Hub Meetup」の開催は8月23日で、テーマは「ファッション&テクノロジー」。今回パネルディスカッションに登壇した、The Crated とFlextrapower は、日本滞在中の成果を発表予定である。
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